第5章:エピローグ
第5章エピローグ
第1部、終了です。
「発見できず、と」
セイヴがぽつり、とぼやく。
『竜殺しの大祭』から、三日が経過した。
儀式場の周囲の捜索は徹底的に行われた。
オルクト本国から飛空艇を呼び寄せ、増員して、海上の捜索も行われた。
だが、モリヒトは見つかっていない。
すでに探すべき範囲は探し終えている。
それでも、見つかっていない。
捜索については、諦めるべきだろう、という意見は出てきている。
「・・・・・・さて」
テュールの面々からは、まだ捜索を諦めるべきではない、という意見が強い。
だが、
「少なくとも、飛空艇による捜索は打ち切る」
「そんな」
セイヴの宣言に、ユキオはむっと顔をしかめたが、セイヴは告げる。
「そもそも、海に落ちたとするなら、既に発見は不可能だ」
儀式場のある岬周辺の海は、流れが速い。
それも、海の底へと引きずり込む形で海流が発生している。
三日見つからなかった以上、海に落ちた、というのは考えづらい。
「・・・・・・見つかりませんか?」
「見つからん。そもそも、モリヒトのウェキアスは、アートリアまで成長していた。ならば海に落ちたならばむしろ助かっているはずだ」
「それは、どうして?」
アートリア、というものの性能の高さだ。
「アートリアが魔術を使うのと、人間が魔術を使うのは違う」
人間が魔術を使う場合、消費する魔力の量に応じた体力を消費する。
回復する時も同様だ。
だから、魔力の使用量には注意がいる。
使用しすぎて体力切れになるのもそうだが、回復時にも体力を消耗しすぎていると、気絶、最悪死に至るケースもある。
一応、死に至るほどの体力消費をする前に、気絶するなどして生命の危機を回避する本能はある。
とはいえ、やはり魔力の使い過ぎは良くない。
モリヒトは周囲から魔力を吸収できるとはいえ、その体力消耗と無縁になったわけではない。
体力を消費するのは、自分の持つ魔力を消費する場合で、周囲にある魔力を利用する場合はそうでもない。
これは、地脈の魔力を使用する通常の魔術師でも同じだ。
だが、その場合でも、完全に体力消耗をなくすことはできない。
つまり、魔術を使えば使うほどに、どんな手段を用いても体力の消耗は免れることは不可能だ。
だが、アートリアは違う。
アートリアは、人間と同じ姿をしているとはいえ、人間のような生物ではない。
魔術を使用してても体力消費はしない。
行動時に使用される魔力の大半は、近くにいるアートリア保有者が持つものを自動で消費する。
アートリアが使える魔力は、アートリアの保有者の魔力になるが、先に渡され魔力を保有している状態であれば、保有者が気絶するなりしていても、アートリアは関係なく魔術を使用することが可能だ。
実際、リズなどはセイヴから多量の魔力をあらかじめ渡されているため、いつもかなり好き勝手動いている。
一方で、モリヒトとミカゲの場合は、その事情は大きく異なる。
「モリヒトのアートリアは、ミカゲといったか。あれの能力は、モリヒトの能力の補完か、あるいは拡大だな」
「というと?」
「モリヒトの魔力吸収能力は、誰かが使った後の魔力のみ対象としている。だが、あのアートリアは、魔力でさえあれば吸収対象となるようだ。おまけに、その魔力を蓮の花に溜める形で他の誰かに使用できる形に変換している。これはもう、小型の真龍と言っても差し支えない」
その能力は、『流域』のそれではある。
だが、その能力に近いものは、ミカゲにも使えるだろう。
つまり、ミカゲには周囲の魔力を吸収して自分のものにする能力がある。
極論すると、ミカゲならば、魔術使い放題、というわけだ。
「アートリアは、使い手が命の危機にあれば、必ず助けに入る。つまり、モリヒトの傍には必ず魔術を使える状態のミカゲがいるはず」
だったら、必ず救助されるはずなのだ。
「だが、三日だ。三日間、発見の報告がない。モリヒト側に我々の前に出る意思がない、という状態でもない限り、モリヒトの生存は絶望的だ」
モリヒトが自分から出てこないようにしている、というのは、さすがに無理がある。
だからこそ、セイヴはモリヒトの発見は不可能、と判断している。
「・・・・・・それは・・・・・・」
「どちらにせよ。飛空艇をこれ以上捜索に使用するのは無理だ。オルクトは、引き上げる」
モリヒトの身柄に、それほどの重要性はない。
そうである以上、オルクト側としてモリヒトを探す必然性はないのだ。
魔皇といえど、私情で軍は動かせない。
「・・・・・・すまんが、オルクト側の人員は、本国へ帰還する」
「・・・・・・分かりました。ご協力、感謝します」
ユキオは頷くしかなかった。
** ++ **
三日が経過し、『竜殺しの大祭』の後祭での催しも一通り終了した。
そうして行われるのは、新しい異王であるユキオの即位式である。
テュール王城の一角。
玉座の間だ。
跪くユキオの頭に、セイヴが冠をかぶせた。
臣下たちの歓声が上がる。
** ++ **
テュール王城にある、民衆に開かれた城内の一角。
広場となったそこを見下ろせるバルコニーだ。
そこに、冠を頭に載せ、王の衣装に身を包んだユキオが進み出る。
姿を見せた女王に、民衆は歓声を上げた。
そして、ユキオが腕を上げる。
さらなる完成が、王都を包んだ。
** ++ **
『竜殺し』が振るわれた直後。
「・・・・・・ふむ。行ったかえ」
水景の中で、ミカゲはいなくなったモリヒトを見送った。
「あらあら。貴女はここに残りますのね?」
その後ろ姿に、声がかけられる。
かわいらしくも妖艶な声。
「ふん。侵入者の分際で、偉そうにするでないわ」
ミカゲが振り向く。
黒髪に白のメッシュの少女の姿。
アリーエ・クティアスだ。
「・・・・・・まったく、しぶとい」
ミカゲが、冷たい目でアリーエを見据える。
「あらあら」
「汝の存在を、我は許容してはおらぬぞ?」
「そこは謝罪いたします。申し訳ありませんわ」
殊勝な態度で頭を下げつつも、アリーエはくすり、と笑った。
「ですが、わたくしも消滅したくはないもので。必死でしたのよ?」
くすくすと笑うアリーエに、ミカゲはふん、と鼻を鳴らす。
確かに、この『流域』の中では、魔力は収束する。
モリヒトの魔力を収束させることで救ったように、この空間の中に飛び込めれば、地脈に溶けた意識でも形を持つのは不可能ではない。
とはいえ、尋常な精神性ではないが。
「で? 汝、これからなんとする?」
「別に何も? 生き残りたいからここに来ただけでして」
「などと言いつつ、我の支配をもくろんでおらぬか?」
「できませんわ。貴女、わたくしの知るどのアートリアとも別物ですもの」
アリーエは肩をすくめ、それからにこりと笑う。
「では、何を?」
「待たせていただきますわ。ここで」
「うん?」
「だって、あの方、きっと貴女を迎えに来られるでしょう?」
ふふ、とアリーエは笑う。
ミカゲは、モリヒトを送り出すためにここに残った。
今、モリヒトの傍にミカゲはいないが、アートリアである以上、いずれはモリヒトの元にミカゲは寄せられる。
「その時までは、ここにいさせてくださいな」
「毒婦が」
「あらあら、ひどい悪口ですわ」
ふふふ、とアリーエは笑う。
「それに、貴女も、ここで一人残るのは寂しいでしょう?」
「今更、じゃ」
アリーエから視線を逸らし、モリヒトを見送った先へとミカゲは視線をやる。
「待つのには、慣れておるのよ」
「あら、そうですの」
相も変わらず、アリーエはくすくすと笑うのであった。
** ++ **
「・・・・・・む」
むく、と身を起こす。
モリヒトが見る光景は、少々のなつかしさと違和感を覚えるもの。
「・・・・・・ああ、ここは」
そうか、とモリヒトは頷く。
「帰ってきた、のか」
そこは、モリヒトが暮らしていた、アパートの一室であった。
評価などいただけると励みになります。
よろしくお願いします。
別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
https://ncode.syosetu.com/n5722hj/