2:母子
母が来た。
モリヒトが帰ってきた、と聞いて、仕事を休んだらしい。
燈子の部屋まで朝一番でやってきたモリヒトの母である明恵は、モリヒトを見て、はああああ、と深く息を吐いた。
「元気そうね」
「調子は悪くない」
会うのは、ずいぶんと久しぶりと思う。
大学に入ってからは、母が住んでいた地元からは離れたため、会うためには新幹線に乗る必要があった。
実家があるわけでもなく、帰省するわけでもないため、会う機会自体が少ないからだ。
「燈子と会ってどう?」
「どうって?」
「大きくなったでしょ。あんたら、会うの何年振り?」
「・・・・・・んー・・・・・・」
思い返してみれば、
「・・・・・・三年くらいか?」
「五年でしょ」
燈子からそう言われて、ああ、とモリヒトは頷いた。
「そっか」
ともあれ、
「家族と会ってなかったっていうのに、淡泊よね。相変わらず」
はあ、と明恵はため息を吐いた。
その顔を改めて見て、少し老けたな、と思う。
** ++ **
昔、まだモリヒトが父と暮らしていたころ、母とはよく会っていた。
幼いころは、母の方からモリヒトを呼び出す形で何度となく会っていたし、成長してからは定期的に合うようにしていた。
父が、あまり生活力がある人間ではなかったため、モリヒトがきちんと生活できているのか、確かめる意味もあったのだろう。
その会うことのある機会で、家事のことを学んだりしたおかげで、モリヒトは一人暮らしでも困っていない。
逆に、父の方が、娘である燈子に会いに行くことはなかったと聞いている。
モリヒトが母や妹に会いに行くときも、父は何も言わずにモリヒトを見送った。
もともと不定期に家を空ける男だった。
帰ってきても、酒を飲んでいるか寝ているかで、何かをしているところは見たことがない。
どこかから生活費を持ってきて、一定額をモリヒトに渡し、残りは自分の酒代に使う。
そういう父だった。
生活費を払っていただけ、まだマシだったんだ、とモリヒトは思っている。
ただ、父との生活は、モリヒトにとって、居心地のいいものではなかった。
だから、家にいる時間は、可能な限り少なくしていた。
父と顔を合わせる時間を、可能な限り少なくしていた。
子供にはふさわしくない時間まで、外を出歩くこともあった。
だが、それらのモリヒトの行いについて、父が何かを言ったことはない。
** ++ **
「で? 結局どこに行ってたの?」
「うん。外国、かなあ?」
「かなあ? って」
部屋の中、テーブルを囲んで座って、モリヒトは母と妹と話をしていた。
話題の中心は、モリヒトが二年の間、どこにいたのか、ではあるが、モリヒトとしても、説明できることは少ない。
説明のしようがない。
異世界に行ってました、などと、言ってどうなるというのか。
「まあ、ちょっと遠いところだ」
「その説明で納得できないでしょ」
「と言っても、成人した男一人。どこでどんな風に過ごしてたって、文句言われる筋合いはねえわな」
「そういうこと言うの? 親に向かって」
む、と明恵はモリヒトを睨みつけるが、モリヒトはそっぽを向いた。
「説明しづらい。あっちこっち行ったし」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
しばらく、明恵がモリヒトを睨みつけていたが、やがてため息を吐いた。
「・・・・・・仕方ない。そこは、よしとしてあげましょう」
「いいの? お母さん」
「いいわよ。確かに、成人した男一人。いちいち心配するまでもないでしょう。・・・・・・一応、帰ってきたんだから」
「・・・・・・まあ、お母さんがそう言うなら」
燈子は、どこか納得していない顔ながら、頷いた。
そのことに、モリヒトが内心ほっとしたところで、明恵はずい、と身を乗り出した。
「で? 何やってたの?」
そう来たか、と思いながら、言葉を選びつつ、モリヒトは語る。
「んー。・・・・・・まあ、主に、その国の、文化を学んだり?」
「留学でもしてたみたいね?」
「そういうわけでもないんだけど、どうせならって調べたりしてた」
国のこととか、細かいこととか話づらいことは多いが、話せる内容もある。
魔術のこととかはともかく、食べ物であったり、飲み物であったり。
出会った人のこともそうだ。
「まあ、ちょっといろいろありまくった」
母や妹が聞きたいことからは、少し外れているだろうな、とモリヒトは思いつつも、当たり障りのない、海外旅行の土産話程度の話を、二人にしていく。
そうして、時間は過ぎていくのだった。
** ++ **
「・・・・・・あら、こんな時間」
いつの間にか、夕方に近い時間に変わっていた。
時計を見て、明恵は声を上げ、立ち上がる。
「夕飯食べに行きましょう」
「お、おう?」
そう言って、三人は車に乗って、近くのファミレスへ向かった。
「で? モリヒト、これからどうするの?」
席について、注文を済ませた後、明恵はモリヒトに聞いた。
「これから」
「これから。大学に復学するの? あなたが行方不明になった時点で、一応休学届は出してあるんだけど」
これから、とつぶやいて、モリヒトは視線を上げる。
天井の明かりをしばらく見て、
「ちょっと考える。とりあえず、休学はそのままにしといて」
「はいはい」
モリヒトの答えに、明恵は頷くのであった。
** ++ **
「ホテル?」
「そ、部屋取ったから、あんたそっち行きなさい。復学するかどうかはともかく、燈子の部屋に寝泊りし続けるわけにはいかないでしょ。あそこ単身者用なんだし」
「ああ、そうだね」
「私も、今日は、同じホテルに泊まるから」
** ++ **
ホテルに落ち着いた後、モリヒトは明恵に呼ばれて、母の取っている部屋に行った。
「・・・・・・で? どうしたいの?」
「いきなりくるなあ」
モリヒトが苦笑すると、明恵は肩をすくめた。
「燈子がいる前だとなんか話づらそうだったからね。場所取ったんだから、ちゃんと話しなさい」
「む・・・・・・」
モリヒトは、母が苦手だ。
会う機会はそれなりにあったとはいえ、やはり家の外にいる人で、家族、と頭で分かっていても、実感の薄い人だ。
それだけに、母親っぽい、というかなんというか、見透かすようなことを言われるのは苦手だった。
「ええっと・・・・・・」
さて、どうしたものか。
「よくわからん」
「何が足りてないの?」
怒られるかな、と思う回答も、こう返ってくる。
そうなると、むむ、と考えないといけない。
「ちょっとこっち戻ってきたことで、調べないといけないことがあって」
「何を?」
「・・・・・・うまく言えないんだけど、俺と一緒に行ったやつがいるはずなんだけど、向こうで別れたやつが今どうしてるか? とか」
「調べられるの?
「住んでる場所と名前は知ってるから、大丈夫。とりあえず、明日くらいから、調べてみようと思ってる」
「それが終わったら、復学するかどうか決められる?」
「ああ」
モリヒトは、頷いた。
とりあえず、やれることはある。
その後、どうするか、は、また考えればいい。
ただ、
「なんとなくだけど、復学はしない気がする」
「そう・・・・・・」
少しだけ、心配そうな顔をさせた。
** ++ **
ホテルのベッドに寝転がり、モリヒトは考えていた。
ユキオを含めた、一緒に召喚された皆の情報を調べる。
行方不明者にはなっていない。
だとすると、はたしてどうなのか。
「・・・・・・俺が、一人でホームに落ちたっていうのも、なあ・・・・・・」
分からないことはある。
調べて、知って、それからどうするか。
なんとなくだが、このままここに留まる、というのはない、とそう思う。
生きている以上は、もう一度、あの世界へ行きたい、とそう思う。
ルイホウに会いたいのだ。
「・・・・・・あー、とはいえ、どうすればいいかも、分からんしなあ・・・・・・」
この世界にまで、地脈が通じているわけもない。
魔力の流れを通じて、あちらの世界に行く、などとできるわけもない。
そして、召還の儀式を考えても、モリヒトがその対象になる、とは考えづらい。
自分の体質など、特殊なところもあるから、まったく方法がない、とは思えないが、
「そんなピンポイントな召還、おそらく無理だよなあ」
それに、死んだと思われるモリヒトを、召還したら取り戻せるかもしれない、という考えを持つのは、おそらく無理だろう。
「自分から、向こうに戻る方法を探す」
やることは決まった。
ユキオ達の情報を調べる。
あちらの世界に行く方法を調べる。
ともあれ、この二つの方針で、動くことにした。
「・・・・・・・・・・・・」
最後、母の部屋から退出する際の、母の言葉が思い起こされた。
** ++ **
「お墓参り位は、しておきなさいよ?」
** ++ **
「・・・・・・誰の?」
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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