表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
間章:帰還
215/436

4:先輩

 午前中の空気の中、電車が駅に止まる。

 モリヒトは、電車を降りて、駅を出る。

 大学の近くではなく、実家の最寄り駅だ。

 もっとも、モリヒトにとって、実家と呼べる家はない。

 中学を卒業するまで暮らしていた場所は、ぼろいアパートで、そこは既に火事で焼け落ちている。

 高校生の間は、小さなアパートで独り暮らしをしていたが、そのアパートはもう別の誰かが住んでいるだろう。

 母の家は、寝泊りする場所ではなかったため、実家という感覚はない。

 故郷、とは言えても、実家はない。

「・・・・・・」

 駅前の光景は、懐かしいとは思う。

 だが、やはりどこか他人事のように感じる。

「そういうものかね、と」

 妹の部屋に残されていた着替えなどを適当に詰めたカバンを持ち、モリヒトは歩き出した。

「・・・・・・さて?」

 母からもらっていた鍵で玄関の鍵を開ける。

 今日は平日だ。

 母は仕事である。

 だから、誰もいない家に入る。

 靴を脱いで中に入り、リビングへ。

 そうすると、リビングのテーブルの上に、手紙が置いてあった。

「・・・・・・」

 家の中のこと。

 どこで寝泊まりすればいいか、と書かれている。

 客間の一つが開いているし、そこに布団が出してあるから、そこを使え、と書いてあった。

「・・・・・・さて」

 他に特に何かが書いてあることもない。

 ともあれ、その客間に荷物を置いて、モリヒトはどうするか、と考える。

 今、特に思いつくことがない。

 ともあれ、昼に近い時間帯である。

 何か、昼食を摂るため、モリヒトは家を出た。


** ++ **


 昼食として、チェーン店の牛丼を食べ、店を出て、数分ぶらついた。

 生まれてから高校を卒業するまで、この街にいた。

 このチェーン店も、高校の時はよく来ていたし、今も変わらず店はあった。

 食べて、外に出て、左に行けば高校。右に行けば、当時暮らしていたアパートだ。

 そのアパートをさらに行くと、通っていた中学があるし、さらに行けば、中学まで住んでいたアパートがある。

 ちなみに、母の家は、中学の近くまで行って、そこで曲がる。

 ふう、と一つため息を吐いた。

 時間は、まだ昼過ぎの時間だ。

 母が帰宅するのは、夕方。

 それまでは、適当に時間を潰したいところだ。

 だから、なんとはなしに、高校の方へと足を向けた。

 その途中であった。

 懐かしい顔と、再会したのは。


** ++ **


「・・・・・・あ」

「・・・・・・あ」


** ++ **


 近場の喫茶店で、向き合って座る。

 記憶にあるよりは、少々年上になったと思える女性だ。

 最後の記憶が高校生の頃の話で、今の相手からは学生っぽさはない。

 落ち着いた、とも、あるいは、大人、ともいえるような感じだ。

 とはいえ、分からないほどに変わってはいない。

 互いに飲み物が届いた段階で、先に相手が口を開いた。

「・・・・・・久しぶり、だね? 守仁君」

「お久しぶりです。先輩」

「・・・・・・・・・・・・ん」

 その呼び方に、何かを言いたげにして、だが、相手は結局、頷くだけだった。

「どうしてた?」

「どうも何も、普通に大学生ですよ」

「そう、なんだ・・・・・・」

 どうにも、歯切れが悪い。

 仕方ないか、とも思う。

 中学のころから、先輩後輩としての付き合いはあった。

 モリヒトが入学した後、それほど時を置かず、告白される形で、モリヒトは彼女と付き合うことになった。

 付き合い自体は、半年ほど続いたものの、仲たがいをした後、彼女が受験勉強に入り、会うことも少なくなれば、自然となくなった。

 決して、悪い付き合いをしていたわけではない、とは思う。

 ただ、一方で、こうして向き合ってみると、どうにも気まずさはある。

「ええっと・・・・・・」

 久しぶりに出会い、つい話を誘ってしまったが、

「よく考えたら、先輩、こんな急に誘って大丈夫だったんですか?」

「え?」

「いや、先輩、もう大学卒業してるでしょ」

 年を考えれば、そのはずだ。

 先輩は大学に浪人せずに入学していたし、モリヒトが異世界に行ってから、二年が過ぎている。

 すでに先輩は、大学は卒業している年のはずだ。

「あ、うん。それは、平気。今は院生だから」

 ある程度は、時間に自由はあるという。

「そうですか」

「うん・・・・・・」

 しばらく、沈黙した。

 モリヒトが様子を窺えば、先輩はちら、とモリヒトを見て、視線が会うやいなや、視線を逸らす。

 こういう人だったけか? と、内心首を傾げる。

 当時、中学卒業間近になって、アパートの火事に巻き込まれ、モリヒトは怪我を負って長期入院していた。

 高校の入学自体は問題なかったため、退院してから高校には通ったものの、出遅れは致命的で、どうにも馴染めずにいた。

 そこに、中学からの付き合いがあった先輩が部活へと誘ってくれて、部活では同学年の仲間もできて、そこからなんとか高校に馴染んだ、という感じだ。

 それだけに、先輩には感謝があるし、一方で、最後の仲たがいのあれだけは、どうにも納得がいかない。

「・・・・・・先輩は、どうしてました?」

「え?」

 だから、聞いていた。

 ルイホウのことを思い出す。

 ルイホウに、過去の女遍歴を聞かれた時、一番、というか、唯一思い出したのが、先輩のことだった。

「私は、大学に行って、勉強してて、今は院生で・・・・・・」

 段々と小さくなる声に、なんとも言えず、飲み物を口に含む。

 それから、少し考えて、声を出す。

「大学で、誰かいい人見つけましたか?」

「え?」

 呆然、あるいは、唖然。

 モリヒトの問いに、先輩はそんな顔をした。

「な、なんで、そんなことを聞くの?」

「正直、俺、未だに先輩が何を怒ってたのか、わかってないんです」

「・・・・・・あ」

 付き合い自体は、うまくできていた、と思うのだ。

 恋愛感情の面でも、モリヒトは先輩が好きだった自覚がある。

 好かれていた、という自負もある。

 付き合い始めてから半年、順調だった、と思う。

 だが、秋口に差し掛かったころ、前触れなく、先輩はモリヒトに対して、怒りをあらわにした。

 何に怒っているのかもわからず、理不尽を感じたモリヒトも、売り言葉に買い言葉で応戦し、あとは喧嘩別れだ。

 ただ、別れてから、高校で、あるいは、大学で、モリヒトは声をかけられたことはある。

 その誰とも付き合おう、とは思わなかったのは、先輩のことが影響していなかったわけがない。

「・・・・・・俺は、先輩のことが好きでしたよ」

「・・・・・・うん。私も、そうだよ」

 頷かれて、だからこそ、モリヒトはさらに首を傾げた。

「・・・・・・聞いていいですか?」

「う、うん」

「なんで、あんなに怒ってたんですか? 何に、怒ってたんですか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 モリヒトが、じっと見つめる。

 その視線を受けて、先輩は、しばらくうつむいていた。

「・・・・・・ずっと、好きだったんだ」

「?」

 そうして、しばらくの時間が経った後、先輩はぽつり、と口を開いた。

「中学で、初めて守仁君たちを見た時、仲良しなんだなって、そう思った」

 たち、というところに、モリヒトは疑問を持つ。

 中学で、仲のよかった友人はいる。

 ただ、それだったら、先輩も同じはずで、先輩がうらやましがるような関係の友人に、モリヒトには心当たりがなかったからだ。

「・・・・・・それで、君達を見てるうち、私は、守仁君が好きになった。とても仲がよくて、それから、とても、優しかったから」

 先輩は目を伏せて、だが、柔らかい笑みを浮かべて、大事な思い出を語るため、懐かしそうに言う。

「中学の間。私は守仁君のことが好きで、進学しても変わらなくて、高校で守仁君が一人だったから、付き合おうって言ったんだ」

 そこで笑みは消え、先輩は、モリヒトを窺うように見る。

「・・・・・・付き合うことを了承してくれたことを喜んで、でも、罪悪感を抱えてた。私は、ずるいのかなって」

 疑問が、ある。

 だが、モリヒトの中で、それがうまく像を結ばない。

「・・・・・・うん。分からないんだ。やっぱり?」

 そんなモリヒトの戸惑いを見て取ったか、先輩は悲しそうに笑った。

「だから、悲しくて、怒ったの」

「え・・・・・・?」

「ごめん。私が、気付くべきだったんだ」

 突然、先輩はモリヒトへと頭を下げた。

「あの、先輩。一体どういう・・・・・・?」

「ごめん。誰も、言わなかったから、気付かなかったんだよね」

 モリヒトは、ぐ、と胸が締め付けられる痛みを感じた。

 胸を押さえ、先輩を見る。

「先輩・・・・・・?」

「私はその時、守仁君が、ごまかしているんだと思った。私をからかっているのか、あるいは、気遣っているのか、どちらかで」

 先輩は顔を上げ、モリヒトを見る。

 その目は、まっすぐにモリヒトと目が合った。

 強くて、鋭い目だ。

 少しだけ、ルイホウに似ている、と、そんなことを思ってしまった。

「あの時、私が最初に守仁君に言ったこと、覚えてる?」

「えっと・・・・・・」

 戸惑い、言葉をなくすモリヒトに、先輩は胸に手を当て、こう言った。


――『受験が終わったら、お墓参りに行こう』――


 先輩は続ける。

「そしたら、守仁君はこう言った」


――『誰のですか?』――


「最初は、急に言ったから、思い至らないのかなって、そう思った」

 だが、その後、言葉を交わすうち、

「守仁君が、本当に、誰のお墓なのか、分からなくなっていることに気づいた。・・・・・・それどころか」

 は、と、漏れたのは、モリヒトの息だった。

 だが、先輩は続けた。

「守仁君が、『あの子』の存在を、完全に忘れているんだって、そう気づいた」


 『あの子』


 その言葉だけが、モリヒトの中で存在感を持つ。

「私は、動揺したよ。君と付き合っていること。そのことについて、ずっと『あの子』に罪悪感を抱いていたのに、守仁君は、あんなに大事にしていた『あの子』のことを、すっかり忘れていた」

 先輩が好きだったのは、

「私が好きだったのは、『あの子』と仲が良くて、『あの子』に優しい守仁君だった。それを自分に向けてもらえないか、なんて、浅ましいことを考えて、実際に向けてもらえたことに喜んで・・・・・・」

 違う、と先輩が言う。

「このまま、付き合い続けたら、私は、『あの子』の代わりになってしまうんじゃないか。そう思ったの」

 視線を落とし、先輩は言う。

「そう思ったら、怖くなった。私がしていることはすごくずるいことで、すごくいけないことだって」

 その怖さのまま、八つ当たりのようにモリヒトに怒りをぶつけ、別れてしまった、と先輩は言う。

「・・・・・・先輩、俺は・・・・・・」

「私が言っていることの意味が、分からない?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・ううん。分かる、よね?」

 答えられない。

 だが、胸を締め付ける痛み、頭を指すような痛み。

 鼻の奥に漂う、焦げた匂いと、人の血の匂い。

「・・・・・・守仁君。私の名前。言える?」

「・・・・・・先輩は、・・・・・・ひとみ・・・・・・」

「うん。守仁君は、喧嘩した時、私の質問に、そう答えたよね」

 先輩は、悲しそうに微笑んで、自分の胸に手を当て、言った。

「違う。私の名前は、仁恵ひとえ

 付き合っていたころ、先輩、としか呼んでいなかったから、名前を呼ぶことなんてそうはなかった。

 あっても、名字の方を呼んでいた。

 名前を呼んで、と言われたのは、喧嘩をした、あの時だけ。

「ひとみ、仁美っていうのはね、『あの子』の名前」

 一呼吸を置いて、先輩、仁恵は、モリヒトへと告げる。

「高本仁美」

 その名前を聞いて、モリヒトは、はっと、息を飲む。

「あのアパートの火事で死んだ犠牲者」

 それから、

「守仁君が、生まれたころから一緒だった、守仁君と一番仲良しの、幼馴染の女の子」

 告げられた言葉に、モリヒトは、ただ、言葉もなく、息を飲んだ。

評価などいただけると励みになります。

よろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ