第41話:竜を喚ぶ
『竜殺しの大祭』は、成功とも失敗とも言えない、とモリヒトはそんな風に思う。
正直なところを言えば、まだ終わっていないのだが。
今、モリヒトは周囲の魔力を集めている。
最初はごうごうと鳴り響いていた風も、まだ勢いは強くとも、最初よりは落ち着いてきた気がする。
気のせいかもしれないが。
水景の『流域』はそれほど大きくは広げられず、結果として咲かせることのできる蓮の数にも限りがある。
蓮から回収できる魔力をセイヴが用いて『竜』の雛とも言えるものを作り上げる。
もう一度、と呼び出す。
「・・・・・・実は、微妙に不毛なことをやってるか? ひょっとして」
「言うな」
自分たちで吹き飛ばしておいて、もう一度自分たちで作り出す。
徒労感、とも言えるものを感じ始めたモリヒトに、セイヴはすげなく答えた。
話しながらでいいのか、とツッコミが入りそうではあるが、実際話していないと辛い状態だ。
『竜』をくみ上げる魔術が、セイヴにとってはそれほど難度の高いものではないからこそ、むしろ会話をすることで気を楽にできる。
「見方によっては、これでいい」
「なぜだ?」
「あのまま終わっていたら、『竜殺しの大祭』はかろうじて成功と呼べても、新たな女王の『最初の仕事』は失敗したというケチがつく」
「・・・・・・なるほど」
だが、やり直しとはいえ、『竜殺しの大祭』を今度こそ行えるなら、少なくとも『最初の仕事』はやり遂げた、と言い切れる。
どうあろうとも、ちゃんと仕事ができる王、というのは大事だ。
求心力に影響する。
「ま、誰に対する見栄だ、という話ではあるんだが」
とはいえ、テュールだと、そういう功績はそれほど重視されない。
「テュールって、オルクトがないと存続できないし、ぶっちゃけ対外的な顔って、そんな重要視されてないよな。・・・・・・功績とか、いるのか?」
オルクト以外とは国交がなく、オルクトがなければ存続できないために、ほぼ属国扱い。
オルクトが国として維持したいから維持されている国のてい。
そういうテュールの状態で、今更取り繕うものもないだろう、とモリヒトは思う。
「他の国に対してなら、どうでもいい。・・・・・・だが、国内がな」
「オルクトの?」
「そうだ」
結局は、そこに由来する。
「オルクトの魔皇は、血統重視だ。何せ、血統で引き継ぐ魔術的な特性がある」
「あの銀の炎か」
オルクト帝室の血族にしか継がれない血だ。
あれで英雄的な働きをし、それによって頂点に上り詰めたオルクトの魔皇だから、あの銀の炎の血を継いでいる、というのが魔皇を継ぐ上で極めて重要なファクターになる。
「一方で、テュールの異王はそうでもない。何せ、世代ごとに異世界から召還しているわけだからな」
継承、などというものはなく、常に新たな異王が任命される。
己の血統に誇りを持つ者の中には、過去がどんな人物であったか分からない馬の骨が、王という地位に就くことが我慢ならない、という者もいる。
オルクトの中にもいる。
決して、悪心からではなく、むしろ帝室への忠誠から、そういった考えを抱く者達がいるのだ。
無能でもないし、オルクトの国政、という観点からすると、決して無視もできない者達。
そういった者たちは、
「わざわざ異王など呼ばずとも、帝室から血を継がせたものに、その王位を継承させればいい、という考えを持っている」
「それ、成立するのか?」
「する。・・・・・・何せ、テュールの最初の王は、オルクトの元魔皇だからな」
そもそも、最初の『竜殺しの大祭』だって、本来は王の役割ではなかったのだ。
異世界から召還された存在を巫女としての儀式だった。
それが、王の役割となったのは、
「・・・・・・まあ、クリシャのせいだ」
「む?」
「クリシャが、ミュグラ・ノルシウスが行った非道を明らかにした。結果として、王がいなくなった」
それでも、『竜殺しの大祭』の実施は必要で、だが国家運営に必要な王のなりてはいない。
「なんでいなかったんだ?」
「そりゃ、オルクトにまで跳ね返るような、大規模な魔術災害が起こって、しかもその原因が王の禁忌の研究だぞ? 王になったら、責任を取らなければならない」
罰は受けないにしても、それ相応のペナルティを受けなければならず、それほどのペナルティを受けてまで就きたい王位か、と言えば、まったくそんなことはない。
結果として、『竜殺しの大祭』を執り行う巫女が異王として立つことになった。
「当時の魔皇が相当援助したらしいな。結果、伝統は今も続く、と」
その歴史があるとしても、すでに百年以上前のこと。
今こそ、もう一度王位をオルクトの帝室の血に戻すべきでは、という意見はある。
「黙らせるには、しっかりと仕事をこなして見せるのが一番だ」
「なるほど」
「多少、イレギュラーはあったが、『竜殺しの大祭』を完遂できれば、言うことなし、というものだろう」
セイヴの言葉に、モリヒトは頷いた。
「じゃ、ユキオが目を覚ますかどうか、は結構大事だな」
「目は覚ますはずだ。・・・・・・曲りなりにもアートリアに守られていた身。それほどの消耗もないだろう」
「アートリアってすげーなー」
「すごいぞ。伊達に女神の似姿と呼ばれるわけではない」
そう言うことになると、今自分の手にあるこの双の刃はどうなるか。
「・・・・・・お前は、やっぱり、ちょっとおかしい」
自分の刃に視線を落とすモリヒトに、セイヴはそう告げたのだった。
** ++ **
ともあれ、ユキオは目を覚ました。
ふらつく頭を抑えつつも、左腕にはめた数珠に目を落とす。
「・・・・・・タマが、助けてくれたのね」
相変わらず、タマはその姿を見せない。
だが、ユキオはその存在を感じて、ありがとう、と小さく口の中で呟いた。
「・・・・・・ユキオ様」
ユエルに声をかけられ、ユキオは顔を上げる。
視線の先にいるのは、ルイホウだ。
「・・・・・・状況は、分かったわ」
目を覚ましてから、さほど間を置くことなく、ルイホウから状況の説明を受けた。
今すぐにでも立ち上がり、『竜殺しの大祭』に参加してほしい。
あんまりといえばあんまりな要請だが、
「私がやらなきゃ、誰もできないでしょう!」
ユキオは立ち上がった。
** ++ **
ルイホウは、ユエルを引っ張っていく。
行き先は、儀式場だ。
「ユエル。私は、セイヴ様、モリヒト様が作った『竜』を安定化させます。貴女は、『竜殺し』を作ってください。できますね? はい」
「はい。やれます」
ぐ、と目に強い力を宿し、ユエルは進む。
と、一瞬、その体がふらついた。
「ユエル、・・・・・・」
大丈夫ですか、と聞こうとして、ルイホウは言葉を変えた。
「しっかりしなさい。はい」
「・・・・・・はい!」
他にできる者がいない。
『竜殺し』を作るそれだけは、今はもうユエルしかできないのだ。
だから、背中を押すしかない。
「がんばりなさい。はい」
ルイホウは、儀式場へとユエルを送り出した。
** ++ **
「待たせたわ!」
「本当だ。遅い」
儀式場を流れる風は、未だ勢いが強い。
そこに、衣装を風にあおられながらも、ユキオは姿を現した。
『竜』を作ろうと魔術を行使する二人にかけた声に、モリヒトから答えが返ってくるが、
「何よ。憎まれ口ね」
「気にするな。俺もセイヴも割としゃれにならんレベルで体力を消耗してるんでな。口を取り繕う余裕がない」
は、とユキオが二人を見れば、確かに二人とも顔色が悪い。
「・・・・・・ユエル。いける?」
「大丈夫です」
頷いたユエルが、さっそく詠唱を始めた。
「・・・・・・『竜殺し』は、出力は最低限でいい。世界の外へと流れる力は既にある。こちらも、そこまで大きい『竜』を作るだけの力はない。・・・・・・何より現状、『竜』になりそうな魔力はもうない」
これだけ穴の向こうに流れ込んだのだ。
地脈に溜まった澱みなどは、とうに流れていってしまっている。
今流れているのは、新たに地脈を流れる、つまりは綺麗な魔力だ。
本来なら『竜』になどなりそうもないものを、むりやり集めて『竜』を作ろうとしている。
『竜殺しの大祭』を実施するためだけに、だ。
「・・・・・・きっつい」
「弱音を吐くな。うっとうしい」
モリヒトの吐いた言葉に、セイヴは荒い言葉を返す。
とはいえ、セイヴの手元で、『竜』は顕現を始めている。
そして、周囲から、魔術が飛んできた。
それはセイヴの手元の『竜』へと絡みつき、
「よし、安定化する」
「む」
セイヴの手を離れ、岬の先へと飛んでいった。
「・・・・・・セイヴ、まだ移動したらだめか」
「まだだ。後ろの『竜殺し』が安定するまで待て」
むむ、とモリヒトがユキオを見れば、ユキオの手の中に、再度剣が作られようとしていた。
「よし、もう少しだ。・・・・・・あと少し耐えろ。モリヒト」
「了解」
仕方ねえな、とモリヒトは気合を入れる。
地脈との接続を通じて、地脈へと干渉。
魔力の流れを一時的に押しとどめ、一時的にセイヴへと流す。
セイヴが『竜』を作る魔術を行使し、それによって消費された魔力を、今度は水景の『流域』で回収して、蓮に変え、『竜』に食わせる。
そうして、儀式場の岬の先端で、少しずつ、『竜』が育っていく。
「・・・・・・いけます」
ユエルが、そう声を発した。
「よし、モリヒト。合図をしたら溜めていた魔力を全て『竜』に食わせろ。その後でここを離れる」
ユキオが放つ、『竜殺し』に巻き込まれないようにするために。
「行くぞ。・・・・・・三・・・・・・二・・・・・・一・・・・・・今だ!」
蓮の花が一斉に開き、そして散った。
噴き上がった魔力を食った『竜』が、一気に成長する。
そして、『竜殺し』が、再度、光輝いた。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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