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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第5章:竜殺しの大祭
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第23話:竜殺し・前夜祭(5)

 モリヒトは、レッドジャックを構える。

 ルイホウには大口をたたいたが、勝てるどころか、ちょっとでも油断するとそこで終わる。

 しのぐのも精一杯だろう、とそんな認識をしていた。

 違う、というのは、ルイホウが離れた後、初撃をしのいだ時だった。


 ルイホウが離れた後、ミケイルが再度構えた。

 それに対し、モリヒトは、レッドジャックをそれぞれの手に持ち、構えた。

 しばらく互いに向かい合い、相手の出方を待った。

 ミケイルは、モリヒトがどうするか、と観察していた。

 モリヒトの方は、単純に攻めあぐねていた。

 モリヒトは、実際のところ、それほど戦闘経験がない。

 訓練は積んできている。

 地元じゃ、それなりに絡まれる経験も多かったから、喧嘩慣れはしている。

 ただ、命のかかった実戦、武器を持っての闘い、となると、経験が少ないのだ。

 まともに戦闘になった時でも魔術メインで、剣で打ち合ったことなどない。

 だから、攻めあぐねた。

 極論、今モリヒトには、ミケイルと戦う必要がない。

 今は、先に急ぐことこそが必要で、そのためには、ルイホウが結界を解除するまで時間稼ぎをすればいいのだ。

 だからこそ、先に手が出せない。

 剣を使った戦闘の経験は少なすぎて、ミケイルとやり合うにはあまりにも足りない。

 魔術は、使おうという素振りを見せた時点で、ミケイルは反撃に転じるだろう。

 二十メートルほどの距離が開いているとはいえ、この距離は、ミケイルにとっては、一足で縮められる距離であり、一撃は一瞬で届く。

 それでも、その攻撃の合間に魔術を完成させることはできるだろうが、その程度で放てる魔術では、ミケイルの表面を撫でる程度で、勢いを止めることすら困難だろう。

 そういうわけで、出方を窺う。

 先にしびれを切らしたのは、ミケイルの方であった。

 もともと、自分の肉体の頑健さには、自信のある男だ。

 そもそも、相手の出方を窺うより、それも無視して挑みかかり、相手の攻撃を受けても突き進み、そのまま反撃を叩きつける、というとてつもなく脳筋なごり押しができる男だ。

 戦闘で待つことは、慣れていない。

 だから、ミケイルは、一歩を踏み、突き進んだ。

 今までのモリヒトだったら、かわすことも防ぐことも難しい一撃だったろう。

 破れかぶれでとにかく横によけて、それでかわせるかどうか、だったはずだ。

 だが、

「ん」

 モリヒトは、感覚に従った。

 自分の顔へと向かってくる、右拳による攻撃を見て、攻撃の当たらない場所へと移動する。

 そこから、剣を突き出して、

「ぐ」

 ミケイルの体の硬さに弾かれた。

 だが、そこで終わらない。

 ミケイルは、攻撃を続ける。

 右拳を引きながら、代わりに左拳をアッパー気味に撃ってくる。

 それを身を引いてかわしたところで、次に回転して、後ろ回し蹴りで頭を狙ってきた。

 腰を落として、姿勢を低く、頭の上を足が通り抜けたところで、両手で剣を同時に叩きつけた。

 だがそれは、ミケイルが腕に付けた手甲で防がれた。

 一時、近距離でにらみ合い、

「おら」

 ぶん、と腕を振ったミケイルによって、距離が離れることになる。

 なんでもなく着地したモリヒトの体捌きを見て、ミケイルは、ほう、とうなった。


** ++ **


「やるじゃねえの。ちょっと前とは見違うぜ」

「・・・・・・・・・・・・」

 ああ、気持ち悪いな、とモリヒトは思った。

「敵に強くしてもらうとか、なんか気持ち悪い」

「お? ・・・・・・ああ、べりがるのおっさんがなんかやったか」

 ミケイルは、なるほど、と笑い、にや、と笑った。

「やりがいがあるじゃねえの」

「ふざけんな。そっちこそなんだそれ。前より硬くなりやがって」

 黒の森でやり合った時は、モリヒトの力でも、刃が通るくらいには、柔らかかったはずだ。

 それが、今は皮膚で弾かれる。

「へ。もともとの、俺の硬さはそんなもんさ。こっちが、俺にとっては普通だぜ」

「・・・・・・その装備か」

 以前とは違う、妙にこぎれいな手甲と脚甲をモリヒトはにらみつける。

「おう。ベリガルのおっさんの作品さ。お前の、吸収体質対策ってやつだ」

「・・・・・・そいつで、魔力を吸収されないようにしているってことか?」

「ちょっと違う」

 ミケイルは、がんがん、と手甲を荒っぽく打ち合わせた。

 傷ついてしまいそうなものだが、

「こいつは、俺の体質と同じような魔術が発動している魔術具でな。・・・・・・固くなり、あと、小さい傷なら自動で直る」

「は。便利な仕掛けだな」

 だが、

「それだけで、俺の体質を防げるようには思えないが?」

「ついでに、こいつを装備している俺の魔力が、外に漏れないように抑えてんのさ」

「それでか」

「そして、当然だが、それだけ魔術の効果を発揮すりゃ、結構な魔力を食う。その魔術発動に使われた魔力が、こいつから周辺にまき散らされ、お前の魔力吸収は、そっちの吸収で容量一杯になって、俺からは魔力を吸わねえってわけよ」

「・・・・・・・・・・・・魔力を吸われないようにするんじゃなく、他に吸う魔力を大量に用意することで、吸われたくない魔力が吸われるのを防いでいるってわけだ」

 なるほど、と頷く。

 理屈は分かる。

 もう、モリヒトに、ミケイルに対して、戦闘時での優位は存在しない。

「つうわけで、行くぜ」

 ミケイルが、飛びかかってくる。


** ++ **


 戦闘は膠着した。

 モリヒトは、ベリガルに半端とはいえ覚醒させられた影響で、知覚系の能力が向上している。

 おかげで、モリヒトの目でも、ミケイルの攻撃を見切ることができた。

 相手が格闘系だったことも幸いしている。

 ミケイルは、ある程度理論だった武術を修めているようではあったが、肉体の頑健さに甘えた少々乱雑な、言うなれば喧嘩じみた戦闘をする。

 ある程度喧嘩慣れしているモリヒトからすれば、見えてさえいれば、相手にしやすい類だった。

 一方で、モリヒトには、ミケイルに対して、攻撃力が足りない。

 モリヒトの剣は、ミケイルの肌を傷つけることができず、攻撃の合間に唱えられる程度の魔術では威力が足りない。

 相手の攻撃を避けるモリヒトと、攻撃が効かないミケイルと、戦闘は膠着していた。


** ++ **


「・・・・・・楽しい、とは言えねえな」

 何度かのやり合いの後、互いに距離を取ったところで、ミケイルはそんなことを言った。

「あ? こっちも楽しかねえよ」

 モリヒトも言い返す。

「くっそ、殴れねえと詰まらねえ」

「人間として失格なことを言い出したな」

 人間離れしている相手に何を言っているのやら、とモリヒトは自嘲する。

「つうわけで、札を切るぜ? こっちも、ちょっと体が温まってきたとこだしな」

「切るな切るな。むしろしまったまま、どっか行ってくれ」

 軽口を叩きながらも、モリヒトは警戒する。

「へ、食らってみろ」

「誰が」

 剣を構え、

「―レッドジャック―

 炎よ/溜まれ」

 魔術を詠唱。

 モリヒトの両脇、レッドジャックのそれぞれの傍に、炎が玉として凝集していく。

 さらに、

「溜まれ/溜まれ/溜まれ/溜まれ・・・・・・」

 詠唱を重ねるほどに、炎の勢いが増していく。

 勢いを増し、渦を巻くように動き、炎の色が、青く、さらに白く変わっていく。

 自分の一撃を準備しながらも、あえてその詠唱を邪魔することなく、ミケイルはにやり、と笑った。


** ++ **


「こういう小細工は、まあ、俺の好みとは外れるんだが」

 ミケイルは、ぐっと腰だめに拳を構える。

「行くぜ」

 飛びかかりはしない。

 だが、低い姿勢で、滑るように近づく。

 モリヒトに、その動きは見えているだろう。

 だが、身長の高いミケイルが、身を低くして突っ込んでくる動きは、わずかにモリヒトの不意をついた。

 距離を詰め、右腕を伸ばすような一撃。

 低い姿勢から、真っすぐにモリヒトの胸元を打ち抜く軌道だ。

「焔よ/爆砕しろ!」

 それに対し、モリヒトの行動は防御だった。

 加速の乗った一撃を、回避はできないと踏んだのだろう。

 両手の双剣を交差させるようにして構え、ミケイルの手甲の一撃を受けるつもりのようだ。

 その重ねた剣に拳を打ち付けた瞬間、モリヒトの詠唱によって、モリヒトの両脇に凝縮していた炎の玉が、勢いを増してミケイルへと襲い掛かった。

 今度は、半端な魔術ではなかった。

 着弾する前から、焼けるを通り越して、融けるかのような熱気を受けながらも、ミケイルは手甲の仕掛けを解き放つ。

 その一撃が放たれたのと、モリヒトの魔術がミケイルへと着弾したのは、同時であった。


 轟音。


 モリヒトへと叩きつけた、ミケイルの手甲。

 そして、ミケイルへと叩きつけられた、焔の玉。

 二つが、それぞれに着弾した瞬間、森を揺らす轟音が起こり、互いの方向へと衝撃が突き抜けた。

 互いに後ろへと吹き飛ばされ、地面へと転がった。

「・・・・・・がっは!?」

 呻き声を上げながら、勢いよく転がったのは、モリヒトの方だ。

 一方で、ミケイルはというと、焼け焦げた肉体が、べちゃり、と地面へと叩きつけられる。

 ひどい有様だった。

 炎をまともに受けた顔や上半身が焼けただれ、骨が露出している箇所すらある。

 ほぼ全身の皮膚が炭化しており、肉が溶けているところすらある。

 一方で、モリヒトの方が受けたダメージもまた、半端ではなかった。

 衝撃が全身を突き抜け、あばら骨や腕や足の骨がいくらか折れるか罅が入っただろう。

 右腕は、方向がおかしい。

 左腕は、骨が皮膚を突き破って出ている。

 何より、衝撃を受けた腹部が、不自然にへこみ、

「ごっは!!」

 モリヒトは、勢いよく血を吐いた。

 誰が見ても、致命傷に違いない。

 両者ともに、地面に伏したまま、動かない。

 だが、動きがあった。

 二人のうち、ミケイルの方が、地面に腕を突き立て、身を起こし始めたのだ。

 全身ぼろぼろで、

 常人なら致命傷どころか、即死すらあり得る怪我のはずだ。

 だが、それも、しばらくするとゆるゆると治り始めた。

 これだけの重傷であってなお、ミケイルにとってはまだ治る傷だった。

 傷が治るミケイルに対し、魔力の吸収体質があるとはいえ、モリヒトは肉体的には常人である。

「・・・・・・・・・・・・」

 動きのなくなったモリヒトを、立ち上がり、だが、その場から動かず、ミケイルは見つめるのであった。

評価などいただけると励みになります。

よろしくお願いします。


別作品も連載中です。

『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』

https://ncode.syosetu.com/n5722hj/

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