閑話:花火
テュール異王国の名物の一つに、花火がある。
空にひゅーとあがって、どかんとはじけるやつだ。
一応言っておくと、似たようなものは、どの国にもある。
テュール発祥ではあるのだが、どの国でも似たようなものは作られている。
ただ、基本的にそれは魔術で代用される。
要は、火薬を利用した、一切の魔術を使わない物理的な花火、というと、テュール異王国ぐらいでしか使われない。
軍事面でなら、まだ火薬は使い道も多い。
だが、それ以外の場面では、安全性と利便性から、魔術の方が使いやすいのだ。
だからか、そもそも火薬の需要自体が少ないため、火薬の生産量は少ない。
結果として、楽しみに火薬を使う、ということも少なくなり、魔術でやる方が多いのだ。
だから、
「おお」
どん、と夜空に上がった花火を見て、モリヒトは感嘆の声を上げる。
前祭の間、花火が打ちあがる、ということは聞いていた。
『竜殺しの大祭』の後祭の終わりにも打ち上げられるらしいが、その時に打ち上げられるのは、魔術の花火も半々だという。
「・・・・・・火薬の花火ねえ。・・・・・・違うの?」
「そうですね。前祭で打ち上げられたあれをお手本に、後祭でどれだけ似た花火を打ち上げられるか、という競技会もありますので。はい」
ルイホウから説明を受けて、ふんふん、とモリヒトは頷く。
単純に、祭の賑やかしのためにあげている、というわけでもないらしい。
ともあれ、一発ごとに、王都の夜空に大輪の花が咲く。
「・・・・・・大したものだ。・・・・・・ていうか、火薬とかどうやって作ってるんだ?」
「ほとんど、伝統工芸の範囲です。かつての異王の中に、火薬の作り方を知っている方がいたらしく、そこから製法が伝わったということです。はい」
その異王は、当初は魔獣討伐のために作ろうとしたらしい。
だが、最終的に魔術の方がよほど有用、ということが分かって、花火に使うくらいになったという。
「魔術の利便性が高すぎる」
魔力さえあれば、イメージだけで使える、というのが、汎用性が高すぎるのだ。
割と当たり前の話だが、魔術による作業、というのは、本当に便利なのだ。
例えば、鉱山での採掘などで、とても固い岩盤に当たったとする。
火薬を使っての発破の場合は、安全性に精一杯気を使った上、坑道の崩落などにも注意しつつ、爆発させる。
だが、その爆発の衝撃で怪我をすることは考えられるし、破片や粉じんによる怪我や病気の可能性も上がる。
これに対して、魔術を使った場合、その岩盤が崩れるところさえイメージできれば、爆発もなにも必要ない。
上級者ともなれば、硬い岩盤を運びやすい大きさのブロックに変えて切り出し、さらには坑道の強度補強まで行ってしまう。
そういうのが、魔術師一人いれば、余計な荷物もなくできてしまうのが、この世界だ。
結果として、火薬を使う、ということ自体が、需要が少ないのである。
「ただ、魔術で爆発させるイメージを掴む際には、重宝されます。おかげで、魔術師には、多少の需要はありますね。はい」
なるほど、と思う。
どん、と夜空にまた花火が開く。
「・・・・・・あれも、魔術の訓練?」
「伝統工芸です。はい」
かつての異王への敬意を示す、ということらしい。
ふうん、と頷き、モリヒトは窓の外を見つつ、グラスの中の酒をすする。
「・・・・・・祭ってのは、いいねえ」
『竜殺しの大祭』は、決して見かけだけではない、重要な儀式だ。
それでも、祭として、国民は楽しんでいる。
そのことは、とても良いことなのだろう。
「この国は、平和で、悪く言えば退屈です。・・・・・・歴代の異王の方々も、自分の退屈を紛らわせるのに、ずいぶんと熱心だったようですよ? はい」
「うーわ。暇人の国か。ここ」
「基本的に、王を含めて、政府の仕事が少ないですから。はい」
戦争はない。
それほど大きな問題も発生しない。
そうなってくると、日々の仕事は、ほぼルーティンだ。
それに飽きてくる、というのは、どの異王でも共通していたらしい。
「この国の最初の花火職人は、異王様であったらしいですし。はい」
「何やってんだか・・・・・・」
「というか、この国発祥の文化があったら、それは大概異王陛下が持ち込んだものです。はい」
「・・・・・・ほんと、何をやってんだか」
** ++ **
ふと、街中を歩いていた時に、筒を荷車に載せて運んでいる一団を見つけた。
「花火師か」
「そうですね。あれは、これから今夜の打ち上げ場所に運ぶ荷車でしょう。はい」
ルイホウが、こくり、と頷いた。
「・・・・・・ふむ」
モリヒトがふらふら、と近づいていこうとして、くい、と袖を引かれる。
「モリヒト様? どこに行こうとしておられますか? はい」
「いや、ちょっと興味が・・・・・・」
「モリヒト様。こんなことは言いたくありませんが、モリヒト様は不幸体質、と自覚しておられますね? はい」
「・・・・・・はい」
確かに、と思う。
魔力吸収体質由来、と分かってきたものの、モリヒトの不幸体質は解消はされていない。
歩いていれば、何か降ってくるとか、何か飛んでくれば、狙ったようにモリヒトのところに飛んでくるとか、そういうのは起こりうる。
「ああ、そうだね」
くく、と隣を歩いていたクリシャが笑った。
「目に見えるようだ。列に突っ込むモリヒト。飛び散る火薬。そして爆発。・・・・・・大炎上」
「さすがにそこまではいかん」
というか、それは不幸関係なくただのドジである。
どちらかと言えば、
「俺が近づいた表紙に突然荷車の車輪が外れて、荷台に乗った花火が転がりだし、その中の一つが俺の近くで突然着火して・・・・・・」
どかん、と、口にする。
「俺の不幸だったら、こういう感じだ」
「いや、自慢げに言うことではないよ?」
「だとしても、自分から危険地帯に突っ込むのはやめてください。はい」
ルイホウの疲れたような口調に、ははは、とモリヒトは笑う。
「まあまあ」
「一応、この辺りにいる間は、モリヒト様の周囲は私が守っているんですから。はい」
「おお。それはありがとう」
とモリヒトが頭を下げたところで、足元にころころと転がってきたものがある。
それは球形で、真ん中に線が入っている。
おそらくは、半球状の器を組み合わせたのだろう。
「・・・・・・おや」
ひょい、と拾い上げる。
結構な重さがある。
「・・・・・・・・・・・・モリヒト君?」
「いや待て。俺は何もしていない」
「・・・・・・こうなるんですねえ。怖いものです。はい」
はあ、とため息を吐いて、ルイホウがモリヒトの手からそれを取り上げた。
「返してきます。はい」
「ああ、うん。俺はここから離れるわ」
「そうした方がよさそだね。うん」
クリシャと二人、そっとその場を後にするのだった。
** ++ **
その夜、空に、どん、と花火が上がる。
「・・・・・・あの中のどれかが、ルイホウが手に持って運んだやつなのだろうか」
「私は関係ありませんよ。はい」
「なんだ? 何かあったか?」
対面に座るセイヴに聞かれたので、昼間のことを話しておく。
「ふむ。まあ、大したことがなくてよかったな」
「おや、セイヴにしては大人しい言葉だな」
「ふん。火薬を使った魔術の訓練は、わが国でもよくやる。それで手指を吹っ飛ばす、というのも、まあ、よくある光景でな」
治癒の魔術があるから、それほど大きな問題になることは少ないそうだが、事故そのものは恐ろしい。
「それで、爆発系の魔術が使えなくなる魔術師も多いからな」
「なるほど」
それは大変だ、と思ったところで、
「おや?」
外を眺めていると、一発の花火が妙な軌道を描いている。
「うん?」
くねくね、っと曲がったと思ったら、次に打ちあがった花火の近くで爆発し、
「お?」
その爆発に押されたのか、一発の花火が城の方に飛んできた。
「おいおい・・・・・・」
こっち来るんじゃ、と思ったモリヒトだったが、結局は王都を囲む壁の上空当たりで、何かに当たって爆発した。
「王都の結界ですね。はい」
「おお・・・・・・」
花火が当たったところから、波のように光が伝い、結界の反対側へと抜けていく。
その光景は、なかなかに幻想的だった。
王都の民も、今のを見上げて、歓声が上がっている。
「ま、ちょっと変わった花火かね?」
「今のも、お前の不幸体質か?」
「・・・・・・そうだとは、思いたくないな」
モリヒトは苦笑して、酒杯を煽った。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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