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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第5章:竜殺しの大祭
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第24話:竜殺し・前夜祭(6)

 モリヒトは倒れ、ミケイルは立っている。

 モリヒトはまだ動いているが、虫の息、といった風情だ。

 全身で受けたダメージの正体がわからないモリヒトに対し、徐々に怪我が治りつつあるミケイルは、少しずつ、モリヒトへと距離を詰め始めた。

「へ、きっついだろ」

 魔術のかかった体質により、怪我が治るとはいえ、怪我の治療には魔力の回復とは別の体力を使う。

 さすがに、あれだけの怪我からの復活は、並大抵ではないのか、ミケイルの息は荒い。

 それでも、徐々に呼吸が整っていくあたり、やはりチートじみた回復力である。

「・・・・・・」

 近づいてくるミケイルを、モリヒトが血を吐きながら、見上げる。

 もはや、言葉も吐けないほどに、モリヒトの負傷は重い。

「この手甲と脚甲には、俺の魔力の放出を抑え込む性質があるって言ったろ? だが、抑え込んだところで、俺の体内で発生している魔術が使い、放出した使用済み魔力は、俺の体内に溜まることになる」

 その魔力は、溜めたところで魔力として魔術に使用することは不可能だ。

 だが、魔力は性質に関わらず、一定量を一定空間に溜まると現実に影響を及ぼすようになる。

 『瘤』などは、その代表的なものである。

 そして、

「ベリガルのおっさんはな、その一定の密度を越えた魔力に対して、一定の方向性を与える魔術具として、この手甲を作った」

 つまり、ミケイルが生きているだけで発動する、強力な身体強化と自己回復魔術によって使用された後の魔力は、手甲の内側へと蓄えられる。

 そして、一定の圧力を越えた段階で、それを放出可能になるのだ。

 その放出が、物理的な衝撃となって発生する。

 ただの殴りが、それこそ、文字通りの大砲以上の衝撃を生む破壊力を生むようになる。

 常人が使えば、反動で腕が吹き飛ぶだろうが、ミケイルの身体能力だからこそ、耐えられえる一撃だ。

 そして、その破壊力は、モリヒトのあり様を見れば、よくわかる。

 放った魔術である程度相殺していた。

 右腕につけた小手型魔術具『ライトシールド』による、防御用障壁も一瞬発動されていた。

 それを越えて、モリヒトに致命傷を与えている。

 大型トラックか何かと、真正面から衝突したかのような状態である。

「・・・・・・」

 途切れがちな呼吸を上げ、ミケイルの言葉を聞いているのかいないのかも、分からない状態だ。

 目の焦点も合わなくなってきている。

 それを見て、ミケイルは、顔をしかめた。

「・・・・・・ああ、すまん。苦しいか。・・・・・・楽にしてやるよ」

 ミケイルは、拳を引いて、振りかぶる。

 このまま、モリヒトの頭へと振り下ろせば、モリヒトの頭はつぶれ、モリヒトは死ぬだろう。

「じゃあな」

 ミケイルは、拳を振り下ろした。


** ++ **


「あらあら。ずいぶんな有様ですわね」

 女が嗤っている。

 モリヒトは、その姿を見て、顔をしかめた。

「・・・・・・お前は」

「あら? お忘れですの?」

 黒髪に、白髪がメッシュに入った混ざり髪。

 聖職者のような印象を受ける法衣。

 上品で清楚のようで、狂気の入り混じって見える表情。

「・・・・・・アリーエ・クティアス?」

 モリヒトは、その名を呼んで、あ、と思う。

 夢か、と。

「ふふふ。このままだと死にますわよ?」

「それは困るな」

 妙に落ち着いているが、臨死体験というやつか、と思う。

 だが、モリヒトの感覚は違う、と言っていた。

「地脈と交信している、のか?」

「当たり、ですわね」

 ふふふ、とアリーエは笑う。

「ここは、地脈の内ですのよ」

 なんで、と考えた端から、モリヒトは現状を理解していった。

 今、モリヒトは、ベリガルの手によって、強制的に覚醒状態とでも言うべき状態になり、感覚が変わり、地脈と親和性が高くなっている。

 その状態だから、地脈と交信できた。

 そして、

「わたくしは、貴方の魔術によって撃ち抜かれ、地脈からの魔力の奔流に溶け、地脈へと合流しました」

 アリーエ・クティアス、という存在は、あの地下の石堂でのモリヒトの魔術によって、地脈へと溶けている。

 だが、本来なら流れていくその流れは、今、『竜殺しの大祭』によって留められている。

 そのため、今もまだ、この辺りにとどまっていたとして、不思議はない。

 もっとも、地脈の流れという膨大な魔力の中で、意識を保っている、ということが、かなり異常な事態ではあるが。

「・・・・・・で、何の用で出て来た?」

「あら、御挨拶ですわ? わたくしをここに引き寄せたのは、貴方の方でしょうに」

「あ?」

 腰に手を当て、ふん、とそっぽを向くアリーエの姿に、モリヒトは首を傾げた。

「どういうことだよ?」

「お忘れですの? 貴方、わたくしを使()()()でしょう? わたくしを自分のモノにしておいて、その言い草は無責任では?」

「言いがかりがひどい。敵にそこまで言われてもなあ・・・・・・」

「まあ」

 ふふふ、とアリーエは笑った。

「ですが、よいでしょう。どうせ、『竜殺しの大祭』が終わるまでの、ほんの一時の話。この場での邂逅など、本当に奇跡でしょうから」

 くすくすくすくす、とアリーエは嗤った。

 その嗤いを聞いて、モリヒトは警戒心を上げていく。

 アリーエの笑いには、狂気がにじんでいる。

 だが、その嗤いをおさめると、アリーエは知性を感じさせるような笑みを浮かべた。

「今、貴方はミケイルと闘い、敗北しそうになっている。・・・・・・そして、死にかけている」

「そうだな」

「手助けをしてあげます」

「何で」

「ただの縁、ですわね。どうせ明日には、異界の果てに霞と消える身。もはや、俗世に関わる力もなく、ただ時を待つだけ、となっているところで、こうしてわずかでもできることができましたし」

「要は暇つぶしか」

「言い方が悪いですわ」

 くすくす、とアリーエは笑う。

 だが、否定はしない。

 モリヒトからしてみれば、なんでまだ意識を保っているのかが不思議だが、それこそ、もしかすると縁、であるのかもしれない。

 モリヒトが地脈と交信したからこそ、今地脈にいる、モリヒトの縁のある意識がここに引き寄せられたのかもしれない。

 アリーエは、モリヒトへと問う。

「貴方が今、ミケイルに勝てないのは、なぜだと思います?」

「・・・・・・ミケイルの方が、強いから、だろう?」

「違いますわ」

 アリーエは、断言した。

 その即答とも言える断言に、モリヒトは目を瞠る。

「魔術の基礎中の基礎、ですわ」

「・・・・・・イメージ」

「そう。貴方がミケイルに勝つことができないのは、貴方自身が、ミケイルに勝つことをイメージを持てていないから」

「そんなの・・・・・・」

 不可能だ、と声に出さずに、モリヒトは否定する。

 ミケイルにとって、モリヒトは天敵のはずだが、結局モリヒトの攻撃でミケイルに通じたものはない。

 傷をつけたところで、すべて再生されてしまい、無駄になってしまっているのだ。

 ついでにいえば、一人で戦った時は、大けがを負わされている。

 要は、基本的に負けている。

 それに、結局のところ、相手を殺し切るイメージが持てないのだ。

「貴方は魔術師。何より、今、貴方は真龍に近い体質を得ています。真龍ほど広範囲に影響を及ぼすことはできずとも、自らの肉体と精神に対してならば、話は別ですわ。・・・・・・むしろ、今の貴方は、そういったイメージがより強く作用する状態とも言えますの。勝利のイメージではなく、敗北のイメージばかりでは、結局負けますわよ」

「む」

 アリーエの言うことを、モリヒトは否定できず、唸るしかできない。

 だが、

「そんな意識を、簡単には変えられんだろう・・・・・・?」

「だから、わたくしが、貴方に助力をしてさしあげますわ」

 ふふふ、とアリーエは嗤った。

 その嗤いを見て、モリヒトは引く。

 どう見ても、ろくなものではない気がする。

「では、お会いするのは、これで最後となるでしょう」

 にこりと微笑み、アリーエは、礼儀正しく一礼をした。

「貴方に勝利のおまじないを差し上げますわ」

 ええ、と嗤い、アリーエは、一言、詠唱した。

狂信ファナティック

 瞬間、モリヒトの意識は浮上した。


** ++ **


 ミケイルの拳が振り下ろされる。

 モリヒトの頭へとそれが当たる瞬間、がん、と音を立てて、弾かれた。

「んな?!」

 弾いたのは、モリヒトのライトシールドの障壁だ。

「まだ、やる気かよ!!」

 今度は、さらに勢いを強め、モリヒトの頭へと振り下ろすが、さらに硬度を上げた障壁に阻まれる。

 さらに、その障壁の上に、焔が渦を巻いて収束し、

「く!」

 爆発した。

 ミケイルは、その爆発の衝撃に押されて、後ろへと跳んだ。

「・・・・・・おうおう。マジか・・・・・・」

 ミケイルが見ている先、モリヒトが、立ち上がろうとしている。

 骨折した両腕では、体を起こすにもうまくいかないはずだった。

 実際、一度は腕を突き立て、体を起こそうとして、崩れ落ちている。

 だが、もう一度、手を地面についた時、モリヒトの腕は治っていた。

 その再生速度は、ミケイルのそれに勝るとも劣らなない。

 もう一方の腕など、骨が皮を破って突き出すような状態だったというのに、すでに治りつつある。

 ふらふらとしながらも立ち上がろうとするモリヒトだが、

「待つ、義理はねえよな」

 ぐ、と拳を固め、殴り掛かる。

 ライトシールドの障壁も、解放する衝撃と合わせれば、ぶち抜ける、という判断だ。

 だが、

「何!?」

 また、炎の爆発だ。

 一つ、二つ、とミケイルが進みそうな先で、それなりの規模の爆発が発生し、ミケイルの体を押し返す。

「・・・・・・おい待て・・・・・・。詠唱は?」

 ミケイルが疑問に思った通り、モリヒトは一言も発していない。

 それどころか、立ち上がった後も、うつむいたままで顔が見えない。

「・・・・・・」

 だが、顔を上げた。

 モリヒトは、ミケイルを見ている。

 だが、焦点があっていない。

 明らかに、正気ではない状態と見て取れる。

「宣誓する。誓言を述べる。誓約する」

「あ?」

 す、とモリヒトが、ミケイルを見た。

 今度こそ、ミケイルへと、モリヒトの目の焦点が合う。

 瞬間、ミケイルは、背筋が泡立つような感触を受ける。

 次の一瞬、ミケイルが見失う速度で、モリヒトがミケイルの至近へと接近している。

「っとお!?」

 その接近を見失いかけたミケイルが、反射的に後ろへと下がった。

 だが、振りぬかれたレッドジャックの刃先が、ミケイルの肌に傷を刻んだ。

「・・・・・・と、やるじゃねえか」

 傷から流れる血を見て、ミケイルは感嘆していた。

 モリヒトの魔力吸収体質が強くなったわけではない。

 ミケイルの身体強化が弱くなったわけではない。

 だが、モリヒトの剣撃の威力が、明らかに向上している。

 どういうことか、と疑問に思うミケイルの視線の先、モリヒトは、ゆっくりと手に握ったレッドジャックの切っ先をミケイルへと向ける。


「お前を倒す」


 告げられた宣誓を聞き、一瞬呆けた後、ミケイルの口の端がつり上がる。

「おもしれえ! やってみろ!!」

 声を上げ、構えを取るミケイルは、全身に力を込めた。

 魔力のめぐりがよくなり、全身の魔術の効果が向上していく。

 それに対するモリヒトの方は、静かなものだ。

 だが、明らかにモリヒトを中心に魔力が渦巻いていた。

「はーーーーー・・・・・・」

 ゆっくりと、モリヒトは息を吐いた。

 黒髪の一部が白く変わった頭を、軽く振った。

 そして、ミケイルをにらみ据えた。


 戦局は、転換する。

評価などいただけると励みになります。

よろしくお願いします。


別作品も連載中です。

『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』

https://ncode.syosetu.com/n5722hj/

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