第39話:竜殺しを終えて
炎が噴き上がる。
銀の色に燃え上がる炎は、触れたすべてを銀の灰へと変える炎だ。
ただ触れるだけでなく、炙られるだけで、近くによった魔獣もどきは灰へと変わっていく。
もはや、その高温を解放するだけで、地形すべてを変えそうなほどに、魔力が凝縮され、熱量を上げている。
セイヴの掲げる大剣は、それらの炎が大剣の形へと凝縮したような形状だ。
そこから噴き出す熱が、周囲の光景をゆがませている。
熱による、蜃気楼に近いそれだ。
その剣に込められた威力を使って、竜殺しはなされる。
本来なら、すべてを灰に変えてしまう炎ではあるが、魔術の炎だ。
制御が完璧ならば、『竜殺し』の代わりはできる。
大剣を振り上げ、振り下ろす。
振り下ろす直前に、なにやら引きずり込まれたモリヒトは気になるが、セイヴとしては今そこは気にしている余裕がない。
大量の魔力によって魔術の実現を補助しているとはいえ、魔術の制御は困難である。
魔力が大きければ大きいほど、制御は難しいのだ。
『竜殺し』の本質が、押し出すことに特化しているからこそ、こんな力押しでもどうにかなる。
『竜』を殺すという儀式は、巨大な反動を生む。
『竜殺しの大祭』は、その反動による影響を可能な限り軽微なものへと変える効果がある。
今、セイヴは自らの銀の炎によって、その効果を再現しようとしていた。
『竜殺しの大祭』では、その反動をいなして受け流すようにしている。
だが、セイヴはその反動自体を銀の炎で焼き尽くして、灰へと変えるつもりだ。
反動の規模は、テュールを越えて、黒の森近くまで達する、という話もある。
それだけの反動を焼き尽くせば、おそらく発生する灰の量は相当にはなるだろう。
下手をすると、岬の先が多少埋まるかもしれない。
銀の炎の結果によって生まれた銀の灰は、通常の灰とは違い、魔術による生成物だ。
いずれは魔力に溶けて消えることになるが、それなりに長期にわたって残るものでもある。
環境問題を考えると、あまりよくはない。
少なくとも、テュール近海の漁業には結構な影響が出るだろう。
加えて、実をいうと周辺の魔力分布に揺らぎが出るため、下手をすると大型海獣を呼び寄せることにもなりかねない。
が、そのくらいは、オルクト魔帝国で補填できる範囲だ。
漁業への影響は年単位ではあろうが、食料はオルクトから供給すればいい。
大型海獣なども、飛空艇を含めて戦力を派遣すればどうにかなる。
そういった、被害やそれに対する補償額など、計算は本国に残してきた専門家の仕事だ。
セイヴはただ、今、ここで成すべきことを成す。
「―アリズベータ―
炎よ/銀よ/今ここに/『竜』を/殺せ」
振り下ろされた。
** ++ **
モリヒトが、地脈からの脱出とともに見たのは、発射された銀の炎の一撃。
そして、それを正面から受ける『竜』の姿。
派手な光景に、息を飲んだのも一瞬。
その炎の余波に、自らも焼かれそうになっていると気づいて、慌てて防御をしようと障壁を張った。
その障壁も張った端から灰へ変わっていくが、連続で張り直すことで対応する。
それほど長い時間ではない。
『竜』へと向かう銀の炎の発射は、長時間は続かない。
耐えきった、とモリヒトが息を吐いたところで、
ごおおおおおおおおおお
轟音が響く。
『竜』が炎を受け、悶えている。
端から燃え、奥へと押し込まれ、消えていく。
すべてが焼き尽くされるように、銀の炎とともに消えるまで、数秒。
炎の波に押し出されるように、その『竜』は世界の外へと消えていった。
** ++ **
「・・・・・・・・・・・・ふむ」
ヴェルミオン大陸中央部。
そこにそびえる峻嶮たる黒の御山。
その頂上。
黒の真龍の座所となる、平たい広場。
その端から、黒はテュール異王国のある方角を眺めている。
この広場からでも、テュール異王国の先に浮かび上がった『竜』の姿は見えていた。
「・・・・・・黒様?」
黒と同じように、隣からその『竜』の姿を見ていた、黒の森守であるクルムは、唐突に黒が漏らした声に、黒を見上げた。
先ほど、『竜』の姿を同じような大きさの、輝く銀の色の炎が噴き上がった。
遠く山の頂上からでも見えた、地上の太陽とも見えたそれが、『竜』を焼き殺したのをクルムは見た。
あれが、何事かはわからずとも、『竜』を消したならば、『竜殺し』はなされたのだろう。
ならば、いいこと、であるはずだ。
先ほどまで、『竜』を中心として、黒い何かが広がっていた。
もし、あれが広がり切っていたら、きっとどこかで、今クルムの隣に立つ黒が、何かをしていただろう。
その何かは、きっと御山の麓の黒の森に生活する森守の一族をも巻き込んだろう。
結果何が起こるかなど、想像もしたくない。
だが、それはもう起こらなさそうだ。
特に感情も動かしたような様子はなく、遠くを眺める黒の様子を見ながら、クルムは、ほ、と息を吐く。
「黒様。ともあれ、『竜殺しの大祭』は、終わったのでしょうか?」
「ふむ。・・・・・・まあ、そうだな」
黒は、頷いた。
「『竜』の形に懲り固められた地脈のゆがみは、確かに向こうへと押しやられた。『竜殺しの大祭』がなそうとしていたことはなせた」
多少の反動はあるだろうが、それも解決するだろう。
クルムとしては、それでも視線を外さない、黒のことが気にかかる。
「『竜殺しの大祭』は、終わったであろうな」
だが、と、黒は続けた。
「・・・・・・さて」
黒は、そこで初めて、興味、とも呼べる感情を顔に浮かべた。
「不思議なものだ。・・・・・・おかしなことが起ころうとしている」
「え?」
黒の声に、クルムは黒を振り仰ぎ、それからテュールの方向を見た。
銀の炎に焼き尽くされた後、そこには何もない。
もともとクルムの種族である森守の一族は、視力が弱い。
だが、魔術の強化などを用いれば、それ以外の感覚を強化することで様子を探ることはできる。
距離はあるとしても、地脈を通じた感知は可能だ。
だが、クルムの感覚には、そういった以上は何も伝わってこない。
「何が、あるのですか?」
「・・・・・・・・・・・・」
クルムの問いには、黒は応えない。
ただ、何か、見えないものを見るように、視線を遠くへと飛ばしている。
** ++ **
「・・・・・・うまくいった、か」
ほ、と息を吐いて、セイヴの方へと視線を向ける。
肥大化していた大剣も、元の大きさへと戻り、セイヴも大きく息を吐いた。
「さすがに、くたびれた」
そう漏らしたセイヴに、モリヒトは、ははは、と笑いかけた。
「だが、おかげで、最高の結果だろ?」
「・・・・・・最善、だ。・・・・・・これからの処置を考えると頭が痛い」
後始末は残っているのだ、とセイヴは言いながらも、笑う。
その笑いは、厄介な事態が解決した、という安堵の笑みであった。
モリヒトは、膝をついていた姿勢から立ち上がり、身体に積もったいくらかの銀の灰を払い落す。
「まあ、でも無事に終わったろ?」
「そうだな」
儀式場の外で、ルイホウが手を振っているのが見えた。
となりに立っているのは、クリシャだ。
「・・・・・・ようし、じゃあ、帰るか」
「うむ」
セイヴが頷く。
セイヴの大剣が消え、リズがセイヴの姿に隣を現す。
合わせて、モリヒトが握る双の刃もまた、同じように消え、
「・・・・・・!」
ようとした。
その時だった。
ごう、と、風が音を立てた。
音の発生源は、岬の先だ。
「・・・・・・おいおい、まさかまだ何かあるのか?」
「あり得ん。やり遂げたぞ。確実に手ごたえはあった・・・・・・」
モリヒトが岬の先端に視線をやるのと同時、セイヴの呆然とした声が響く。
だが、風の勢いは強くなっていく。
そして、モリヒトの目は岬の先端にあるものを見ていた。
「・・・・・・穴?」
「何?」
穴だ。
ぽっかりと空間に穴が開いている。
穴の中には、その向こうの空が見える。
だが、そこには穴がある。
視覚では見えない、モリヒトの感覚でしかとらえられない、穴がある。
「まさか、世界の外への穴、か?」
モリヒトがも、その正体に気づいて、呆然と言葉を返す。
「ああ、そうか」
セイヴが、納得したような声を上げた。
「仮にあるとすれば、それは『竜』を無理やり押し飛ばしたことによるものだろうな」
セイヴの声は、冷静を取り戻しつつあった。
「大丈夫なのか? 穴の向こうから、『竜』が戻ってくる、とか、ないよな?」
「ないだろう。俺様の銀の炎で、『竜』は焼き尽くしている。それに、先ほどまで、魔獣化するほどの濃度の魔力がこの一帯に満ちていたのを忘れたか?」
「む?」
「地表にすらあれだ。地脈の中には、どれほど溜まっていたか」
「・・・・・・それが?」
「水を溜めた桶の底に穴を開けたら、どうなる?」
「ああ、なるほど」
つまり、今、世界の外に押し出した穴を通じて、大量の魔力が世界の外へと流出している、ということだろう。
それが、風を生んでいる。
「穴はいつまでも開いてはいないだろう。今は、流れ込む魔力量が多いから開いているだけで、落ち着いてくれば、自然と閉じるはずだ」
「そういう、ものか」
ごうごう、と風の音がどんどんと強くなってきているように感じる。
「・・・・・・飛ばされそうだ」
「そう感じるだけだ。実際に風が吹いているわけではないから、飛ぶことなどあり得ん」
セイヴは断言した。
その断言に、そうか、とモリヒトは頷くのであった。
** ++ **
「・・・・・・どこへ流れるのか」
その穴の存在を近くして、黒はぽつり、とつぶやいた。
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『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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