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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
間章:帰還
214/436

3:喪失

 ホテルの部屋を出る。

 部屋自体は、三日取ってある。

 もし三日以上残るようなら、母に相談。

 その場合、延長するか、もしくは母のいる家に移動することになる。

 そうなると、今度はモリヒトの母校などがある地域になる。

 ユキオ達のことを調べるならば、この三日のことだ。

「さて、まずは、駅から、か」

 駅へ向かう。

 その途上で思い出すのは、黒の山に登った時のことだ。

 あの登山道を上る途中に見た幻の光景。

 その光景に似た景色が、モリヒトの前に広がっている。

 とはいっても、人通りはあるし、にぎやかだ。

 日中の光景は、大きく違うと印象が違うものだ。

「・・・・・・あっつ」

 日差しが強くて、じんわりと汗がにじむ。

「さて?」

 資金は、母の管理となっていた自分の通帳を使って、いくらか引き出してきた。

 数日の生活分には、十分に足りる。

 そうして、モリヒトは、いくらかの場所を巡っていた。

 主に巡った場所は、ユキオ達が通っていた学校。

 それから、ユキオとアヤカの実家である八道家。

 それなりの大きさの一軒家で、豊かなんだろう、と思わせてくれる。

 アトリの実家である、藤代の道場。

 こちらは、道場があるだけあって、相応に大きな家であった。

 稽古中と思しき掛け声が、外まで響いていた。

 ナツアキの実家である、時任家。

 平凡なマンションの一室であった。

 さて、そんな三人の実家を見に行って、それ相応の情報を得たモリヒトは、ううむ、と頭を悩ませていた。


** ++ **


 調べ始めてから、一日が過ぎた翌日の昼過ぎ。

「どういうことだ?」

 近場の喫茶店。

 正確には、ケーキ屋の中に併設されたイートインスペースだ。

 平日昼間であるためか、客の姿は少ない。

 腰を下ろし、ケーキを口に運んでコーヒーをすする。

「・・・・・・うーん?」

 このケーキ屋に入ったのは、何とはなしに見覚えがあったから。

 それで気が付いたのは、ユキオと向こうの世界に行ったとき、ユキオからもらったケーキの箱に、ここの店のマークがあったからだ。

 食べてから、思い出した。

「・・・・・・む」

 甘くてうまい。

 こういう味だったっけな、と懐かしむ。

 正直、一回しか食べていない味なのだが、意外とよく覚えている。

 それだけ、強烈な記憶である、ということなのかもしれない。

「・・・・・・ふーむ」

 メモ帳を取り出す。

 携帯を持っていればよかったのだが、スマホはあちらの世界に置きっぱなしだ。

 だから、メモ帳とペンで、情報を記録して、整理する。

「こういう、仕様ってことなのか?」

 状況に不可解な点がある。

 その不可解な点を説明できる理屈は、召還の儀式の仕様、ということだ。

「まさか、なあ」

 うーん、と悩む。


「ユキオって存在自体が、消えてるとは」


** ++ **


 記録を漁った。

 ユキオ達の年齢と、二年が経過している、という事実から、ちょっと突っ込んだ。

 ユキオは、高校二年と言っていた。

 それから二年が経過しているなら、当時の二年生は、大学生になっている。

 モリヒトの大学の友人に連絡を取り、その高校から大学に進学してきた学生に繋ぎをとってもらった。

 そして、高校の卒業アルバムを見せてもらったのだ。

 友人には大分と心配されるかと思ったが、

「まあ、モリヒトだし」

 と流されたことだけが納得がいかない。

 それだけ、モリヒトの不幸体質が知れ渡っている、ということかもしれない。

 まあ、以前にも、変に巻き込まれた結果、一ヶ月ほど海外に行っていた時期もあったため、そういうことも踏まえての言葉だろう。

 納得はいかないが。

 それはそれとして、卒業をアルバムを見せてもらった結果だ。

 アトリやナツアキは、見つけることができた。

 だが、ユキオがいない。

 その友達に、ユキオがいた当時の状況を聞いたところで、ユキオがいたらしい情報はでなかった。

 ユキオは、生徒会長をやっていた、と聞いたが、その座に就いているのは、モリヒトが知らない誰かだった。

 そして、アトリもナツアキも、生徒会には関わっていなかった。

「・・・・・・ふむ?」

 どういうことかねえ、と悩む。

 コーヒーのお代わりと、追加のケーキを頼んで、情報を整理する。

 昨日一日を使って調べられる情報としては、十分だろう。

 これ以上を調べようと思ったら、頭がおかしくなったと思われること覚悟で、直接本人に聞きに行くしかない。

「やりたくねー」

 普通にやりとりに想像がつくだけに、ちょっとやりたくない。

 それに、これだけの情報でも、十分に知りたいことは知れた。

「さて、どうしたものか・・・・・・」

 むーん、と考え込んでいたところで、

「・・・・・・相席、いいですか?」

「ん?」

 声をかけられて、はっとした。

 ふと見れば、女子高生が立っていて、

「お? 相席?」

 周囲を見回すと、いつのまにやら、席が埋まっている。

 ちょっと長い間考えすぎていたらしい。

「ここでよければ、どうぞ」

 テーブルの上に広げていたノートを引っ込め、手元に寄せる。

 そうして場所を開けてやれば、

「ありがとうございます」

 静かに礼を言って、その女子高生は向かいに座った。

「・・・・・・んー」

 急に声をかけられて慌てて場所を開けたが、改めてその顔を見て、モリヒトは顔をしかめた。

「えー・・・・・・」

 少し成長したアヤカ、八道彩華が、そこに座っていた。


** ++ **


「・・・・・・何か?」

 ぼけ、と眺めてしまったモリヒトを、彩華がジロリとにらんできた。

 成長しているとはいえ、なんとなく見覚えのあるその視線に、つい面白くなって、

「ん? 慣れてるだろ、美人に見惚れる視線」

「・・・・・・・・・・・・その切り返しは、初めてです」

 一瞬、きょとん、としてから、綾香はふ、と笑った。

 おや、と思う。

 表情がずいぶんと柔らかい、というか、気が抜けている。

「変な人ですね」

「そうか?」

「変な人です・・・・・・」

 どこか、噛み締めるように、彩華は言った。

 それから、じっと、黙り込む。

 何か考え込んでいるかのような、その沈黙にしばらくしてから、モリヒトは聞いた。

「どうしたよ?」

「・・・・・・今日、ここに来るつもりはなかったのです」

 不意に、ぽつ、と彩華が言った。

「お?」

「普段は、一ヶ月に一回とか、そのペースで、持ち帰って食べているのです」

「それで?」

「今日は、その日ではないのです」

 それから、少し言いよどみ、綾香は、モリヒトの顔を見た。

「今日、ここに来ると、何かが解決する気がしたのです」

「なんだよ。超能力者かなんかか?」

「ただの、カン、です」

 アヤカは、人の心が読める、とかユキオは言っていたし、アヤカ本人もそれは否定しなかった。

 彩華にも、そういう力があるとして、不思議はない。

 とはいえ、

「んー。・・・・・・俺も、まあ、ちょっとした問題、というか疑問を抱えていてなあ。もし、君が話を聞かせてくれるなら、ちょっとは前進するかもしれん」

「・・・・・・」

 ちょうどいい機会だから、とモリヒトは、彩華に問いかけてみることにした。

「なあ、もし、君にお姉さんがいたとしたら、どんな人だと思う?」


** ++ **


 話を聞き終えて、店を出た時には、夕方になっていた。

「ありがとうございました」

「ん?」

 彩華に礼を言われて、モリヒトは首を傾げる。

「色々、お話をくれたことです」

「荒唐無稽な電波話もいいところだろうに」

「ですが、納得が行きました。作り話だとしても、心が落ち着いたので」

 そっと、胸を押さえて、彩華は目を伏せる。

「なんだか、何か足りないような気がしていたのです」

 彩華の話は、二年前のことだった。

 二年ほど前まで、彩華は人の心が読めたらしい。

 はっきりとわかるほどではないにせよ、善意や悪意、好意や嫌悪などといった感情が、誰から誰に向いているか、などは割とはっきりと分かり、それで嫌な思いをしたこともあったそうだ。

 それが、二年前。

 おそらくは、モリヒトが異世界へと行った日。

 その力が、極端に弱くなった。

 まったくなくなった、とは言えないまでも、多少カンが鋭い、人の顔色を見るのが上手い、という程度まで落ち着き、大分楽になったのだという。

 ただ、それと同じくらいから、何かを失ったような感覚が、ずっと付きまとうようになった。

「姉がいて、いなくなった。そう思えば、だいぶ、楽になります」

「そうか?」

「それで間違いない、と思うのです」

「そうか」

 目を開けた彩華の表情は、明るい。

「そちら、モリヒトさんの疑問は、解消したんですか?」

「うん。まあ、なあ・・・・・・」

 知ったのは、現状だ。

 ユキオがいなくなったこの世界で、ユキオの存在は一切残っていない。

 アトリとナツアキ、アヤカの間に繋がりはなく、友人ですらないという。

 異世界で守護者となったあの三人のつながりは、ユキオありきでつながっていた、ということなのだろう。

「たぶん、ユキオが連れて行った守護者、というのは、ユキオがこちらでつないだ絆が、人間の形をしたものなんだろう」

 だから、彩華はここにいるし、藤代亜鳥も時任夏秋も、この世界にいる。

「人間じゃない、と?」

「『守護者』ってことだよ。人間ではあるし、本人たちもそのつもりだろうから、わざわざ指摘する必要はないだろうが」

 では、守護者ならもとの世界に帰れるとは何なのか、と思わなくもないが、できる、と言われても選んだ守護者はいないのかもしれない。

「ま、知りたいことは知れた。心配もいらないっていうのも、よくわかった」

「そうですか」


** ++ **


 彩華と別れ、モリヒトはホテルまでの帰り道を歩く。

 ユキオ達のことについて、これ以上の調査はいらないだろう。

 もし、ユキオ達の実家が心配しているようなら、何かできないか、と思ってのことだったので、捜索をしていないのならば、その心配も不要だ。

「まあ、念のため」

 一応、明日少し動いて、亜鳥がこちらの世界にいることだけ確認しよう。

 夏秋は、どうも遠方の大学に進学しているらしいので、さすがにそこまでは確認している余裕はない。

 そして、

「帰るか」

 ホテルへ、ということではない。

 明日、ホテルをチェックアウトしたら、一度母の家に行こう。

 それから、どうするかを考えてみようと思う。


評価などいただけると励みになります。

よろしくお願いします。


別作品は完結しました。

『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』

https://ncode.syosetu.com/n5722hj/

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