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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第5章:竜殺しの大祭
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第35話:花香水景・蓮花

 セイヴに斬られ、傷に熱と冷たさの両方を覚えた時、モリヒトは一瞬夢を見た。


** ++ **


 蓮の浮かんだ、波一つ立たない湖面。

 鏡のように景色だけが映るその湖面に、その麗人は立っていた。

 白の強い青白さと透明感を持つ髪に水色の瞳。

 すらりとした細身の体。

 ゆったりとした裾の広い衣をまとっているが、その衣もまるで水で作られているかのような透明感がある。

「・・・・・・」

 湖面の蓮の花に目を落としていた麗人は、顔を上げ、モリヒトへと目をやった。

 長い髪がさらりと揺れて、湖面に波が立つ。

 髪も衣の裾も、湖面との境界が見えず、まるで湖の水がそのまま、人の形を取っているようでもあった。

「我が主よ」

「花香水景・蓮花、だな」

「いかにも。我が名はミカゲ。さて、主よ。何を願う?」

「セイヴを止めて、ユキオを助け出して、『竜殺し』を完遂する」

「欲深きこと」

 くく、とミカゲは笑った。

「一つ一つ、すべてが難事よ。

 魔皇は主よりはるかに強い。

 女王は既に世界の境を越え、竜の懐に抱かれている。

 『竜殺し』に至っては、すでに儀式は崩壊しつつある」

 並べられれば、もはや絶望しかしない状況だろう。

 だが、

「それでも、まだ手はある」

「ほう?」

「お前が、いる」

 モリヒトの言葉に、ミカゲは口の端を上げた。

善哉(よきかな)

 くすり、とミカゲは笑う。

「では、行こうか。主よ。我が力、存分に振るうがよい」

「おう」

 ミカゲは、モリヒトへと近づき、白く美しいたおやかな両手を、そっと差し出した。

 その手を、モリヒトは握る。

 瞬間、するりとミカゲの姿がほどけて、モリヒトの手には、双の刃が収まっていた。


「神よ/我らの契りは此処にあり/

 流れを留めし/凪の原/

 満ちて揺蕩(たゆた)う/命の花の香(かのか)

 大いなる(りゅう)の原初/虚幻(こげん)水景(すいけい)

 蓮の花のごとく咲き誇れ/」

 

 ミカゲの美しい声の詠唱と合わせ、モリヒトは結びの詠唱を唱える。


花香水景(かがみかげ)蓮花(はすはな)


 りん、と空気が静かに、音を立てた。


** ++ **


「ところでよ?」

「何か?」

「何で、お前そんな古風なしゃべりなの?」

「これは異なことを言う」

「うん?」

「主よ。大半を失っているとはいえ、真龍の力の一端をその身に宿す主が、まさか見た目通りの人であると、そう思うのかえ?」

「待て待て。俺は、普通の人間の両親から生まれてるぞ」

「肉体は、そうであろ。だが、魂まではそうではない」

「む?」

「ま、それはいずれよ」

「そうか?」

「うむ。・・・・・・そうよな」

「うん?」

「我らの付き合いは、主の知るより、ずっと長い。・・・・・・いずれ、思い出すこともあろうが」

「え、何それ。前世か何かか?」

「それもまた、いずれ、よ」

「おいおい。気になるだろうが」

「だが、今はすべきことが別にあろう?」

「そうだけど」

「何、今は語る暇がなくとも、いずれ飽くほど語ってやろうぞ? 何せ、これからの付き合いは、それこそ一生ものとなる故な」


** ++ **


 視界は開けた。

 炎に煙っていた儀式場は、今や凪いだ湖面が広がっている。

 例外は、新たに生み出された炎によって、水が弾かれているセイヴの周囲だけだ。

「・・・・・・モリヒト。このタイミングで、ウェキアスか」

「はは、なんだか、見せ場ってものを分かってるよな?」

「・・・・・・」

 だが、セイヴの顔から、余裕は一切消えている。

「今度こそ、手加減できんぞ」

「そうかい」

 後で言い訳が必要なことをするなよ、と思いながらも、モリヒトは双の刃を構える。

「主よ」

 その背後、すう、と麗人の姿が透けて浮かぶ。

「分かっておるとは思うが、手は抜かぬようにの。・・・・・・全力でやって、時間稼ぎになるかどうかよ」

「ああ・・・・・・」

 セイヴは、と言えば、モリヒトの背後に姿を現したアートリアの姿に、表情は変えずとも驚嘆していた。

 モリヒトがウェキアスを手に入れたのは、ついさっき。

 ほんの一瞬にも等しい時間で、すでにアートリアの格が、リズと同格のそれにまで成長している。

 つまり、ウェキアスの性能は、ほぼ互角。

 使い手の能力に差があるとはいえ、決して油断できる相手ではない、と気を引き締め直す。

 一方で、モリヒトの方は、少々問題があった。

 セイヴに斬られた傷だ。

 ミケイルと森で戦った時、モリヒトは受けた傷を全て回復して見せた。

 ミケイルの体に施されている魔術を読み取って模倣したやり方だが、セイヴの一撃に対しては、それが働いていない。

 セイヴの銀の炎の効果だろう。

 肉体が灰に変わっていないのは、焼き尽くさないように気を使ってくれた結果なのだろうが、体内で展開していた魔術関連は軒並み吹き飛んでいる。

 斬られた傷は、今はふさがっているように見えても、一時的なものだ。

 周囲に満ちる魔力が消えれば、それだけで傷が開きかねない。

「・・・・・・限界はあるゆえ」

 ミカゲは、モリヒトとともにセイヴを鋭く見据えながらも、気遣わしげな声をモリヒトへと残して消えた。

 長時間の戦闘は無理だ。

 だが、『竜殺し』をしないで、『竜』を存在させておける限界も、そう遠いことではない。

「・・・・・・・・・・・・」

 だから、モリヒトは、合図なく前進した。


** ++ **


 花香水景・蓮花の能力は、モリヒトの魔力吸収能力と同等だ。

 ただ、その範囲と性質が拡大していた。

 凪いだ湖面の水が広がる範囲の魔力を吸収し、咲いた蓮の花へと蓄える。

 蓄えられた魔力は、モリヒトが己の魔力として行使できる。

 つまりは、

「ちぃ!!」

 セイヴが舌打ちした。

 周囲の蓮の花から、魔術が形成されて放たれる。

 四方八方全方位、どこにでもある蓮の花のつぼみが、一定量の魔力を蓄えると開き、そこから魔術が飛んでくるのだ。

 加えて、モリヒトが斬撃を仕掛けてくる。

 速度自体は対応できない速度ではないが、周囲に魔力を吸われ続けている、という状態がまずい。

 身体強化は効率が落ちるし、『炎に覇を成す皇剣―アリズベータ―』も重いため、迎撃に手が取られる。

 加えて厄介なのが、周囲の環境だ。

 凪いだ湖面は、まるで鏡面のように周囲の景色を映す。

 その中に、時折存在しないモリヒトの幻影が混じる。

 類まれなる使い手であるセイヴであるからこそ、逆に視界の端に映るそれらの影に惑わされる。

 時に、そこに本物が混じることがあるから、なおさらだ。

「やっかいな・・・・・・!」

 炎をまとめて吹き飛ばしても、すぐさま水が押し寄せてくる。

 結局、できることは単純で、大剣を使って目の前のモリヒトと相対することだ。

 大剣を振るい、モリヒトを剣技で追い詰める。

 周囲を炎で囲み、蓮の花からの魔術を焼き払いながら、モリヒトへと距離を詰める。

 だが、

「く! 止められるか!!」

 モリヒトの身体強化のレベルが跳ね上がっている。

 おかげで、力で圧倒できないし、技も速度が上がらないおかげで対応される。

 数合、打ち合いの後、後ずさって、距離を開ける。

「・・・・・・」

 今までならば、こんな距離の開け方はできなかった。

 セイヴとモリヒトの間に距離が開けば、セイヴは『竜』へと攻撃ができ、それを止めるのがモリヒトの目的だったからだ。

 だが、今は違う。

 周囲にこれだけ魔力吸収の水が迫っている状態では、『竜』に届くほどの一撃を溜めることができない。

 だから、距離を開けても、モリヒトの方にはセイヴを追撃する理由がないのだ。

「ふう。強いな」

「お? ほめてくれるのか? ありがたいね」

「ふざけろ。なんだそのウェキアスは」

「花香水景・蓮花だが?」

「だが? じゃねえよ。なんでさっきの一瞬で、俺様のリズと同格のアートリアが生まれてやがる」

「そこはほら。俺だから、としか」

 肩をすくめるモリヒトにいらっとしつつ、セイヴは大剣を構え直す。

「・・・・・・くそ、完全に止められてるな・・・・・・」

「俺も、意外とやれてることに、自分でびっくりしてるさ」

「・・・・・・この時間稼ぎに、意味はあるのか?」

「なければやらないって」

「それは・・・・・・」

 問おうとして、セイヴは口を閉ざした。

「いや、時間の無駄だな。・・・・・・正直、本当に加減ができなくなるから、やりたくなかったんだが・・・・・・」

「なんだよ。まだパワーアップを残してるのかよ・・・・・・」

「お前が、今やっていることをやるだけだ」

「あん?」

 ふん、と鼻息を鳴らし、セイヴは自分の眼前へ大剣を突き立て、その柄頭に手を乗せる。

「ウェキアスには、力の解放に段階がある」

 一つ、ウェキアスとして、『女神の種』が宿った物品を、優れた発動体として使用すること。

 適性さえあれば、所有者でなくてもできること。

 ルイホウの『サロウヘイヴ・メイデン』などが、この段階だ。

「次に、正式な主が使う場合」

 ウェキアスの特殊能力を使うことができるようになる。

 『アリズベータ』なら、刃から炎を吹き出すこと。

 『花香水景・蓮花』なら、刃から魔力を吸収し、蓄積して己の力へ変えること。

「そして、アートリアが顕現しているウェキアスを持つ者は、もう一段階上がある」

 セイヴとモリヒトの双方が既に行っていること。

 『神憑り(かみがかり)』と言われるその状態は、アートリアと所有者が重なることで、より高度なレベルでウェキアスの能力を発揮できるようになる状態だ。

 セイヴの持つ大剣が、銀の炎を吹き出しているのは、この作用である。

 モリヒトの傷が塞がり、高いレベルの身体強化を行使できているのも、この状態だからである。

「そして、その状態で行使できる力。今、お前がやっていることだ」

 『神憑り』の状態で行えるそれを、『流域(りゅういき)』と呼ぶ。

 その効果は、周囲環境の書き換え。

 今、モリヒトが行っている、魔力吸収を行う水とそこに咲く魔力を蓄える蓮の花の領域。

 これは、『流域』によって、モリヒトの『花香水景・蓮花』の能力が広がっている状態だ。

 そして、同じことは、セイヴにもできる。

「・・・・・・まあ、俺様のは、まるっきり力押しなんで、品がないんだがな」

 すう、と大きく息を吸い、セイヴは吼えた。

「焼き尽くせ! 燎原の火よ!」

 セイヴの立つ地点を中心として、銀の炎が燃え広がる。

評価などいただけると励みになります。

よろしくお願いします。


別作品も連載中です。

『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』

https://ncode.syosetu.com/n5722hj/

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