7:夢魔
モリヒトは、高本家のリビングで、過去の事件について話し終えた。
それは、モリヒトが忘れていた記憶である。
思い出し、仁美の両親である高本夫妻に、話した。
思い出し、話すうちに溢れた涙をぬぐい、モリヒトは顔を上げ、温くなった茶を飲んだ。
「・・・・・・はあ」
ほっと、息を吐く。
「・・・・・・守仁君」
「あ、はい」
「話してくれてありがとう」
「いえ。結局、俺のせいで」
「それは違うだろう。言っては何だが、仁美を殺したのは君の父親であり、守仁君ではない。断言する。君のせいではない」
おじさんの言葉に、モリヒトは頷くことも否定することもできず、黙り込む。
「・・・・・・それにね」
悲しさをこらえたような、苦い笑みを浮かべて、おじさんは告げる。
「私たちは、仁美がそういう死に方をしたことを、知っていたんだ」
「・・・・・・え?」
それは、モリヒトにとっては驚く言葉だった。
知っていたのなら、それこそ、もっと早くに教えてくれてもよかっただろう、と思う。
「警察が、司法解剖してくれてね。・・・・・・それで、まあ」
骨の状態から、頭に怪我を負っていたこと。
致命傷となったのはその怪我であり、その怪我が火に包まれる前に負ったものであること。
おそらくは血まみれであり、その血のかかっていた部分はほかより燃え方が少なかったこと。
「そういうことから、もしかしたら、事故ではなく、事件の可能性がある、とは聞かされていた」
「それは・・・・・・」
「警察は、君が重要参考人と見ていたから、あまり多くを語らないように、と口止めされていてね」
「知らなかったわ」
母である明恵も、またモリヒトと同じように驚いている。
知らなかったのだろう。
「まあ、とにかく、そういうわけだ。守仁君の話を聞いて、むしろ合点がいったことの方が多いよ」
「そう、ですか」
そう言うと、ふと、モリヒトは力が抜けたような気がした。
緊張が抜けたというか、余計な力のこわばりが抜けた。
「・・・・・・・・・・・・」
そんなモリヒトの肩を、もう一度ぽんぽん、とおじさんは叩いた。
「さて、いい時間ね。晩御飯の支度しないと。明恵ちゃんも守仁君も。食べていくでしょう?」
「ごちそうになるだけなのも悪いわ。手伝うわよ」
「ありがとう」
おばさんと母が、台所の方へと向かう。
「・・・・・・また、ここを家と、そう思ってくれていいからね」
「ありがとう、ございます」
優しい声で言ってくれるおじさんに、モリヒトは深く頭を下げた。
** ++ **
夜。
客間に引いた布団の上に座り、モリヒトはアルバムを開いていた。
「・・・・・・ふん」
母のところに保管されていたものと、そして、高本家から借りてきたものだ。
それぞれに、モリヒトが映っている写真があり、それにはほぼ間違いなく一人の少女が映っている。
軽い茶色の長髪に、褐色の瞳。
見覚えのある色合いと、面立ち。
「これだけ合わせると、むしろ欲求不満だったのか、とか思えそうなものだな」
苦笑する。
テュールの王城で見た、夢魔の姿。
山を登っている最中に見た夢の中での、あの姿。
両方と比較するに、あの姿と写真の中の姿は、年齢に差がある。
写真の中の少女は、大きくても中学生まで。
当たり前だ。
高本仁美は、高校に入る前に死んだのだ。
だが、夢で見た姿は、大体モリヒトと同年代に見えた。
そして、
「・・・・・・まあ、成長したらあんな感じ、か?」
そう言う意味では、よく似ている。
少なくとも、顔立ちはそっくりだ。
「・・・・・・」
笑い顔もだ。
「・・・・・・んー」
なんだか、見ていると不思議な気分になってくる。
もしかしたら、何事もなければ、ああ育った仁美が、モリヒトの隣にいたかもしれない。
「・・・・・・たられば、と言っても仕方ないけどなあ」
だが、それで夢魔の姿を、ああして見たのはなぜだろうか。
「・・・・・・寝るか」
アルバムを最後までページをめくり、閉じる。
それを置いて、モリヒトは布団に横たわり、目を閉じた。
** ++ **
「・・・・・・で、こうして夢に見る、と」
出来すぎだろ、と苦笑する。
居場所は、
「学校か?」
教室だ。
それも、ここは高校のそれだろう。
三年、モリヒトが通った場所だ。
<わたしは、通えなかった場所だね>
「・・・・・・・・・・・・おう」
そうしたところで、夢魔が現れた。
場所に似つかわしい、制服姿だ。
「三度目か」
<・・・・・・へへ>
今までにあったような、妖艶な雰囲気はない。
ただ、穏やかに、どこかあどけなく笑っている。
「・・・・・・・・・・・・ただの夢か?」
<どうかな?>
首を傾げ、仁美によく似た顔の夢魔は笑う。
<どう思う?>
「・・・・・・・・・・・・まあ、俺の体質を考えると、あり得るかもしれない仮説がある」
<どうぞ?>
「ご本人ですか?」
<なんで敬語なのー?>
くすくす、と夢魔は笑った。
おかしいかもしれない、とは思う。
夢だと、ただの願望だと、そう思っておいた方がきっと正しい。
だが、違うと、そう思いたい。
「ていうか、夢か、これ?」
<どうだろうね? わたしは、結局そういうの、あんまりわからないから>
それで、と夢魔は笑う。
<分かった?>
覗き込まれるような上目遣いで聞かれて、モリヒトは笑う。
「・・・・・・俺の不幸体質は、生まれつきのもの。つまり、俺の体質は生まれつき」
当然、あの事件の時も動いていた。
そして、
「人は、地脈に溶ける。つまり、人は魔力になれる」
その二つを合わせると、
「・・・・・・あの時、俺は死に際のお前を、魔力として吸収した可能性がある」
<残留思念、とか、背後霊みたいなもの、と考えた方が、しっくりくると思うけど?>
「まあ、そっちでもいいけどな」
実際にどうか、と言われると怪しくはある。
だが、モリヒトには、多分そうなんだろう、とぼんやりとした確信があった。
間違いない、と。
「・・・・・・俺の中に、いたんだな」
<いるなあ、て自分で分かるようになったのは、最近。モリ君が、魔力を使うようになってから>
「そうか」
<もっと言うと、自分がそうなんだ。ってはっきりしたのは、ミカゲさんが出てからだね>
「・・・・・・めっちゃ最近」
<そうだね>
やはり、にこにこと仁美は笑っている。
そのまま、窓際で一番後ろの席に座った。
<・・・・・・>
ぽんぽん、とモリヒトに向かって、隣の席を示して見せる。
「はいはい・・・・・・」
座る。
<こう、できてたかもねー>
べたー、と机の天板に上半身を投げ出して、モリヒトの方を見ながら、仁美は笑う。
「できなかったけどな」
<んー・・・・・・>
困った、と笑い顔が変化するのを見て、モリヒトは困る。
<ごめんね? 下手打った>
「それでいいのか? ていうか、何があった?」
<別に、大したことじゃないよ。モリ君が高校に進学して家を出るんだから、もっとしっかりしたらどうですかって、余計なことを言っちゃっただけ>
「・・・・・・本当に、余計なことだな」
酔った父にそんなことを言ってしまえば、それは怒るだろう。
<さすがに、いきなりがつん、とやられるとは思わないって>
「やっぱ、あれは親父がやったのか」
<うん。・・・・・・反射でカバン振り回したら、それが当たった感触はあったけど、奥の部屋に隠れることしかできなくて>
「・・・・・・俺にメッセージ送れるなら、それこそ、助けを呼べよ」
本気で、そう思う。
なんでそうしなかったんだ、と。
せめてそうしてくれていれば、もしかしたら、助けられたかもしれないのに。
「・・・・・・なんで、助けさせてくれなかったんだよ」
<無理だって、思ったから。・・・・・・怪我、してほしくなかったんだ>
致命傷になるほどに強く殴られていたのだ。
助け出したからといって、助からなかったかもしれない。
「・・・・・・ざけんな」
それでも、とモリヒトは絞り出すように声を出す。
「怪我なんか慣れてる。仁美がいなくなる方が痛い」
<うん。そうだね。・・・・・・ごめんね? 頭叩かれて、ぼけっとしちゃった>
てへ、と笑っているが、
「笑えねえ冗談だ」
はあ、とモリヒトは、ため息を吐いた。
「・・・・・・まあ、しょうがないか。そういう、やつだもんな」
<へへ・・・・・・>
また、仁美は笑った。
** ++ **
<そろそろ、目、覚めるね?>
「・・・・・・そうか」
しばらく、話をしていた。
そしたところで、ぽつり、と仁美が言った。
「・・・・・・終わりか」
<ん。こうして話せるのは、これで最後>
「・・・・・・なんで?」
<だって、いつまでも『過去の女』に、こだわったらだめだよ?>
「また、そういう自虐的なことを言う・・・・・・」
そういうやつだ、と分かっていても、どうにも目が険しくなる。
それに、『過去の女』、という扱いも、どうか。
<だって、わたしとも、先輩とも違うじゃない>
「・・・・・・」
誰のことを指しているのか、はさすがにごまかす気はなかった。
<まあ、それは冗談としても>
「ん?」
<あっちに帰るには、わたしはここにいられないよ>
「・・・・・・・・・・・・そうか」
<うん。『送り方』は、なんとなくわかってるから>
「あれか? ミカゲのか? わかるのか? 何だよ。天才か?」
<違うよ。ミカゲさんが、使えるようにしておいてくれたの>
「あいつ、俺に黙って」
<待ってるだろうから、迎えに行ってあげて?>
言われて、モリヒトは息を飲む。
「・・・・・・お別れか?」
<うん>
「・・・・・・そうか」
どうしようもないか、とモリヒトは思う。
<モリ君>
「おう」
<わたし、こうなったから、いろいろと分かったことがあるの>
「おう」
<だから、モリ君が、あっちに帰りたがってること、ちゃんとわかってる>
「ん」
そ、と手を伸ばし、仁美はモリヒトの頭を撫でた。
<まずは、目を覚まして>
「うん」
<それから、お別れ。・・・・・・帰る時の場所は、分かるよね?>
「ああ」
<うん。じゃあ、次は、その時ね?>
モリヒトの頭から手が離れ、そして、仁美はニコリ、と笑った。
** ++ **
目が覚めた。
朝だった。
「・・・・・・・・・・・・」
アルバムを開く。
中学生の最後、修学旅行から帰ってきて撮った写真がある。
「・・・・・・さよなら、だな」
一つ、そこに映る仁美の姿を撫でて、モリヒトはアルバムを閉じた。
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