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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第1章:オルクト魔皇帝
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第5話:絶対幸運

 リズは、駆け抜ける。

 やり過ぎた。

 襲撃に対する対処として、追いついた魔獣を一体一体屠る。

 だが、どこからわいてくるのか、狼種の魔獣は次々と現れて、リズの行く手を阻む。

 そこで、その発生源を先に潰すことにしたのだが、

「あえて言います・・・・・・。召喚、ですか」

 見つけた空き家の中に、それはあった。

 薄く光を放つ円形の陣だ。

 魔法陣とも呼ばれるそれは、魔法の発動を自動で行うためのものだ。

 最初に設定した魔法効果を発揮することしかできないが、知覚内でしか魔法を行使できない魔法使いからすると、知覚外で魔法発動ができる、という便利なものだ。

「あえて言います・・・・・・。ふん」

 律儀に口癖のあとで鼻で笑い、リズは魔法陣に対して、小さな火球を叩き込んだ。

 魔法陣の弱点は、その脆さにある。

 ほんの少し欠けただけで、効果を失ってしまうのだ。

 だが、

「あえて言います・・・・・・。む」

 召喚から飛び出してきた魔獣が、その火球を受け止めてしまった。

「あえて言います・・・・・・。おやおや」

 それどころか、次々と魔獣が出てきた。

「あえて言います・・・・・・。面倒なので、纏めて吹き飛ばしましょう」

 そうして、頭上に巨大な火球を生みだしたリズは、魔法陣の置かれた空き家へと、力一杯に叩き込んだ。

 だが、その火球が、空き家の壁を破壊した時点で、いきなり収縮して消滅した。

「あえて言います・・・・・・。おや?」

 そして、離れたところで爆発音が響いた。

「あえて言います・・・・・・。・・・・・・転送魔術?」

 どうやら、魔法陣のあった空き家には、転送魔術の魔法陣が仕込んであったらしい。

 もっとも、現在の転送魔術で送ることができるのは、実体のないエネルギー、光や音、魔術で起こった現象ぐらいが限界だが。

「あえて言います・・・・・・。利用されましたか」

 納得の表情で頷き、

「あえて言います・・・・・・。急ぎましょう」

 リズは、細かな火球をいくつも作り上げ、空き家の建物に触れないようにして、魔法陣を跡形もなく破壊すると、走り出した。


** ++ **


 世界が爆裂に飲まれた。

 咄嗟の防御は、傍らのエリシアを庇うことだけだった。

 いや、というか、爆発の衝撃に飛んできた何かが体に当たり、エリシアを抱き締めるような状態に自然に至った、というべきか。

 まるで、何かがエリシアを守らせようと、モリヒトの体を動かしたような感覚だ。

「・・・・・・痛い」

 体に力は入らないが、意識はある。

 おかげで、痛みがひどいが、

「治療を・・・・・・」

「ルイホウ。周辺の警戒。敵がいる」

「ッ!!」

 ルイホウは、周囲を見回し、どうしようか、とうろたえる。

 珍しい、と思うが、

「大丈夫、動けないほどじゃない」

 無理すれば、という言葉を飲み込み、モリヒトは立ち上がった。

 体に感覚はないから、気を抜くとすぐに倒れてしまいそうだが、

「ルイホウ。俺を守れ」

「・・・・・・はい」

 頷き、ルイホウは周囲の警戒を始める。

「エリシア? 大丈夫かい?」

「それは、こちらのセリフですの!! モリヒト様は大丈夫ですの?!」

「問題なし・・・・・・とは言わんが、命に別状はないさ」

 言い切った。

 そんなわけないのに。

 不幸体質のモリヒトが、こんな事故で無理を通せば、どんな状態になるかなど、火を見るよりも明らかだというのに。

「・・・・・・エリシア。泣くな。前が見えなくなる。逃げられなくなる」

 朦朧とする意識で、モリヒトは告げる。

 自分でも、何でこんなことを言っているのか分からない。

 そんな状態でも、モリヒトの手は、優しくエリシアの頭を撫でた。

 手の感触を、エリシアは呆然と見上げる。

「ああ、俺の手じゃ、綺麗な髪に血が付いちゃうな・・・・・・」

 苦笑を浮かべ、モリヒトは手を放した。


** ++ **


 エリシアは、呆然とモリヒトの顔を見上げる。

 血に塗れた全身で、それでも自分を労わる青年。

 この人は、一体何者なのだろうか。

 ルイホウとともにいるということは、彼女の縁者だろうか。

 召還の巫女は、子供のころに王宮へと上がり、そこで他の巫女候補と共に育てられるため、男の縁者と言うと、城勤めの衛兵か文官か。

 ただ、モリヒトからは、戦う者特有のたくましさは感じない。

「・・・・・・モリヒト様」

「ん?」

 こちらに向けてくる眼差しは優しくて、

「ごめんなさい」

「謝ることはない。君を守ると、約束した。だから、守る」

 うん、と頷き、モリヒトは歩き出した。

 図らずも見ることになった背中の傷は、思わず息をのむほどにひどいもの。

「・・・・・・ごめんなさい、ですの・・・・・・」

 口の中だけで小さく呟く。

 絶対幸運。

 女神補正。

 そう呼ばれる、エリシアの特殊な体質。

 それは、生まれ持った莫大な魔力と、急速にかつ強制的に回復する体質に所以する。

 通常、魔力の回復には体力を消費するが、エリシアはそれがない。

 しかも、魔力が完全なら、魔力が増えることはないが、エリシアの場合は完全でもさらに強制的に回復する。

 魔力創造能力とも呼ばれるエリシアの体質は、それゆえに、周囲に自らの魔力を溢れさせてしまう。

 その体質は、エリシアに一つの恩恵をもたらした。

 それを絶対幸運と名付けたのは、エリシアの兄だ。

 エリシアは周囲がどれほど危険な状況であろうと、その身に傷がつくことがない。

 莫大な魔力によって肉体自体が頑健になっている、ということもあるが、周囲に溢れる魔力に与えられた、エリシア自身の無意識の指向性が、エリシアの身を守ることに向くからだ。

 過去何度も襲撃を受けたというのに、エリシアはただの一度も負傷したことはない。

 周囲の人が、どれほど傷ついても、エリシアにだけは、傷が付かない。

 今のこの状況。

 モリヒトの怪我は、正しくそのためだ。

 それでも、誰もエリシアを恨まない。

 それが、当然だから。

 無傷で立つことが、エリシアが守られる意味だから。

 エリシアが、セイヴの妹、たった一人の家族だから。

「・・・・・・私が・・・・・・」

 エリシアの莫大な魔力故の欠点。

「私が、魔術を使えたら・・・・・・」

 莫大な魔力を制御できないエリシアには、魔術は使えない。

 仮に使えるなら、その魔力量にものを言わせて、モリヒトの傷を何とか癒すこともできるかもしれないのに。

「・・・・・・ごめんなさい、ですの・・・・・・」


** ++ **


 リズにとって、エリシアは複雑な感情を抱く相手だ。

 主の愛する妹。

 それだけで、リズが彼女を愛する理由は十分だ。

 だが、彼女の幸運体質は、彼女の意思を無視して、彼女を絶対とする。

 故に、最強であるはずの己の主ですら、彼女を守るために負傷することがある。

 いや、それどころか、絶対幸運の能力は、主の能力よりも勝るかもしれない。

 主の最強を、主が守ろうとするものが汚してしまう。

 それが、リズには許せない。

 だが、それでも主は笑う。

 まだまだ上を目指せるのだと。

「あえて言います・・・・・・。貴女には、傷つかれては困るのです」

 だから、リズは走る。

 主の命令を守るのだ。

 最初にこの世界に現れ、主の手に握られた時、初めてその手と交わした約束。

「あえて宣言します! 我が名『炎に覇を成す皇剣』は、主の最強を証明する!!」

 それは、守りたい人。

 たった一人の家族たるエリシア。

 その身に、

「一切の傷をつけぬこと!!」

 そしてリズは、一陣の炎風となって、王都の空を駆け抜けた。


** ++ **


 夜の王都。

 夜明けにはまだ少しある暗闇の中、黒装束を身に纏う者達が、続々と集結していた。

 人数は、おおよそ三十人以上。

 確実に仕留めるため、気配を消して周囲を取り囲む。

 あとは、一斉に飛び掛かるだけだ。

「・・・・・・」

 目標に同行する二人。

 一人は召還の巫女で、今もほぼ無傷で周囲を警戒している。

 もう一人の男は、すでに相当な深手だし、さほど警戒する必要はないだろう。

 とにかく、召還の巫女を何とかして排除し、目標を狙う。

 しかし、召還の巫女は厄介だ。

 召還の巫女は、王を召還すること以上に、召還した王やその守護者の護衛、補佐に就くことがより重要な役目となる。

 当然、戦闘能力は折り紙つきだ。

 単純に、魔力量の桁が違う。

 だが、巫女は襲撃者の目標を護衛しているのではない。

 巫女が護衛するのは、目標と同行している男の方だ。

 だったら、男の方を狙えば、巫女には隙ができる。

 その隙に、目標を拉致なり殺害なりする。

 そこまでを、並列化した思考の中で決定し、襲撃者達はタイミングを合わせる。

 そして、動いた。


** ++ **


 ルイホウより早く、襲撃者にモリヒトは反応した。

 その理由は、分からない。

 単純に、瀕死の状態が、さらなる危機に反応したのだろうが、

「・・・・・・――ああ」

 めんど。

 そう、思考した瞬間、傍らのエリシアの肩を掴んで引き寄せていた。

 走り出そうとして足をもつれさせ、転ぶ。

 だが、それが功を奏した。

 おかげで、倒れ込んだ背の上を、何かが通過した。

「! モリヒト様!!」

 どちらが叫んだのかは分からないが、

「ルイホウ。囲まれてる」

「!?」

 地面に倒れ込んだ後、エリシアが傷を負っていないかが気になった。

 一緒に倒れてしまった以上、怪我したかもしれない。

 起き上がる。

 体が、どう動いているかが分からない。

 暗い。

 だが、何か光の点のようなものが見える。

 腕の中には、まるで太陽を一点に凝縮したようなそれが。

 傍にも、それなりの大きさのものがある。

 さらに、周囲には一つの環のように連なった光が、こちらを囲んでいた。

「・・・・・・」

 その環を睨んで、大きく息を吸う。

 肺が痛むが、息がなければ力が出ない。

 少し、環として繋がる光が薄くなった気がする。

「?」

 疑問には思うが、今はそれを無視しなければ。

 腕の中の莫大な光。

 モリヒトは、その明るすぎる光の奥に、ほんの少しの陰りを見つける。

 それは、モリヒトが息を吸った瞬間、僅かに緩んだ光の奥に見えたものだ。

 息をしたおかげで、全身に多少なりとも力が入った。

 ならば、後は、ルイホウの足手まといにならないようにするだけだ。

 既に、ルイホウは何人かを倒したらしい。

 だが、まだ数は多い。

 と、少し離れたところに、すさまじい速度でこちらへ向かってくる光を感じる。

 それは、炎のように燃えながら、空を駆けてこちらへ向かってくる。

 まだ、少し距離がある。

 息を吐いた。

 息を吸った。

 もう、歩ける。

 気付く。

 莫大な光のすぐそば。

 そこに、光を吸収する何かがある。

 思わず、それを手に取った。

「きゃ・・・・・・?!」

 小さくエリシアの悲鳴が聞こえたが、構ってはいられない。

「―・――・―

 雷よ/輝きの雷鳴よ/駆け抜けろ/疾く/疾く/疾く/断ち切りの雷刃/其は竜の牙/顎を開け/噛み砕け/咆哮せよ/其の真なる姿はここに在り/」

 詠唱。

 これで、全てが終わる。


「――――――――」


 モリヒトは、そこで意識を手放した。


** ++ **


 エリシアのイヤリング。

 それは、確かにある程度、発動体としての能を持っている。

 だが、それは本来、エリシアの莫大過ぎて溢れる魔力を、周囲に悪影響を与えないように、エリシアの絶対幸運を多少強化するように、自動発動するように組まれている。

 それを、モリヒトはいきなり掴んだ。

「きゃ・・・・・・?!」

 話した覚えもないのに、モリヒトはそれを発動体だと認識したようだ。

「―・――・―

 雷よ/輝きの雷鳴よ/駆け抜けろ/疾く/疾く/疾く/断ち切りの雷刃/其は竜の牙/顎を開け/噛み砕け/咆哮せよ/其の真なる姿はここに在り/――――――――」

 朗々とした詠唱。

 怪我がきついだろうに、その詠唱にはよどみなく。

 唱え終わった瞬間、がくり、とモリヒトの体から力が抜けた。

「・・・・・・~!!」

 少女の体で、気絶した成人男性を支えられるはずもない。

 モリヒトが倒れるのに引き倒されるように、エリシアは膝を突いた。

 だが、次の瞬間には、モリヒトの詠唱の結果が結実した。

 生まれるのは、莫大な雷光だ。

 イヤリングから立ち上がった雷光は、周囲を取り囲む襲撃者達へと殺到する。

 視認すら困難な速さに、ルイホウがひそかに肝を冷やす中、襲撃者達は大きく顎を開いた小さな雷竜達によって噛みつかれた。

 いや、噛み砕かれた。

 噛みついた雷竜は、その場で放電。

 周囲は雷の気配に包まれる。

 さらに現象が動く。

 帯電の空気が収束し、囲んでいた襲撃者達を集うように、環のように回転。

 そこから中心へと螺旋に収束。

 巨大な雷竜の頭が、天へと立ち昇っていく。

「・・・・・・何が・・・・・・」

 ルイホウが、ぽつりと天を見上げて漏らした。


** ++ **


 王都の中から立ち上る、巨大な雷の竜。

 それは、王都の外にいたセイヴからも見えた。

「・・・・・・何だあれは・・・・・・?」

 魔術現象、と見ては、あまりにも現象が巨大すぎる。

 しかも、ただのエネルギーである雷に形を与えるなど、消耗魔力が大きすぎる。

 自分のことは棚に上げて、セイヴは現象の派手さに素直に驚いた。

 あれだけのものを生み出すのに、どれほどの魔力を必要とするのか。

「・・・・・・少なくとも、俺様の魔力総量をはるかに凌ぐ。・・・・・・エリシアか?」

 だが、妹は魔術は使えない。

 召還の巫女も、あの規模には及ばないはず。

 だとすれば、

「あの男か」

 目つきが鋭い以外には、特徴がなさそうな男。

「・・・・・・ふむ・・・・・・」

 面白い。

 にやりと笑うセイヴの見ている先、天へと昇った雷竜は、折り返し、王都郊外へと、顎を大きく開きながら落下していった。

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