第19話:竜殺し・前夜祭(1)
出発した。
モリヒト達は、祭の期間中開け放たれている正門ではなく、北西側に近い西門の通用口から外へ出た。
「・・・・・・前夜祭ってところかね?」
「そんな賑々しいものでもなければ、楽しい催しにもならなさそうだけどね」
苦笑を浮かべたクリシャのセリフに頷く。
「まあ、にぎやかさには背を向けてるしなあ」
「ともあれ、急ぎませんか? はい」
ルイホウが促してくるが、さて、とモリヒトは考える。
行き先は、ここから、それほどには離れてはいない。
少なくとも、一時間も歩くような場所ではない。
「・・・・・・近いんだよなあ・・・・・・」
『竜殺しの大祭』の儀式場周辺に警備が集中しているため、警備が手薄になっているのは事実だ。
だが、それほど王都から離れているわけでもない場所だ。
変な騒ぎを起こせば、ある程度は警備を依頼されている傭兵なり冒険者なりが来る可能性はある。
そういう場所を指定された意図を考えながら、モリヒトはふん、と鼻を鳴らす。
後ろを振り返れば、そそり立つ王都の壁が見える。
王都の北西側の壁の外に、三人は立っていた。
夜だが、城壁の上には、光が漏れている。
あの壁の裏には、『竜殺しの大祭』の成功を祈る祭壇があるから、その光だろう。
それを背にしているから、というのもあるのだろう。
モリヒト達が向かおうとしている先は、より暗い闇に沈んでいるように見えた。
** ++ **
「さて、来るようだぞ?」
「楽しみだねえ」
がんがん、とミケイルは手甲を打ち鳴らす。
かつて、黒の森では、鉄くずの塊のような形であった手甲と脚甲は、今は洗練された形状の手甲と脚甲へと変わっていた。
ベリガルが作成したものだ。
モリヒトの体質への対抗策を仕込んだ、ベリガルが作った魔術具である。
「・・・・・・さて、どこまでやれるか」
「悪いが、私の要件を優先させてもらうぞ?」
「分かってるって。俺は、行き先で待ってるさ」
くっくっく、と笑い、ミケイルはベリガルへと背を向けて歩き出す。
その隣に、サラが立った。
「できれば死ぬなよ? まだまだ君にはやってもらいたいこともある」
「ははは。戦いなんてのは時の運だぜ? 負けるときは負けるさ」
「そんなつもりなどないだろう?」
「当たり前よ。負けると思って戦うやつなんかいねえさ」
はっはっは、とミケイルは笑った。
その行き先を見送り、ベリガルはため息を吐く。
「さて? ミケイルは、一体何を見ているのか・・・・・・」
呟くように言ったベリガルは、ミケイルが去った方向とは逆を見る。
王都の灯りが見える方向。
そちらから、三つの足音が近づいてきていた。
姿を現したのは、モリヒト、ルイホウ、クリシャの三人だ。
「・・・・・・こんばんは」
「やあ、よい夜だな」
「お前に呼び出しされてなければ、もっとそう思えるんだがなあ」
ベリガルの軽口に、モリヒトは、ふん、と返す。
以前、ある程度有益な情報をもらったとはいえ、モリヒトにとって、やはりベリガルは敵だった。
「で? 今度は、何の用だよ」
「ふ、まあ、話ぐらいは聞いてくれ」
** ++ **
モリヒトにとって、目の前のこの男は、どういう立ち位置の相手として見ればいいのかが、未だに分からない。
敵なのは事実だ。
それは変わらないが、どこまで敵視するべきなのか、そこが不透明なのだ。
いや、脅威の度合いが分からない、というべきか。
雰囲気にのまれているのかもしれない。
ぼさぼさの髪に、無精ひげ。くたびれた白衣。
研究者として、どこか記号的な恰好。
左腕に巻かれた、ベルトのような、包帯のような、奇妙な衣装。
だが、視線は透徹していて、相手を見るにしても、そこに一切の感情が窺えない。
まさしく、観察している、というのは、こういう視線なのだろう。
「・・・・・・」
「警戒されているな」
「当然だろう。お前はよくわからん」
「ふ」
ベリガルは、一つ笑いを漏らした。
それから、モリヒトを見た。
「さて、以前差し上げた資料と、あのアジトで回収した資料に関して、何か分かったことはあるかね」
「お前が、こちらをからかっている、ということぐらいかな?」
「ほう?」
「あと、お前は、『竜殺しの大祭』を邪魔したくない、ぐらいかね?」
「ふむ・・・・・・」
モリヒトの答えに、ベリガルはなるほど、と頷いた。
実際、そこはなんとなくでも感じていることだ。
ベリガル・アジンというこの男は、『竜殺しの大祭』の破綻を望んでいない。
おそらくは、『竜殺しの大祭』が成功するのを見たいのだろう。
「・・・・・・では、私とそちらの利害が、多少は重なっていること、理解してもらえていると、そう思っていいかね?」
「ああ。俺は、それでいいと思ってる」
モリヒトは、頷く。
ルイホウやクリシャとも、ここら辺は、事前に打ち合わせて、認識を合わせている。
「では、私の話を多少は聞いてもらえそうだな。よかった」
よかった、などと言いつつも、口調も表情も何も変わらない。
平坦なものである。
「それならば、話を進められそうだ」
「・・・・・・」
そう言いながら、ベリガルは、白衣の懐から紙束を取り出した。
またそれを渡す気か、と思うが、ベリガルは、それを自分でぱらぱらとめくった。
「さて、私の君達に対する要件は、交渉でも何でもない。単純な情報の伝達だ。故に結論から述べよう」
「・・・・・・」
「現状のままだと、『竜殺しの大祭』は完了し、『竜殺し』は成功する」
「・・・・・・・・・・・・」
その話について、モリヒト達は微妙な顔をする。
それがなんだ、という顔だ。
いまさら、という気もするし、失敗しない、という情報ならば、別に要らない。
それを伝えるためだけに、わざわざここまで呼び出したのか、という感じだ。
「・・・・・・わざわざそんなことを伝えるために、こんな手の込んだことをしたのか?」
「待て。結論は、まだすべて伝えていない」
「あ?」
まだ何かあるのか、と疑問を浮かべたモリヒトに、ベリガルは一呼吸を置いてから、伝えた。
「ただし、召還された女王、ユキオ・ハチドウが死亡する」
瞬間、空気がきしんだ。
ルイホウが杖を構え、クリシャが杖を向ける。
明らかに高まる魔力と、向けられる敵意に対し、ベリガルは意にも介さない。
その変わらない態度に、モリヒトはルイホウ達に手を向けて、武器を下げさせる。
それから、ベリガルへと目を向けた。
「・・・・・・・・・・・・どういう意味だ?」
「ふむ」
モリヒトもまた、ベリガルをにらみつけて、先を促した。
『竜殺しの大祭』が成功するのに、なぜユキオが死ぬのか。
「結論は述べた。では、原因を述べようか」
平然としたその様子に、クリシャはため息を吐いた。
その様子を気にも留めず、ベリガルはぺらり、と紙をめくった。
「まあ、原因は単純な話だ。要は、地脈から『竜殺し』の儀式魔術に対して、流れ込む魔力量が多くなりすぎる」
「だから何ですか? 多少、『竜殺しの大祭』の儀式に流れ込む魔力量が増えたところで、それを受け入れ、『竜殺し』を発動させることは、可能です。その程度ができないほど、『テュールの巫女衆』は甘くありませんよ。はい」
ルイホウが鋭く問い返す、が、ベリガルは気にしない。
「うむ。知っているとも」
その余裕ぶった態度が、どこかイラつかせる、というものだろう。
だが、ベリガルは、気にも留めずに続ける。
「そう。巫女衆と、長年研鑽されてきた『竜殺し』の儀式魔術ならば、平時の数倍の魔力量が流れ込んだとして、十分に余裕を持って、『竜殺し』を完遂可能だろう。平時ならば、な」
「あ?」
「だが、ここ最近、テュールの地脈には、想定されていない負荷がかかっている」
「・・・・・・・・・・・・」
心当たりはありまくる。
「そのうち一つは、お前のせいのような気がするけど?」
「あれの影響は、君が消してしまったよ。大した問題はない」
「言い切りやがった」
こいつ、とモリヒトは唸る。
「まあ、あれがあるとしても、一番の原因は、やはり先の事件のそれだ。上空に打ち出した魔力を、わざわざ地脈に流し直しただろう」
「それで? お前がしていた仕込みも、似たようなものだっただろうが」
「なんと、あれを見抜いたのかね」
「ふん」
あの時の感覚は、モリヒトにとってはもう夢の中のそれに近く、朧気に記憶に残っている程度だ。
だが、それで知ったことは覚えている。
「ミケイルやら使って、アジトの中に何か仕込んでた」
「まあ、確かにそうだ。とはいえ、結果は少々予想外なのだよ。あの仕込み、この結果が起こるとは思っていなかった」
「へえ?」
「そもそも、あの仕込みは、地脈に対してバイパスを仕込むものだ。それにより、魔力の経路を増やすことで、儀式にかかる魔力の圧力を減ずる。・・・・・・ところが、君ときたら、地脈に直接返してしまっている」
「それが原因だと?」
「地脈の魔力圧が、急速に高まったのは、間違いない」
「待ってください。はい」
ベリガルの断言に、モリヒトは顔をしかめるが、ルイホウが割って入った。
「その圧力の上昇は、巫女衆でも感知しています。ですが、計算上、問題ない範囲に収まっているはずです。はい」
その反論を聞いて、ベリガルは肩をすくめた。
「そこに、そこの男の手が加わっていなければ、な」
「・・・・・・む? 俺が何だって言うんだ?」
「自分の体質を、分かっているか? 奇妙な特質がある。絡んだ、というかなんというか・・・・・・。『竜殺しの大祭』の儀式場に向かうまでの地脈の一部に、地脈異常ができている」
「『瘤』、か?」
普通ならば、そういった地脈異常は、『竜殺しの大祭』の準備中の場合は、そうそう起こらない。
というか、そういった地脈異常を、集中させ凝縮させたものこそ、『竜』だ。
強制的に一か所に集められるため、他の場所での異常は発生しようがないのだ。
「つまり、『竜殺しの大祭』の儀式が緩んでいる」
「・・・・・・・・・・・・」
その言葉に、ルイホウの顔が厳しくなった。
「もし、本当だとすれば、確かに問題です。はい」
「さらに加えて、他にも何かがある」
「何か?」
「その何か、に関しては、私の調査が及ばないところだ。感知できていない。だが、何かがある。それも、中心は、かの新女王だ」
ベリガルは、そこに関しては、不本意そうな顔をした。
調べがつかなかったことが、不本意なのだろう。
「まあ、ともあれ、こういった要因がいくつか重なり、『竜殺し』の儀式魔術は、不発に終わる」
「だったら、『竜殺しの大祭』自体、失敗するんじゃないかい?」
クリシャはそう言ったが、
「あの場には、魔皇がいる。・・・・・・彼の実力なら、『竜殺し』の儀式魔術に頼らず、『竜殺し』と同等の攻撃力を放てる。女王の代わりは可能だ」
「・・・・・・それで、『竜殺しの大祭』は成功する、が、ユキオは死ぬってか」
む、とモリヒトは唸った。
「ルイホウ」
「はい」
「今の、本当か?」
「・・・・・・否定はできません。はい」
「でも、まだ間に合うよ」
苦し気な顔で言ったルイホウに対し、クリシャは声を上げた。
「確かに、今のまま放っておけば、女王ちゃんは危険かもしれない。でも、今の情報を伝えれば、女王ちゃんはまだ守れる」
「そうか?」
「ああ。何せ、『竜殺しの大祭』自体は、魔皇陛下がいれば完遂できるんだ。だったら、必要なのは、女王ちゃんに情報を伝えて、儀式で対策を取ることだ」
「・・・・・・なるほど」
モリヒトが頷くと、ベリガルは、紙束を懐に仕舞った。
「ま、その通りだ。今からならば、急げば間に合うことだろう」
「そうか。だったら、そこをどけ。急ぐから」
「・・・・・・」
モリヒトの言葉に、ベリガルは肩をすくめ左腕に巻いた布を外した。
その下、素肌に刻まれた数多の術式があらわになる。
その態度に、モリヒトが疑問を浮かべたところで、
「もう一つ、用がある」
「・・・・・・なんだよ?」
モリヒトが顔をしかめ、ルイホウとクリシャが改めて戦闘態勢を取ったところで、
「一つ、実験に、付き合ってもらえるかね」
そう言って、ベリガルが足元へと、左拳を叩きつけた。
何を、と三人が疑問に思った直後だった。
モリヒトの足元が光り、立ち上った光が、モリヒトを飲み込んだ。
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