第27話:竜殺し・前夜祭(9)
モリヒトとミケイルの戦闘は、もはや一方的なものになりつつあった。
モリヒトが剣を振るえば、それはミケイルに傷をつける。
それに対し、ミケイルが反撃をしようと思っても、次の攻撃がそれを押しとどめる。
足を止めての殴り合いにも似た攻撃の打ち合いは、ミケイルの勢いを完全に殺し、ミケイルはもはやされるがままになりつつある。
「くそが!!」
今まで、ミケイルは、相手の多少の攻撃など、無視して突っ込んで相手を撃破してきた。
肉体の硬度と、高速な再生能力が可能としていたことだ。
相手からの攻撃など跳ね返せる。
たとえ跳ね返せない程度の威力を持つ攻撃だとしても、すぐさま再生してしまうため、気にもならない。
そして、攻撃を食らいながらも前進し、相手を殴りつぶす。
今までは、そういう戦い方だったのだ。
だが、今、モリヒトにそれが通用しない。
剣で切られる、と言っても、腕一本、足一本、切り飛ばされるほどに深く斬られているわけではない。
今までならば、その程度、と気にせず腕を振り回して、攻撃を当てることができたはずだ。
だが、できない。
いくらミケイルの肉体が超人的に頑丈だとしても、肉体を動かすのは筋肉であり、肉体を支えるのは骨だ。
骨にまで到達せずとも、肉を切り裂くモリヒトの斬撃によって、再生するまでの一瞬、ミケイルの力は緩む。
その隙に、次の攻撃が放たれる。
そうすると、その勢いに抗することができず、ミケイルは動きが固まってしまう。
あとは、繰り返しだ。
モリヒトは、剣での攻撃のほか、詠唱なしに魔術が飛んでくる。
魔術は、せいぜいミケイルの体表を炙る程度だが、そのほとんどが顔面に向かって飛んでくるのだ。
顔の前、もっと言えば、目の前で爆発が起きれば、のけぞりもする。
いくら頑丈になったとしても、眼球を火で炙って大丈夫なんてことにはならない。
痛みと視界を潰す一撃に、目がくらむ。
そうして、また斬撃を食らい、勢いが落ちる。
最初のころこそ、腕を振り回し、なんとか反撃もできていたものの、今となっては身を固めて、攻撃を受けることしかできなくなっている。
両腕を顔の前に立てて、ガードの態勢を取りながら、その隙間からモリヒトの隙を窺っている状態だ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そして、モリヒトの方は、その攻撃が途切れない。
息切れが起きない。
疲労を忘れているのか、あるいは感じていないのか、次々と剣を振るっている。
「・・・・・・ち」
一瞬、隙間から見えた攻撃を頼りに、力を入れて腕で攻撃を受け、跳ね返す。
ばきん、と音がした。
見れば、モリヒトの腕があらぬ方向に折れている。
モリヒトとて、異常な状態なのだ。
ミケイルに傷をつけるほどの力は、モリヒトにとっても、反動が大きい。
それに合わせてわずかにカウンターを防御でいれてやれば、反動がそのままモリヒトへのダメージとして跳ね返る。
一瞬、剣での連撃が緩む。
その隙を突こうとした瞬間に、下から火球が飛んでくる。
モリヒトが、隙を生まないために作った魔術だろう。
「ふんっっ!!」
その火球に対し、ミケイルはあえて額を叩きつけて潰し、前傾となった姿勢そのままに地を蹴った。
今までを見て、おそらくすでに折れた腕は治っている。
隙ができたなら、距離を開けて立て直すのも、一つの手ではあっただろう。
体力を消耗するとはいえ、一息入れられれば、それだけ回復は楽になるし、モリヒトの戦闘がこういうものだと分かっているなら、そういうものだとした上で対処すればいい。
それを分かっていてなお、ミケイルは前身を選んだ。
大地がえぐれるほどの力を入れて、前へと加速する。
行ったのは、技も何もない、ただのタックルだ。
モリヒトの腰へと組みつき、地面へと押し倒す。
その上で、相手の顔へと拳を叩きつけ、とにかく殺す。
そう決めて、タックルを決めたミケイルだが、モリヒトは、手の中で刃を返すと、自分をつかむミケイルの両肩へと剣を突き立てた。
「ぐっ!?」
あっさりと骨まで貫通した刃の感触を受けながらも、ミケイルは腕の力は緩めない。
だが、
「がはっ!!」
ばちん、と弾ける音とともに、ミケイルの体が跳ねた。
電撃だ。
突き刺したレッドジャックの刃から、炎ではなく電撃を流したのである。
電撃を流され、意思を無視した肉体の反射的な動作によって、ミケイルがモリヒトをつかむ力が緩む。
モリヒトは、そこで膝を突き出し、ミケイルの腹部を打ち上げた。
どごん、と衝撃を生んだ一撃は、魔術によって増幅されたもの。
さらにミケイルの体が浮き、モリヒトからわずかに離れ、
「・・・・・・・・・・・・」
モリヒトが、続いて蹴りを放てば、ミケイルの体が飛んだ。
地面を跳ね、転がり、ミケイルは地面に倒れる。
モリヒトは、その姿を見送った。
モリヒトの方も、無事では済んでいない。
ミケイルの体をしびれさせるほどの電撃は、密着していたモリヒトにも流れ込んでいる。
それによって、皮膚が弾けたところは血が出ているし、蹴りを放った足も、折れている。
だが、モリヒトは立っていて、ミケイルは倒れている。
くしくも、先ほどとは逆の体勢である。
モリヒトは、レッドジャックの切っ先をミケイルへと向ける。
そこから生み出された火球は、鋭い槍の形を取り、放たれた。
「ぐおおあっ!!」
放たれた炎の槍は四本。
それは、倒れていたミケイルの両手足。
すなわち、そこに装備されていた、手甲と脚甲を破壊した。
それとともに、その甲に包まれていた手足も炭化し、弾けた。
だが、そこはミケイルだ。
すぐさま再生が、始ま、
「・・・・・・ぐう」
らなかった。
いや、再生は始まっている。
だが、明らかに速度が鈍い。
それどころか、ミケイルの肌からは張りが失われ、髪の艶が消えていく。
魔術効果だ。
ミケイルが、モリヒトと戦えていたのは、あくまでも手甲と脚甲によって、モリヒトの魔力吸収体質に対策を取っていたからだ。
その対策が失われれば、ミケイルはその体から魔力を奪われ、肉体を維持している魔術を維持できなくなる。
そうなれば、向かう先にあるのは、死だ。
「・・・・・・」
だが、モリヒトは、そこでさらにミケイルへとレッドジャックの切っ先を向けた。
その切っ先に炎が収束し、
「―サロウヘイヴ・、メイデン―
水よ/禊げ/淀みを/祓え」
ざっぱあああ・・・・・・
詠唱が響いたと思った直後、モリヒトの頭の上から、大量の水が滝のように流れ落ち、モリヒトを洗った。
切っ先に収束していた炎は鎮火し、数秒、モリヒトは水に洗われる。
水が止まれば、後には、全身ぐっしょりと濡れたモリヒトが、立ち尽くしていた。
黒一色の髪から、ぽたり、ぽたり、と水滴が落ちる。
杖の石突が、地面を打った。
「・・・・・・まったく、正気に戻りましたか? はい」
ルイホウが、モリヒトを見ていた。
** ++ **
頭から水をかぶり、すっと、思考が濁っていく。
先ほどまで、一点の曇りもない集中だったそれが急速に乱れ、だが逆に心は落ち着いていく。
猛スピードで爆走する車を運転して視界が狭くなっていたものが、速度を落としたことで視界が広がったような、そういう感覚だ。
「・・・・・・ルイホウ」
「落ち着いたようですね。はい」
「・・・・・・なんか、もう、自分で自分が嫌になる」
「はいはい。がんばりましたね。はい」
激しく鬱だ。
ちら、と見れば、ミケイルが死にかけている。
それに対して、ミケイルの相方の女性がミケイルに何か薬を振りかけたり、何かを口に運んだり、こちらから距離を取るように運んだり、と忙しない。
ただ、わずかに呼吸はあるようだし、死んではいないようだ。
あとは、モリヒトの魔力吸収体質の範囲から逃れれば、自然と回復するだろう。
とはいえ、アリーエ・クティアスにいい具合に魔術をかけられ、いい具合に操られていた、とも言える状況に、自己嫌悪が半端ない。
「・・・・・・あ、もう終わってたか」
そこに、クリシャが追い付いてきた。
なぜか、ベリガルも一緒に。
「不審なおっさんを連れてくるなよ」
「仕方ないでしょ。この先の結界を解除させるにも、必要なんだから」
「む? 私はこの結界は解除できんぞ?」
「は?」
ベリガルの答えに、クリシャがベリガルを振り返った。
「この結界の基点となる魔術具は、結界の内側。もっと言えば、儀式場の傍だ。『竜殺しの大祭』が始まれば、自然と壊れて結界も解除されるが、それまではこちら側からは手が出せん」
「ちょっと。嘘つかないでよ」
ベリガルの言うことが本当なのかどうなのか、モリヒトには判断がつかなかったが、クリシャは嘘と断じた。
「君、『竜殺しの大祭』の観測をするために、あんなに魔術具を設置してたじゃないか。今のままだと、結界に阻まれて、完全なデータは取れないでしょ?」
「心配せずとも、結界の内側にも観測用の魔術具は設置してある。こちらは、儀式の余波で壊れないように対策済みのものがな」
ふ、とドヤ顔をしたベリガルに、クリシャは無言で蹴りを入れた。
「ああ、もう。じゃあ、ここで待つしかないじゃないか」
「まあ、そういうことだ。ちなみに、魔力吸収体質対策に作ってあるから、モリヒトの体質でも通り抜けはできん」
「自慢げに言うなよ。ばか」
言い合っている間に、ベリガルはミケイルの方に懐から取り出した輪のようなものを投げた。
「使っておけ。手甲や脚甲ほどではないが、魔力吸収を防ぐ効果がある。戦闘はできんだろうが、命をつなぐには十分だろう」
その輪がミケイルに触れた時点から、ミケイルの回復の速度は明らかに上がっている。
だが、やはり、動けはしないようだ。
「・・・・・・・・・・・・退くわよ? ミケイル」
そう聞かれて、ミケイルは一度、モリヒトをにらんだ。
「仕方ねえ。今回は、俺の負けだしな・・・・・・」
「命あってのものだねだろうが、負け犬」
「うるせえ。そういうセリフは、自分の力だけで勝ってから言え」
「ふ。残念だったな。俺はこれからも、一人では戦わん。俺一人の力で勝つなんて、永遠にない」
「何で自慢げなんだ・・・・・・?」
言いながらも、ミケイルは肩を支えられて、去っていく。
その背を見送り、モリヒトはうん、と頷いた。
「勝った」
「何にですか? はい」
やれやれ、とため息を吐くルイホウに苦笑を返し、モリヒトは儀式場の方へと目をやる。
「間に合う?」
「ギリギリだろうね」
クリシャの答えに、顔をしかめた。
不意に、周囲がわずかに明るくなった。
背後から、光が届いている。
朝日が昇ろうとしているのだ。
夜が明ける。
それは、『竜殺しの大祭』の、開始を意味していた。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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