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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第1章:オルクト魔皇帝
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第7話:竜殺し


 少し、時間を戻す。


「はじめまして」

 ユキオは目の前に座る男を見る。

 銀髪の巨躯。本来四人がけのソファだが、彼の体格だと、二人がけに見える。

 そのソファの後ろに赤い少女を立たせ、男は背もたれに背を預け、足を組んでこちらを見ている。

 威圧感が半端ない。

 いや、これは威厳、だろうか。

 傲岸不遜、といった雰囲気だが、それが決して傲慢ではない。

 身の丈にあっている、というか、なんというか。

「テュール異王国の女王を継承します。ハチドウ・ユキオといいます」

 ユキオは、左手首にはめた八重玉遊纏を軽く撫でる。

「セイヴ・ゼイリスだ」

「あら、名前が一つ足りないのでは?」

 その後ろに、背負う国の名が抜けている。

「今回は、非公式だ。・・・・・・ゆえに、ただのセイヴ・ゼイリスだ」

「そうですか。・・・・・・まあ、私も今はただのユキオですし」

「そういうことだ」

「そういうことですね」

 くっくっく、と笑うセイヴに、苦笑を返す。

「後ろにいるのは、俺のアートリア。リズだ。ウェキアスとしての名は、『アリズベータ』という」

「私のウェキアスは『八重玉遊纏』。アートリアとしての姿は・・・・・・」

 呼び起こす。

 幼い緑髪の幼女が膝の上に現れた。

「タマ。見ての通り、まだ幼いんですけど」

「いや、アートリアの姿を取れるだけで、いいウェキアスと分かる。主の格の高さもな」

 褒められているのだろうか。

 自慢にも聞こえるが。

 どうにも扱いの困る褒め言葉に、顔をしかめた。

「リズ、少し相手してやれ」

 一つ頷くと、リズはソファを回り込んで、タマの手を取った。

「あえて言います・・・・・・。こちらへ。あなたのことを聞かせてください」

「う・・・・・・?」

 タマはきょとん、とリズを見上げ、ついでユキオを見上げる。

 その顔に笑みで頷いてやると、タマはユキオの膝を降り、リズと一緒に部屋の隅へ向かった。

 それを見送り、ユキオはセイヴへと向き直る。

「で、あなたは一体何を見に来たんですか?」

「召還された王を見に来た。・・・・・・当然だろう?」

 笑みを浮かべ、ソファに腰を下ろしているというのに、こちらを見下すような目だ。

 試されている、とそう感じ、ユキオは心持ち姿勢を正す。

 その様子に、セイヴはくっくっく、となんとも判断に困る笑い声を上げた。

「・・・・・・この異王国で代々の王の仕事となっている行事だ」

 しばらく笑った後、口を開いたセイヴが告げたのは、そんなことだった。

「竜殺しの大祭、ですか?」

「そう。なぜそれが重要なのか、わかるか?」

 セイヴからされる質問の意図がつかめないまま、ユキオは、説明されたことを思い出す。

「地脈の整調のための儀式。ここの主筋となるオルクト魔帝国は、その名の通り魔術が盛んな国。そして、魔術の研究のため、地脈から魔力を吸い上げている。結果として、地脈には負荷がかかり、ゆがみが生じる。・・・・・・そのゆがみは、いずれ災厄を生む。その災厄を祓うのが、竜殺し」

「ふむ。まあ、一般的に伝わる基礎知識くらいは知っているか」

 セイヴは頷き、

「そう。つまり、竜殺しの大祭の成否は、魔帝国の損益に直結する。・・・・・・大祭を失敗されると、その場合の損害は洒落にならん。それなら、やらんほうがましになるほどだ」

 姿勢をただし、セイヴは真っ直ぐにユキオを見据える。

 また、威圧感が増した。

 気圧される感覚を味わい、ユキオはセイヴの目を見返して、気合を入れなおす。

 こういう威圧感の持ち主は、元の世界でも数えるほどしか会ったことはないし、そのだれもが尊敬に値する人物だった。

 それだけに、その人物の見定めるための視線を受けて、緊張が増す

「だからこそ、召還された王の器は、測っておく必要がある」

 重い空気を作りながら、セイヴはそう告げた。

 しばらく、そのままの時間が続いた。

 息が苦しい、とそう感じてきたところで、セイヴから来る圧力がふ、と緩んだ。

 思わず、ほ、と安堵の息を吐いてしまったユキオに対し、セイヴは何も言わない。

「・・・・・・一つ聞いていいですか?」

 しばらく心を落ち着けた後、ユキオはセイヴへと切り出した。

「何だ?」

「なぜわざわざ、一手間かけてまで、王を異界から呼ぶんですか?」

「理由なら、聞いただろう?」

「知識のこととか、継承権の問題とか。でも、それはわざわざ、異界から王様を呼ぶリスクに見合わないと思います。知識が欲しいなら、意見だけ聞けばいい。継承権の問題は解決しても、政治に詳しくない王が出てきたら、傀儡にされる危険がある。違いますか?」

 その問いに対し、セイヴは笑みを深くしながらも、天井を仰ぐ。

 そして、ふう、と一つ大きめに息を吐くと、

「順番が違う」

 そう、短く言った。

「順番・・・・・・?」

 どういう意味なのか。

 考えつつも、分からないまま、ユキオは問う。

「もともと、テュール異王国は、テュール界境域という名で、オルクトの名の下に拓かれた土地だ」

 その後、異界から帰還した王達の尽力と、竜殺しの大祭等の重要性から、異王国として半独立状態となる。

「界境域は、異界と接するとされる場であり、当然、異界からのものが多く流れ着く」

「流れ着く?」

「まだ、そこまでは聞いていないか? ならば調べてみるといい。半島の先端付近では、時折この世界のものとは思えないものが流れ着く。・・・・・・生きた人間が流れ着いたことはないそうだが」

「それが、この土地が特別な理由ですか?」

 天井を仰いだまま言葉を紡ぐセイヴを見ながら、ユキオは首を傾げた。

「いや、確かに多少珍しいものが流れ着くことはあるが、それが実際に使えたことなど一度もない。使えないなら、価値はないに等しい」

「じゃあ・・・・・・」

「だが、それが希望に見えることもある」

 ユキオは、再びセイヴと目が合った。

「希望?」

 そんなものがどこにある?

 竜殺しの大祭のことか?

 分からない、とユキオは内心で首を振る。

「竜殺しの大祭。・・・・・・なぜ、これに竜殺しと名づけられたか、分かるか?」

「・・・・・・?」

「ユキオ。貴様はなぜ、女王としてそこにいる?」

「は? それは、召還されたから・・・・・・」

 何かが、ユキオの内心に引っかかった。

「そう、本来なら、貴様はこの世界で生きていたはずだ」

 何かを含んだような声で、セイヴはユキオに話す。

「この国の王になる可能性など、なかったはず。それが、女王になるのは、なぜだ?」

 あ、と思わず、小さく声が漏れた。

「全ては貴様が『竜に呑まれた』ため」

 この世界では、神隠しのことを、『竜に呑まれた』という。

 以前、モリヒトが教えてくれたことだ。

 異界に行った子供、つまり、『竜に呑まれた子供』。

 その子供を召還し、王にする。

「界境域。・・・・・・今、異王国のあるこの半島が、この地の拓かれた当時は、遠浅の海岸だった、といったら、信じるか?」

「・・・・・・埋め立てでもしたのですか?」

 違うだろう、と感じはするが、ユキオはあえてセイヴにそう問う。

 それに対し、セイヴは浅く首を振ると、

「これが、竜脈を操作するという言葉の意味だ。一夜にして海が陸地になる様をして、当時の史書曰く、『竜が鎌首をもたげるがごとく』だそうだ」

 その表現から想像できる光景に、ユキオは僅かに息を呑む。

「なぜ、そんなことをしたのか、疑問だろう?」

 くくく、と笑い、

「だが、そんな歴史なら、他のものに聞くといい。俺様がわざわざ説明してやることでもない」

「・・・・・・ケチですね」

「かっはっは! まあ、竜に呑まれたものを呼び戻すのが召還だ。理由など大体想像はつくだろう?」

 ユキオは頷く。

 大方、誰かが竜に呑まれ、それを取り戻そうとした、というところだろう。

「ただ、実際、竜殺しと召還の間には、何の関係もない。少なくとも、直接的には」

「そうなんですか?」

「別に、竜殺し自体は、きちんと準備さえしてやれば誰でもできる。ただ、誰にでもやらせないために、召還者というブランドを利用している、とも言える」

「危険、・・・・・・ああ、失敗したら、やらなかった方がマシな結果になるんでしたっけ」

「ああ、成功させるために、オルクト魔帝国も万全のバックアップをする」

「それは、ありがとうございます、というべきですか?」

「いやいや、俺様はただの旅人だ。オルクトとは何の関係もないさ」

「それだと、私があなたと会っている理由が無くなるんですけど・・・・・・」

 ユキオは苦笑した。


** ++ **


 木が歪む。

 妙な光景だった。

 幹の途中が膨らんだかと思えば、葉の茂る枝の群れが押し込めるように縮む。

 まるで、凹レンズと凸レンズをでたらめ組み合わせ、倍率を滅茶苦茶に、絵の一部を拡大したり縮小したり、という現象が乱発する。

 その現象が、一本の木から始まり、次々に周囲の木へと伝播していく。

 それはまるで、森という絵の下で、ミミズか毛虫がのたうつ様な、蠢動に似ていたことだろう。

 だが、それは唐突に終わった。

 蠢動していた森の風景そのままに、そこは固定される。

 そしてそこに、異常が発生した。

 始まりは、咆哮だ。

 次に、振動が生まれた。

 そのあとに来るのは、誕生だ。

 絵の描かれた紙を、裏から食い破るように、それは姿を現した。

 未だ、首のみが世界に姿を現している。

 だがそれは、やがて世界を食い尽くす病だ。

 人はそれを、『りゅう』と呼んだ。


** ++ **


 森が崩れていく。

 腐っていく。

 そんな光景を幻視して、口の端をゆがめる男がいた。

「いやいや。中々すさまじい」

 白衣を纏うその男は、腕のうちに一抱えほどの巨大な水晶玉を抱いていた。

 白くにごり、中を見通せないその水晶を、男は丁寧に傍らの箱の中へ、緩衝材として布を敷き詰めた中へと納める。

「しかし、まだ何も対策をしていないのに、この規模とは・・・・・・」

 そう言って、男は周囲を見回す。

 そこは、森だった。

 かつては。

 今、その森は姿を消し、浅くえぐれた土が姿を見せている。

 男がいるのは、すり鉢上にえぐれた穴の中だ。

 大きさにして、直径百メートルほどか。

 それほどの範囲の森が、消滅しているのだ。

「やはり、三年も放置されれば、それなりに溜まるものだねぇ・・・・・・」

 くっくっく、と笑い声を漏らしつつ、箱の蓋を閉める。

「やれやれ、これだけのものが手に入ってしまうと、少々試してみたくなるねえ」

 大事そうに蓋の表面を撫で、蓋の中央に取り付けられていた魔石を叩く。

 瞬間、赤い魔石が瞬時に青く染まり、蓋から飛び出した白い布によって、箱が厳重に封印される。

 そして、封印が完了した瞬間には、青かった魔石は既に赤へと変わっている。

「はやい。・・・・・・これなら、街の一つ程度は落とせるかな」

 にや、と顔が裂けるかと錯覚するような笑みを浮かべ、白衣の懐から何かを取り出した。

 白い紙を丸めた何かだ。

 だが、男がそれを地面に落とすと、紙に包まれていた赤い魔石が地面に触れる。

 しばらくの間。

 その後、僅かな振動とともに、箱の下の地面が盛り上がり、箱を肩に担いだ大柄な人型を取った。

「行くぞ」

 短い一言とともに、男は歩き出す。

 その後を、地響きを鳴らしながら、土の人型がついていく。

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