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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第1章:オルクト魔皇帝
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第6話:夜の後で

 モリヒトが目を覚ましたのは、最近見慣れてきた天井のある部屋だった。

 自分の部屋として与えられている部屋だ。

「・・・・・・おお、何か知らんが生きてる」

 正直結構な大けがをした自覚があるので、自画自賛のつもりでつぶやいた言葉だったが、返事はあった。

「本当に死ぬところでした。はい」

 ベッド脇にルイホウが立っていた。

 その表情は、呆れと心配の入り混じったもので、あと、非難も入っている気がする。

「・・・・・・んー。どのくらい寝てた?」

 ルイホウの非難の混じった視線から逃れるように顔を背け、モリヒトは聞いた。

「数時間、といったところです。夜明けから五時間ほど過ぎてますが。はい」

「・・・・・・ルイホウが、治療してくれたのか?」

「そうです。結構大変でした。はい」

 咎める視線を向けられた。

「そう。ありがとうな」

 素直に礼を言う。

 多分、ルイホウでないと危ない怪我もあったのではないだろうか。

 そう思うと、いまさらながらにひやりとした。

 ルイホウは少しの間、じっとモリヒトを睨んではいたが、ふう、と一つため息をついた。

「次は、ありませんから。はい」

「俺も、二度とごめんだ」

 苦笑すると、ルイホウも苦笑を返した。

「ほか、誰かいる?」

「いえ。・・・・・・先ほどまで、陛下がおられたのですが。はい」

「ユキオか」

 ふむ、と一つ唸って、

「エリシアは?」

「モリヒト様のお腹の上です。はい」

「む? 体が重いのは、怪我のせいではなくエリシアのせいか?」

 くすくす、とルイホウは笑った。

「・・・・・・ルイホウ。俺、もう起き上がっていいかな?」

「傷自体はふさがってます。はい。・・・・・・ただ、体を起こすと、エリシア様を起こすことになりますが。はい」

「・・・・・・じゃあ、エリシアが起きるまでまた寝るよ」

「お休みなさいませ。はい」

「うーい」


** ++ **


 世界の広さを見た気がした。

「・・・・・・つよー」

 訓練場に仰向けにぶっ倒れて、アトリは呟いた。

 銀髪の男。

 モリヒトが、正確には、気絶したモリヒトを連れ帰ったルイホウと、それに同行してきたエリシアという少女。

 その兄だというセイヴという青年と、その付き人だというリズという少女。

 何となく、モリヒトが怪我しているのが、本当に何となく、いらっ、としたので、手合わせを申し込んでみた。

 結果、真剣まで使って全力でやったのに、素手相手に負けている。

「・・・・・・つよー」

 改めてつぶやく。正直、ここまで実力差がある相手なんて、師である祖父ぐらいだ。

「いや、筋はいいだろう」

 セイヴは、アトリを見下ろしながら、笑って言った。

「ただ、アトリは真剣を振ることには慣れていても、真剣で戦うことには慣れていないだろう? あと、間合いが違う相手と戦うのに慣れてない」

「・・・・・・」

「何がしかの流派を正当に学んだな? 実戦経験が少ないから、微妙に間合いにずれが生じているのだ。そのことに気付かないから、素手相手にあっさり負ける」

「・・・・・・それ以前の問題だと思うけど・・・・・・」

 それなりにやれると思ったのだが、まだまだ足りないと思わされる。

「まさか、真剣白刃取りをこの目で見ることがあるとは思わなかった」

 思い切り振り下ろした剣を、親指と人差し指で挟んで止められた。

 マンガかよ、と内心突っ込んでしまったが。

「あれは、心構えの問題だ」

「心構え?」

「人を斬れるかどうか、だな」

「・・・・・・」

 ぐは、とうめく。

「未熟だ。爺さんに知られたら『地獄の特訓』だわ」

 うう、といじけ始めたアトリに対し、セイヴは手を伸ばす。

「どっちかって言うと、師匠の気遣いを感じるがね」

「気遣いって?」

「人を斬る心構えなんぞ、必要ないなら持たない方がいい。ない方が、人間は幸せに生きられるぞ」

 セイヴから出てきた言葉に、アトリは驚いた。

 この世界は、魔獣がいる。

 他にも、戦わないといけない危険はいくらもある。

 モリヒトだって、暗殺者と戦って大けがした、という話だった。

 目の前にいる男は、その暗殺者を何人も切り捨て、それでいて快活に笑うような男だ。

 そういう男から、心構えもない方がいいとか言われるのは、意外過ぎた。

「・・・・・・やっぱ、必殺技とか、奥義とか、覚えるべきかしらねえ・・・・・・」

 あえて、その驚きからは意識を逸らすつもりで、アトリはそうぼやいてみる。

「面白い考え方だ」

 アトリのぼやきをどう受け取ったかは分からないが、かっかっか、と笑い、セイヴはアトリを引き起こした。

「だが、要は実戦経験だ。色々な奴と戦うのが、一番の上達方法である」

「・・・・・・覚えとく」

 アトリは、立ち上がって、体の埃をはたき落とす。

「将軍の話だと、今のところ、アトリが若手の中では一番強いという話だったな・・・・・・」

 それはどうかな、とアトリは思う。

 この国の武術を見てみたが、どうにも体系が整っていないように見えた。

 基礎はあるのに、それ以上がない、というか、流派、のような特色が感じられないのだ。

 だから、この国の騎士達と試合をすると、基本に忠実な相手ばかりで、フェイントを織りまぜると面白いように決まる。

「・・・・・・単純に、他の奴が弱すぎるだけよ」

「それはありえん」

 肩をすくめたアトリに対し、セイヴは即答で否定した。

「国軍の一般兵はともかく、この国の騎士達は、数こそ少ないがかなりの精鋭だ」

「え~?」

 明らかな不信の表情を浮かべている。

「この国の魔獣で、何か戦ったことのあるものは?」

「ラウルベア」

「一人で倒せたか?」

「ええ」

「そうか。俺様は片腕で十分だが・・・・・・」

 さら、と自慢を混ぜてくる。

 そこに何の外連味も見えないあたり、本人的には自慢のつもりはないのかもしれない。

「王国騎士団だと、大体二人がかりか?」

「そうね。・・・・・・その前に、モリヒトがちょっと弱らせてたけど・・・・・・」

 状況を思い出す限りでは、十分に準備して、時間をかければ、一人でも何とか倒せそうに見えた。

「そうか。まあ、それを加味しても三人がかりなら安全に狩れるだろう」

「うん。大体そんな感じはしたわ」

 以前に同行した訓練の様子を思い出し、アトリは頷く。

「俺様の国の騎士だと、安全にラウルベアを一頭狩るなら、騎士が五人は欲しい」

「・・・・・・へ?」

 きょとん、とした顔になったアトリに、セイヴは肩をすくめてみせる、

「魔獣の肉体の強さは、人間など比べ物にならん。・・・・・・だが、この国の騎士はそういったものを、実戦訓練の相手とするのだぞ? 強くなるに決まっている」

「・・・・・・」

「というか、国防の関係上、この国の騎士が相手取る外敵といえば、魔獣だ。人間相手には不慣れでも、スペックだけなら、この国の騎士は世界随一だ」

 納得できるような、そうでもないような・・・・・・。

「まあだからこそ、それだけの質を維持するために、人数が少なくなるのだが・・・・・・」

「いや、それにしたって、私、この国の騎士相手に負ける気がしないけど?」

「この国の騎士は対人戦の訓練はほとんど積まない。人間相手の戦争などほとんどせんから、必要なのは魔獣を倒す実力だ。そして、魔獣相手なら、フェイントやらより、正面から基本に則って打ち倒した方が、最終的な被害は少なくなる」

 セイヴの説明は、納得できる部分もあった。

 魔獣相手には、フェイントはあまり効果がない。

 これは、以前訓練で戦いに出たときに、アトリ自身も感じたことだ。

 フェイントを混ぜるより、最短距離を最速で打ち抜いた方が、痛打は与えやすかった。

「なるほど・・・・・・」

 頷いたところで、

「・・・・・・ところで」

「? 何?」

 話を変えたセイヴに、アトリは首を傾げた。

 だが、アトリが言葉を待つ間に、珍しく、セイヴは少し言いあぐねた。

「あのモリヒト、というのは何者だ? 聞いた話だと、守護者ではないらしいな?」

「巻き込まれのイレギュラー。それ以上は、何も分かってないわ。調べるために、ルイホウがついてるんだし」

「・・・・・・そういうことか」

 しかし、と唸って、

「昨夜の王都は見たか?」

「でっかい雷のこと?」

 轟音に目を覚まして窓の外を見れば、街から立ち上る光が見えた。

「俺様の目には、巨大な雷の竜に見えたがな。・・・・・・あれを発動したのは、モリヒトだったと聞いている」

「・・・・・・どのくらいすごいのか、私にはわからないんだけど」

「こればかりは、魔術を使う者でないと共感は難しいな」

 顎に手を当て、セイヴは首をひねった。

「そもそも、魔帝国でも、あのような魔術は見たことがない。さて、どのような人間なのやら・・・・・・」

 セイヴはそこでアトリに目を向けて、

「アトリは、どのように評価する?」

「モリヒトを? うーん・・・・・・」

 こちらも、やはり顎に手を当てて唸り、

「正直、評価し辛いわね・・・・・・。私、あまりモリヒトと関わらないし」

「だというのに。八つ当たりしてきたのか?」

「う・・・・・・」

 セイヴのからかいに、アトリは言葉を失って呻いた。

「なるほど、面白い男のようだ」

 そのアトリの表情を見て、セイヴはくつくつと笑うのだった。


** ++ **


 騎士達が、険しい顔で周囲を固めている。

 それを遠巻きに、住民たちが不安そうな顔を覗かせていた。

 王都にある、門の詰め所付近だ。

 一応、昨夜の内に決着のついた事件である。

 セイヴと名乗る異国の旅人を追って、どこかの物騒な暗殺集団が、王都内で戦闘行為を行った。

 客分であるモリヒトと、巫女衆の一人であるルイホウが、その戦闘に巻き込まれ、モリヒトが負傷している。

 それは、騎士達にとって、矜持を傷つけられる事件だったのかもしれない。

 侵入者を許し、あまつさえ、戦闘行為を起こさせ、客人が巻き込まれて負傷した。

 しかも、同僚が殺されている。

 そんな詰め所の中で、一人の騎士が死体の検分を行っている。

 王国騎士団第一分隊の部隊章と、副長位を示す腕章をつけた男性騎士だ。

 騎士としては小柄な体を、軽めの簡易鎧に包んでいる。

「・・・・・・鮮やかだな」

 兵士達の傷口を検分して、フェアト・バンは呟く。

 急所へと、的確に一撃。

 詰め所の外に出たところで殺され、詰め所の中へと押し込まれたのだろう。

 戦闘の痕跡などない。

 昨夜、詰め所にいたのは、騎士が一人と、兵士が三人。

 異王国では、騎士一人の指揮下に兵士を複数人つける小隊を組む。

 警備任務では、騎士一人に兵士三人だ。

 一小隊が詰め所に、三小隊が王都内を巡回する。

 そして、その四小隊全てが、全滅していた。

「ふむ・・・・・・」

 詰め所を出て、フェアトは片付けを命じた。

 その顔の険しさは、部下たちがやられたことだけが理由ではない。

「副長」

 駆け寄ってきた部下に対し、フェアトは顔を向ける。

「他の部隊はどうだった?」

「ここと手口は同じです。目立たないよう、路地の影に押し込まれ、隠されていました」

「・・・・・・そうか」

 唸った。

 詰所だけではない。

 昨夜のうちに王都内の複数個所で、警邏の兵士たちが何者かに殺されている。

 それも、ろくな抵抗もできなかっただろうと思う鮮やかさで。

 フェアトは歩き出す。

「その暗殺者達に狙われていた、という旅人については?」

「既に城の方へ」

「城? 何故だ?」

「それが・・・・・・」

 耳打ちされた言葉に、フェアトは顔をしかめる。

「納得できる話でもあるが・・・・・・」

 狙われていた人物の素性を考えれば、この程度の犠牲は仕方ないのかもしれない、とも思う。

 だが、既にルイホウから口頭で聞き取った状況報告を考えると、

「やはり、妙だ」

「・・・・・・何がでしょうか?」

「敵の死体については?」

「回収していますが、身分等を示すものは何も」

「だろうな」

 暗殺者が、素性を示すものを持ち歩くはずもない。

 それはそうだが、

「武器、装備の類は?」

「武器自体は、ありきたりなものです。帝国で作成されている市販品に、多少つや消しの色付けはされていましたが、塗料自体はどこででも手に入るものでした」

「・・・・・・徹底して、情報は隠しているか」

 面倒な話だ、と呟き、フェアトは待たせておいた馬車へと乗り込んだ。

 馬車の中には、フェアトの直属の上官に当たる、第一分隊長、グレスト・ベイムがいた。

 部隊章の入った青地のマントに、フェムトのものとは違う、完全な全身鎧に身を包んだ、大柄な男だ。

「で? どうだった?」

「隊長、少しは自分で動いてください」

 はあ、とため息を吐き、フェムトはグレストの前に腰を下ろした。

「妙です」

「その心は?」

「・・・・・・技量が釣り合わない」

「ほう?」

 訝しげに片方の眉を跳ね上げるグレストに向かって、顎に手を当てながら、フェムトは話を続ける。

「巫女ルイホウから聞き取った情報を考えると、四小隊がまともに抵抗もできずに全滅した現状とは、暗殺者の技量が釣り合いません。加えて言うなら、わざわざ警備小隊を全滅させる意味がありません」

「・・・・・・で? そこから考えられる可能性は」

 グレストの表情が引き締まった。

「おそらくですが、昨夜、モリヒト殿や巫女ルイホウが接敵した相手と、警備小隊を襲った犯人は、別である可能性が高いかと」

「となると、こちらに対して敵対の意思を持つ者が、まだこの王都に潜伏している可能性がある。・・・・・・そういうことだな?」

「その通りです」

 下手をすれば、昨夜の騒ぎそのものが、侵入の陽動に使われた可能性もある。

「将軍に報告が必要だな。・・・・・・それと、近衛騎士団の方にも、この情報は回しておけ」

「市中の警戒は・・・・・・」

「増やせ。ただし、あくまでも、昨日の生き残りがいないかの警戒、という方向でな」

「了解です」


** ++ **


 モリヒトは、上半身を起こして窓の外を見る。

 日は中天を巡り、既に夕刻にかかりそうな時刻だ。

「・・・・・・ルイホウ」

「はい?」

「昨日の敵に、魔術師はいたか?」

 ルイホウの顔を見ると、ルイホウは少しきょとん、とした顔をした後、頷いた。

「はい。いたと思います。はい」

「何だ? その思いますってのは」

「私は直接見てはいませんが、魔方陣が用意されていたそうです。はい」

「魔方陣?」

「魔術を、遠隔、あるいは時限式で発動するための技術です。はい」

「それが使われていたから、敵の中には魔術師がいたはずだと」

「はい」

「・・・・・・ふうん」

 その割には、と思う。

「俺の戦った相手にも、魔術を使う奴はいなかった」

「・・・・・・モリヒト様? はい」

 首を傾げるルイホウを見て、モリヒトは再度窓の外へと視線を向けた。

「・・・・・・さて、本当に、昨日ので敵は全部なのかねえ」

 セイヴ、エリシア。

 昨日見た、二人の兄弟。

 まだ、目を覚ましてから会話はしていないが、

「・・・・・・ルイホウ。俺、もう動いていい?」

「今日一日はベッドの上で。はい」

 明日からはいいですよ、と言われて、やれやれ、と息を吐く。

「じゃ、また寝る」

「はい。おやすみなさいませ。はい」


ここからは、更新はゆっくり目にします。

目標は、隔日更新です。

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