表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第1章:オルクト魔皇帝
20/436

第4話:銀の少女

 銀髪の少女、エリシア。

 その顔を見ながら、モリヒトはふむ、と唸る。

 腕の中に抱えている時は小さく見えたものだが、こうして下してみると、自分が思っていたより大きいことが分かる。

 大体、アヤカと同じくらいの年齢だと、あたりを付けた。

 現在位置は、ルイホウの言っていた門の詰め所の前である。

 さすがに、エリシアを抱えたままでは、詰め所の扉を開けることができないため、地面に下ろしたのだが、

「・・・・・・」

 モリヒトは詰め所の扉に手を掛けたところで、足を止めていた。

「・・・・・・どうかしましたの?」

「気付かないか?」

 自分でもはっきりと分かるほどに声が固い。

 あえて言葉にするなら、

「死の気配」

 人がいるはずの向こう側に、異常に冷たい空気を感じる。

 それは、背筋を撫でるような、冷たい気配だ。

 モリヒトは、全身の鳥肌が立っているのを感じた。

 周囲には人影どころか、人の気配がない。

「・・・・・・エリシア。ここを離れるぞ」

 地面に立って体を伸ばしていたエリシアに声をかける。

「・・・・・・どうかしましたの?」

「ん?」

「顔色が、悪いですの」

 そっと手を伸ばして、エリシアがモリヒトの頬を撫でる。

「・・・・・・そうか?」

「はいですの」

 うまく言葉にはできないが、体、というか心の深いところに、この気配を恐れている自分を、モリヒトは感じていた。

 それが何を起点とするのかが、モリヒトには分からないが、

「気分が悪いのは事実だな」

 もしかしたら、詰め所の扉を開けても、何もないかもしれない。

 だが、モリヒトには、それを開くことはできなかったのだ。

「・・・・・・まあ、気にするな」

「・・・・・・はい、ですの」

 頷き、エリシアがそっと手を伸ばした。

「? ああ・・・・・・」

 一瞬首を傾げ、思いついてその手を取る。

「よし、行くよ?」

「はいですの」

 手を引いて、走り出した。


** ++ **


 モリヒトは、基本的に気分屋で、面倒くさがりだ。

 興味が向いた物事をつまんでは、別のところへ興味を向ける、という生き方をしている人間で、何かを成し遂げるということには向かない人間だ。

 それでもやり遂げるには、一種義務に近い感覚を自分に課さなければならない。

 だが、今エリシアの手を引くモリヒトは、そういった感覚とは別の感覚で走っていた。

 もちろん、エリシアを守らなければならない、という義務感はある。

 とはいえ、それは無視しても良かった感覚のはずで、

「・・・・・・俺はいつから、自分から面倒抱え込む性格になったのかね、と」

 やれやれ、とため息をつきながら、モリヒトは走る。

 最近はそうでもないから周囲は忘れがちだが、モリヒトは不幸体質だ。

 周囲の面倒事は、基本的にモリヒトに降りかかる。

 慣れているモリヒトは、大体それを一人で解決する癖がついている。

 異常事態に対する適応の早さも、その経験に起因するものだ。

 ただ、もともと面倒臭がりなモリヒトである。

「・・・・・・何だかなあ・・・・・・」

 七人の敵に囲まれた時点で、モリヒトは抵抗をあっさりと諦めていた。

「で? あんたらの狙いは、この子かい?」

「・・・・・・」

 周囲を囲む黒装束は無言。

 短剣などを取り出し、こちらに向けている。

「・・・・・・参ったな」

 これは、交渉とかそういうのは無視で、モリヒトごと殺すつもりであることが分かる。

「さて?」

 こういう時は、

「・・・・・・どうすっかな?」

 壁と自分の背の間にエリシアを挟んだ状態で、モリヒトは周囲と対峙する。

 ルイホウがこちらを見つけるのに、それほど時間はかからないだろうが、だからといって、それまでの時間、敵が待ってくれるとは思えない。

「切り札は一回・・・・・・」

 指にはめた指輪を使う時があるとすれば、ここなのだろうが。

 詠唱の時間は絶対にくれない。

 何せ、既に敵はこちらにかかってきている。

 モリヒトは、その刃をかわすことなくその身に受けた。

「モリヒト様?!」

 この子も様付け体質かー、などと思いつつ、モリヒトは腹部に突き刺さった刃を掴む。

 動揺が伝わる。

 敵とて、こちらが避ける動作も、防ぐ動作の一つも見せず、無抵抗に刺されるとは思っていなかったのだろう。

 体を斬り付けたのは三つ。体に刺さったのは、腹と左腕の一本だ。

 残りの二人は、動いていない。

「―リング―

 雷よ/迅く奔れ/紫の蛇は纏いつく/二十八の大蛇/五十六の眼/百三十二の牙/染みいる毒に/防ぐ術なし」

 リングが砕け散り、魔術は実現する。

 七人の襲撃者の足元に、紫電の蛇が這い寄っていく。

 気付いて飛び退ろうとしたものもいたが、既に遅い。

 蛇の姿をしていても、それは魔術の雷だ。

 地面からしか襲えないわけじゃない。

 加えて、重みもなにもない蛇に纏いつかれても、気付くのは難しいようだ。

 足元から這い寄ったのは、十匹程度。

 それ以外は何もない中空から発生し、すでに体に纏いついている。

 結果として、

「・・・・・・はい。おしまい」

 何人かが蛇を切り裂いたが、この蛇は纏いついた時点で終わりだ。

 一匹にでも纏いつかれれば、それだけで動きは奪われる。

 そういう風にイメージした。

 だから、

「・・・・・・む、貴様! 何を・・・・・・?!」

 初めて襲撃者から声が漏れたが、

「そこまでです。はい」

 上空から、水の槍が降り注ぎ、襲撃者達を地に伏せさせた。

「・・・・・・遅かったな」

「そのようですね。はい」

 上空から降りてきたルイホウは、ボロボロのモリヒトを見て、眉をひそめた。

「・・・・・・モリヒト様。大丈夫ですの?」

 膝をついたモリヒトを、エリシアが心配そうに見るが、

「・・・・・・大丈夫、だろ、多分」

 血を流し過ぎた感じはするが、

「死にゃあしない、はず」

「確証もないのに強がらないでください。はい」

 ルイホウがため息をついて、

「とりあえず、城へ向かいます。今、傷だけふさいで血を止めますので。はい」

 ルイホウが杖をかざす。

「―サロウヘイヴ・メイデン―

 涙よ/優しく/傷を撫でよ」

 水の塊がモリヒトの肌の表面を這い、モリヒトから血を洗い流して、傷が塞がる。

「・・・・・・へー」

 痛みはあるが、立ち上がれないほどではない。

 ゆっくりと立ち上がったモリヒトを、エリシアが脇から支えた。

「大丈夫、ですの?」

「歩くぐらいは、な」

 ふう、とため息をついた。

「大がかりな治癒となると、専用の設備が必要になります。はい。城にしかありませんから、帰りますよ。はい」

「む。・・・・・・分かった」

 何だか、ちょっとルイホウの声にとげがある。

 怒ってるな、と思いつつ、モリヒトは歩き出したルイホウに素直に従う。

「・・・・・・他に敵は?」

「ほぼ全て、片付いたと思います。ちょっと離れたところで、派手に火を吹いて暴れている人がいましたので、そちらへ向かったものと。はい」

「・・・・・・火?」

 首を傾げる。

「あ、それ多分、お兄様ですの」

「へー。強いんだ」

「世界一ですのよ?」

 自信満々に言い放つエリシアを、ルイホウが苦笑交じりに見つめる。

 その視線に、エリシアは微笑み一つを返し、

「でも、モリヒト様は、無茶しすぎですの! 頭に刺さってたら、それだけで終わりでしたの!」

「怪我しないように、ってのは無理だからなー」

 俺の実力じゃ、というモリヒトを、ルイホウとエリシアは睨みつける。

「それなら、もっと確実に逃げればいいんですの! 結界でも張れば、ルイホウさんが来るまで待つことだってできましたのに!!」

「・・・・・・なるほど」

 ルイホウさん、というエリシアの呼び方に、ほんの少し引っかかりを覚えつつ、モリヒトは頭をかいた。

「結界、かあ。・・・・・・そういうのも、あったよなー」

 ちょっと遠い目になったのは、全く思いつかなかったからだ。

「練習したことなかったから」

「そういえば、そうでしたか? はい」

 ルイホウが首を傾げ、エリシアがむ、と頬を膨らませる。

「ルイホウさんが、モリヒト様に魔術を教えたんですの?」

「はい。あくまでも、魔術の発動方法などの、基礎的な部分のみですが。はい」

「それでは、モリヒト様の詠唱は、オリジナルですの? わたくし、あんな魔術は見たことがありませんの」

 不思議そうな顔のエリシアに、モリヒトは首を傾げる。

「うん? ないのか? ああいうの」

「魔術は、最初に注入した魔力量以上の仕事は致しませんの。でも、モリヒト様の魔術は、途中から威力を強くしていたように見えましたの」

「魔力の使い方の問題じゃないか?」

「そう、なんですの? でも、何か違和感がありますの・・・・・・」

 うーん、と悩み始めたエリシアの銀髪を撫でて、

「まあ、今は考える時じゃない。できるだけ早く、安全な場所に移動する時だ」

「・・・・・・分かりましたの」

 それで、エリシアは考えるのをやめたようだ。

 城へ向かうモリヒト達一行。

 その脇の家屋が爆発したのは、その直後のことだった。

 少し先を歩いていたルイホウは、その爆発に巻き込まれることはなく、エリシアは、モリヒトが爆発した家屋側を歩いていたため、モリヒトが盾となって無傷で済んだ。

「・・・・・・な、モリヒト様! ご無事ですか?! はい!」

 一瞬呆けたルイホウが、慌てて近づく。

「大丈夫、じゃない・・・・・・」

 ばた、とモリヒトは倒れた。


** ++ **


 時間を少し巻き戻す。


 セイヴは、街の外へと出ていた。

 襲撃者の数が、予想以上に多かったからだ。

 倒すのは簡単だが、街に被害を出すのは、あまりよくない。

 特に、炎を扱うセイヴは、攻撃範囲が広くなる傾向にあるため、建物ならともかく、人に被害を出しやすいのだ。

 それゆえに、城門から外に駆け出し、

「・・・・・・来なくなったな」

 暇を持て余していた。

「あえて言います・・・・・・。私は、敵の狙いがエリシア様だと言いましたが?」

 その隣で、無表情に地面の草を引き千切るのは、真紅の少女、リズだ。

「・・・・・・かといって、街の中に戻るわけにもいかんだろう」

 腕を組み、街を眺めるセイヴに、

「あえて言います・・・・・・。・・・・・・私だけ、行きましょうか?」

 リズがそう提案する。

「ふむ。そうだな。そうしてくれ」

「あえて言います・・・・・・。分かりました」

 手を払って、街の中へ駆け込んでいく。

 その背中を見て、

「・・・・・・やっぱり、あの口癖は、どうも変だよなあ・・・・・・」

 そんなことを、呟いた。


** ++ **


 街の中へと駆け込んだリズは、魔力の探索を用いて、高い魔力の持ち主を探す。

「・・・・・・?」

 通常、感覚を研ぎ澄ませれば、エリシアの持つ膨大な魔力の感覚はすぐに分かるのだが、

「あえて言います・・・・・・。・・・・・・薄い?」

 あえて表現するなら、そんな感じだ。

 だが、エリシアは魔術を使えない。

 使うと、制御しきれずに暴発させてしまうため、使うことを禁じられている、という方が正しいが。

 だが、波長から、大体の方角は分かる。

 だから、そちらへ走り出した。

 敵の気配を感じないのは、

「あえて言います・・・・・・。近くに、巫女の魔力波長を感じます。あの方が、全て打ち倒しましたか?」

 疑問調だが、ほとんど確信に近い思いだ。

 リズは、アートリアだ。

 その本体は、セイヴの持つ、『炎に覇を成す皇剣アリズベータ』という。

 だから、リズは人間ではない。

 戦い方も、技の種類も、魔力の波長も、セイヴとかなり似ており、戦闘能力のみを取り出すなら、おそらくセイヴとそう変わらない。

 だが、いかに魂が宿る女神の器といえど、物であることが、リズの感覚を鈍らせる。

 いや、それは、セイヴの手元を離れたことによる、無自覚な能力低下なのかもしれない。

 とにかくリズは、魔力波長を感知することに集中した結果として、自分がどれほど目立つかを失念していた。

 炎を印象付ける、真紅の髪に真紅の相貌。

 いかにも鮮やかなそれを持つのは、大陸広しといえど、アートリアたる彼女だけだ。

 そして、鈍っていた感覚は、魔力を持たない、ただの力の接近を見過ごした。

 すなわち、

「あえて言います・・・・・・。油断しました」

 こんな時でも、しっかりと口癖を言い放ちながら、リズは大きく跳躍した。

 向かってきたのは獣だ。

 魔獣なら、魔力を持つから分かる。

 だが、今回都市部に送り込まれているのは、調教されたと思しき大型の狼種。

 一体一体が、大体人の肩ぐらいまでの高さのあるものが、七体だ。

 よく調教されているらしく、炎をイメージさせるリズに対しても、怖じることなく突っ込んでくる。

 それに対し、リズは手に纏わせた炎を打ち付けた。

 二体はそれで炎に包まれる。

 残りは五体。

 右腕を振るえば、そこから放たれた炎弾が、三体の狼を吹き飛ばした。

 あと二体。

 だが、その二体が退いた。

「あえて言います・・・・・・。?」

 前置きを無視して何も言わずに首を傾げ、リズはその後を追った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ