第31話:炎に覇を成す皇剣
『竜殺しの大祭』の儀式場には魔獣があふれていた。
儀式場の外はまだいい。
地面から泡が膨れ、弾けるところに小さい魔獣が出る程度だ。
だが、儀式場の中は、空中だろうが地面の上だろうが、唐突に泡立ち、そこに魔獣が現れる。
それを片端から焼き斬りながら、セイヴは顔をしかめていた。
「きりがない!」
「あえて言います・・・・・・。現象の解決の目途が立ちません」
剣を振り回して敵を斬り捨てるセイヴと、炎を撃ってはあちらこちらを焼き尽くすリズと。
互いに周囲に満ちる地脈由来の魔力があるため、魔力切れの恐れはほとんどない。
だが、それでも数に際限がなさすぎる。
「やはり、解決には『竜殺し』か」
現在の状況は、詰まりを起こしている、という感じだろう。
儀式場全体で、空間自体に魔力が飽和状態になっているのだ。
そのせいで、どこでも魔獣が発生する状態になってしまっている。
地脈のゆがみや淀みといったものの集合体である『竜』そのものが、栓になってしまっている。
『竜殺し』が完遂されれば、『竜』は消え、それとともに儀式場全体に漂う魔力も世界の外へとはじき出されるから、この現象は解消するはずだ。
「だが・・・・・・」
セイヴは、遠目に見える『竜』をにらむ。
ユキオが、そこに吸い込まれたように見えた。
『竜殺し』の使い手が、『竜』に取られてしまっている。
この状態では、『竜殺し』が行えない。
「・・・・・・・・・・・・」
決断するべきか、と、セイヴは考える。
今の儀式場の不安定な魔力の状態では、いつ状況がひっくり返ってもおかしくない。
やるべきか否か、と考えて、
「迷っている時間はない、か」
セイヴは、リズを呼ぶ。
** ++ **
モリヒトは、走る。
先ほど、入り口で魔皇近衛であるヴィークスとアレトとすれ違った。
二人は自分で戦いつつも、周囲の指揮権も掌握していたようだが、戦えている兵数はそれほど多くはなかった。
「これだけ濃度の高い魔力の中だと、まともに動けるだけでも大したものだよ」
というのは、クリシャの言葉だ。
「うむ。一般兵卒でも動いているものがいるとは、なかなか。才能あるようだし、取り立ててやったらどうかね?」
しれっとついてきているベリガルが言う。
「・・・・・・ともあれ、急がないといけないよ」
だが、入り口から儀式場までは、それなりに距離がある。
途中に魔獣が現れるせいで、移動が阻害される。
「・・・・・・ベリガル。この辺一帯、魔獣が湧かないようにできないかい?」
「無茶を言う。今のこの魔獣たちがどうして湧いているのか、わかっていないわけではないだろう」
「だから、その無理、君ならできるだろう?」
「・・・・・・・・・・・・」
クリシャの言葉に、ベリガルが嫌そうな顔で黙り込んだ。
「何だい? その顔は」
「さすがに、すべてを止めるのは無理だ。加えて、それをやれば『竜』が成長する。・・・・・・つまり、『竜』が『瘤』になるまでの時間が短くなるぞ?」
「じゃあやれ。どのみち時間がない」
クリシャの返答は早かった。
「それより、この状況で邪魔が多く入る方が問題だよ。ここでこれじゃあ、儀式場の中はどんな状態になってるか分かったもんじゃない。その中で、落ち着いて対応が取れる余裕がいる」
「ふむ・・・・・・」
ベリガルはしばし悩んだが、それからやれやれ、とため息を一つ吐いた。
「もう一つ。やっている間は私は動けなくなる。さすがに準備が足りない。だが、その間、私は魔獣に対抗ができない」
「つまり、その間守れ、と」
「そうなる」
ベリガルは言いながら、左腕の革帯を巻き直している。
その姿を見て、クリシャは一つため息を吐いた。
「ボクがベリガルのガードに残るよ」
仕方がない、という調子でクリシャは言った。
「儀式の方で何かしら対応するには、ルイホウ君の知識と技術がいるだろうし、モリヒト君の方も、今ならある程度は地脈に干渉できるだろ?」
「つまり、俺とルイホウで儀式の方は何とかしてこい、と」
「そうなるね。・・・・・・急がないとまずいよ。こいつの予測が正しければ」
クリシャは、ベリガルを見て、顔を険しくした。
「『竜』に女王様が取り込まれる。そうなったら急いで助け出さないと、魔皇陛下なら、まとめて消し飛ばす決断をする」
オルクトとテュールを生かすためなら、一人二人殺す決断もセイヴならするだろう。
だが、
「『竜殺し』がなくてもどうにかなるのか?」
『竜殺しの大祭』は、『竜殺し』という魔術で、『竜』を殺す儀式だ。
儀式によって顕現する『竜』には、通常の攻撃は通らず、『竜殺し』でないと殺せない。
「なる」
ベリガルが、準備を整えながら答える。
「『竜』が『竜殺し』でないと殺せないのは、この儀式で顕現する『竜』は、半ばこの世界の存在ではないからだ」
「この世界の存在ではない・・・・・・?」
「もともと、『竜殺しの大祭』は、地脈のゆがみなり淀みなりを世界の外に弾きとばして地脈を調律する儀式だ。だから、『竜』の方も世界から半分はみ出た存在となっている。だが、その世界から半分はみ出た分に攻撃が通らないから、通常の攻撃では『竜』は殺せない」
ただし、
「アートリアが顕現しているウェキアスならば、話は別だ。ウェキアスが伊達に『女神の種』と呼ばれているわけではない」
ウェキアスは、単純に優れた能力を持つ道具、というわけではない。
ウェキアスは、『女神の種』と呼ばれるものが宿って力を持った道具であり、それゆえにそこから顕現したアートリアは『女神の似姿』とも言われる。
「アートリアまで顕現しているウェキアスならば、『竜殺し』のように世界の境界を越えた攻撃を放つことができる」
「アートリアってそんなことまでできんのか」
「他の場所では無理だぞ。テュールの境界域のように、ある程度世界の境界が揺らいでいるところならば、なんとかなる、という話だ」
ベリガルの説明を受け、ふむ、とモリヒトは唸る。
「・・・・・・一応、ユキオもアートリアがいたよな?」
「でも、聞いた話、最近は呼び出そうとしても出てこないらしいじゃないか。正直、あてになるかどうか、だよ」
クリシャが肩をすくめながら言うので、モリヒトも唸る。
「それに、『竜』に取り込まれて、それでも意識を保てるかどうか、という問題もある。地脈の魔力の流れを間近に受けて、意識を平静に保つのはかなり難しい」
つまり、自力での脱出には期待できない。
「よし、こちらは準備ができた」
「分かった。じゃあ、先に行って」
「あいよ」
「お任せします。はい」
クリシャに見送られて、モリヒトとルイホウは走り出した。
** ++ **
セイヴは、自らが手に握る真紅の大剣を見る。
「・・・・・・リズ、やるぞ」
傍らのリズに言えば、リズは何も言わず、目を伏せた。
「おい、ユエルと言ったな」
「え・・・・・・?」
「下がっていろ。少々派手にやる」
「え、あ、ですが・・・・・・」
まごつくユエルの襟首をつかむと、セイヴは儀式場の入り口の方へと放る。
「きゃっ?!」
響いた悲鳴には目を向けず、セイヴは『竜殺し』を行う者が立つ、円形の台座の上へと移動する。
剣先を天に受け、顔の前で両手で持ち上げる。
「―アリズベータ―」
セイヴは、詠唱を始める。
「神よ/焔はここにある/」
そのセイヴの詠唱に、もう一つ、リズの声が重なった。
「我らは覇を成すもの/炎の覇道を歩むもの/紅き熱/銀の煌き/すべては王道たる未来のために/」
セイヴの手の内、柄から銀色の炎が噴き出し、真紅の大剣を染めていく。
真紅の色と銀の炎の入り混じる、幻想的な火の粉が舞った。
「求めに応じ/顕現せよ/」
天へと剣を突き上げ、そして、前方へと振り下ろす。
「『炎に覇を成す皇剣―アリズベータ―』!!」
銀の炎を振り払い、紅く輝く大剣が現れる。
それまで振るっていた真紅の大剣は、ただ赤い金属の塊であった。
だが、今セイヴの手の中にあるのは、芸術品と見まがうほどの美しさを持っていた。
真紅の色合いは変わっていない。
だが、その刀身は透き通り、まるで炎をそのまま剣の形に押し固めたかのようであり、その内側から銀色の煌きが漏れている。
『炎に覇を成す皇剣―アリズベータ―』
セイヴのアートリアたるリズの真の姿。
その剣が現れた瞬間から、リズの姿は消えている。
いや、真の姿を現した以上、女神の似姿としてのアートリアの姿は、もう必要ないのだ。
「・・・・・・ふ」
剣をぐん、と持ち上げ、振りかぶる。
振りかぶった大剣から、銀の炎が噴き上がる。
「我は魔皇/」
それもまた、詠唱であった。
「我は覇道を歩む/我が臣民の王道のために/」
噴き上がった炎は、セイヴの髪をより強く銀に輝かせる。
そして、
「今ここに/『竜殺し』/その一撃を放つ」
魔力をさらに注ぎ込んだ。
その結果、噴き上がる炎の勢いがさらに増す。
「・・・・・・許せ」
セイヴは、小さく呟いた。
このまま剣を振り下ろせば、溜めた炎の一撃は、女神の力を持った一撃となって、世界の境界上にある『竜』を撃つ。
そうなれば、『竜』は殺せるだろう。
だが、『竜』に取り込まれたユキオもまた、死ぬことになるだろう。
「・・・・・・」
目を伏せたのは、短い時間だった。
セイヴは、剣を握る手に力を込めて、吠えた。
その咆哮とともに、剣を振り下ろした。
** ++ **
セイヴは、剣を振り下ろした。
莫大な魔力を込められた銀の炎の一撃は、おそらく儀式場全体に破壊をもたらすだろう。
オルクトの皇族に時折発現する銀の炎は、触れたものを全て灰に変える性質を持つ。
『竜』といえど例外ではないし、陣が刻んであるとはいえ所詮は通常の物質に過ぎない、儀式場の構成素材などはひとたまりもない。
振り下ろされた剣から放たれた一撃は、セイヴの立つ円形の台座から、『竜』のいる岬の先端までを焼き尽くすだろう。
それでも、セイヴが極限まで制御した炎だ。
儀式場の崩壊にまでは至らないはずだ。
誰よりも、炎を放ったセイヴが、この炎のもたらす結果を理解していた。
この炎が、『竜』を殺し、その中にいるであろう、ユキオを殺すだろうことも。
だが、
「む!?」
異常が起きた。
唐突に、セイヴの放った炎が止まる。
そして、
「何だと?!」
上空へと打ち上げられ、そこで霧散して消えていく。
あり得ない、とセイヴは目を瞠る。
放ったのは、ただの炎ではない。
アートリアの性能を最大限に発揮し、自分の魔力をふんだんに練り込んだ、魔術の炎だ。
途中で何か障害物が発生したとしても、それごと焼き尽くす。
試したことはないが、もし帝都に向かって放てば、帝都に施されている対魔術防御などものともせず、炎の及ぶ限りは灰に変えて何も残らない。
そういう強力すぎて使い道のない魔術である。
それが、軌道を逸らされ、そしてセイヴの制御を離れて消えた。
「・・・・・・・・・・・・お前か」
炎が散った後、その下に一人、人影がある。
「モリヒト!」
レッドジャックとライトシールドを構えたモリヒトは、炎を上空へと打ち上げた後の上げていた腕をおろし、ふう、と深く息を吐くのであった。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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