第30話:竜殺しの大祭・急変
「・・・・・・・・・・・・え?」
ユエルの、呆然とした声が響いた。
** ++ **
『竜』の顕現は完了した。
『竜殺し』の剣は完成した。
『竜殺し』を握るユキオの詠唱は完璧であった。
大きく振りかぶられた『竜殺し』が、儀式の影響を受け巨大化する。
ユキオが、最後の詠唱を終えた後振り下ろせば、それで儀式は成立する。
詠唱を続ける間に、『竜』はどんどん存在感を増していく。
存在感を増すほどに、空気に重みが増えていくようだ。
見上げるほどの竜の首。
その先端にある頭がゆっくりとこちらへと降りてくる。
ユエルは、詠唱の結びの句を謳い上げ、儀式の維持に集中する。
儀式場に張り巡らされて魔術陣を使い、周囲の気配へと気を配る。
ユエルの感覚は、儀式場全体に漂う魔力の気配を感知する。
極めて濃度の高い魔力が、儀式場全体に漂っている。
大陸側から魔力はさらに流れ込んでいて、その流れの行き先に『竜』がいる。
その中から、魔力を一部精錬してユキオへと流し、『竜殺し』を強化していく。
ユキオの詠唱が、結びの句を高らかに告げる。
そして、振り上げていた『竜殺し』をさらに大きく振りかぶり、
「・・・・・・・・・・・・!!!!!」
ユキオの気合とともに剣が振り下ろされた、瞬間であった。
ごぼん、と空間が泡立った。
ぼこぼこぼこぼこぼこぼこぼこ・・・・・・!!!!
周囲の景色がゆがむほどに、空間が泡立っていく。
その泡立ちの中に、こちらをにらむ目を幻視して、一瞬、ユエルは怯んだ。
「あ・・・・・・!」
集中が途切れ、儀式が揺らぐ。
それとともに、泡立ちの中にある目が形を結ぶ。
ごぼん、と泡立ちとともに、そこに形を成した怪物が現れる。
『瘤』の魔獣だ。
それは災厄である。
** ++ **
「・・・・・・やれやれ。こうくるとはねえ」
ヴィークスはぼやいた。
周囲、地面から湧き上がる泡が弾けるとともに、そこに大小無数の『瘤』が現れ、そこに魔獣が現れていく。
それを現れた端から切り捨てつつ、ヴィークスはアレトへと目線をやる。
縦横無尽に駆け回りながら、槍を振るう姿がある。
「入り口は自分が守る! 儀式場に近づくものを打ち払え!!」
「了解っす!」
身体強化を万全にしたアレトの戦闘は、超高速の突撃戦闘になる。
自分の身長と同じような長さの馬上槍を手に、走り抜け、貫き、切り捨てて、次に向かう。
『瘤』の魔獣の発生を確認した次の瞬間には、アレトは走り出してそれを貫いていた。
軽い性格ではあるが、その腕は確かなのだ。
一方で、ヴィークスの方は、長剣を手に、危なげなく敵を切り払っていく。
間合いに入ったものから順番に、次々と切り払われていくその様は、まるで予定調和のようでもあった。
「ああ、中はどうなってるすかね!?」
「あちらには陛下がいる。それよりこちらに集中しろ。これで一匹でも中に通して、陛下の背中を襲わせてみろ。全員から馬鹿にされるぞ」
「そうっすね!!」
ともあれ、軍勢を相手に、二人は戦闘を続けていた。
** ++ **
ユエルの周囲を、ごう、と炎が走り抜ける。
それは、周囲にいた『瘤』の魔獣のことごとくを焼き尽くした。
「・・・・・・あ、魔皇、陛下・・・・・・」
「状況を」
セイヴが周囲をにらみながら、手にした真紅の大剣を振るう。
その都度、炎が噴き出して周囲を舐める。
柱の隙間にいる巫女衆などを避け、炎は的確に魔獣だけを焼いていく。
セイヴの傍には、リズが立っている。
「魔獣はこちらで抑える。儀式を完了させろ。『竜殺し』さえ完遂されれば、それでこれは収まるだろう」
セイヴの声に、はっとして、ユエルはユキオへと目をやった。
『竜殺し』の剣をその手にしたまま、ユキオはそこにいた。
周囲の炎に炙られながら、ユキオは『竜殺し』の剣をもう一度振り上げた。
「ユエル!!」
「は、はい!!!」
ユエルは、自分の肉体に刻まれた魔術陣を強く認識し、儀式場の魔術陣と同調を深くする。
「陛下! もう一度!」
「ええ!!」
振り上げられた『竜殺し』が、強く光り輝いた。
「やあああああああっ!!!」
『竜殺し』は、振り下ろされる。
瞬間、世界に光が満ちた。
** ++ **
『竜殺し』の剣には、莫大な量の魔力が充填されている。
『竜』を殺すことに特化した刃は、振り下ろされる動きとともに光を放ち、『竜殺し』の魔術として結実する。
光が満ちた。
ユキオの立つ円形の台座から、岬の先端にいる『竜』へと向かって、光の柱が撃ち出される。
それは、『竜』を打った。
** ++ **
「・・・・・・・・・・・・え?」
ユエルは、呆然と声を上げる。
ユエルの知覚の中、『竜殺し』から放たれた光は、確かに『竜』を打った。
だが、『竜殺し』は、『竜』を殺しきれない。
地脈だけでなく、周囲からも流れ込む魔力が、『竜殺し』によって吹き飛ばされる『竜』の魔力を補填していく。
「あ、そんな・・・・・・」
『竜殺し』の威力が、『竜』を殺すのに届いていない。
それが分かって、ユエルは愕然とする。
理論上、足りているはずだった。
確かに数年分の蓄積がある今回の『竜殺し』ではあるが、それはもう分かっていたことだ。
だから、それは計算に入れた上で、『竜殺し』の儀式魔術は作られているはずであった。
だが、周囲から魔力が流れ込んでいる。
「どうして・・・・・・?!」
ユエルが疑問を上げる間にも、事態は進行していく。
『竜殺し』は、その力を失った。
『竜』は、小さくはなったものの、まだそこにある。
このまま放っておくと、『竜』は大規模な『瘤』へと変わり、特大の魔獣を生み出すだろう。
それは、テュールのみならず、オルクトにまで災禍をもたらすことになるだろう。
その前に、止めないといけない。
だが、
「ユエル! もう一回!!」
ユキオが叫んだ。
その声に意識を引き上げられて、ユエルはハッとする。
だが、『竜殺し』の儀式は、なんども行えるようなものではない。
一撃を放つためだけに、長い準備が必要なのだ。
今、この瞬間に再構築など不可能である。
だが、
「やらないと!!」
ユキオの叫びに押される。
確かに、同規模の『竜殺し』を構築するのは、不可能だ。
だが、最初の一撃より劣るとも、『竜殺し』の機能を持つ魔術の構築ならば、何とかなる。
即座に集中に入り、詠唱を開始する。
それを守りながら、周囲の魔獣を薙ぎ払うセイヴ。
その炎の熱を感じながら、ユエルは詠唱を続ける。
並行して、ユキオもまたもう一度詠唱を始めようとして、
「え・・・・・・?」
ふわ、とユキオの足が浮いた。
泡立つ空間に一際大きい泡沫が弾け、ユキオがそこから溢れた魔力に押されて、バランスをくずした。
周囲の魔力が活性化する。
地脈から漏れる魔力が泡となって湧き上がり、そこら中で弾ける。
『竜殺し』を放たれたことによって、一瞬、魔力の圧力が薄くなったことで、周囲から流れ込む魔力の流れが加速した。
その流れは、本来物質ではないはずの魔力にすら圧力を生み、粘りのある風のようになる。
魔力の流れに押され、足の浮いたユキオは飛ばされる。
その流れの行く先は、岬の先にいる『竜』だ。
「あ、陛下!!」
ユエルの叫びも届かず、ユキオは『竜』に吸い込まれていく。
** ++ **
走り抜ける。
モリヒトが、儀式場の入り口を視認した時、そこは魔獣に囲まれていた。
「ああ、くそ、じゃま!!」
「ぶっ飛ばすよ!!」
ルイホウとクリシャが二度三度と魔術を放って、周囲を掃討した。
「よう! お二人さん! 通るぞ!」
「ちょ、ちょっと待つっす!」
開いた道を走り抜け、ヴィークスとアレトの傍を走り抜けようとしたところで、アレトが止めにきた。
「何で来たんすか!?」
「やべえからだ!」
「・・・・・・ああ、うん。そうっすね?」
「とにかく通るぞ。この奥に用がある」
「・・・・・・しょうがないっすね」
モリヒトが通り、その後をルイホウが追い、クリシャとベリガルがそこに続く。
「・・・・・・・・・・・・」
走り抜けた後の二人の背を見送って、アレトはあれ、と首を傾げた。
「一人、知らない人がいたっすね?」
「気にしても仕方ない! 今は、とにかくこっちに集中しろ!」
「あ、了解っす!」
二人は、また掃討に戻った。
** ++ **
ユキオが、『竜』へと吸い込まれていった。
円形の台座から、岬の先端までを浮いたまま飛び、『竜』へと吸い込まれてしまったのだ。
それを見たセイヴは、眉をしかめた。
「おいおい・・・・・・」
『竜殺し』の使い手がいなくなった。
これはまずい。
周囲に炎を振りまいて魔獣を掃討しているが、手が足りない。
この場に、兵士は少ない。
もともと、高密度の魔力が充満する儀式場付近の領域は、常人にはきつい。
それを越えられる戦士は少ないし、その数少ない戦士は儀式場の警護や来賓となる要人たちの警護へと回っている。
この規模の災害が起こるなど、想定外にもほどがある。
「・・・・・・ち」
舌打ち一つ。
「・・・・・・どうするか」
セイヴは、剣の柄を握りしめた。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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