第20話:竜殺し・前夜祭(2)
モリヒトが光に包まれた。
一瞬、その光の正体を確かめるため、魔術による防御を施そうとしたのが、ルイホウ。
ベリガルへと距離を詰め、杖を突きつけたのがクリシャだ。
ルイホウとクリシャは、それぞれにベリガルからの攻撃を警戒したが、ベリガルが起こした現象を防ぐことはできなかった。
ベリガルが行った魔術が、モリヒトに対するものではなく、ルイホウとクリシャの行動を縛るものだったためだ。
一瞬、モリヒトの足元から光が立ち上る瞬間、それを確認したルイホウがモリヒトの防御に動こうとしたため、その隙を突かれて、ルイホウはベリガルの魔術の影響を避けきれなかった。
すでにその魔術の効果は打ち消したものの、ルイホウは出遅れ、モリヒトは光に包まれてしまった。
「・・・・・・何をしたんだい?」
最初から、ルイホウにモリヒトの防御を任せるつもりでいたクリシャは、すぐさま動いていたし、自分に向けられた魔術も、回避できていた。
今、クリシャは、ベリガルの首元に杖を突きつけている。
無詠唱での魔術行使ができるクリシャのこの行為は、首元に刃の切っ先を突き付けているものと同じである。
「ふむ」
その状態にもかかわらず、ベリガルは落ち着いた様子で、立ち上がり、左腕についた土埃を払っている。
「・・・・・・あのアジトの石堂で起こったことについて」
「うん?」
「何が起こったのか、調べさせてもらった」
「・・・・・・それで?」
いまだ、モリヒトは光の中に包まれている。
ルイホウが、どうにかしようとしているが、
「・・・・・・結界か」
「そうだ。結界で包み、膨大な魔力を内部に充填している。その魔力を利用して張っている結界だ。個人の魔力量では破れまいよ」
内容を聞いて、クリシャは顔をしかめた。
「モリヒト君を、魔獣にでも変える気かい?」
膨大な魔力量にさらされれば、大概の生物は魔獣化する。
もっとも、魔力を扱う術を持っている、広義の意味では魔獣に属する人間は、どれほど大規模な魔力にさらされたとしても、そうそう変異を起こしたりはしない。
それは、モリヒトの場合でも同様のはずだ。
「あの石堂で、彼には体質の変化が起こった。・・・・・・いや、覚醒、とでも呼ぶべきか・・・・・・」
ベリガルが言うことは、クリシャにも察しがついた。
モリヒト自身が、気持ち悪い感覚、と言っていたことだろう。
「・・・・・・あの場を調査した際に、あの場に残った魔力の残滓などから、なぜその現象が起こったのかを調査してな」
「分かったって言うの?」
「それほど、複雑な話ではなかったようだ」
言いながら、ベリガルは左腕に布を巻いていく。
「モリヒト君は、どうなるっていうんだい?」
「あの地下での状態に近づくだろう。だがその程度だ。命に別状はないはずだ」
「信じられるとでも?」
「待っていれば、結果は現れる。・・・・・・分かっているだろう? あの結界は、あらかじめ仕掛けておいたもの。効果が消えるまでは、仕掛けた私にも解除はできない」
クリシャは、うめいて、杖を引いた。
ルイホウへと視線を向けて、
「ルイホウ君」
「・・・・・・駄目です。強度が高く、綻びがありません。言う通り、内部の魔力が消えるのを待つしかありません。はい」
「心配せずとも、いつまでも充満している状況にはならないだろう。私の仮説が正しければ、それらの魔力は、彼に吸収された後、彼を通じて地脈へと流れ込むことになる」
ベリガルは、未だ強く光る、モリヒトを包む光を見ながら、そう言った。
「・・・・・・説明をしようか?」
「お願いできるかな」
ルイホウとクリシャの二人ににらみつけられ、ベリガルが肩をすくめながら提案すれば、クリシャは強い口調で、そう返した。
** ++ **
そもそも、あの地下の石堂で起こったことは何だったのか。
モリヒトには、真龍の体質がある。
そこから、地脈に流れる真龍の記憶を読んだとか、魔力に含まれる知識を受けたとか。
モリヒトは、その時、自分に起こったことを、おおよそそういう感じじゃないか、と判断していた。
だが、それはあくまでもモリヒトの所感だ。
それに、
「あの時、モリヒト君の状態を、君は把握しているというのかい? ベリガル・アジン」
クリシャの問いかけに、ベリガルは首を振った。
「正確なところは何も。・・・・・・ただ、あの時、そこに、人ではない何かがいたことは確かだろう」
ベリガルとて、あの時、モリヒトがどういう状態にあったかを、正確に把握しているわけではない。
調査ができる、と言っても、魔力の残滓などから、身体の状態などが把握できる程度だ。
その意思や考えまで読み取れるものではない。
「ただ、なぜそのような状態になったのかは分かった」
ベリガルが調べたのは、どうして、モリヒトが地下の石堂の儀式術式陣を破壊できたのか、だ。
あの陣は、ベリガルが見ても完璧に近いものだった。
地脈から吸い上げた、いっそ無尽蔵とも言える魔力で強度を強化された陣は、そうそう壊せるものではない。
それはモリヒトが破壊できたのは、魔力吸収体質によって陣を流れる魔力を吸い上げたことで、陣全体の強度が落ちたことと、それに加えて地脈から最も遠い一点である天井の中央部を吸い上げた魔力で極大に強化した一撃で貫くことができたからだ。
「だが、私が観察し、調査した限り、彼の魔術の知識、力量で、そんなことを実行することは不可能だ」
「偶然、状況が揃っただけかもしれないよ?」
クリシャがそう告げてみたが、ベリガルは首を振った。
「あり得ん。そもそも、どれほど陣から魔力を吸ったとしても、地脈から魔力が補給されるならば、陣の強度は落ちない。それに、調査した結果、陣全体に別の魔術が干渉した形跡があった」
「・・・・・・・・・・・・」
覚醒状態のモリヒトが、自分が持つ知識と技術を使って陣に干渉し、陣の地脈からの魔力の吸い上げを抑えた。
だからこそ、陣からの魔力吸収で陣の強度が落ちたのだ、とベリガルは看破した。
「ならば、あの場で起こったことの鍵は、モリヒトだ」
「それを、知りたいと?」
「そうだ。この場に彼を呼んだのは、それを知りたいから」
「じゃあ、君がボクたちに語った、『竜殺しの大祭』に関するあれこれは・・・・・・」
クリシャは、嘘だと言ってほしかったのだろう。
だが、ベリガルは、
「あれは真実だ。おそらく高い確率でそうなるだろう・・・・・・。もっとも、新女王の生存は私には興味の範疇外だ」
それよりも、
「君達の興味を引いて、彼が私が仕掛けた陣の上で、陣が発動するまでの時間を稼ぎたかったのでね。少々、長話に付き合ってもらった」
「・・・・・・!」
クリシャが、怒りに顔をゆがめる。
「さて、彼の状態についての仮説だが」
「・・・・・・」
だが、ベリガルは構わずに続けた。
「彼は、地脈を流れる魔力を直接に吸収することはできない。だが、一方で、他者が放出した魔力は吸収できる」
さらに正確に言うならば、モリヒトが吸収可能なのは、魔術などに使用された後の魔力だ。
「あの地下の石堂は、陣から放出された、他者の、いうなれば使用済みの魔力に溢れていた」
だから、モリヒトが覚醒した時、モリヒトは、大量の魔力を吸収した。
「だが、彼自身は人間である以上、魔力の保有量、許容量には、限界が存在するはず。・・・・・・だが、一切の魔力を使用していない時でさえ、彼の魔力吸収量は減少しない」
妙な話ではある。
水一杯のコップにさらに水を注いでいるのに、水があふれていないようなものだ。
「だが一方で、吸収できる魔力量には、ある程度制限がある」
吸収する最大量に制限はなさそうだが、瞬間的に吸収できる量には制限があり、それ以上は吸収できない。
もしこの瞬間的な吸収量に制限がないならば、そもそもモリヒト相手に魔術は一切効果を発揮できなくなる。
「では、それ以上の莫大量の使用済み魔力にさらされた時、彼はそれをどうするか」
答えは、
「彼はそれを強制的に吸収する。要は、周囲の魔力の圧力が高ければ、彼に対し、周囲の魔力が強制的に流れ込む」
だがそうなれば、今度はモリヒトの魔力の許容量を大きく超えてしまう。
ここまでは、モリヒトでなくても、地脈からの魔力を吸収するほかの生物でも、同じ現象が起こることは観測されている。
その場合、他の生物に起こるのは、魔獣化、という現象だ。
だが、モリヒトに、この現象は当てはまらない。
「ここからは、残された痕跡からの推測だが、彼は自分の許容量を大きく超える魔力を吸収すると、地脈へと接続し、許容量以上の魔力を地脈へと流し込んでしまうのではないか」
その際、モリヒトは地脈へと接続する。
「その地脈との接続が、彼と真龍の間に繋がりのようなものを作り、彼の体質をより真龍へと近いものに変える」
だからこそ、魔力に溶けた知恵や知識を読み取れるようになる。
「さて、そろそろだな」
モリヒトを包む光が、収まりつつある。
そこから何が出てくるのか。
それこそが、ベリガルが見たいものである。
** ++ **
耳鳴りがする。
頭痛がひどい。
全身が熱っぽい。
風邪を引いた時のように、、手足の指先がまるで巨大なものになったように感じる。
全身の知覚が鈍くなっている。
それでいて、世界のすべてがよくわかる。
ざ、と踏み出された足が草を踏んだ。
頭を押さえながら、モリヒトが進み出て来た。
「モリヒト様? 大丈夫ですか? はい」
「・・・・・・・・・・・・あー」
くっそ頭痛い、とモリヒトはうめいた。
この状況で、モリヒトは、地下の石堂で自分がなっていた状態を思い出した。
あの時のような状態ではない。
あの時のように、知識や知恵が無限に湧いてくるような感覚は、今はない。
だが、遠くの様子が近くのようによくわかる。
目に映らないものも見えて、耳に聞こえない音が聞こえる。
「く、んぐ・・・・・・」
頭を振る。
息を吸い、全身に力を入れて、息を吐くのと同時に、力を抜いていく。
少しだけ、すっきりした。
「・・・・・・・・・・・・」
前を見ると、ベリガルがこちらを見ていた。
「気分はどうだ?」
「クソ最悪だ・・・・・・」
ああ、もう、とうめいた。
「ルイホウ、クリシャ」
「はい」
「何だい?」
「そいつが言ってたこと、多分事実だ。このままだと、『竜殺し』が発動に失敗する」
「なぜですか?! はい」
「『竜殺し』は、地脈を吹き飛ばすだけではなく、周囲の余分な魔力をまとめあげる力がある。普通なら、『竜』に余計な魔力が集約されているから、まとめあげる魔力量は、そこまで多くはならない。だが」
「今回は、儀式場周辺に、かなり濃い魔力がまだ残っている、か」
モリヒトの説明を引き継いだベリガルの言葉に、モリヒトは嫌そうに頷いた。
『竜殺し』のまとめあげる力に引っ張られた周囲の魔力が、『竜殺し』を握るユキオを巻き込んで、『竜』に吸収される。
そこまでが、周辺の状況を感知したモリヒトが得た、予測だ。
「・・・・・・行かないと」
モリヒトは、一歩を踏み出す。
前には、ベリガルがいた。
「・・・・・・邪魔をするか?」
「まさか」
問いかけたモリヒトに、ベリガルは肩をすくめ、道を開けた。
ベリガルがモリヒトに対して見たいものは、もう終わった。
次は、『竜殺しの大祭』の現場で起こる。
「・・・・・・ふん」
モリヒトは前へと進み出し、ルイホウがその後を追う。
「・・・・・・クリシャ様? はい」
だが、クリシャは足を止めていた。
「先に行って」
「・・・・・・・・・・・・わかりました。はい」
クリシャに、何か言うべきか、とルイホウは迷ったが、振り返ることなく進んで行くモリヒトの背を見て、その後を追うことを優先した。
「・・・・・・・・・・・・いいのかね?」
「ふざけてる? 君を放置するなんて、ありえないよ」
距離を取り、クリシャは改めて杖を構えた。
「何より、さっきから、ボクに対してだけ、妨害を放ってるじゃないか。最初から、行かせる気、ないんでしょ?」
「やれやれだ」
肩をすくめ、ベリガルは笑った。
「分かっているなら、話は早い」
解くまでもなく、自然と解けた左腕の帯の下。
腕に刻まれた術式が、奇妙な光を放ち始めた。
** ++ **
モリヒトは、儀式場までの道を走っている。
『竜殺しの大祭』儀式場までは、王都から真っすぐに道がある。
ある程度の馬車の一団で進めるよう、ある程度の広さがあり、整備された道だ。
そこを、モリヒトは走っていた。
走って、というか、跳んでいた。
動きは、水の中を走る動きに近い。
空気の粘度と浮力を上げ、風として操ることで、水の流れの中に身を置いているような状態で、前へ前へと進んでいるのだ。
それに追従するルイホウは、水を飛ばして、その上に乗ることで、滑るように移動していた。
どちらも、かなり高速の移動だ。
この移動速度ならば、おそらく日が昇る前に、儀式場に辿り付けるだろう。
だが、不意にモリヒトは速度を緩め、自らの移動に使っていた魔術を解除して、立ち止まった。
その横に、ルイホウも静かに着地する。
「・・・・・・よう」
道の真ん中に、男は立っていた。
白の長髪に、青、緑、黒の髪が混じる、混ざり髪。
長身で、筋肉質の、美丈夫。
腕と足に洗練された形の手甲と脚甲を身に着け、不適な笑みを浮かべる男。
「ミュグラ・ミケイル」
「まってたぜぇ? モリヒトよぉ!」
はっはっは、とミケイルは笑い、手甲を打ち合わせた。
「ちょっと、遊ぼうや!」
「今、相手してる暇ないんだが?」
「だろうな。だったら、やるこた一つだろ?」
ミケイルは、構えを取る。
「祭りだよ」
「あ?」
ミケイルに対応するため、双剣の『レッドジャック』を抜いたモリヒトにミケイルは、とても楽しそうに告げた。
「『竜殺しの大祭』さしずめ、前夜祭ってかあ!!」
足元が爆発するような勢いで踏み込んで、ミケイルはモリヒトへと殴り掛かった。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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