第25話:竜殺し・前夜祭(7)
サラは、ミケイルの戦況が変化したことを見ていた。
先ほどまで、一進一退、というか、どちらも決め手に欠けた戦闘となっていた。
攻撃が当たらないミケイルと、攻撃が通らないモリヒト。
有効な一撃がどちらかにできれば、それで戦況が傾きかねない状況ではあったが、どちらにもそれを見出すことはできていなかった。
そこに、互いに一撃を叩き込み合った。
結果は、かろうじてミケイルの勝利、だろう。
互いに、攻撃の威力は同等に近かったはずだ。
直撃を受けたミケイルと、一応は防御をしていたモリヒトと。
だが、結果は、当人自身の防御力がものを言った。
ミケイルの勝ちだ。
ミケイルが、トドメを指すためにモリヒトに近づくまでを見て取って、サラは、意識せず、ほっと息を吐いた。
だが、すぐに状況は変化した。
ミケイルのトドメの一撃を退け、モリヒトが立ち上がり、そして、モリヒトの攻撃がミケイルに通じるようになった。
そこからは、先ほどと一見は同じ流れだった。
ミケイルの攻撃は当たらない。
だが、モリヒトの攻撃は通じている。
ミケイルの攻撃をかいくぐり、モリヒトの攻撃が行われ、その度にミケイルの血が飛ぶ。
ミケイルが負う傷自体は、持ち前の再生能力ですぐさま治っている。
だが、ミケイルの再生能力は無尽蔵ではない。
魔力的には問題なくとも、再生時には、微弱ながら体力は消耗する。
永遠と繰り返し続ければ、どこかで体力は尽きる。
一応、食事を摂れば問題ないし、そのための非常用の栄養食も持っている。
だが、あれだけの連撃の中ではそれを口にする余裕はないだろう。
それ以前に、先ほどのモリヒトが放った魔術で、それらの備蓄は焼き尽くされている可能性もある。
加えて、先ほどの重傷からの回復による体力回復は、確実に体力を削っているし、その後に連続で傷を負わされては、まずいはずだ。
それは、ミケイルも自覚しているはずだ。
だが、ミケイルは楽しそうな笑みを浮かべたまま、延々モリヒトと打ち合っている。
「おらおら!!」
「・・・・・・」
勢いよく拳を打ちまくっているミケイルに対し、モリヒトは落ち着いた様子で攻撃をしかけている。
最初は、軽い切り傷程度だったものが、数を重ねるごとに徐々に深くなりつつあるように見える。
飛び散る血の量が増えているのだ。
** ++ **
ミケイルは、状況を楽しんでいた。
自分と明確に打ち合っている。
ミケイルに対し、モリヒトの攻撃が一方的に通じているように感じるが、それだけではない。
モリヒトに対して、ミケイルの攻撃も結構入っている。
かするような当たりもあれば、真正面からの当たりもある。
だが、そのすべてが手応えはあっても、攻撃として成立していない。
すべて、防御されている。
「は、なんだそりゃ?!」
ミケイルは疑問の声を上げた。
ミケイルが攻撃を打ち込むと、ライトシールドによるものと思われる障壁が発生し、それを防ぐのだ。
撃ち抜けるはずのそれが、撃ち抜けない。
時折、小規模にでも手甲の衝撃を解放しているが、それはすべて防がれている。
明らかに、先ほどまでの障壁とは強度が違う。
そもそも、色が違った。
もともと、モリヒトが持つライトシールドが発生させる障壁は、ほとんど透明の薄い青色をしている。
だが今、その障壁は、明確に赤かった。
血の色だ。
先ほど、モリヒトが流した血。
さらには、今ミケイルが流している血。
それらが、飛び散る先からモリヒトのところへと向かい、周囲を揺蕩って、ライトシールドの障壁を強化している。
「・・・・・・ここで新技かよ!」
力を込めて殴っても、赤黒い障壁がそれを防いでしまう。
それでも、時折ガードをすり抜けて当たる攻撃はあるが、
「・・・・・・」
モリヒトは、その攻撃を気にしないように前へ出る。
いや、実際気にしていないのだろう。
人間ではなく、まるで人間大の岩石でも殴っているかのような手応え。
そして、ついた負傷は、どうやらすぐに再生しているようだ。
まるで、ミケイルの体質である。
「俺の魔術を真似してんのかよ」
「そうでもない」
返答があったことに、ミケイルは驚いた。
モリヒトは、平坦な口調で続ける。
「どちらも、ただの体質だ」
モリヒトの答えに、ミケイルは、は、と鼻で笑った。
「俺と同じじゃねえのかよ?!」
「ちがう。俺の体は、もともとこういう風に固くて、もともとこういう風に回復力が高いんだ」
そんな思い込みでどうにかなるか、とミケイルは思うが、モリヒトの平坦な声は、それを一切疑っていない。
ミケイルの拳に対して、モリヒトは直接剣を叩きつけ、はじき返す。
「おいおい・・・・・・!」
「俺は、もともとこれだけつよいんだ」
口調は、相変わらず平坦だ。
だが、その強化は明らかだった。
確実に、モリヒトはミケイルより上回っている。
** ++ **
狂信の魔術。
効果は、異常を正常なものとして、心の底から信じる、洗脳系の魔術だ。
地脈の中でアリーエ・ノクティスによってかけられたそれは、モリヒトの体質を相まって、効果を発揮していた。
信じ込むことによって発生する強固なイメージが、モリヒトの体質を相まって、異常な強度の魔術として結実しているのである。
洗脳には、こういう使い方もある、という見本のような使い方だ。
モリヒトは、その力を感じながら、ずいぶんと単純に無敵の自分を信じていた。
それで、魔術強度も何もかもが上昇するのだから、大したものである。
イメージを、強く信じ込むのが強い。
まさしく、魔術の原則であった。
** ++ **
明らかに、ミケイルがモリヒトに押され始めている。
最初は攻撃をかわし合っていたというのに、徐々にモリヒトからの攻撃の頻度が増え味めている。
「・・・・・・」
その様子を見ていたサラは、まずい、と判断した。
このままだと、負ける可能性が高い。
だったら、とルイホウを振り返った。
この時のために、ルイホウを捕まえておいたのだから。
「・・・・・・足りませんね。はい」
だが、振り返ったと同時、ずるん、と足元をすくわれた。
「一つ、忠告をします。はい」
サラが見上げた視界の中、ルイホウが立っていた。
「私は、毒物には耐性があります。はい」
加えて、
「たとえ魔術の発動を阻害しようとも、私の服につけられた魔術具には、毒物の浄化作用があります。はい」
ルイホウの武装解除には、杖を取り上げるだけではだめだ。
着ている服を脱がし、装身具をはぎ取る必要がある。
加えて、ルイホウの場合は、体に仕込んだいくつかの魔術式も、破棄する必要があった。
すべて、巫女衆として、ルイホウが自分の体にしている備えである。
水によってサラを捕らえ、ルイホウは杖を取り戻す。
「あちらは、大丈夫、とは言えないですね。はい」
ルイホウは、モリヒトの現状を見る。
明らかに、おかしい状態だ。
モリヒトは、あんな天然で人間離れはしていない。
どちらかというと、薬物か何かでトリップ状態にあるように見える。
「・・・・・・あれ、貴女たちの仕業ですか? はい」
「ふざけないで。だったら、なんでミケイルがやられてるの!?」
「それもそうですね。はい」
やれやれ、とルイホウはため息を吐いて、サラを見た。
「敵対しないでください。勝負はもう着きました。はい」
「・・・・・・どうしろってのよ?」
「どうやら、地脈から何かの干渉を受けているようです。幸い、ここに地脈があります。はい」
ルイホウが、砕かれたトーテムを見る。
自分で砕いたトーテムではあるが、地脈の位置を確かめるにはいい目印だ。
「地脈に干渉して、モリヒト様にかかっている魔術を解除します。・・・・・・貴女は、貴女の相方を連れて去ってください。はい」
もう、戦っている場合ではないだろう、とルイホウは判断しているのだ。
サラも、それには賛成ではある。
あそこまでぼこぼこにされておいて、負けていない、とは言わせない、と決意する。
「いいわ。私たちは撤退する」
「では、お願いします。はい」
ルイホウは、サラを解放すると、モリヒト達へと向き直る。
「・・・・・・手間をかけてくれます。はい」
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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