閑話:戦闘訓練
魔獣がいる。
狼の群れだ。
ただし、その背中に猿が乗っている。
「・・・・・・犬猿の仲って言葉、知ってる?」
「とても仲がいいことかな?」
ははは、とクリシャがモリヒトの言葉に笑っている。
「何で狼に猿が乗ってんだよ」
「仲がいいんだよ」
「てか、あれ全部魔獣か?」
「そうなるねえ」
群れの総数は、軽く二十は越えている。
「・・・・・・面倒なこと引き受けたかな」
モリヒトは、やれやれ、と肩をすくめた。
** ++ **
オルクト魔帝国に存在する、魔獣区域の一つ。
帝都からはそこそこ離れた場所だが、飛空艇ならすぐだ。
そんな場所に、数人の騎士と一緒にモリヒト、ルイホウ、クリシャは来ていた。
目的は、主にモリヒトの訓練である。
モリヒトは、弱い。
基本的に対人の、それも素人同士の喧嘩しか経験がないモリヒトだ。
武器を使った戦闘は不慣れだし、魔術を使った戦闘なんてものはそれこそ経験がない。
さらに言えば、人以外との戦闘経験だってない。
そういうこともあって、戦闘経験を積むのは重要、ということで、実戦の場に出ている。
城にただ留まるのが暇、というのもある。
黒の森から戻って以降、怪我は癒えたとはいえ、少々危機感を持った、というのもある。
** ++ **
ともあれ、とモリヒトはレッドジャックを抜いて、両手に構える。
「倒し方は?」
「普通の生物と変わりません。ただ、足は速いですし、腕の力は見た目よりも強いようです。はい」
ルイホウからの説明を受けて、ふむ、とモリヒトは頷く。
今、この場にいるのは三人と騎士が二人に、案内役の冒険者が一人だ。
騎士の方は、モリヒト達の護衛が主任務で、討伐に積極的には参加しない。
冒険者の方は、この辺りに詳しいということで、道案内、というよりは、よく出没する魔獣についての情報を聞くためだ。
騎士達と顔見知りらしいのは、騎士達も訓練がてらこういう魔獣区域に来ることはよくあり、その際に冒険者に道案内を頼むのは通例となっているからだ。
そして、そういう道案内の依頼をよく受ける冒険者、というのも、大体決まっているらしい。
ともあれ、魔獣討伐の訓練である。
群れを成す猿を乗せた狼たちは、気配を感知したか、モリヒト達の方をにらんでいる。
「・・・・・・あれ、こっち来るか?」
「こちらから手を出さない限りは、早々来ないでしょう。はい」
「というか、多分だけど、こっちモリヒト君がいるから、こっちから仕掛けない限りは魔獣の方から逃げてくんじゃないかな?」
ううん、とクリシャは首を傾げながら言った。
「何で?」
「モリヒト君に近づくと、魔力を吸われる。・・・・・・魔獣にとっては、魔力って命だからね。吸われると分かれば逃げるんじゃないかな」
「・・・・・・ほう」
だとするなら、発見できたものには攻撃を仕掛けるべきだろう。
「じゃあ、行ってみるか」
「ボクとルイホウ君は、敵の逃がさないように立ち回ろうか」
「分かりました。はい」
クリシャとルイホウが動きを打ち合わせている間に、モリヒトは魔術を詠唱する。
「―レッドジャック―
炎よ/蛍火のごとく/散れ」
魔術が発動し、モリヒトの前方の空間へと火の粉が多数浮かび上がる。
「触れたらどかんだ。気を付けて」
クリシャが飛び出して行き、周囲に向かって攻撃を放つ。
攻撃は、敵を中央へと寄せるように、敵の群れを外周側から内側へと放たれている。
それに続いて、ルイホウが発動した水の魔術が、同様に広く展開して群れを周囲から圧迫する。
それぞれの攻撃に押されるようにして、モリヒトが作り上げた魔術の機雷が浮かぶ領域へ、魔獣が突っ込んでくる。
舞い散る火の粉に触れた瞬間に、どん、どん、と爆発が発生し、突っ込んだ敵を焼くが、
「む? 足りんか」
魔獣の強度が思ったよりも高い。
猿に当たると、猿は狼から落ちるものの、狼は変わらず突っ込んでくるし、狼に当たってもこちらはあまりダメージになっていないように見える。
猿の方も、地面に落ちたからと言って、それで仕留められたわけでもなく、起き上がると向かってくる。
放った魔術の密度が足りなさそうだ、と、モリヒトは追加で詠唱に入った。
「―レッドジャック―
炎よ/槍を立てよ」
イメージは、槍衾だ。
柵のように先のとがった炎の槍がいくつも生み出され、敵の足を止める。
だが、やはり仕留めるには至らない。
「・・・・・・むう、設置型だと、かわされる・・・・・・」
「そりゃ、敵だって痛いのは嫌だからね」
クリシャが言って杖を振れば、攻撃が当たって、敵を後ろへと吹き飛ばした。
「・・・・・・あんまり下手に炎を打つと、森を焼きそうでなあ・・・・・・」
「魔術なんだから、そこは自分で制御しなよ」
そう言われてみればそうか。
モリヒトは、詠唱を続ける。
「―レッドジャック―
風よ/渦を巻いて/立ち上がれ/炎を吸え/捉えろ」
使ったのは、竜巻の具現だ。
炎が散っている中心で、いきなり竜巻が発生する。
そうすると、周囲から空気を吸い込み、火が竜巻の中で急激に成長。
それとともに、周囲にいる魔獣たちを吸い込んでいく。
「・・・・・・どう?」
「・・・・・・あ、これやばい」
モリヒトが使った魔術の効果を確認したが、隣でクリシャがぽつ、と漏らした。
「うん?」
「ちょ、全員退避!」
クリシャは、モリヒトの腕を掴んで逃げ出した。
** ++ **
魔獣区域の森の中、いきなり立ち上がった炎の竜巻は、周囲から急速に空気を引き込んで拡大。
内部で熱が上がり、膨張。
ぼん、と爆発した。
** ++ **
「・・・・・・おー・・・・・・」
離れたところで、土の壁で衝撃をやり過ごした後、モリヒトは爆発の中心を見て、感嘆の声を漏らす。
見事に平地になっている。
「・・・・・・うん?」
なんでこうなった、と首を傾げる。
「魔術って、もうちょっと制御できるもんじゃなかったか?」
吸い込み終わったら、自然と消えるイメージをしていたものだが。
「魔術を一領域で重ねすぎだね」
起こった現象について、クリシャは説明をしてくれた。
「爆発する火の粉。敵を足止めするための炎の槍。そして炎を吸いこんで威力をあげる竜巻」
モリヒトが使った魔術は、基本的に後に行くほど攻撃力が上がっている。
ただ、今回の場合で問題になったのは、
「最後の竜巻だね」
「・・・・・・どういうことだ?」
「魔術戦闘の基本はね。魔術を一つ放ったら、効果が切ってから次の魔術を放つんだ」
魔術は、イメージで制御する。
イメージが強く影響するのは、魔術を放つまで。
詠唱を終えるまでだ。
ではそのイメージは魔術を発動した後は、無視していいのか、というとそういうこともない。
放たれた魔術には、イメージが残っており、放たれた後も、詠唱の際に込めたイメージの通りに動く。
そこに別の魔術を重ねるとどうなるか、というと、魔術に込められたイメージ同士が混ざり合って、よくわからないことになる、ということだ。
「慣れてるなら、そういうところも含めて魔術詠唱をしていくんだけどね」
上級者なら、先に放った魔術に込めたイメージを考慮した上で、後に放つ魔術の制御に利用したりもする。
ルイホウの索敵魔術と攻撃魔術の組み合わせなどは、その類だ。
「で、そこでもう一つ気を付けないといけないことがあって」
「む?」
「魔術は、発動した後は物理現象として残るっていうこと」
「うん」
「つまり、現象としては物理現象なんだけれど、そこに中途半端にイメージによる超常現象が混ざるから、初見の魔術同士を組み合わせると、本当に何が起こるか予想がつかなくなるんだよね」
「でも、戦闘だと、魔術同士のぶつけ合いとかあるだろう?」
「敵同士なら、いいんだよ。魔力の質が違うから、イメージの混じり合いは起きないから」
あくまでも、自分で放った魔術が重なるのが問題なのだという。
「・・・・・・で、最終的にああなった、と?」
ぼん、と爆発した竜巻跡地を見る。
魔獣の群れは全部巻き込まれたらしく、後には残っていない。
「だから、自分で放った魔術が消え切らない内に魔術を撃つ時は、前に放った魔術より強いイメージを込めて、押しつぶすと制御しやすいかな」
「・・・・・・なるほど」
「もしくは、同じイメージの魔術の連発かな」
ふんふん、と頷きつつ、モリヒトは剣を握る。
「・・・・・・よし、次行ってみるか」
「・・・・・・とりあえず、発射タイプの魔術のイメージを固めてみたらどうだい? 毎回ぶっつけ本番で詠唱を考えることもないと思うんだよ」
クリシャにそう止められて、む、とモリヒトは一度足を止めるのだった。
** ++ **
「・・・・・・結構狩れたな」
「最終的に、火の玉をぶつけるようにするのが早いとなりましたね。はい」
「イメージが超楽」
拳大の火の玉をいくつも浮かべ、連続で当てるのが楽、ということになった。
詠唱は、少な目にする方がいい。
大規模な魔術をぼかんと放つより、細かく制御するイメージで、正確な攻撃をイメージした方がいい。
特に、攻撃が当たった後にどういうダメージが入るかをイメージしているかどうかは、結構な違いになった。
「・・・・・・使いづれえ」
イメージの集中がやはり難点だ。
「今度は、巫女衆の修行をやって見ますか? 集中力を高めるものですが。はい」
「そうだな。今度お願いしてみるかね」
「わかりました。はい」
くすくすと笑い、ルイホウは頷くのだった。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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