第21話:竜殺し・前夜祭(3)
クリシャは、まず自分に対して魔術を放つことから始めた。
先ほどから、クリシャにはベリガルが放った妨害用の魔術が絡みついている。
動きを阻害し、魔術の発動を阻害する。
動けなくなるほどではないが、動きづらくなる。
力づくで破るも、魔術を解読して破るも、どちらもクリシャには可能だが、ここは速度を選んだ。
すなわち、自分に対する魔術を放つことで、自分を縛る魔術そのものを破壊する方法だ。
力加減を誤れば、放った魔術で自傷することにもなりかねないが、そこはクリシャである。
「見事なものだ」
ベリガルの感嘆の通り、クリシャは無傷であった。
高度な魔術制御で、自分を縛る魔術だけを正確に撃ち抜いた結果である。
クリシャは、三色の色の混ざった混ざり髪だ。
無詠唱での魔術行使は、体質に由来するものではあるが、加えて、それ相応の鍛錬の結果でもある。
簡単に言ってしまえば、魔術制御について、人よりも長い時間を研鑽に費やしたクリシャは、人類でも屈指の、というか、最高峰の魔術師である。
「余裕だね」
言いながら、クリシャが杖を振れば、力の弾丸が飛ぶ。
先ほどまでモリヒトを包んでいた光も消え、月も星も見えない暗闇。
森の中で、光源と言えるのは、不気味に明滅するベリガルの左腕くらいである。
ただでさえ透明に近いクリシャの弾丸は、この暗闇の中ではもはや完全に不可視である。
だが、
「ふむ」
軽く左腕を振るっただけで、ベリガルはそれらの弾丸をはじき返した。
「やっぱり、何か仕込みがあるか」
とと、っとステップを振りつつ、杖を二度、三度、と減って、ベリガルへと攻撃を加えていくクリシャだが、どれもベリガルに対しては効果的な力を発揮しない。
「貴女の弱点だな」
「うん?」
ベリガルが言葉を紡いだ。
「貴女は、我々と何度となく激突してきた」
「そりゃ、君達の存在は、ボクにとっては不愉快だからね」
冗談めかした口調ながら、クリシャの声音は冷たい。
かつては信じた友であった、テュールの初代王、ミュグラ・ノルシウス。
だが、後年の彼の狂った思想を受け継ぐミュグラ教団は、クリシャにとっては消し去りたい過去の遺物であった。
「だが、その度重なる激突こそが、我々に、貴女を解析する機会となった」
クリシャは、魔術師としては、一流以上の超一流である。
だが、肉体的には、身体強化の魔術も使えるとはいえ、素の身体能力は見た目通りの少女のものでしかない。
むしろ、常に魔術で強化している分、魔術抜きとなれば、一般的な少女より弱い可能性すらあった。
つまり、クリシャが戦闘をする際には、常に魔術を使用する。
「いかに卓越した魔術の腕を持っていても、そう何度も接敵し、魔術を受ければ、その魔力の解析にも成功する」
ベリガルは告げる。
「つまり、貴女の魔力に特化した攻撃、防御を行う魔術を組む、ということも可能だ、ということになる」
モリヒトとクリシャが初めて出会った日。
クリシャは、自分達を襲撃した襲撃者たちが、妙に固かったことを思い出す。
「あの襲撃、ひょっとして・・・・・・」
「帝国のあれかね? 私ではないよ。あれを指示したのは、ジュマガラ・クティアスだ」
地下の石堂で行われていた儀式。
仮に、あれにクリシャが使われていた場合、他の混ざり髪を捕まえてくる必要はなかっただろう。
クリシャというのは、それくらい、他の混ざり髪と力が隔絶している。
「ま、だめでもともと、という程度の作戦だったらしいがね」
実際、何度となく襲撃を退けているクリシャである。
どこで襲い掛かっても、適当にいなされて逃げられることも多く、逆に襲撃された際には、壊滅的な被害を受ける。
「とはいえ、成功率を上げるのは基本だろう? なので、私の方で研究していた、特定魔力に対応した特別に効果の高い対魔術装備を提供させてもらった」
「君の仕業じゃないか!!」
クリシャがツッコミを入れたが、
「使ったのはジュマガラだ」
しれっとベリガルは答えた。
こいつ、とクリシャはにらみつける。
全身に魔力を巡らせて、身体強化の強化率を向上。
特に、知覚器官に巡らせる魔力量を増やし、暗闇の森の中でも問題なく動けるようにする。
「でもね。ボクだって、知ってたら対策ぐらいするよ」
行って、クリシャは懐に手を突っ込み、もう一本、杖を取り出した。
「くらえ」
その杖を振ると、
「水、いや、氷か」
円錐形の氷が、次々とベリガルへと向かう。
先ほどの力の弾丸とはちがう、物理的な質量を持った魔術だ。
「ルイホウ君がいてくれたおかげで、水属性の魔術に関する知見が得られた」
それを利用し、さらにクリシャが使いやすいようにした杖である。
振れば、氷の矢、というか、鋭いつららを放てる、と言ったほうが正しいか。
力の弾丸より、消費する魔力量は増えるものの、威力はこちらが上だ。
ついでに言えば、力の弾丸の魔術は、がんばれば耐えられるが、こちらは質量があるために、耐えるのは難しい。
「ふむ」
ベリガルは、それらのつららを大きく飛びのいてかわす。
そして、左腕を振るった。
光の壁が一瞬立ち上がり、つららを阻むが、すぐさま貫いた。
「やれやれ。なるほどな」
自分の防御魔術では、防ぎきれないと悟り、ベリガルは回避を中心に動く。
「まあ、私の手札もこれだけではないが」
言いながら、ベリガルは、左腕に巻いていた布を取り去り、懐から取り出した石を左手に握りこんだ。
「砕くぞ」
握りこんだ左拳を後ろに引き、自分に飛来するつららへと向かって、殴り付けた。
「な!?」
曲りなりにも、それなりの大きさを持ち、それなりの速度で飛来するつららである。
殴り付ければ、手が無事ではすまないはずだが、
「ふん!」
ベリガルが殴ったつららは砕け、そこから破砕が連鎖するように、飛来していたつららが次々と砕けていく。
「どうやって・・・・・・」
「同じものを砕くのは、それほど難しくはない」
なんでもないように言って、ベリガルは踏み込むと、そのままクリシャへと攻撃を行う。
「ち!」
舌打ち一つ。
クリシャが後方へと跳んだ。
「・・・・・・・・・・・・」
距離を開け、再び二人でにらみ合う。
「・・・・・・聞いていいかな?」
しばらくにらみ合った後、クリシャは口を開いた。
「ふむ。どうぞ?」
ベリガルの促しに、クリシャは警戒を解かないままに、口を開く。
「今、ボクを妨害するのはどうしてだい?」
「簡単な話だ。ただの余禄だよ」
「ついでだ、と?」
「貴女の体質は極めて興味深い」
「研究者らしい言葉だ」
クリシャは、挑発するように嘲笑った。
そんな言葉は聞きなれている。
「でも、あのミケイルっていう怪人だって、ボクと同じじゃないのかい?」
「違う」
確かに、三色の混ざり髪というのなら、ミュグラ・ミケイル、という存在がいる。
あちらを調べればいいだろうに、とクリシャは吐き捨てるが、ベリガルは首を振って否定した。
「ミケイルのあれは、見かけこそ混ざり髪に見えるが、実際には混ざり髪ではない」
「は?」
髪の色が一部違うのは、混ざり髪。
そういう常識があるクリシャは、何を言っているんだ、という顔で、ベリガルを見た。
「ミケイルは、様々な人体実験の結果として、その身体を構成している魔術効果が、髪の色に出ている。・・・・・・もとは白髪ですらなかった。あれは、肉体に過剰な負荷がかかったが故の、副作用によるものだ」
生まれついての混ざり髪であるクリシャと、見た目だけは混ざり髪であるミケイル。
その差は大きい。
「ミケイルの髪は、ミケイルの肉体で魔術を発動させるための魔術具に近い。精霊が混ざった結果とされる混ざり髪の色違いとは、根本的に意味が違うのだ」
だから、
「複数色混合の混ざり髪は、極めて希少だ。知っているかね。実は、二色の混ざり髪すら、今まで発見されていない。・・・・・・貴女だけなのだよ。複数色の混ざり髪は」
クリシャは眉をしかめた。
「貴女の存在の希少性、お分かりいただけるかな?」
ベリガルは、両手を広げ、歌うように告げる。
「つまり、貴女の肉体は、混ざり髪としての一種の異常個体だ。細かく調べられれば、本当に混ざり髪を後天的に生み出すことすら可能かもしれない」
「冗談じゃない。・・・・・・そんなことをして、何になるっていうんだ」
「研究に価値を見出すのは、研究者以外のものの仕事だが、そうだな。あえていうなら」
ベリガルは、笑う。
「混ざり髪の魔術師としての才能を、後付けで手に入れられる。これが、どれだけの需要を生むか。想像に難くない」
クリシャは、二つの杖を構えた。
「その前に、何人殺す気?」
「出来上がるまで、何人でも」
「・・・・・・やっぱり、許しがたいね」
平然と告げるベリガルに、嫌悪感を丸出しにして、クリシャは杖を振る。
「貴女が来てくれれば、だいぶ減らせると思うがね」
石を握った左腕で、魔術を撃ち消しながら、ベリガルは右腕で懐から、さらに何かを取り出した。
「ともあれ、大人しくしてくれ」
紙束だ。
それを、横にばらまいた。
紙束は、そのまま地面に散らばり、そして地面に溶けていく。
「・・・・・・なっ!?」
溶け切った直後だった、杖を振るったクリシャの腕を、地面から伸びた、土でできた腕がつかんだ。
さらに地面から次々と腕が生え、腕や足、腰や肩などを押さえ付けていく。
「こんの!?」
身体強化の効果を上げて振り切ろうとするが、一つ二つを千切っても、次々と新しい腕が生え、クリシャの体に絡みついてく。
やがて、クリシャは磔のような有様となり、動きを封じられてしまった。
「・・・・・・このまま、捕獲させてもらおうか」
ベリガルはさらに懐から、別の紙を取り出す。
それは、封印用の魔術具であった。
魔術が発動すれば、意識を封じて抵抗する力を奪うものだ。
「・・・・・・」
紙へと魔力を注ぎ、投げ飛ばす。
それは、土の腕に囚われたクリシャの胸元に張り付いた。
土の腕が膨らみ、クリシャを土でできた繭のような形状の物の内へと取り込んでいく。
やがて、クリシャの全身が繭の中へ完全に消えてしまうと、その表面に複雑な模様が浮かび上がり、
「封印完了、と」
完全に、封じ込めた。
** ++ **
封印が完全に完成したのを見て取り、ベリガルは深く息を吐いた。
クリシャの実力は、よく知っている
正直、ここまでうまく封印ができるかは、かなり賭けの要素が強かった。
他に三つほど手札は用意していたが、全部失敗する可能性も、十分にあった。
最初の一つで成功したのは、まさしく僥倖というほかない。
「私が来た目的は、これで終わりだ。・・・・・・あとは、後でミケイルに、これを運ばせるか」
ミケイルがここに来るのは、あちらの決着がついてからになるだろう。
勝とうが負けようが、あの体ならば死ぬことはあるまい。
モリヒトの体質ならば死の危険はあるが、そこまでの量の魔力を失うには、モリヒトがそれなりの時間、ミケイルから魔力を奪わなければならない。
今、モリヒトは儀式場へと急ぎたいだろう。
ミケイルが死ぬまで、ミケイルに足止めされたいとは思わないはずだ。
となれば、トドメを差し切れないミケイルは、放置する。
ミケイルが勝つならば、当然こちらに来る。
ベリガルの目的は、クリシャの確保と、『竜殺しの大祭』の結果の観測だ。
『竜殺しの大祭』が始まるまでは、まだ少し時間がある。
「では、待たせてもらおうか」
その場に、土を使って即席のテーブルとイスを作り出し、ベリガルは腰を下ろすと、儀式の開始を待つことにした。
そのベリガルの背後で、クリシャを封印した土繭は、静かに浮かんでいた。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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