第32話:冴えたやり方はない
間に合った、と腕を下ろしながら胸をなでおろす。
正直、間に割り込んだ時は、普通に死ぬかと思った。
幸いにして、周囲には様々なものの入り混じった魔力が満ちており、その中から自分に使える魔力を吸収してブーストするのは容易だった。
それができなければ、自分も焼かれて死んでいただろう、とモリヒトは思う。
儀式場に入り込んだ時、セイヴはアリズベータを解放し、一撃を放とうか、という姿勢に入っていた。
正直、タイミングとしてはギリギリだったと思う。
今のモリヒトは、地脈と魔力のやり取りができる状態になっているおかげで、魔術的な能力についてかなりのブーストがかかっている。
地脈と接続している、ともいえるこの状態は、地脈の影響を深く受けるので、正直今の儀式場近辺の不安定さをもろにくらう。
「・・・・・・・・・・・・」
ちょっとした懸念もあるが、それは今考えることではない。
とにかく、セイヴの一撃が放たれれば、『竜』ごとユキオが異世界に飛ばされる。
一度は『竜に飲まれ』て異世界に行き、召還によって戻ってきたユキオとはいえ、もう一度、となれば無事でいられる保証はない。
むしろ、世界の外など、人間に耐えられる空間ではない、と考える方が普通だ。
つまり、セイヴに攻撃させたら、ユキオは死ぬと思っていい。
ともあれ、モリヒトはセイヴの攻撃を防ぐ必要がある。
そのために急いできたのだから。
セイヴに直接何かするのはなしだ。
魔力を高めて集中している今、下手に外から干渉するとあの魔力がどうなるかが分からない。
防ぐ方が早い、と判断したが、どこまでいけるか、と踏んだところで、
「・・・・・・地脈の真上か」
儀式場に来るまでの道は、地脈からあえてはずれた場所に敷かれていた。
だが、儀式場は地脈の真上にある。
そして、今、流れは岬の先端に向かって流れている。
だったら、と魔術を発動した。
意識を集中し、地脈との接続を強くして、地脈の流れに乗る。
結果、
「と・・・・・・!」
一瞬で、儀式場の中ほどまで移動していた。
瞬間移動だなあ、と思うが、以前セイヴに見せてもらった、地脈を介した物質の転送の応用だ。
自分をそれで飛ばすことまでできるとは思っていなかったが、できると思ったらできた。
自分でも驚いている。
「やれやれ」
見れば、銀色に輝く炎が迫ってくる。
「・・・・・・む」
銀の炎からは、熱はほとんど感じない。
むしろ、その色から冷たさすら感じるほどだ。
触れれば死ぬ。
それがはっきりとわかるだけに、モリヒトは一瞬で集中した。
この炎は、セイヴが放った魔術だから、モリヒトの魔力吸収体質の対象内だ。
だが、吸収できる容量は遥かに超えている。
「ふん」
ライトシールドの発動を全開に、発動のエネルギーに、銀の炎から吸収した魔力で補う。
だが、それでは全く足りない。
レッドジャックを構え、魔術を発動する。
詠唱は必要ない。
今、モリヒトの体質は真龍のそれに近づいている。
今ならば、人が放った魔術であろうと、アートリアを介した魔術であろうと、制御を奪うことができる。
「・・・・・・おら!!」
銀の炎をライトシールドで受け止め、ライトシールドが焼き尽くされる前に、上へと打ち上げる。
「・・・・・・ふう」
上空へと打ち上げられ、やがて空へと霧散した。
「・・・・・・よう。元気かー?」
モリヒトは、セイヴへと声をかけた。
** ++ **
「何が・・・・・・!?」
何が起こった、とアトリは頭を振る。
ユキオが『竜殺し』を振るい、そこから放たれた攻撃が『竜』を打った直後、すさまじい衝撃波とも言えるものがかけめぐった。
それは、一瞬だが意識を飛ばすほどの衝撃だった。
意識が飛んだのは一瞬だけ。
だが、その一瞬から覚醒してみれば、周囲の状況が一変している。
所かまわず魔獣が湧き、周囲を襲い始めていた。
「・・・・・・非戦闘員の保護を優先しろ! 安全地帯へ誘導を!!」
遠く、将軍の指揮の声がする。
「!」
その声に、周囲の状況を把握しようと、顔を振った直後、目の前に魔獣が現れた。
「く!」
ほぼ反射的に、腰の刀を抜いて斬り捨てていた。
「アヤカ! ナツアキ!」
近くに座っていたはずの二人を探すが、姿が見えない。
周囲の混乱がひどくなっている。
「ああ、もう! 何が起こっているの!?」
とにかく、魔獣をどうにかしないと。
いや、そもそも儀式はどうなった?
アトリが、突き動かされるように儀式場へと目を向けた直後、そこで銀の炎が膨れ上がり、そして、空へと消えていった。
「・・・・・・え?」
儀式場、そこに、二人の男の姿が見えた。
** ++ **
「モリヒト。・・・・・・何をしている?」
モリヒトを見たセイヴは、一瞬呆然とした顔をした後、顔を険しくした。
「何を、と言われてもな」
にらみつけられ、モリヒトは頭をかく。
「お前こそ、今何をしていた?」
「やるべきことだ」
「・・・・・・まあ、そうだな」
モリヒトとしても、それを責めることはできない。
セイヴとモリヒトでは、立場が違うのだから。
「邪魔をする気か?」
大剣を再度構え直したセイヴに対し、
「あー・・・・・・。まあ、なあ・・・・・・」
「モリヒト、そこをどけ」
ぐん、とセイヴが持つ魔力の圧が高まった。
「お前まで巻き込まれる必要はない。犠牲は最少であるべきだ」
「・・・・・・・・・・・・」
その固い声を聴いて、モリヒトは顔をしかめる。
どうにも、ここからの解決の手が見えない。
『竜』は殺さなければならない。
だが、ユキオを殺させてはいけない。
さて、と考える。
「モリヒト」
「おうよ」
「お前には分からないかもしれないが・・・・・・」
「『竜』を殺せるのは、『竜殺し』か、アートリアだけ、か?」
「分かっているのか」
「聞いた」
ベリガルからだ。
周囲、先ほどまでに比べると魔獣の湧きが少なくなっているように見える。
ベリガルがやっていることが上手くいっているのだろう。
そちらはいい。
あとは、こちらだ。
「俺は、それでも、お前がやろうとしたことを止めに来たんだ」
「・・・・・・・・・・・・なぜ、とは思わん」
「だろうね。お前も、やりたくないことではあるだろうし」
「だが、やらねば」
「だよなあ・・・・・・」
「止めるな!」
「止めるさ」
モリヒトは、剣を構える。
「どけ! いつ、何が起こるかわからないこの状況で、お前の相手をする暇はない!!」
セイヴが、再度剣を振りかぶる。
「お前ごと斬るぞ!」
「そうかい・・・・・・」
どうしたものか。
頭を悩ませた直後、動きがあった。
** ++ **
「どういうことよ?!」
剣を振りかぶった、セイヴの背後からだ。
アトリが、剣を抜いた状態でそこに立っていた。
「あなた達! 何をしようとしているの?!」
「やるべきことを、だ」
「だから、何を?!」
「ユキオが、『竜』に取り込まれた」
アトリの叫びにも似た問いに、セイヴはむしろ冷静に返した。
「え・・・・・・?!」
「今、あの『竜』は極めて不安定だ。いつ、『瘤』になるか、あるいは爆発するか。または、何が起こるか、予想がつかない」
セイヴの口調は平坦で、説明的で、事務的であった。
感情を感じないその声音を聞いて、アトリはより混乱を深くする。
「だから、可及的速やかに、『竜』を殺す必要がある」
「・・・・・・・・・・・・」
そこまでは、アトリにも理解できた。
だったら、なぜモリヒトはそちら側にいるのか。
「だが、『竜』にはユキオが取り込まれたままだ。今のまま『竜』を殺せば、ユキオは巻き添えになる」
「な!?」
モリヒトからの説明に、アトリは絶句する。
それから、セイヴをにらみつけた。
「ユキオを、見殺しにする気?!」
「そうしないと、テュールもオルクトも救えない」
セイヴの冷徹な目に、一瞬、アトリは怯む。
だが、刀の柄を握りしめた。
「だめよ! そんなの!!」
「ならばどうする?! 『竜』に取り込まれた人間を救い出す方法があるというのか!?」
ないのだ。
そんな方法はない。
だから、セイヴは最少の犠牲で、多数を救おうとしている。
たとえ『竜』の変化が遅くとも、今、この瞬間も湧き続ける魔獣による被害は出る。
この魔獣も、『竜殺し』が完遂すれば消える。
「邪魔をするな」
そうして、セイヴはアトリから視線を外し、『竜』をにらみ据えた。
「・・・・・・お前もだ。モリヒト」
「・・・・・・」
それに対して、モリヒトは言葉を返せない。
今、この状態でどうにかする手段を、セイヴに対して提示できないし、信頼性を証明できない。
「・・・・・・これが最後だ」
再度、セイヴは大剣を振りかぶる。
「どけ。でなければ、お前ごと斬るぞ」
** ++ **
「参ったね・・・・・・」
さて、どうしたものか。
セイヴ、そして、その後ろにいるアトリ、と目をやる。
ここに来る前に分かれたルイホウには、ある準備を頼んだ。
うまくいけば、少しは希望が持てる。
だが、その方法も、確実ではない。
何を置いても、やはりセイヴのやり方こそが、一番犠牲が少なくて、一番確実なのだ。
モリヒトがやろうとしている方法とて、きっと最善の方法、というわけではない。
「・・・・・・だが、このままよりは、マシ、かね?」
剣を、構え直す。
「それが答えか」
「悪いな」
「他に方法があるとでも?」
「あるにはあるが、お前のそれほど確実じゃあない・・・・・・」
何より、まだ時間がかかる。
「では、だめだ」
「だろうな」
はあ、とため息を吐く。
それから、アトリを見た。
「アトリ。ルイホウのところに行け。あと、そこに転がってるユエルも連れていってくれ」
「は、はあ?! ちょ、あなたはどうする気よ?!」
「ユキオを救うために、悪あがきしてみる」
「は・・・・・・?」
剣を構えて立つモリヒトと、大剣を構えるセイヴと。
二人の間をアトリの視線は行ったり来たりして、
「あなたのやり方なら、ユキオは救えるの・・・・・・?」
「セイヴのやり方よりは、希望があるさ」
「・・・・・・・・・・・・わかった」
アトリは頷き、背を向ける。
「任せるから!!」
走り去っていく。
「・・・・・・付き合いの短さの割に、信用されているな?」
顔は険しいままだが、セイヴの口調はどこか冗談交じりでもあった。
「俺じゃなくて、ルイホウの方じゃないかね? あれは」
「俺様からすれば、お前だからだと思うがな」
「お? 誉め言葉か」
「・・・・・・・・・・・・本当に退かない気か?」
「さっきのが最後じゃないのかよ」
「・・・・・・そうだな」
セイヴの構えに、力が入る。
「ここから先、時間が経てば経つほどに、被害が大きくなる」
「だろうな」
『竜』がどうなるにしろ、今儀式場を襲っている魔獣の湧出は、時間が経てば経つほどに、王都側へと近づいていく。
儀式場傍ならば、まだ討伐もできるだろう。
だが、ここから王都へと近づいていけば、祭に浮かれる王都では、迎撃が困難になるだろう。
それに、地脈伝いに帝国側で魔獣が噴出してもおかしくない。
「悪いが、時間稼ぎには付き合えん。可能な限り、早く終わらせる」
「言ってろ」
振り上げたセイヴの剣から、炎が噴き出す。
それを見て、モリヒトは、前へと踏み込むのだった。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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