第37話:竜玉
ルイホウは、詠唱を重ねていく。
ユエルによって、ユキオとは縁がつながった。
守護者たちによって、縁は強化されている。
これで、ユキオを引っ張りだすための必要な要素は揃っている。
ユエルとの相乗効果でひたすらに高まっていく魔力の圧。
さらには、周囲に漂う魔力もあって、魔力操作はかなり繊細だ。
必死な集中で、視界が暗くなるようだ。
大きく息を吸い直して、詠唱をさらに重ねる。
「・・・・・・捉えました」
ユエルが、ぽつりと口にした。
目を合わせ、頷く。
行きますよ、と口にはしないままに、ルイホウは召還の詠唱を続けていく。
** ++ **
ユキオは、自らに触れるものの感触に気づいた。
全身がゆるい水の中にいるような感触の中、それでもその感触は、弱弱しくユキオに触れる。
ぼんやりと開いた目。
そこに見える光の糸がある。
ぼんやりとしたままに、その糸を掴む。
のばした左手に、わずかに光る数珠がある。
** ++ **
状況の変化は、唐突であった。
『竜』の喉元、とも見える場所で、唐突に光が弾けた。
「・・・・・・なんだ!?」
セイヴの疑問に、モリヒトはにや、と笑う。
「うまくいったんだろうさ」
「・・・・・・・・・・・・」
一瞬、その言葉にセイヴの攻め手が緩む。
うまくいった、ということは、ルイホウの召還が成功した、ということだ。
背後を振り返ったモリヒトの視界に、『竜』の喉元で光が見える。
「あれか」
セイヴから感じる圧力が揺らぐ。
セイヴとしても、これでユキオが助かるなら、それでいいのだ。
その光へと、伸びる糸がある。
糸がぴんと張った。
「・・・・・・おうおう。セイヴよ。俺の目に、なんか魔術っぽいのが見えるんだけど」
「奇遇だな。俺様にも見える。・・・・・・召還の糸か。これだけの魔力環境だと、それも可視化されるか」
セイヴは、どこか感嘆とした声を漏らす。
ともあれ、
「ここまで来て、邪魔するとか言うなよ?」
モリヒトが言えば、セイヴは顔をしかめた。
「この状況でそんなことを言うか」
とはいえ、剣は納めない。
モリヒトは、ぐ、とにらみ据える。
視界の中、糸がぴんと張られて、『竜』の喉元から何かが引きずり出されてくる。
「・・・・・・竜玉、とでも名付けるかね?」
「ふざけている場合か。・・・・・・なんだあれは?」
それは、光の玉だ。
人が一人入るには十分な大きさのものである。
「ユキオのアートリアだな。あれは、所有者に身体強化って言われていたが、能力はユキオの防御だな」
「ほう?」
「というか、やはりあれか」
「何がだ?」
「何でもないさ」
それよりも、モリヒトは構える。
「セイヴ!」
「む!?」
呼びかけとともに、モリヒトは『流域』を操作する。
水景の『流域』は、モリヒトの手元へと一気に収束していく。
そして、その足元で、今までにないサイズの蓮の花のつぼみが育っていく。
「なるほど! こうくるか!!」
セイヴが、モリヒトの収束に合わせ、自らも燎原の火を自らの剣へと収束させた。
剣に宿った焔が一気にその勢いを増す。
二人が準備を終えた時だ。
ずるん、とユキオを内包する光の玉が抜け落ちる。
それと同時に『竜』が動いた。
糸に引かれて動く玉を、『竜』が大口を開けて飲み込む動きを見せる。
「ここまで引っ張って、今更それはねえだろうよ」
広がったのは、蓮の花。
巨大に咲いた蓮の花が、その『竜』の口を塞ぎ、
「ここまで邪魔された。うっぷん晴らしをさせてもらう!」
セイヴが振りぬいた大剣から放たれた炎が、『竜』の頭を打ち上げる。
その間に、玉が糸に引かれたまま、儀式場の外へと運ばれていった。
「おうし!」
ぐ、とガッツポーズを決めるモリヒトに、セイヴが呆れた目を向ける。
「で? ここからどうする?」
「ユキオが戻ってこれるかどうか、だな」
「あの状態からか?」
「タマが守ってたんだ。ユキオの体に影響はないだろう」
収束させた水景の『流域』は、再展開は難しい。
単純に、それだけの体力がモリヒトに残っていない。
そして、それはセイヴの方にも同じことが言えた。
「俺様の方も、ここから『竜殺し』をやるだけの溜めは、少々きついな」
「魔力はあるぞ?」
モリヒトが、足元から蓮の花を拾い上げる。
「・・・・・・だめだな」
首を振ったセイヴが、大剣を一閃。
背後から寄っていた魔獣が斬られる。
「あっちの仕掛けも体力切れか」
魔獣の出現を抑えていたのは、ベリガルの魔術だ。
「仕掛けではないな。・・・・・・核、竜玉か。あれが抜けたせいで『竜』の構成が不安定になっている」
そのために、『竜』が急速に『瘤』へと変わりつつある。
ベリガルの抑えるよりも、『竜』が魔獣を生成する速度の方が早くなっているのだ。
セイヴは、大剣で周囲の魔獣を薙ぎ払う。
「・・・・・・この状況で、『竜殺し』を成すだけの魔力集中は、さすがに無理だ」
万全なら、できるんだがな、とにらむセイヴに、モリヒトは、苦笑を返す。
「俺の『流域』をもう一度広げる。・・・・・・それで、魔獣の出現は抑えられるはずだ」
「・・・・・・大丈夫か?」
「体力切れで、倒れる前にケリをつけてもらうしかないな」
欲を言えば、ユキオの復活を待って、再度の『竜殺し』をしたいところだが、
「これ以上は、さすがにもたない」
「そういうことだ。・・・・・・まったく、こんな限界ぎりぎりまで引っ張りやがって」
悪態をつきながらも、精神集中の構えを取るセイヴに、モリヒトは笑い返す。
「は! おかげで、最上の結果ってやつだろ?」
同じように、モリヒトも精神を集中させていく。
** ++ **
「来ました! はい」
ルイホウが顔を上げる。
光の玉が、守護者である、アトリ、アヤカ、ナツアキを頂点とする三角形の中心に降りてくる。
地面に着地した直後、その玉がほどけて、
「ユキオ!」
「姉さま!!」
ユキオが現れた。
アトリに抱き起され、アヤカが覗き込む中で、ユキオは穏やかに寝息を立てている。
「はあ! はあ、はあ・・・・・・」
糸が切れたように崩れ落ち、ユエルが荒く呼吸を繰り返す。
ルイホウもまた、滝のように流れる汗を煩わしいと感じながら、息を整える。
「ユキオ様を起こしてください。可能ならば、再度の『竜殺し』を行います。はい」
「・・・・・・できるの?」
「ユエル、できますね? はい」
「・・・・・・できる、と思います。その、先輩が助けてくれるなら」
ルイホウの問いかけは厳しくても、ユエルは荒い呼吸のまま、だがしっかりと頷いた。
「でも、先輩、あれは・・・・・・」
「ユエル。疑問は全部後です。今はとにかく、ユキオ様を起こして、準備を整えてください。はい」
ユエルが問いたいことを、ルイホウは自覚している。
だが、すべては後だ。
ルイホウは、儀式場へと振り返った。
「私は、先に儀式場に向かいます。はい」
もしかすると、ユキオが間に合わず、セイヴが『竜殺し』を成すかもしれない。
その場合でも、ルイホウが儀式場にいれば、いくらかは余波を防ぐこともできる。
それに、儀式場にいるはずのモリヒトのことも気がかりだ。
「頼みます。はい」
ルイホウは、走り出した。
** ++ **
「・・・・・・これ以上は無理だな。抑えきれん」
ベリガルは、地面についていた左腕を離し、立ち上がる。
かいた汗でじっとりと濡れた額を、袖でぬぐう。
「ち!」
舌打ち一つ。
クリシャが放った魔術が、周囲の魔獣を吹き飛ばす。
「状況が変わったね」
「おそらく『竜』が『瘤』に変わろうとしている。儀式はもう破綻寸前だ。『竜殺し』を完遂しないと、ここに集まった魔力はすべて魔獣に変わるぞ」
「まったく!」
杖を一振り、二振り、とする都度、周囲で魔獣が吹き飛ばされる。
「・・・・・・で? 君はどうする気だい?」
「ここまでだ。私は逃げる」
「・・・・・・そう」
「止めないのかね?」
「そんな余裕ないよ!!」
魔獣の群れの中へと飛び込んで、クリシャは魔獣を吹き飛ばす。
「今すぐ吹っ飛ばして、魔獣の餌にしないだけ、ありがたいと思ってもらいたいね!!」
「そうか。ならば、感謝しよう」
慇懃無礼に礼をした後、ベリガルはその場から消えた。
「・・・・・・まったく!」
クリシャは、周囲から迫る魔獣を見据える。
つい先ほどまで、ベリガルを守ると同時に、非戦闘員の避難経路も守っていたが、もう非戦闘員はいない。
この場を守る理由もなく、では、やるべきことは、と言えば、
「このまま放っておくと、王都の方に流れるんだろう? この魔獣は」
だったら、やることは決まっている。
「もう少し、がんばるしかないね!!」
クリシャは、杖を振り上げた。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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