表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第5章:竜殺しの大祭
202/436

第38話:竜殺し・再発

 魔獣の出現は止まらない。

 とはいっても、モリヒトの水景の『領域』が広がっているおかげで、魔獣の出現は抑えられている。

 だが、限界はある。

 そもそも、体力切れに近いモリヒトは、『流域』の展開に限界がある。

 セイヴと戦っていた時のように、魔力を大量に吸収するようなことはできず、薄く広くと広げることで、魔獣として結実するだけの魔力の密度を薄めている、というのが現状だ。

 だからこそ、

「ち・・・・・・」

 舌打ちが漏れた。

 薄く広げただけの水景の『流域』は、ほんのわずかな揺らぎで綻びが発生する。

 その綻びに魔力が流れ込む形で、魔獣が出現した。

 だが、獣、というのは、形が定まらない。

 不定形、スライムか、あるいは揺れる影か。

 どうともつかないそれが、ふらふらと現れ、

「おりゃ」

 蓮の花から放たれた魔術によって消滅する。

「今のところ、何とかなってる」

「器用なものだな」

 体力が切れた状態でも、魔力を吸収することで無理やりにブーストはできる。

 ついでに言えば、アートリアというもう一つの意思がある状態。

 二つの処理を同時にこなすのは、それほど難しくはない。

 だが、それでも、きついものはきつい。

「まだ?」

「こちらも、体力切れの状態から溜めているんだぞ」

 答えるセイヴの背後、炎の塊がある。

 その炎は、周囲の水面に咲く蓮の花を燃料にして、ますます勢いを増していた。

「力任せにしたっていいだろうに」

「馬鹿者。ここまでやられて、俺様が手を抜けるか。・・・・・・今この場で、可能な限り『竜殺し』に近い一撃を作ってやる」

 セイヴが、時間をかけて魔力を溜めているのは、それが理由だ。

 『竜』を殺すだけならば、すでに集まっている量の魔力だけで十分だ。

 だが、『竜殺し』としての本来の形、すなわち、よどむ魔力を世界の外へと押し出す術式を成立させるならば、足りない。

 魔術、というのは、イメージが極めて重要な性質を持つ。

 ただし、精緻なイメージが必ずしも必要ではない。

 精緻なイメージによる効果は、魔術によって消費する魔力量を下げ、魔術の効率をよくする。

 言い換えれば、大量の魔力を用意できるなら、イメージが多少適当でも魔術は正確な発動は可能だ。

 今回の場合、『竜殺し』を行うための儀式場の破損を、魔力量でゴリ押そう、ということだ。

「・・・・・・あれな。水路の詰まりを大量の水で押し流す、的な?」

「集中が乱れる。余計なこと言うな!」

 へいへい、と頷きつつも、モリヒトは周囲への『流域』の影響を調整する。

 セイヴが集めている魔力に干渉しないようにしながら、周囲の魔力が一か所に集まらないようにする、ということだ。

「・・・・・・なんか、ちょっと余裕出てきた?」

「お前が時間を稼いだおかげで、もうこれ以上急いだところで今後の被害はさして変わらん」

「おお。開き直りか」

「やかましい」

 ふう、と深呼吸を繰り返しながら、セイヴは魔力を集め、制御していく。

 モリヒトは、邪魔しないよう、周囲の魔力を集めていく。

 疲労を感じてきしむ体を無理やり気合で動かしていく。


** ++ **


 ルイホウが儀式場へと飛び込んだ時、そこにあったのは巨大な火炎の球体だった。

 銀の炎でなければ、太陽か何かか、と思ったかもしれない。

 驚き、身をすくませたルイホウだったが、足元の水へと踏み込んで、首を傾げる。

「・・・・・・む?」

 その水音に、モリヒトが気づいた。

「ルイホウか」

 モリヒトは、ルイホウへと目をやった後、

「悪いけど、そこまで制御ができない。ルイホウ、水のないところに行ってろ。吸収範囲に巻き込む」

「これは、『流域』、ですか。はい」

 そのことに気づいて、ルイホウは愕然とする。

 モリヒトが持っていなかったはずのウェキアス。

 ウェキアスを持っていることも驚きだが、『流域』を展開できるレベルまで使いこなしているのも驚きだ。

「ルイホウ」

 その驚きを飲み込んでいる間に、モリヒトから声をかけられた。

「ユキオは?」

「無事です。気を失っておられたので、目を覚ませばこちらに来られるかと。はい」

「それはよかった」

 ほっとした口調が感じられて、ルイホウも微笑む。

 ユキオが目覚めるなら、『竜殺し』も何とかなる可能性が高い。

「セイヴ。もしユキオが間に合ったら・・・・・・」

「『竜殺し』を撃てるなら、補助に回る。だが、こちらの発動に間に合わないなら、先に撃つぞ」

「そうかい。じゃあ、間に合うことを祈るとしようか」

 と、モリヒトが剣を振るって、魔獣の一体を消し飛ばす。

「ルイホウ。もう一つ」

「なんでしょうか?」

「周囲の魔獣を寄せないようにしてくれ」

「わかりました。はい」

 ルイホウは頷き、足元の水のある場所から飛びのいて、杖を構えた。


** ++ **


 『竜』は、揺らいでいた。

 核となっていた存在を失い、存在の輪郭が揺らぎ始めているのだ。

 このままならば、ただの『瘤』になる。

 とはいえ、規模が規模なので、それによって生み出される魔獣の規模もまた、相応のものになるだろう。

 だが、『竜』そのものが魔獣として世界に現れるよりは、ずっとましだろう。

 だからこそ、セイヴも処理に多少の余裕を見ている。

 今のままならば、なんとか間に合いそうだ、ということだ。

 だが、その『竜』の揺らぎを目の当たりにして、モリヒトは嫌な予感のようなものを感じていた。

 いまだ、モリヒトは地脈との接続を保っている。

 おかげで、周囲の状況はよくわかる。

 加えて、広げている『流域』の効果もあって、感知はかなり高い。

 だからこそ、嫌な予感、だ。

 感じているその気配に、覚えがあるようにも感じている。

 その正体を掴む前に、事態が動いた。

「モリヒト様! 上を警戒してください! はい」

 上、と見上げたところに、『竜』の首が見える。

 『竜』の大きな影は、未だ見える。

 その首から、何かが生まれた。

 何か、というのが、巨大な翼を持った影と見えて、

「・・・・・・ガーゴイル・・・・・・?」

 地下の石堂に挑む前に見たものに、シルエットが似ているような気がする。

 遠間から放たれたルイホウの水の魔術をかいくぐり、その影が接近してくる。

「ち」

 蓮の花を呼び出し、そこから魔力を抽出。

 魔術の性質は水。

 大きく広げて防壁へと変える。

 その壁へと翼を持つ影がぶつかった直後に、

「絡み付け」

 水が粘性を持って、その影を絡めとる。

 絡めとられた影へと剣の切っ先を向けて、水を飛ばして撃ち抜く。

 どろりと解けて消えた影。

 その上から、もう一つ影が落ちてくる。

「なっ!?」

 モリヒトに迫るそれは、横合いから撃たれた炎が焼き尽くした。

「・・・・・・おいおい。魔力を無駄遣いするなよ?」

「助けてもらっておいて、その言い草か」

 軽口を叩くモリヒトに、セイヴは言い返した。

 ともあれ、

「そろそろだ。・・・・・・『竜殺し』は間に合わんか」

「そうか。・・・・・・仕方ないな」

 『流域』を操作して、『竜』までの道を開ける。

「さて」

 セイヴは、大剣を振りかぶる。

「放つ。前を開けろ」

「あいよ」

 モリヒトがセイヴの前からどいて、『流域』を解除する。

 それを確認して、セイヴがさらに振りかぶった大剣に力を籠める。

 セイヴの傍に凝集していた巨大な炎の玉が、大剣へと吸い込まれ、大剣の刀身自体が肥大化した。

 それを大きく振りかぶり、振り下ろす。


 その瞬間のことであった。


 どぽん、と地面が泡立った。

 そこから、影色の手が伸びた。

 伸びた手が、モリヒトへと絡みつく。

 は、とモリヒトが息を飲んだ次には、モリヒトの姿は地面の中へと消えていた。


** ++ **


「・・・・・・またか」

 地脈の中だ。

 そして目の前には、

「またお前か」

 にやりと笑う、アリーエ・クティアスがいる。

「あらあら、またお会いしましたわ」

「引きずり込んでおいて何を言う」

「うふふ」

「つか、しつこい。こっちはもうケリが着きそうなんだ。出てくるなよ、死人のくせに」

「ひどいですわねえ・・・・・・。ミケイルとの闘いでは助けてあげましたのに」

「助けだとは思ってない。つか敵だろうがお前」

 モリヒトが右手に握る剣を突き付ける。

 と、その手にもう一つ手が重なった。

「・・・・・・ミカゲか」

「うむ」

「あらあら。出会ったばかりで、ずいぶんと仲がよさそうで。・・・・・・さすがに、本物のアートリアは違いますわね」

「・・・・・・お前は、何がしたいんだ?」

「さて?」

 ふふ、とアリーエは嗤う。

「別になんとも。・・・・・・先にも申しましたわ。もはや、死人。何かができるとは思えませんから。だから、できることをしているだけですわ」

「・・・・・・はた迷惑な」

 顔をしかめて吐き捨て、モリヒトは集中する。

「あら」

「さっきとは違う。今度は、ミカゲがいるからな。自分で出ていけるぞ。俺は」

「そうですか。・・・・・・残念ですわ」

 ふん、と鼻を鳴らし、モリヒトは地脈から脱出するべく、集中する。

 どこか妙に上機嫌な微笑みを浮かべるアリーエへ、中指でも突き立ててやりたい気分だ。

 こっちの世界で通じるのかはわからないが。

「今度こそ。さようなら」

 地脈から出られる。

 感覚からそう判断して、モリヒトは分かれを告げる。

 だが、アリーエは微笑むだけだ。

「・・・・・・・・・・・・」

 その反応を訝しみつつも、モリヒトは地脈からの脱出を行うのだった。

評価などいただけると励みになります。

よろしくお願いします。


別作品も連載中です。

『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』

https://ncode.syosetu.com/n5722hj/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ