第7話:採掘
「よっと」
かつん、とつるはしが振り下ろされる。
嘴ががん、と岩をえぐり、いくらかの石が落ちた。
「おお。いい、切れ味?」
「なんで疑問形なのー?」
クルワが、ひょいひょい、と、砕かれた岩から落ちた石を拾って籠に入れながら、首を傾げる。
「いや、つるはしって、切れ味、でいいのか? 刃物っていうか、鈍器の方が近いじゃん」
「どーでもいー」
力の抜けたクルワの返答に肩をすくめ、もう一度つるはしを振り上げる。
「あらよっと!」
がつん、とより深い音を立て、つるはしが深く突き刺さる。
「はいはい。もっと砕いてほしーし」
「へいへい」
二人が何をしているか、と言えば、採掘である。
いつもアバントがしている石拾いより、そこらの岩を砕いた方が、質のいい石は取れるという。
だから、つるはし片手に、モリヒトは石掘りに来たわけだ。
ちなみに、つるはしは、魔術具である。
魔力を込めると、その分だけ威力が上がる、というシンプルなものだ。
通常のつるはしよりは高価なのだが、掘り出された若紫色の石を研磨して作られたこのつるはしでないと、この山の石は掘れない。
そのくらい、硬いからだ。
モリヒトは、アバントからこのつるはしを借り受けて、がつんがつんと岩を砕いていた。
金稼ぎが目的だが、体の調子を取り戻すため、というよりは、鍛え直すことも兼ねている。
魔術具であるつるはしは、この若紫の山の中にあっては、最高峰の性能を発揮する。
一方で、つるはしの方に魔力を吸われるために、モリヒトは吸収する魔力量を最小にできる。
結果、つるはしを振るうことが筋トレになるのだ。
「・・・・・・きっつい」
昨日、何度剣を振っても汗一つかくことはなかったというのに、今日は、数回つるはしを振り下ろしただけで、どっと汗が出る。
持ち上げるのにも苦労するし、
「本当に、身体が弱ってるわー」
「でしょーね」
クルワは、にやにやとした笑いを浮かべて、つん、とモリヒトの腕をつついた。
「たぶん、明日は筋肉痛になるゾ」
茶化す口調のクルワに、げんなりとした表情を浮かべ、やれやれ、とモリヒトはため息を吐く。
それから、クルワの傍にある籠に目をやった。
「・・・・・・あと、半分か」
「ほらほら。ちゃっちゃと掘る」
「へーい」
もう一度、つるはしを振り上げた。
** ++ **
木で作った水筒から、水を飲んで、ぷは、と息を吐く。
足や腕を揉みながら、休憩をしていた。
山の上だから、見下ろす視界は広い。
「・・・・・・景色は、いいとは言えんな。これは」
何せ、見渡す限りの若紫色だ。
遠くまで見通せることにはすごいと思いつつ、だがやはりどこか彩りが寂しい。
「こっち側は、ほぼ荒野よ」
向こうには、海の色が見えるが、そこまではずっと若紫色の荒野が続く。
この岩石は、硬く、砕けないから、耕作はできない。
育つ草を食べさせると、家畜が魔獣化して味が落ちるから、それもできない。
結果として、手つかずの荒野となっているのだ。
「・・・・・・んー。とはいえ、風が埃っぽいのがなあ・・・・・・」
「周り、これだけ石と砂だらけだから、仕方ないでしょ」
大きく呼吸をすると、喉に引っかかりを感じてむせてしまうくらいには、風の中に土埃が混じっている。
水を飲むとき以外は、二人とも口元に布を巻いているくらいだ。
「今日は、ちょっと風が強いし」
「だな」
雨の一つでも降れば、ずいぶんとマシになる、とアバントは言っていたが、ここ数日は雨など降っていない。
おかげで、乾燥した砂が風で舞い上がっている。
「帰ったら、髪の毛やら肌やらが、この色に染まっているのではなかろうか」
「アハハ。それはおもしろー」
クルワがけらけらと笑い、髪を手ですいた。
すると、ぱらぱらと砂埃が落ちる。
「・・・・・・いや、案外笑いごとじゃないかも」
「マジになー」
やれやれ、とため息を吐きながら、モリヒトは立ち上がる。
ともあれ、砕いた石は集め終えた。
一杯にした籠は二つ。
一人が一つずつ担ぐことになる。
「モリヒト。だいじょーぶ? アタシが手ェ貸したげよっか?」
「いい。これも、トレーニングの一環、てことで」
クルワに任せれば、二つとも軽々と担いでくれるだろう。
とはいえ、モリヒトにも、一応意地はある。
「ふん!」
ぐ、と力を入れて、立ち上がる。
ずっしりとした重みがかかり、後ろへとふらついて、
「おっとと」
「・・・・・・スマン」
後ろから、クルワに支えられて、何とか立つ。
「つるはしは、アタシが持ったげる」
「・・・・・・むう」
つるはしを持たなければ、魔力の補助が発生するから、だいぶ楽になる。
モリヒトの心情としては、持っている状態で持てなければ意味がない、と思うが、
「いきなり無理しないの! まだ病み上がりなんだからさー」
軽い口調で言って、先に立って歩き出すクルワの後に続く。
「・・・・・・ありがとう」
「どーいたしまして!」
モリヒトが口にした礼の言葉に、クルワは明るく返答した。
** ++ **
ずずん、と音がする。
地響きを鳴らすほどに重いものが移動する音だ。
足音は、山の上の方へと進もうとする。
この山は、上の方ほど魔力が濃い。
魔獣ならば、魔力の濃い方が過ごしやすい。
だから、通常ならば動くことも難しいだろう巨体を動かし、その魔獣は山を登る。
モリヒトが見たならば、まるでワニみたいだ、といったであろう。
ただ、その大きさは、家一軒より、なお巨大だが。
一歩を進むごとに、ずん、ずん、と軽く地が揺れる。
そうして、一段、また一段、と登る。
「・・・・・・・・・・・・」
その歩みが止まった。
魔獣の前を、ふさぐ影がある。
『守り手』だ。
魔獣の巨体に対し、半分以下の大きさしかないような、『守り手』だ。
だが、『守り手』は、自らが守護する領域に無造作に近づく魔獣の前に、臆する様子もなく現れた。
「!!!!!!!」
口を開き、『守り手』が吼える。
生物ならば、嫌悪と恐怖を覚えそうなその吼え声に対し、魔獣が取った行動は、前進であった。
魔獣は、目の前にいる『守り手』を食らおうと、大口を開け、疾駆する。
動き自体は遅くとも、巨体であるが故に、移動速度自体は、かなり速い。
何より、かなりの質量がそれなりの速度で移動する様は、見る者が見れば威圧感を覚えるだろう。
だが、『守り手』は臆さない。
吼えていた口を閉じ、六本の腕、または足で、地面を移動した。
そして、魔獣と接するか否か、というところで、上半身を起こし、四本の足で地面を踏みしめ、上半身の二本の腕を振るった。
瞬間、振るった腕から衝撃が発生する。
魔術だ。
詠唱はなくとも、分類的には魔術と呼べる、衝撃波。
それが、魔獣の全面に激突、魔獣の突進を押しとどめた。
それから、『守り手』は上半身を倒し、腕と足のすべてで地面を掴むと、地面を叩いた。
『守り手』の体が、宙へと跳ねる。
相対する魔獣よりは小さくとも、『守り手』も巨体だ。
それが、体重を感じさせない動きで、宙へと跳ぶ。
そして、魔獣の上へと着地し、
「!!!!!!」
吼える。
それとともに、二本の腕を、振り下ろした。
轟音。
魔獣の肉体が、地に沈む。
魔獣の足音とは比較にならない衝撃が、周囲へと散った。
『守り手』の足元で、魔獣の肉体がひしゃげ、その骨格がきしむ。
「――!!!!!!!」
魔獣が、苦悶の声を上げ、身体を震わせる。
その動きに、『守り手』は、再度跳躍して、魔獣の背から離れた。
自らの守護する領域の中へと降り立った『守り手』。
その視界の中、魔獣は反転し、山を下りていく。
その背を睨みながらも、『守り手』は動かない。
やがて、魔獣の姿が見えなくなると、『守り手』はいずことも知れず、姿を消した。
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