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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
間章:帰還
216/436

5:記憶

 呆然とした。

「・・・・・・大丈夫?」

 対面に座る先輩の問いに、モリヒトは応えられない。

「頭痛い・・・・・・」

 頭を押さえて、天を仰ぐ。

「本当に、大丈夫?」

「・・・・・・正直、なんでなんだろうって言う感じです」

「何が?」

「いや、なんで、今まで、そのことをすぱっと忘れてたのかって」

 頭を押さえる。

 こめかみを揉む。

「・・・・・・うわー、まじだ。なんで存在忘れてたんだ?」

「あれ? あっさりと思い出してる・・・・・・」

 あれやこれや、と思い出し始めたモリヒトの様子を見て、先輩は首を傾げた。

 その様子に、モリヒトも首を傾げる。

「え? どうしたんですか?」

「・・・・・・ええっとね? 守仁君。私が怒った一番の理由って、何かわかる?」

「はて?」

「あの日、私がお墓参りしないと、って言った時、守仁君は、誰のって聞いた」

「はい」

 そこははっきりと覚えている。

「私その時、仁美ちゃんの名前出したのよ?」

「・・・・・・そう、でしたっけ?」

「そう。・・・・・・私はあの時、仁美ちゃんの名前を出した」

 きゅ、と眉を寄せ、睨むように、先輩はモリヒトに告げる。

「でも、守仁君は、それが聞こえていないようにふるまった。はっきりと目の前で言ったのに、守仁君の中で、その存在は完全になかったことになってたの」

「・・・・・・やばいやつじゃないですか」

「そうよ」

 愕然とモリヒトが言うと、先輩ははっきりと頷いた。

「最初は、ごまかしているのか、いないことにしているのか、って、ひどいことをしているって、そう思った」

「それは・・・・・・」

「私は、仁美ちゃんがいないのをいいことに、守仁君に近づいたって、罪悪感があったから」

 先輩にとって、複雑な感情があることだ、と言うことだろう。

 モリヒトにとっては、どうにも反応に困る話だ。

「とにかく、守仁君が仁美ちゃんに執着してないのはいいけれど、でも、仁美ちゃんのことを軽く扱うのも許せなくて・・・・・・」

「で、あの剣幕ですか」

 人としてどうかと思う、とか、そういう類の言い方で起こられた。

 今思えば、もっともなことを言っている、と思うが、当時は相当理不尽に感じた。

「んー・・・・・・」

「とはいえ」

 唸っていると、先輩はモリヒトを見て、

「あの反応って変だなって」

「頭のおかしいやつですよね。どう考えても」

「・・・・・・正直、喧嘩別れしちゃったショックと、怒りが冷めなくて、受験に集中しちゃったから、気づいたのは、合格決まって、落ち着いて考えられるようになってからなんだけど」

「いや、俺のせいで大学落ちた、とかならなくてよかったと思いますよ」

 そうなっていたら、今頃モリヒトも罪悪感を抱いていただろう。

 そうはならなかったことは、素直によかったと思う。

「で、どうしようかと思って、守仁君のお母さんに連絡取ったのよね」

「・・・・・・母に?」

「ええ」

「・・・・・・母と会わせたこと、ありましたっけ?」

「守仁君と一緒に会ったことはないね。・・・・・・仁美ちゃんと外で偶然会った時ね、守仁君のお母さんと会ったの」

 仁美は幼馴染で、その家族とは当然付き合いがある。

 仁美の方も、モリヒトの家族とは付き合いがあった。

 それこそ、互いの家に行き来するくらいだ。

 母と会って過ごすより、仁美の家族と過ごした時間の方が、長かったかもしれない。

 家に帰りづらいモリヒトが、仁美の家に泊まることだって、何度となくあった。

 仲のよかった相手で、

「・・・・・・あ、おじさんとおばさんに、高校入ってから合ってないな」

「・・・・・・そっちも連絡取ったよ。守仁君の状態を話したら」

「お、分かります。母さんに、いきなり病院に連れていかれて、いろいろ検査受けさせられた時ですね」

 二年に上がる少し前のころだ。

 何も言われず、いきなり病院に連れていかれて、それから様々な検査を受けた。

 問診のようなものを多く受けたし、MRIとか、スキャンとか、よく考えると頭を中心に検査されていた気がする。

「そっか、あれ、そういう・・・・・・」

「そうだよ。あの後、守仁君が、事故の辺りのこととか、仁美ちゃんのこととか、忘れているって、分かったの」

「マジすか・・・・・・」

 事故のショックだろう、とそう診断されたのだという。

「どうするかって話になったんだけど、仁美ちゃんには悪いけれど、ショックを忘れてしまっているものを、無理に思い出させてもって、話になってね」

「・・・・・・・・・・・・」

 結果、そっとしておく、ということになったらしい。

 思い出さないままだったとしても、不都合になることはないだろう、という判断からだ。

 言っては何だが、忘れていることは、故人のことなのである。

「でも、そう決まったら。今度は、どうしたものかって」

「それは」

「喧嘩したこと。謝ろうと思っても、じゃあ、何を怒ってたんだって聞かれたら、私答えられないじゃない?」

 それで、思い悩んだらしい。

 結局、そのまま別れた状態で、ずるずるとやっている間に、モリヒトは高校を卒業し、大学進学を期に、地元を離れてしまった。

 それから、悶々としたまま過ごしていたらしい。

「でも、そしたら、今日のんきにぶらついてるし」

「ははは・・・・・・」

「しかも、なんか割と平然と受け入れてるし」

「・・・・・・そうですね。俺もちょっと自分で意外です」

 不平じみた言い草に苦笑しつつも、モリヒトは頷いた。

「まあ、ちょっといろいろあって、自分の昔のこと、思い出す機会がありまして」

 黒の山に登った時、見えた幻影。

 あの中で、決定的な場面こそ見なかったものの、あそこで何かを忘れている、という感覚は得ていた。

 それを時に思い出そうとしては、頭痛にさいなまれてそれ以上を思い出すことは叶わなかった。

 それが、

「さっき、先輩に言われた時、ふ、と思い出せました」

「・・・・・・大丈夫?」

「まあ、大丈夫です」

 頭が痛い、重い、とそういう感覚はある。

 だが、それ以上に、心が痛い。

「なんだか、不思議と、思い出せます。・・・・・・なんで忘れようとしてたんですかね」

「ショックだったから」

「はは。かも、しれません」

 はあ、と大きく息を吐いた。

「・・・・・・先輩、ありがとうございます。教えてくれて」

 ぺこり、と頭を下げる。

「・・・・・・守仁君」

 その姿を見た先輩は、何か言いたそうにして、だが、言葉を引っ込めた。

「・・・・・・うん。どういたしまして」


** ++ **


「・・・・・・だめだなあ。あれは」

 店を出て、モリヒトと別れ、仁恵は歩く。

「ヨリを戻す、とか、そういうの、一切考えてない」

 はあ、とため息を吐いた。

 完全に、終わった関係ってことなんだね、と口の中でつぶやく。

「・・・・・・仁美ちゃんといた時と一緒。一番大事な人が、ちゃんといるときの雰囲気」

 新しい彼女かな、と思ったが、

「違うなあ・・・・・・仁美ちゃんとも、あれだけ仲良かったのに、結局付き合ってなかったし」

 仲が良すぎて、そういう地点を通り過ぎてしまったような二人だった。

 だからといって、その間に入り込めそうな隙間はなかった。

 今も多分、そういう感じ。

 守仁は、きっと意識をしているし、相手もそういう雰囲気を持っていて、でも決定的なことをしていない。

「・・・・・・なあなあで付き合うとか、できないタイプだもんねえ。守仁君は」

 しかたない人だ、と仁恵は笑った。

「・・・・・・うん。でも、大丈夫そう」

 うん、と頷く。

 振られたような気分でもあり、きちんと決着をつけられた気分でもある。

「・・・・・・がんばれ」

 振り返れば、守仁が行く背が見える。

「・・・・・・がんばれ」


** ++ **


「・・・・・・はあ」

 足が重い。

 だが、行かないといけない。

 確かめる必要がある。

「・・・・・・」

 行き先は、馴染んだ道だ。

 だから、行く。

 途中、高校生時代に住んでいたアパートがあり、そして、

「・・・・・・母校ってやつだよな」

 かつて通っていた中学。

 変わらないもの、と思っていたが、

「なんか増えてるし」

 四角い建物だったと思ったが、とがった屋根の校舎が増築されている。

 時間が流れて、何か建て替えが終わったのだろうか。

「・・・・・・変わるねえ」

 通り過ぎ、そして、進む。

 やがて、

「・・・・・・おー・・・・・・」

 ビルがあった。

 記憶の通りなら、ここに、かつてアパートがあった。

 中学まで住んでいたアパート。

 火事で焼け落ちたアパートだ。

 だが、今はもう、新しいビルに建て替えられている。

「・・・・・・ふう」

 そうして、その先だ。

 その先に、家がある。

 区画を一つ跨いで、そこまで。

 歩きなれた道だ。

 道順は、身体が覚えている。

 そして、そこに、家がある。

 表札には、『高本』とあった。

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