第34話:ウェキアス
今度は、半端なことはできない。
セイヴは隙さえあれば、モリヒトごと『竜』を殺しに来る。
さすがに、この段階に至って、ユキオだけでなくモリヒトの命まで気遣うことはないだろう。
それくらいの覚悟は、もう決まっているはずだ。
だったら、やるべきことは決まっている。
「ぐ・・・・・・」
モリヒトは意識して、魔力の吸収量を上げる。
さらに、その指向性を意識する。
全周囲から吸い取っていたそれを、できるだけセイヴから吸収するように意識する。
気持ち、セイヴの持つ剣から噴き上がる炎が弱くなった気がする。
ぶおん、と振るわれた剣から飛んできた炎を、ライトシールドで止める。
さらに、そこに魔術を個別で当てて相殺する。
「・・・・・・きっついな」
純粋に威力が違い過ぎる。
飛んできた炎の魔力を吸収して弱め、さらにそこに魔術を当てて相殺。
そうして威力が弱まったところを、なんとか制御を奪って上空へと打ち上げる。
ここまでやって、ようやくだ。
「っと!」
そこに、セイヴが踏み込んで、大剣を振ってきた。
「おいおい! 場所動いていいのかよ!?」
「いまさらだな。この状況で、儀式の形式にこだわっても結果は変わらん」
セイヴの言うことはもっともだ。
セイヴが先ほどまで、円形の台座の上から動かなかったのは、まだ儀式場の『竜殺し』の儀式陣が稼働していたからだ。
だが、現状その儀式陣すら不安定になりつつある。
言うまでもなく、『竜』の具現化が原因である。
実物としての具現化は、既に『竜殺し』の儀式の想定をはるかに超えているのだ。
『竜』の完全な具現化はまだであるが、時間の問題だ。
そして、それがなれば、少なくともこの儀式場近辺は完全に崩壊する。
「・・・・・・ふん」
セイヴは、ぶん、と剣を振った。
そして、そこから放たれた炎が、後方、儀式場の入り口方向へと跳ぶのを見て、モリヒトは首を傾げた。
「何したんだ?」
「避難指示だ。警備兵なんかに、非戦闘員をここから逃がすように命令を出した」
それから、セイヴはモリヒトが背後にしている『竜』へと視線を向ける。
「・・・・・・いつ、ここが崩壊してもおかしくはないぞ?」
「まだ大丈夫」
「なぜわかる?」
「さて? 一つ、忘れてるのかもしれないが」
「なんだ?」
モリヒトは、にや、と笑う。
「ユキオにも、女神の加護はあるんだぞ?」
** ++ **
ウェキアス。
『女神の種』と呼称される物質と融合した、何らかの物品全般を指す言葉。
主に武器に宿ることが多いため、ウェキアスは優れた武器だと思っている者も多い。
ウェキアスの中でも、所有者の格によっては、『アートリア』とよばれる女神の似姿を顕現させる。
アートリアがいるのといないのとでは、ウェキアスの性能は大きく異なってくる。
特に、ウェキアスは発動体としても使用可能だが、アートリアとなったウェキアスの場合、かなり魔術の詠唱を短縮ができる。
さらには、アートリアは人格を持つため、所有者の人格とより深くリンクしているならば、無詠唱での魔術発動も不可能ではない。
セイヴの持つ真紅の大剣『アリズベータ』から炎が噴き出しているのは、ウェキアスとしての能力だ。
だが、その炎の色が銀色なのは、セイヴとリズの間でかわされている精神リンクの作用による、無詠唱魔術である。
そして、ユキオにも、アートリアはいる。
『八重玉遊纏』
ユキオが左腕にはめた数珠のウェキアス。
アートリアとして顕現した人格の名は、タマ。
まだまだ幼い人格だが、アートリアである以上は、その性能は推して知るべし。
それは今も、ユキオの左腕にはめられている。
** ++ **
「・・・・・・そういえば、いたな」
セイヴはユキオのアートリアについて思い出した。
だが、印象が薄い。
『竜殺しの大祭』のためにテュールに来てから、ユキオとは顔を合わせる機会は何度かあったが、タマは一度も出てきていないからだ。
アートリアは通常、呼ばれてもいないのに出てくるものだ。
リズはセイヴに従順であるが、これはリズがアートリアとしてはかなり格が高い、言うなれば大人であるからで、多くのアートリアは見た目の幼さにふさわしく本来もっと奔放である。
アートリアを連れている使い手、というものは、大なり小なり、その奔放な振る舞いに苦労するものである。
実際、モリヒトがオルクトに発つ前、タマはよく城内のあっちこっちをうろうろしていた。
だが、そのタマを、オルクトから戻ってきてからは一度も見ていない。
「どういうことだ?」
「さて? 俺にもわからんさ。ただ、一個言えるのは・・・・・・」
ふむ、とモリヒトは唸る。
「どうもタマは、普通のアートリアと違うっぽいんだよな・・・・・・」
とはいえ、
「それで俺様が、攻撃を止める理由はないな」
「ですよねー・・・・・・」
斬撃を避け、そこから伸びてくる炎を魔術で迎撃する。
セイヴの銀の炎は、触れたものを対象が何であれ、銀の灰へと変えてしまうが、灰へと変えることのできる総量は魔術発現時に込められた魔力量による。
つまりは、炎に込められた魔力量より多くの魔力を注ぎ込んだ魔術をぶつければ、理論上は相殺可能だ。
だが、現在のセイヴの魔術は、周囲に満ち溢れた地脈からの魔力によって強化されている上、アートリアとしての格が極めて高い『アリズベータ』を通して発動される魔術は、威力が半端なく高い。
モリヒトがセイヴの炎を相殺するには、セイヴが魔術に込めた魔力の倍以上の魔力を必要としていた。
セイヴの攻撃のほとんどを、横や上にさばくことで回避しているのも、そこに理由がある。
「くそ・・・・・・」
モリヒトは毒づいた。
地脈との接続によって、チートクラスでブーストがかかっている状態だというのに、モリヒトはセイヴに押されている。
いや、押されている、などという表現は生ぬるい。
圧倒されていた。
一撃一撃を、細心の注意を払ってさばくので精一杯で、反撃の隙などない。
それどころか、一撃一撃をしのぐたび、次の攻撃への対応が厳しくなっていく。
周囲には炎が散らされ、確実にセイヴの領域になりつつある。
確実に、追い詰められつつあった。
「・・・・・・諦めろ」
言葉を放つ余裕すらなくなったモリヒトに対し、セイヴの方は余裕が出始めている。
剣から炎を放ちながらの斬撃。
それを間断なく繰り出しながら、セイヴの背後には炎の巨大な塊が収束を始めていた。
今、モリヒトが横にどくか後ろに退くかして剣を自在に振れる間ができれば、その収束した塊を剣に纏い、『竜』へ向かって撃ち出すだろう。
それで、『竜』は殺される。
中に取り込まれたユキオとともに。
それが分かっているからこそ、モリヒトは圧力すら持った剣撃の嵐の中に身を置いて、神経を削るようなさばきを見せていた。
だが、その均衡も、破綻が訪れる。
モリヒトに対し、横から振られた大剣。
それをレッドジャックを交差させて受け止めて上へと流す。
剣から散った炎は魔力吸収能力とライトシールドで防ぐ。
セイヴは上へと弾かれた大剣を、コンパクトに回して頭の上に振りかぶる姿勢を作ると、一歩を踏み込んだ。
瞬間、踏み込んだ足元から爆炎が噴き上がる。
周囲に散っていた炎は、未だリズの制御下にある。
それを集めての、一度だけの不意打ちだ。
上へと回った大剣の行方を追ったモリヒトに、下からの噴き上げは不意をついたものとして入る。
一歩、後ろへと下がってしまった。
一呼吸の間。
体勢を整えるモリヒトと、力を込めたセイヴ。
大剣が振り下ろされる。
必殺の間合いであった。
交差して構えられたレッドジャック。
ライトシールドによる障壁。
無詠唱魔術による防御壁。
それらを抵抗なく切り裂いて、セイヴの剣はモリヒトを斬った。
** ++ **
血があふれた。
体が両断されたかと思った。
掲げていたレッドジャックは、その刀身を両方とも半ばで切り落とされている。
大剣の剣先は、右肩から入って、左腰へと抜けていった。
間合いをぎりぎりで調整されていたのだろう。
モリヒトは、まだ立てていた。
本気で斬られていたら、身体は二つになって転がっていたはずだ。
鎖骨、肋骨、右肺、さらにはその下の臓器から骨盤まで切り裂かれていても、心臓は潰されていないし、背骨にも達していない。
斬撃が鋭くつぶれた傷口がないこともあって、この世界の医療魔術なら、まだ治せる範囲だ、とモリヒトは自分の体を冷静に客観視した。
今のモリヒトなら、死ぬまでに治療を受けることも不可能ではない傷だ。
だが、これ以上の戦闘は不可能である。
武器もなくなった。
だから、モリヒトは吼えた。
** ++ **
セイヴはモリヒトを斬った。
これでモリヒトは倒れるが、治療すればまだ助かる。
あとは、背後に収束させた炎を使って、『竜』を殺して終わりだ。
崩れそうになっているモリヒトが、声にならない叫びをあげる。
だが、終わりだ。
ふ、と、わずかに詰めていた息を吐いた、直後であった。
光が、爆発した。
** ++ **
光の正体は、収束して密度が極限にまで高くなった魔力だ。
モリヒトの眼前、そこに、膨大な魔力が収束していく。
それに伴い、脱力感を感じたセイヴは、大きく飛び退った。
「これが、魔力吸収能力・・・・・・!」
能力の本質はただ単純で、周囲から半永久的に魔力を吸収し続ける、というもの。
だが、今までのそれとは比較にならない規模でモリヒトが魔力を吸い上げている。
いや、もはやこれは、簒奪の域だ。
セイヴが背後に収束させていた炎が吸い込まれ、さらには『アリズベータ』が吹き出す炎すら吸い寄せられている。
「・・・・・・」
だからこそ、気になった。
一体、何が起こるのか。
そして、その結果が収束する。
魔力の渦の中心。
そこに、小さな光が現れた。
七色の光。
その正体は、
「ウェキアス! それも種か!!」
道具に付加される前の女神の種だ。
物品として具現化した『女神の種』など、観測されたのは初めてかもしれない。
ウェキアスというものは、所有者も知らない間に、いつの間にか成っているものだからだ。
その希少な現象に目を奪われている間に、モリヒトは動いていた。
モリヒトは、両手に持っていた折れた双剣を、『女神の種』へと叩きつけた。
光が溢れだす。
** ++ **
モリヒトの手の中で、双剣が姿を変える。
折れた刀身が伸び、薄く細いわずかな反りを持った片刃へ。
さらに、鍔が、開いた蓮の花のような形になっている。
赤が主体であったはずの双剣は、今や青白い色へと変わっていた。
それを手にしたモリヒトの体に、先ほど斬られた傷は存在しない。
「・・・・・・」
モリヒトは、ゆっくりと立ち上がる。
モリヒトの足元が、静かに水に満たされる。
靴の底も越えないような、浅い水の膜が地面に張られ、波立つこともなく周囲を浸していく。
波一つ立たない水面に、花の蕾の姿が映った。
実物がないのに、映像だけが結ばれていく。
花の種類は、蓮の花。
白の花と、淡い紅色の花の二種類の蓮が咲き誇る。
そして、円形の、盆のような形の葉。
水の鏡に映る影としてそこに結ばれ、そして気付けば実物となる。
周囲は、あっという間に、優美な蓮池と化していた。
体の前で双剣をクロスさせ、左右に振り払う。
瞬間、水面に初めて波紋が立った。
波紋に応じるように、周辺にあった蕾が開いていく。
そして、水の静けさが、世界を支配する。
** ++ **
モリヒトは、新たに手に入れた相棒となる双の刃の名を告げる。
「花香水景・蓮花」
** ++ **
セイヴは、眼前の光景に圧倒された。
いや、飲み込まれた、というべきか。
音のない光景。
周囲の炎の燃え立つ音が、水にかき消されていく。
「・・・・・・ほう」
魔力の切れない限り消えないはずのアリズベータの炎が、靴の底も越えないような浅さの水に触れて鎮火していく。
蓮の花の浮かび上がるその姿と合わせて、平時であれば景色の良さに感嘆しただろう。
だが、今は厄介でしかない。
アリズベータを振り回した。
炎が再燃し、周囲の水を吹き飛ばす。
だが、
「・・・・・・ち、魔力を吸われる、というのは厄介だな」
どれだけ炎を燃え立たせても、水に触れれば鎮火していく。
それどころか、炎を広げるだけでもアリズベータが重い。
「・・・・・・ならば」
その前に切り捨てるだけだ。
セイヴは、前へと踏み込んだ。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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