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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第1章:オルクト魔皇帝
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第3話:ルイホウ戦闘

 モリヒトは、とにかく走っていた。

 背後から何かが追ってきているのかもしれないが、それを気にしている余裕はない。

 その辺りの警戒はルイホウに任せっきりにして、モリヒトはとにかく少女を抱え込んだまま、前へと足を動かすことに専念する。

 あまり、体力に自信がある方ではなかったのだが、少女を抱えたまま走るのに、あまり疲れがない。

「単純に、魔力量が大きいからだと思います。はい」

 気晴らしに聞いてみると、そんな答えが返ってきた。

「そうなのか?」

「体内の魔力は、そのままスタミナに直結しますから。はい」

 まあ、腕の中の少女が軽いのも理由だろうが。

 見下ろす。

 小さくて、軽い。

 ただ、よく見てみると可愛い子だと思う。

 はっきりとこちらを見上げる大きな目は、髪と同じ銀色。軽く巻きの入った銀髪は、豊かなボリュームを伴って少女を覆う。腕の中の感触は、華奢で柔らかい。

 抱えている手触りから、纏う服もかなり高級なものなのではないかと予測をつける。

「・・・・・・で、エリシア? 何で追われてるのか、理由は分かるか?」

「ええっと・・・・・・ですの・・・・・・」

 エリシアは言い淀み、横からルイホウが口をはさんだ。

「今は、気にしない方がいいと思います。はい」

「その口ぶりだと、君は何か知っているな?」

 横目で見ると、少し慌てた風情でルイホウは頷く。

「え。・・・・・・ええ、まあ・・・・・・。はい」

 ちょっと困ったように笑い、

「あの方もエリシア様も、私は存じ上げておりますので。はい」

「そう」

 ルイホウが知っているというのなら、この国の人間か、あるいは他国の有力者か。

「・・・・・・まあ、君を信じて、今は走るか」

 掴まってろ、とエリシアを抱えなおし、モリヒトは走る速度を上げる。

「・・・・・・モリヒト様。このまままっすぐ走ってください。街の門の詰め所で、兵士に事情を話して待っていてください。はい」

「君は?」

 答えは分かっているが、とりあえず聞いておく。

「敵を、討ちます。はい!」

 くん、と身を翻し、ルイホウが二人から離れていく。

 それを見送り、

「さあて? じゃあ、こっちも一生懸命走りますかね・・・・・・!」


** ++ **


 ルイホウは、腕の中の『拭えぬ涙を抱く者』を握る腕に力を込める。

「―サロウヘイヴ・メイデン―

 光よ/我の敵に印を残せ」

 探知魔術、というものは、魔術の中には存在しない。

 その理由は、魔術の有効範囲が、魔術師の知覚範囲の内のみだからだ。

 つまり、術者の感知できない領域には、魔術は届かない。

 そのため、自分の知覚していない領域を知ることを目的とする探知魔術は、どうしても限界がある。

 あるとすれば、聴覚や嗅覚などを強化し、視覚並みの情報量を取得する魔術だ。

 今ルイホウが発動したのは、そういった探知魔術ではなく、一度知覚し、敵と認識した相手に対し、ルイホウにしか見えない光でマーキングを行い、敵を見逃さないための魔術である。

 この手のマーキング魔術は、例え対象が自分の知覚外に出たとしても、マーキングが消えない、つまり魔術効果の消えない、数少ない魔術である。

 正直、モリヒトから目を離すのはよくないのかもしれないが、少なくとも詰め所まで行ければ大丈夫なはずだ。

「ですが、急がなければなりません。はい」

 周囲を見回す。

 気配は感じる。

 こちらを注視するものと、

「・・・・・・モリヒト様を追う者ですね。はい」

 だから、

「―サロウヘイヴ・メイデン―

 風よ/強く吹け/敵の進みを押し止めよ」

 ごう、と風が強くなる。

 ルイホウの並外れた魔力を以て行われる、自然操作だ。

 もっとも、大通りを歩く者には、少し強めの風、ぐらいにしか感じないだろう。

 先のマーキング魔術との併用魔術。

 マーキングを刻まれた者のみ、強風によって体を押し戻され、前へ進むことができなくなる。

 越えるためには、ルイホウよりも大きな魔力で魔術を使って乗り越えるか、ルイホウを倒すしかない。

 だが、どちらもルイホウは許さない。

「―サロウヘイヴ・メイデン―

 風よ/我が身を運べ/風よりも速く/誰よりも高く/光よ/我が身を隠蔽せよ」

 風で体が浮かび上がる。

 屋根の上の高さまで上がり、

「―サロウヘイヴ・メイデン―

 光よ/闇を見通す目を」

 高いところから見下ろせば、敵の位置は分かる。 

 夜だから、闇に紛れやすい黒装束を選んだのだろうが、明るい色の多い王都の屋根だ。

 夜の闇さえ見通せれば、逆にその存在は浮き彫りになる。

 それぞれに、光のマーキングがともり、足が止まった。

「―サロウヘイヴ・メイデン―

 雷よ/我が敵を捕えろ」

 詠唱に『敵』を入れることで、マーキング魔術との併用を明確にする。

 発動した魔術は、物理的拘束ではなく、麻痺による行動阻止だ。

 他の魔術だと、王都の建物や住人に被害を与える恐れがある。

「・・・・・・!」

 だが、

「三人! はい」

 屋根の上にいた七人の内、三人が魔術を弾いた。

 対魔術加工のされた武器で、叩き落とされたのだ。

 なかなかやる。

 体を傾けて浮かぶ位置を操作し、飛んできたナイフをかわす。

「・・・・・・隠蔽しているというのに、間違いなくこちらの位置を感知する。相当な使い手達ですね。はい」

 さすがです、と呟き、

「―サロウヘイヴ・メイデン―

 水よ/押し固まれ/水をたたえし水球を/敵の数は七/槍と楯を担え」

 ごぽんごぽん、と音を立てて、ルイホウを呑みこむほどの大きさの水球が七つ、ルイホウを中心として宙に浮かぶ。

「・・・・・・さて?」

 隠蔽は今も続ける。

 浮かぶ位置を変え、大通りの直上から脇の暗い方へと移動する。

 水球で飛んでくるナイフなどは防御できる。

 あとは、

「相手を捉えるだけです! はい」

 水球の中心に渦が巻き、水の槍が生まれる。

 その刃先をマーキングした敵に向ける。

「―サロウヘイヴ・メイデン―

 水球の槍よ/貫け」

 指差した先に、高速で槍が伸びる。

 ルイホウの得意とする戦闘魔術の一つだ。

 この組み合わせで一度発動すれば、敵がいる限り水球は自動で攻撃と迎撃を行う。

 水の槍は伸び切ったあとは、すぐに水球に戻ってくる。

 その速度は、水球一つならともかく、七つ同時を相手にするには、割り込むことのできない速度だ。

「・・・・・・はい」

 高速で射出される槍によって、敵を打ち払う。

「・・・・・・少し、時間をかけすぎました。はい」

 練度が高い暗殺部隊ではあったが、ルイホウの戦闘能力を考えれば、瞬殺できるレベルでしかない。

 このぐらいのことができなければ、召還の巫女などできない。

 まあ、ルイホウは巫女達の中でも、戦闘能力や回復魔術などがずば抜けているが。

 閑話休題。

「急いだ方がいいですね。はい」

 モリヒトは今日、発動体となる短剣を持って来ていない。

 魔術訓練の時に与えてからは、いつも持ち歩いていたにも関わらず、だ。

「モリヒト様にも、心を揺らすことはあるのですね。はい」

 そもそも、ルイホウがモリヒトの寝室に向かったのは、常にモニターしているモリヒトの魔力波長に異常を感じたからだ。それは、アヤカが悲鳴を上げる前のことであり、ルイホウはモリヒトの寝室に向かう途中で、アヤカの悲鳴を聞いた。

 ルイホウがそれでもモリヒトの寝室へ向かうことを優先したのは、モリヒトの魔力波長の異常が消えなかったことと、モリヒトの担当である、というルイホウの言葉通りだ。

 一応、アヤカの寝室の方へ向かった同僚から状況の知らせは受けていたが、あくまでもルイホウの優先はモリヒトである。

 モリヒトが目覚め、街に出てからも、魔力波長の異常は続いていた。

 通常、魔力は体外に漏れることはまずあり得ず、もし体外に出たとするなら、それは相当に動揺があるか、感情が高揚しているか、とにかく平常ではない感情の動きをしたことを証明する。

 モリヒトには、そういったことが、今までなかった。

 しかし、その反動とでもいうように、モリヒトの揺れ幅は異常だった。

 それは、ルイホウにとって、衝撃とも言えるレベルだった。

 眠っていたところに、いきなりベッドから突き落とされたかのような衝撃を味わい、ルイホウは目を覚ましたのだ。

 モリヒト以外の人間は、比較的落ち着いているように見えるアヤカでさえ、この世界に来た当初に、魔力波長の異常を見せている。ユキオに至っては、タマがアートリアとして覚醒した際に、相当な魔力波長の揺れを見せている。

 ただ、モリヒトがエリシアを保護することを決めてから、その魔力波長の異常を感知することができなくなった。

「モリヒト様にとって、誰かを守ることは何かの意味を持つのでしょうか? はい」

 それとも、単純にそれどころではなくなっただけか。

 だとしても、こういう事態だと、ある程度波長の動揺が見られるものだが。

「・・・・・・面白い方です。はい」

 すう、とルイホウの顔に微笑みが浮かんだ。


** ++ **


 魔術を用いて視界を確保するのは、夜間戦闘においては定石だ。

 セイヴも魔術を使える以上、使う。

 ただ、夜間の視界を確保する魔術は、光属性と火属性の二種類が存在する。

 セイヴが使うのは後者だ。

 違いは、光属性は視力を強化し、目に取り込む光を増幅することで見えるようにするのに対し、火属性は相手の熱を感知する、ということだ。

 セイヴは、視界確保と視力強化を併用して、遠目にルイホウの戦闘を見ていた。

「相変わらず、無茶苦茶な魔術を使うな・・・・・・」

 普通、複数の魔術を並列で使用なんてしない。

 魔力消費が激しくなるのもそうだが、それ以上に、魔術効果を保つための集中力が保たないからだ。

 だから、視界確保などの持続性魔術は、単発で使用してそれ以外の魔術を使う際には、一度終了するのが普通だ。

 それを他の魔術と並行処理する。

 やはり、召還の巫女、その中でもレベルが違う。

 おそらく、世界トップクラスの魔術師。

「・・・・・・まあ、俺様ほどではないが」

 自信満々に呟き、

「・・・・・・どれ?」

 少し、見せてやるかね、と余裕満々に笑い、

「―リズ―

 弾」

 詠唱というには、あまりにも短い言葉。

 滞空する直径一メートルほどの赤い火球が、セイヴが剣を振る度に生まれていく。

 合計十二個。

 そこまで作った段階で、

「焼き払え」

 セイヴが剣を振るう動きに合わせ、セイヴが気配を見つけた敵のところへ、一寸狂わず火球が突っ込んでいく。

 外さない。

 敵は対魔術加工を施した装備を持っているようだが、その程度で防げる魔術ではない。

 セイヴ相手にその程度の装備は無意味だ。

 防具ごと火球で焼き払う。

「・・・・・・ふん。存外、甘い」

 吐き捨てる。

「わざわざ国の外に出てまで俺様を追ってきたんだ。もう少し、名のあるやつでも混ぜておけ。この程度では、いやがらせにもならん」

 誰にともなく吐き捨て、セイヴは炎を噴き出すクレイモアを手放す。

 瞬間、その剣は虚空へと消え、その場に、真紅の髪と目を持つ少女が顕在化していた。

「あえて言います・・・・・・。今回の狙いは、陛下よりも、むしろエリシア様かと。・・・・・・いかに召還の巫女とはいえ、預けてよかったのですか?」

 平坦な表情で首を傾げ、疑問を呈する少女に、セイヴは笑う。

「大丈夫だろう。仮にも俺様の妹だ。エリーの特質タレントは知っているだろう?」

 突然現れたことに特に動揺することもなく、セイヴは真紅の少女、リズに話しかける。

「あえて言います・・・・・・。『絶対幸運』は、それほどに信頼できますか?」

「大丈夫だ。あれは、この俺様よりも巨大な魔力故の現象だ。・・・・・・絶対幸運ではなく、むしろ『神の祝福』だよ」

 くくっ、と笑い、

「エリーは女だから、『女神補正』と呼ぶべきか?」

「あえて言います・・・・・・。ふざけている場合でもないでしょう。どんな状況にせよ、早期に終結させるに越したことはないと思います」

「そうだな。この国の女王はまだ新人だ。面倒をかけるわけにもいかん」

 うん、と頷き、

「俺様はここだぞ!! この首欲しくば、かかってこい!! 煉獄の炎で歓迎してやる!!」

 ごう、と吼え、セイヴは残った敵を求め、まだ夜の気配の濃い街へと駆けだした。


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