3:喪失
ホテルの部屋を出る。
部屋自体は、三日取ってある。
もし三日以上残るようなら、母に相談。
その場合、延長するか、もしくは母のいる家に移動することになる。
そうなると、今度はモリヒトの母校などがある地域になる。
ユキオ達のことを調べるならば、この三日のことだ。
「さて、まずは、駅から、か」
駅へ向かう。
その途上で思い出すのは、黒の山に登った時のことだ。
あの登山道を上る途中に見た幻の光景。
その光景に似た景色が、モリヒトの前に広がっている。
とはいっても、人通りはあるし、にぎやかだ。
日中の光景は、大きく違うと印象が違うものだ。
「・・・・・・あっつ」
日差しが強くて、じんわりと汗がにじむ。
「さて?」
資金は、母の管理となっていた自分の通帳を使って、いくらか引き出してきた。
数日の生活分には、十分に足りる。
そうして、モリヒトは、いくらかの場所を巡っていた。
主に巡った場所は、ユキオ達が通っていた学校。
それから、ユキオとアヤカの実家である八道家。
それなりの大きさの一軒家で、豊かなんだろう、と思わせてくれる。
アトリの実家である、藤代の道場。
こちらは、道場があるだけあって、相応に大きな家であった。
稽古中と思しき掛け声が、外まで響いていた。
ナツアキの実家である、時任家。
平凡なマンションの一室であった。
さて、そんな三人の実家を見に行って、それ相応の情報を得たモリヒトは、ううむ、と頭を悩ませていた。
** ++ **
調べ始めてから、一日が過ぎた翌日の昼過ぎ。
「どういうことだ?」
近場の喫茶店。
正確には、ケーキ屋の中に併設されたイートインスペースだ。
平日昼間であるためか、客の姿は少ない。
腰を下ろし、ケーキを口に運んでコーヒーをすする。
「・・・・・・うーん?」
このケーキ屋に入ったのは、何とはなしに見覚えがあったから。
それで気が付いたのは、ユキオと向こうの世界に行ったとき、ユキオからもらったケーキの箱に、ここの店のマークがあったからだ。
食べてから、思い出した。
「・・・・・・む」
甘くてうまい。
こういう味だったっけな、と懐かしむ。
正直、一回しか食べていない味なのだが、意外とよく覚えている。
それだけ、強烈な記憶である、ということなのかもしれない。
「・・・・・・ふーむ」
メモ帳を取り出す。
携帯を持っていればよかったのだが、スマホはあちらの世界に置きっぱなしだ。
だから、メモ帳とペンで、情報を記録して、整理する。
「こういう、仕様ってことなのか?」
状況に不可解な点がある。
その不可解な点を説明できる理屈は、召還の儀式の仕様、ということだ。
「まさか、なあ」
うーん、と悩む。
「ユキオって存在自体が、消えてるとは」
** ++ **
記録を漁った。
ユキオ達の年齢と、二年が経過している、という事実から、ちょっと突っ込んだ。
ユキオは、高校二年と言っていた。
それから二年が経過しているなら、当時の二年生は、大学生になっている。
モリヒトの大学の友人に連絡を取り、その高校から大学に進学してきた学生に繋ぎをとってもらった。
そして、高校の卒業アルバムを見せてもらったのだ。
友人には大分と心配されるかと思ったが、
「まあ、モリヒトだし」
と流されたことだけが納得がいかない。
それだけ、モリヒトの不幸体質が知れ渡っている、ということかもしれない。
まあ、以前にも、変に巻き込まれた結果、一ヶ月ほど海外に行っていた時期もあったため、そういうことも踏まえての言葉だろう。
納得はいかないが。
それはそれとして、卒業をアルバムを見せてもらった結果だ。
アトリやナツアキは、見つけることができた。
だが、ユキオがいない。
その友達に、ユキオがいた当時の状況を聞いたところで、ユキオがいたらしい情報はでなかった。
ユキオは、生徒会長をやっていた、と聞いたが、その座に就いているのは、モリヒトが知らない誰かだった。
そして、アトリもナツアキも、生徒会には関わっていなかった。
「・・・・・・ふむ?」
どういうことかねえ、と悩む。
コーヒーのお代わりと、追加のケーキを頼んで、情報を整理する。
昨日一日を使って調べられる情報としては、十分だろう。
これ以上を調べようと思ったら、頭がおかしくなったと思われること覚悟で、直接本人に聞きに行くしかない。
「やりたくねー」
普通にやりとりに想像がつくだけに、ちょっとやりたくない。
それに、これだけの情報でも、十分に知りたいことは知れた。
「さて、どうしたものか・・・・・・」
むーん、と考え込んでいたところで、
「・・・・・・相席、いいですか?」
「ん?」
声をかけられて、はっとした。
ふと見れば、女子高生が立っていて、
「お? 相席?」
周囲を見回すと、いつのまにやら、席が埋まっている。
ちょっと長い間考えすぎていたらしい。
「ここでよければ、どうぞ」
テーブルの上に広げていたノートを引っ込め、手元に寄せる。
そうして場所を開けてやれば、
「ありがとうございます」
静かに礼を言って、その女子高生は向かいに座った。
「・・・・・・んー」
急に声をかけられて慌てて場所を開けたが、改めてその顔を見て、モリヒトは顔をしかめた。
「えー・・・・・・」
少し成長したアヤカ、八道彩華が、そこに座っていた。
** ++ **
「・・・・・・何か?」
ぼけ、と眺めてしまったモリヒトを、彩華がジロリとにらんできた。
成長しているとはいえ、なんとなく見覚えのあるその視線に、つい面白くなって、
「ん? 慣れてるだろ、美人に見惚れる視線」
「・・・・・・・・・・・・その切り返しは、初めてです」
一瞬、きょとん、としてから、綾香はふ、と笑った。
おや、と思う。
表情がずいぶんと柔らかい、というか、気が抜けている。
「変な人ですね」
「そうか?」
「変な人です・・・・・・」
どこか、噛み締めるように、彩華は言った。
それから、じっと、黙り込む。
何か考え込んでいるかのような、その沈黙にしばらくしてから、モリヒトは聞いた。
「どうしたよ?」
「・・・・・・今日、ここに来るつもりはなかったのです」
不意に、ぽつ、と彩華が言った。
「お?」
「普段は、一ヶ月に一回とか、そのペースで、持ち帰って食べているのです」
「それで?」
「今日は、その日ではないのです」
それから、少し言いよどみ、綾香は、モリヒトの顔を見た。
「今日、ここに来ると、何かが解決する気がしたのです」
「なんだよ。超能力者かなんかか?」
「ただの、カン、です」
アヤカは、人の心が読める、とかユキオは言っていたし、アヤカ本人もそれは否定しなかった。
彩華にも、そういう力があるとして、不思議はない。
とはいえ、
「んー。・・・・・・俺も、まあ、ちょっとした問題、というか疑問を抱えていてなあ。もし、君が話を聞かせてくれるなら、ちょっとは前進するかもしれん」
「・・・・・・」
ちょうどいい機会だから、とモリヒトは、彩華に問いかけてみることにした。
「なあ、もし、君にお姉さんがいたとしたら、どんな人だと思う?」
** ++ **
話を聞き終えて、店を出た時には、夕方になっていた。
「ありがとうございました」
「ん?」
彩華に礼を言われて、モリヒトは首を傾げる。
「色々、お話をくれたことです」
「荒唐無稽な電波話もいいところだろうに」
「ですが、納得が行きました。作り話だとしても、心が落ち着いたので」
そっと、胸を押さえて、彩華は目を伏せる。
「なんだか、何か足りないような気がしていたのです」
彩華の話は、二年前のことだった。
二年ほど前まで、彩華は人の心が読めたらしい。
はっきりとわかるほどではないにせよ、善意や悪意、好意や嫌悪などといった感情が、誰から誰に向いているか、などは割とはっきりと分かり、それで嫌な思いをしたこともあったそうだ。
それが、二年前。
おそらくは、モリヒトが異世界へと行った日。
その力が、極端に弱くなった。
まったくなくなった、とは言えないまでも、多少カンが鋭い、人の顔色を見るのが上手い、という程度まで落ち着き、大分楽になったのだという。
ただ、それと同じくらいから、何かを失ったような感覚が、ずっと付きまとうようになった。
「姉がいて、いなくなった。そう思えば、だいぶ、楽になります」
「そうか?」
「それで間違いない、と思うのです」
「そうか」
目を開けた彩華の表情は、明るい。
「そちら、モリヒトさんの疑問は、解消したんですか?」
「うん。まあ、なあ・・・・・・」
知ったのは、現状だ。
ユキオがいなくなったこの世界で、ユキオの存在は一切残っていない。
アトリとナツアキ、アヤカの間に繋がりはなく、友人ですらないという。
異世界で守護者となったあの三人のつながりは、ユキオありきでつながっていた、ということなのだろう。
「たぶん、ユキオが連れて行った守護者、というのは、ユキオがこちらでつないだ絆が、人間の形をしたものなんだろう」
だから、彩華はここにいるし、藤代亜鳥も時任夏秋も、この世界にいる。
「人間じゃない、と?」
「『守護者』ってことだよ。人間ではあるし、本人たちもそのつもりだろうから、わざわざ指摘する必要はないだろうが」
では、守護者ならもとの世界に帰れるとは何なのか、と思わなくもないが、できる、と言われても選んだ守護者はいないのかもしれない。
「ま、知りたいことは知れた。心配もいらないっていうのも、よくわかった」
「そうですか」
** ++ **
彩華と別れ、モリヒトはホテルまでの帰り道を歩く。
ユキオ達のことについて、これ以上の調査はいらないだろう。
もし、ユキオ達の実家が心配しているようなら、何かできないか、と思ってのことだったので、捜索をしていないのならば、その心配も不要だ。
「まあ、念のため」
一応、明日少し動いて、亜鳥がこちらの世界にいることだけ確認しよう。
夏秋は、どうも遠方の大学に進学しているらしいので、さすがにそこまでは確認している余裕はない。
そして、
「帰るか」
ホテルへ、ということではない。
明日、ホテルをチェックアウトしたら、一度母の家に行こう。
それから、どうするかを考えてみようと思う。
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別作品は完結しました。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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