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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
間章:帰還
213/436

2:母子

 母が来た。

 モリヒトが帰ってきた、と聞いて、仕事を休んだらしい。

 燈子の部屋まで朝一番でやってきたモリヒトの母である明恵は、モリヒトを見て、はああああ、と深く息を吐いた。

「元気そうね」

「調子は悪くない」

 会うのは、ずいぶんと久しぶりと思う。

 大学に入ってからは、母が住んでいた地元からは離れたため、会うためには新幹線に乗る必要があった。

 実家があるわけでもなく、帰省するわけでもないため、会う機会自体が少ないからだ。

「燈子と会ってどう?」

「どうって?」

「大きくなったでしょ。あんたら、会うの何年振り?」

「・・・・・・んー・・・・・・」

 思い返してみれば、

「・・・・・・三年くらいか?」

「五年でしょ」

 燈子からそう言われて、ああ、とモリヒトは頷いた。

「そっか」

 ともあれ、

「家族と会ってなかったっていうのに、淡泊よね。相変わらず」

 はあ、と明恵はため息を吐いた。

 その顔を改めて見て、少し老けたな、と思う。


** ++ **


 昔、まだモリヒトが父と暮らしていたころ、母とはよく会っていた。

 幼いころは、母の方からモリヒトを呼び出す形で何度となく会っていたし、成長してからは定期的に合うようにしていた。

 父が、あまり生活力がある人間ではなかったため、モリヒトがきちんと生活できているのか、確かめる意味もあったのだろう。

 その会うことのある機会で、家事のことを学んだりしたおかげで、モリヒトは一人暮らしでも困っていない。

 逆に、父の方が、娘である燈子に会いに行くことはなかったと聞いている。

 モリヒトが母や妹に会いに行くときも、父は何も言わずにモリヒトを見送った。

 もともと不定期に家を空ける男だった。

 帰ってきても、酒を飲んでいるか寝ているかで、何かをしているところは見たことがない。

 どこかから生活費を持ってきて、一定額をモリヒトに渡し、残りは自分の酒代に使う。

 そういう父だった。

 生活費を払っていただけ、まだマシだったんだ、とモリヒトは思っている。

 ただ、父との生活は、モリヒトにとって、居心地のいいものではなかった。

 だから、家にいる時間は、可能な限り少なくしていた。

 父と顔を合わせる時間を、可能な限り少なくしていた。

 子供にはふさわしくない時間まで、外を出歩くこともあった。

 だが、それらのモリヒトの行いについて、父が何かを言ったことはない。


** ++ **


「で? 結局どこに行ってたの?」

「うん。外国、かなあ?」

「かなあ? って」

 部屋の中、テーブルを囲んで座って、モリヒトは母と妹と話をしていた。

 話題の中心は、モリヒトが二年の間、どこにいたのか、ではあるが、モリヒトとしても、説明できることは少ない。

 説明のしようがない。

 異世界に行ってました、などと、言ってどうなるというのか。

「まあ、ちょっと遠いところだ」

「その説明で納得できないでしょ」

「と言っても、成人した男一人。どこでどんな風に過ごしてたって、文句言われる筋合いはねえわな」

「そういうこと言うの? 親に向かって」

 む、と明恵はモリヒトを睨みつけるが、モリヒトはそっぽを向いた。

「説明しづらい。あっちこっち行ったし」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 しばらく、明恵がモリヒトを睨みつけていたが、やがてため息を吐いた。

「・・・・・・仕方ない。そこは、よしとしてあげましょう」

「いいの? お母さん」

「いいわよ。確かに、成人した男一人。いちいち心配するまでもないでしょう。・・・・・・一応、帰ってきたんだから」

「・・・・・・まあ、お母さんがそう言うなら」

 燈子は、どこか納得していない顔ながら、頷いた。

 そのことに、モリヒトが内心ほっとしたところで、明恵はずい、と身を乗り出した。

「で? 何やってたの?」

 そう来たか、と思いながら、言葉を選びつつ、モリヒトは語る。

「んー。・・・・・・まあ、主に、その国の、文化を学んだり?」

「留学でもしてたみたいね?」

「そういうわけでもないんだけど、どうせならって調べたりしてた」

 国のこととか、細かいこととか話づらいことは多いが、話せる内容もある。

 魔術のこととかはともかく、食べ物であったり、飲み物であったり。

 出会った人のこともそうだ。

「まあ、ちょっといろいろありまくった」

 母や妹が聞きたいことからは、少し外れているだろうな、とモリヒトは思いつつも、当たり障りのない、海外旅行の土産話程度の話を、二人にしていく。

 そうして、時間は過ぎていくのだった。


** ++ **


「・・・・・・あら、こんな時間」

 いつの間にか、夕方に近い時間に変わっていた。

 時計を見て、明恵は声を上げ、立ち上がる。

「夕飯食べに行きましょう」

「お、おう?」

 そう言って、三人は車に乗って、近くのファミレスへ向かった。

「で? モリヒト、これからどうするの?」

 席について、注文を済ませた後、明恵はモリヒトに聞いた。

「これから」

「これから。大学に復学するの? あなたが行方不明になった時点で、一応休学届は出してあるんだけど」

 これから、とつぶやいて、モリヒトは視線を上げる。

 天井の明かりをしばらく見て、

「ちょっと考える。とりあえず、休学はそのままにしといて」

「はいはい」

 モリヒトの答えに、明恵は頷くのであった。


** ++ **


「ホテル?」

「そ、部屋取ったから、あんたそっち行きなさい。復学するかどうかはともかく、燈子の部屋に寝泊りし続けるわけにはいかないでしょ。あそこ単身者用なんだし」

「ああ、そうだね」

「私も、今日は、同じホテルに泊まるから」


** ++ **


 ホテルに落ち着いた後、モリヒトは明恵に呼ばれて、母の取っている部屋に行った。

「・・・・・・で? どうしたいの?」

「いきなりくるなあ」

 モリヒトが苦笑すると、明恵は肩をすくめた。

「燈子がいる前だとなんか話づらそうだったからね。場所取ったんだから、ちゃんと話しなさい」

「む・・・・・・」

 モリヒトは、母が苦手だ。

 会う機会はそれなりにあったとはいえ、やはり家の外にいる人で、家族、と頭で分かっていても、実感の薄い人だ。

 それだけに、母親っぽい、というかなんというか、見透かすようなことを言われるのは苦手だった。

「ええっと・・・・・・」

 さて、どうしたものか。

「よくわからん」

「何が足りてないの?」

 怒られるかな、と思う回答も、こう返ってくる。

 そうなると、むむ、と考えないといけない。

「ちょっとこっち戻ってきたことで、調べないといけないことがあって」

「何を?」

「・・・・・・うまく言えないんだけど、俺と一緒に行ったやつがいるはずなんだけど、向こうで別れたやつが今どうしてるか? とか」

「調べられるの?

「住んでる場所と名前は知ってるから、大丈夫。とりあえず、明日くらいから、調べてみようと思ってる」

「それが終わったら、復学するかどうか決められる?」

「ああ」

 モリヒトは、頷いた。

 とりあえず、やれることはある。

 その後、どうするか、は、また考えればいい。

 ただ、

「なんとなくだけど、復学はしない気がする」

「そう・・・・・・」

 少しだけ、心配そうな顔をさせた。


** ++ **


 ホテルのベッドに寝転がり、モリヒトは考えていた。

 ユキオを含めた、一緒に召喚された皆の情報を調べる。

 行方不明者にはなっていない。

 だとすると、はたしてどうなのか。

「・・・・・・俺が、一人でホームに落ちたっていうのも、なあ・・・・・・」

 分からないことはある。

 調べて、知って、それからどうするか。

 なんとなくだが、このままここに留まる、というのはない、とそう思う。

 生きている以上は、もう一度、あの世界へ行きたい、とそう思う。

 ルイホウに会いたいのだ。

「・・・・・・あー、とはいえ、どうすればいいかも、分からんしなあ・・・・・・」

 この世界にまで、地脈が通じているわけもない。

 魔力の流れを通じて、あちらの世界に行く、などとできるわけもない。

 そして、召還の儀式を考えても、モリヒトがその対象になる、とは考えづらい。

 自分の体質など、特殊なところもあるから、まったく方法がない、とは思えないが、

「そんなピンポイントな召還、おそらく無理だよなあ」

 それに、死んだと思われるモリヒトを、召還したら取り戻せるかもしれない、という考えを持つのは、おそらく無理だろう。

「自分から、向こうに戻る方法を探す」

 やることは決まった。

 ユキオ達の情報を調べる。

 あちらの世界に行く方法を調べる。

 ともあれ、この二つの方針で、動くことにした。

「・・・・・・・・・・・・」

 最後、母の部屋から退出する際の、母の言葉が思い起こされた。


** ++ **


「お墓参り位は、しておきなさいよ?」


** ++ **


「・・・・・・誰の?」

評価などいただけると励みになります。

よろしくお願いします。


別作品も連載中です。

『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』

https://ncode.syosetu.com/n5722hj/

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