第38話:竜殺し・再発
魔獣の出現は止まらない。
とはいっても、モリヒトの水景の『領域』が広がっているおかげで、魔獣の出現は抑えられている。
だが、限界はある。
そもそも、体力切れに近いモリヒトは、『流域』の展開に限界がある。
セイヴと戦っていた時のように、魔力を大量に吸収するようなことはできず、薄く広くと広げることで、魔獣として結実するだけの魔力の密度を薄めている、というのが現状だ。
だからこそ、
「ち・・・・・・」
舌打ちが漏れた。
薄く広げただけの水景の『流域』は、ほんのわずかな揺らぎで綻びが発生する。
その綻びに魔力が流れ込む形で、魔獣が出現した。
だが、獣、というのは、形が定まらない。
不定形、スライムか、あるいは揺れる影か。
どうともつかないそれが、ふらふらと現れ、
「おりゃ」
蓮の花から放たれた魔術によって消滅する。
「今のところ、何とかなってる」
「器用なものだな」
体力が切れた状態でも、魔力を吸収することで無理やりにブーストはできる。
ついでに言えば、アートリアというもう一つの意思がある状態。
二つの処理を同時にこなすのは、それほど難しくはない。
だが、それでも、きついものはきつい。
「まだ?」
「こちらも、体力切れの状態から溜めているんだぞ」
答えるセイヴの背後、炎の塊がある。
その炎は、周囲の水面に咲く蓮の花を燃料にして、ますます勢いを増していた。
「力任せにしたっていいだろうに」
「馬鹿者。ここまでやられて、俺様が手を抜けるか。・・・・・・今この場で、可能な限り『竜殺し』に近い一撃を作ってやる」
セイヴが、時間をかけて魔力を溜めているのは、それが理由だ。
『竜』を殺すだけならば、すでに集まっている量の魔力だけで十分だ。
だが、『竜殺し』としての本来の形、すなわち、よどむ魔力を世界の外へと押し出す術式を成立させるならば、足りない。
魔術、というのは、イメージが極めて重要な性質を持つ。
ただし、精緻なイメージが必ずしも必要ではない。
精緻なイメージによる効果は、魔術によって消費する魔力量を下げ、魔術の効率をよくする。
言い換えれば、大量の魔力を用意できるなら、イメージが多少適当でも魔術は正確な発動は可能だ。
今回の場合、『竜殺し』を行うための儀式場の破損を、魔力量でゴリ押そう、ということだ。
「・・・・・・あれな。水路の詰まりを大量の水で押し流す、的な?」
「集中が乱れる。余計なこと言うな!」
へいへい、と頷きつつも、モリヒトは周囲への『流域』の影響を調整する。
セイヴが集めている魔力に干渉しないようにしながら、周囲の魔力が一か所に集まらないようにする、ということだ。
「・・・・・・なんか、ちょっと余裕出てきた?」
「お前が時間を稼いだおかげで、もうこれ以上急いだところで今後の被害はさして変わらん」
「おお。開き直りか」
「やかましい」
ふう、と深呼吸を繰り返しながら、セイヴは魔力を集め、制御していく。
モリヒトは、邪魔しないよう、周囲の魔力を集めていく。
疲労を感じてきしむ体を無理やり気合で動かしていく。
** ++ **
ルイホウが儀式場へと飛び込んだ時、そこにあったのは巨大な火炎の球体だった。
銀の炎でなければ、太陽か何かか、と思ったかもしれない。
驚き、身をすくませたルイホウだったが、足元の水へと踏み込んで、首を傾げる。
「・・・・・・む?」
その水音に、モリヒトが気づいた。
「ルイホウか」
モリヒトは、ルイホウへと目をやった後、
「悪いけど、そこまで制御ができない。ルイホウ、水のないところに行ってろ。吸収範囲に巻き込む」
「これは、『流域』、ですか。はい」
そのことに気づいて、ルイホウは愕然とする。
モリヒトが持っていなかったはずのウェキアス。
ウェキアスを持っていることも驚きだが、『流域』を展開できるレベルまで使いこなしているのも驚きだ。
「ルイホウ」
その驚きを飲み込んでいる間に、モリヒトから声をかけられた。
「ユキオは?」
「無事です。気を失っておられたので、目を覚ませばこちらに来られるかと。はい」
「それはよかった」
ほっとした口調が感じられて、ルイホウも微笑む。
ユキオが目覚めるなら、『竜殺し』も何とかなる可能性が高い。
「セイヴ。もしユキオが間に合ったら・・・・・・」
「『竜殺し』を撃てるなら、補助に回る。だが、こちらの発動に間に合わないなら、先に撃つぞ」
「そうかい。じゃあ、間に合うことを祈るとしようか」
と、モリヒトが剣を振るって、魔獣の一体を消し飛ばす。
「ルイホウ。もう一つ」
「なんでしょうか?」
「周囲の魔獣を寄せないようにしてくれ」
「わかりました。はい」
ルイホウは頷き、足元の水のある場所から飛びのいて、杖を構えた。
** ++ **
『竜』は、揺らいでいた。
核となっていた存在を失い、存在の輪郭が揺らぎ始めているのだ。
このままならば、ただの『瘤』になる。
とはいえ、規模が規模なので、それによって生み出される魔獣の規模もまた、相応のものになるだろう。
だが、『竜』そのものが魔獣として世界に現れるよりは、ずっとましだろう。
だからこそ、セイヴも処理に多少の余裕を見ている。
今のままならば、なんとか間に合いそうだ、ということだ。
だが、その『竜』の揺らぎを目の当たりにして、モリヒトは嫌な予感のようなものを感じていた。
いまだ、モリヒトは地脈との接続を保っている。
おかげで、周囲の状況はよくわかる。
加えて、広げている『流域』の効果もあって、感知はかなり高い。
だからこそ、嫌な予感、だ。
感じているその気配に、覚えがあるようにも感じている。
その正体を掴む前に、事態が動いた。
「モリヒト様! 上を警戒してください! はい」
上、と見上げたところに、『竜』の首が見える。
『竜』の大きな影は、未だ見える。
その首から、何かが生まれた。
何か、というのが、巨大な翼を持った影と見えて、
「・・・・・・ガーゴイル・・・・・・?」
地下の石堂に挑む前に見たものに、シルエットが似ているような気がする。
遠間から放たれたルイホウの水の魔術をかいくぐり、その影が接近してくる。
「ち」
蓮の花を呼び出し、そこから魔力を抽出。
魔術の性質は水。
大きく広げて防壁へと変える。
その壁へと翼を持つ影がぶつかった直後に、
「絡み付け」
水が粘性を持って、その影を絡めとる。
絡めとられた影へと剣の切っ先を向けて、水を飛ばして撃ち抜く。
どろりと解けて消えた影。
その上から、もう一つ影が落ちてくる。
「なっ!?」
モリヒトに迫るそれは、横合いから撃たれた炎が焼き尽くした。
「・・・・・・おいおい。魔力を無駄遣いするなよ?」
「助けてもらっておいて、その言い草か」
軽口を叩くモリヒトに、セイヴは言い返した。
ともあれ、
「そろそろだ。・・・・・・『竜殺し』は間に合わんか」
「そうか。・・・・・・仕方ないな」
『流域』を操作して、『竜』までの道を開ける。
「さて」
セイヴは、大剣を振りかぶる。
「放つ。前を開けろ」
「あいよ」
モリヒトがセイヴの前からどいて、『流域』を解除する。
それを確認して、セイヴがさらに振りかぶった大剣に力を籠める。
セイヴの傍に凝集していた巨大な炎の玉が、大剣へと吸い込まれ、大剣の刀身自体が肥大化した。
それを大きく振りかぶり、振り下ろす。
その瞬間のことであった。
どぽん、と地面が泡立った。
そこから、影色の手が伸びた。
伸びた手が、モリヒトへと絡みつく。
は、とモリヒトが息を飲んだ次には、モリヒトの姿は地面の中へと消えていた。
** ++ **
「・・・・・・またか」
地脈の中だ。
そして目の前には、
「またお前か」
にやりと笑う、アリーエ・クティアスがいる。
「あらあら、またお会いしましたわ」
「引きずり込んでおいて何を言う」
「うふふ」
「つか、しつこい。こっちはもうケリが着きそうなんだ。出てくるなよ、死人のくせに」
「ひどいですわねえ・・・・・・。ミケイルとの闘いでは助けてあげましたのに」
「助けだとは思ってない。つか敵だろうがお前」
モリヒトが右手に握る剣を突き付ける。
と、その手にもう一つ手が重なった。
「・・・・・・ミカゲか」
「うむ」
「あらあら。出会ったばかりで、ずいぶんと仲がよさそうで。・・・・・・さすがに、本物のアートリアは違いますわね」
「・・・・・・お前は、何がしたいんだ?」
「さて?」
ふふ、とアリーエは嗤う。
「別になんとも。・・・・・・先にも申しましたわ。もはや、死人。何かができるとは思えませんから。だから、できることをしているだけですわ」
「・・・・・・はた迷惑な」
顔をしかめて吐き捨て、モリヒトは集中する。
「あら」
「さっきとは違う。今度は、ミカゲがいるからな。自分で出ていけるぞ。俺は」
「そうですか。・・・・・・残念ですわ」
ふん、と鼻を鳴らし、モリヒトは地脈から脱出するべく、集中する。
どこか妙に上機嫌な微笑みを浮かべるアリーエへ、中指でも突き立ててやりたい気分だ。
こっちの世界で通じるのかはわからないが。
「今度こそ。さようなら」
地脈から出られる。
感覚からそう判断して、モリヒトは分かれを告げる。
だが、アリーエは微笑むだけだ。
「・・・・・・・・・・・・」
その反応を訝しみつつも、モリヒトは地脈からの脱出を行うのだった。
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『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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