第44話:竜に呑まれて
水源の光景。
蓮の花が点在し、鏡かと思うほどに周囲の光景を映す、凪の水原。
周囲に山なりなんなり、というものは見えず、その凪の光景が、水平線の果てまで続いている。
太陽が出ているようには見えない。
だが、周囲は暗い、ということはなく、咲いた蓮の花が仄かな光源となっている。
「・・・・・・」
ここを見るのは、二度目だな、とモリヒトは腕組みをしながら考える。
セイヴに斬られたあの瞬間。
ミカゲと出会い、その力を覚醒させた瞬間。
その瞬間の出会いの時、ミカゲと会話を交わした場所だ。
「・・・・・・ここって、割と特別感ある場所だと思うんだがなあ・・・・・・」
そうほいほい来る場所じゃないだろ、と思うのだが、また来てしまったようだ。
「・・・・・・さて?」
周囲を見ても、誰もいない。
そのことに、モリヒトは首を傾げた。
「ミカゲがいない」
ここでミカゲと会った。
そしてミカゲを、『花香水景・蓮花』を手に入れた。
だからこそ、ここに連れてこられたなら、ミカゲがいるものかと思ったが。
「いねえな」
見回してみても、いない。
足元の蓮の葉っぱをひっくり返し、閉じている蓮のつぼみを開き、いろいろと探してみるが、いない。
「・・・・・・あれ?」
なんでいないんだろうか、と周囲を見回していたところで、
「何をしておるやら」
呆れを含んだ声が背後から聞こえた。
「おう。いたいた」
ミカゲがいた。
人間離れした美貌の、淡い水のような雰囲気の麗人。
「で? なんで俺またここに来たんだ?」
「さて。主よ。どの程度、把握しておられるかな?」
稚気を含んだ、からかいともとれる口調だ。
ミカゲの問いに、モリヒトは腕を組んで、む、と唸る。
「あれだ。俺は体力切れで動けなくなって、セイヴにひっつかまれて、横に放り投げられた」
「うむ」
「で、ユキオが、『竜殺しの剣』を振った。・・・・・・だよな?」
「うむ」
ミカゲが頷いたので、モリヒトはさらに続ける。
「めっちゃ強い光だったな。剣ビーム」
「びーむ・・・・・・。その表現はどうかと思うがの」
ミカゲは苦笑するが、モリヒトは、ううむ、と唸った。
「それからだ。光で目がくらんだ、と思ったら、そうだ。ここにいた」
「なるほどの・・・・・・」
目の前がすさまじい光で真っ白になった。
まったく視界がきかなくなり、どうしようもないと目を閉じ、開いたらここだ。
「・・・・・・何があった?」
「簡単に言ってしまえば、地脈に呑まれたのよ」
「・・・・・・おう」
どう反応すればいいのか。
「体質の問題か?」
「というより、主、地脈との接続を解除しておらぬよな?」
「あ・・・・・・」
言われてみれば、とモリヒトは声を上げた。
地脈への接続をしたことで得ていた、知覚や知識。
通常なら、そこから魔力を吸い上げて力と変えるのだろうが、モリヒトの場合は循環させることで自分の魔力の吸収量の限界を上げていた。
ただ、その接続は、モリヒトが任意で解除できるものではなかった。
「であろうよ。主自身が自ら望んで繋いだものではなく、強制的に繋がれたもの。・・・・・・生命の危機に瀕して、多少改善はしたものの、接続自体を切ることはできぬ」
「・・・・・・で、そのせいか?」
「そのせいよ。一番の問題は、主が接続していた地脈の魔力の大半が、世界の外へと弾かれてしまったことよ」
「むう・・・・・・。『竜殺し』の勢いでむりやり千切れるかと思ったんだがな」
「そこまでうまくはいかなんだよ」
ミカゲの言葉を聞いて、むう、とモリヒトは唸る。
「じゃあ、俺の今の状態は?」
「本来なら、地脈の魔力に溶け、世界の外へと弾き飛ばされる『竜殺し』の一撃を受けて拡散。・・・・・・自意識は保てず、消失、という流れじゃろうの」
ミカゲが淡々と語る予想に、モリヒトはふう、と息を吐いた。
「じゃあ、今は?」
「我の力は、主のそれと同等。魔力の吸収と収束よ。それを使って、主の魔力を一か所に集めて、今この場にて保護しておる」
「なるほど。ミカゲのおかげで助かってる、と」
それはありがとう、とモリヒトが頭を下げると、ミカゲはほほほ、と笑った。
「よいよい。主に消えられては、我としても立つ瀬がない。・・・・・・仮にも、主のアートリア。主の身を守るのは、その本分よ」
くくく、とひとしきり笑った後で、ミカゲはモリヒトを見た。
「しかし、困ったこともある」
「む?」
「今の我らは、世界への帰還が叶わぬ」
今、モリヒトは魔力をミカゲの力で収束させたことでかろうじてとどまっている。
だが、居場所は世界の外だ。
つまり、今のままではこのままとどまりつづけるしかない。
「・・・・・・? 世界の外に出た魔力は、いずれ真龍のところに戻るんじゃなかったか?」
「だがそれは、真龍の中でただの魔力へと変換される、ということでもある。結局、主の意識は消えてしまう」
「むう。知らん内にそうなっていたならともかく、今こうして生きている?のに、そうなるのは困るな」
となると、
「なんとか生きる手段を見つける必要があるか」
「・・・・・・・・・・・・」
モリヒトがううん、と唸っている傍ら、ミカゲは顔をしかめていた。
しばらく、静かにしていたが、モリヒトはミカゲの様子がおかしいことに気づく。
何かを言いたそうな、だが言いたくはなさそうな、複雑な顔をしている。
そして、ミカゲもまた、モリヒトが自分を見ていることに気づいた。
「・・・・・・仕方がないのやもしれぬな」
ミカゲは、ふう、と一つため息を吐き、仕方なさそうに笑った。
「主よ。一つ、この状況を脱する方法がある」
「ほう? ・・・・・・あんまり気乗りしなさそうだな?」
「うむ。正直、あまり気乗りはせん」
モリヒトの問いに対して、ミカゲは正直に頷いた。
「だが、これをせねば、いずれにせよ。主は消え、我も消える。それはできぬ」
ミカゲは首を振り、周囲の水を操って、足元に蓮の花を集めていく。
「ミカゲ?」
「今、我らは地脈の魔力の中におる」
モリヒトの問いかけに応えることなく、ミカゲは周囲に蓮の花を集め、次々と花を咲かせていく。
「・・・・・・この状態は、俗に『竜に呑まれる』という状態と同義よ」
「それが?」
「『竜に呑まれた』存在は、元の世界に戻るのは困難。だが、別の世界であるならばそうでもない」
「・・・・・・ここから、別の世界に行くってのか?」
それができるなら、苦労はないだろう。
世界の外にいるだけで、世界の外を自由に移動できる能力を持っているわけではない。
「今ならば、できる」
「どういうことだ?」
「主よ」
ミカゲは、足元からすくい上げた蓮の花の一つを、モリヒトへと手渡す。
「守護者たちが、元の世界へと戻ることができる、という話は覚えておるか?」
「あ? ああ、元の世界に縁が残ってるから、それを辿って戻れる、だったか?」
「あれは、正確ではない」
「どういうことだ?」
「うまくは説明できぬの。じゃが、あの召還について、主の立ち位置と守護者たちの立ち位置は違う。また、主と異王も差異がある」
「・・・・・・?」
「まあ、今言いたいことはの。主には、元の世界への縁が残っておる故、それを辿って戻ることができる、ということよ」
モリヒトは、うむ、と頷いて、それから、うん? と首を傾げた。
「つまり?」
「今から、ここに集めた魔力を使って、主を主の元居た世界へと送る。あちらへならば、魔力の流れに乗れば、辿り付けよう」
ミカゲの言っていることは分かる。
だが、それはそれとして、
「・・・・・・俺、元の世界へ戻ったとして、どうなる?」
「さて? 我がそれを決めることはできぬ。我はあくまで、主の道具。主の行く道を決めるのは、主自身よ」
ミカゲの言葉は、どこかはぐらかすようでもあるが、
「・・・・・・ミカゲ?」
「うむ?」
「お前は?」
「ふふ。我は、主のモノ。心配はいらぬよ」
笑うミカゲに、モリヒトは顔をしかめる。
「おい」
「さて、それでは、送るぞ」
呼びかけたモリヒトと遮るように、ミカゲは魔力を集める。
「ミカゲ!」
「心配はいらぬよ。我は主とともにある。ただ、ここで魔力を使い切るが故、しばし眠ることになろう」
「・・・・・・大丈夫なのか?」
「主」
「ん」
「我は、主のモノ。主の行き道を我が左右するようなことは望まぬ」
ミカゲは、モリヒトをじっと見て、それから笑った。
「そして、我は主のモノ故、主の望みあれば、いつでも駆けつける」
「それは・・・・・・」
「先ほどまでとは違う。主はもう、我を知ったのだ。主が望むならば、いつでも主の元に」
「ホントだな?」
「うむ」
しっかりと頷いたミカゲを見て、む、とモリヒトは頷いた。
「分かった。やってくれ」
「うむ」
そうして、ミカゲの周囲に、さらに魔力が集っていく。
その一部がモリヒトを包み、その身を保護した。
「・・・・・・しかし、主よ」
「ん?」
その行動の最中に、ミカゲがモリヒトへと笑いかけた。
「主、ルイホウにあれだけ粉をかけておきながら、我へもずいぶんと熱く言葉をかけるよの?」
「んが?!」
顔をひきつらせたモリヒトをさらにひとしきり笑う。
「あのな! ルイホウと、お前は、別枠だからな!?」
「ほほ。なるほど。それは面白い」
くすくすとミカゲは笑い、魔術を行使する。
「ああ、くそ、待て。ちょっと言いたいぞ」
「ほほ。では、その続きは、次に会った時でよかろ」
「む」
ミカゲは、ふふ、と柔らかく笑う。
「・・・・・・ではまたの。主よ」
軽く手を振るミカゲに向かい、モリヒトははあ、と一つため息を吐いた。
「ああ、分かった。またな」
モリヒトが頷き、それを見たミカゲが、ぱん、と手を打ち合わせる。
瞬間、モリヒトの姿は、掻き消えた。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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