第18話:前祭・終
上空へ、カンテラの灯りが振られる。
地面には、かがり火が置かれ、図形を描いていた。
即席の、飛空艇の発着場である。
『竜殺しの大祭』の儀式場傍にある林を切り開き、その広場は作られていた。
そこに、誘導に従って、ゆっくりと飛空艇が降りてくる。
セイヴ達が乗った飛空艇だ。
ゆっくりと降りてくるそれを出迎えるのは、多くが騎士である。
飛空艇側からも、ひょいひょいと数人の作業員が飛び降りる。
まだ高度があるというのに飛び降りた彼らだが、胸の前で交差させた腕に力を込めると、その全身を光が包んで、落下がゆっくりになる。
降下用の魔術具の効果である。
彼らの仕事は、着陸場の確認だ。
実は、飛空艇は着陸が苦手である。
浮遊機関によって浮かぶ飛空艇だが、この浮遊機関の効果は、決して飛空艇単体に対して及ぶものではない。
浮遊機関の効果は、空間に対して及ぶ。
少なくとも、飛空艇の船体全体は、その空間の中にある。
船内の客室などが大丈夫なのは、浮遊の効果を打ち消す魔術が発動しているからだ。
着陸時には、着陸する先の地面も、浮遊機関の影響範囲に入ってしまう。
帝国が敷設した発着場は、そうなっても問題ないように、地面に対策を施している。
だが、今回のように、急場で作る発着場の場合、それはできない。
だから、先に作業員が降りて、場を安定させる作業が必要になる。
走り周り、地面に魔術具の杭を打ち込み、線をつなぐ。
機械的な仕組みを持つその魔術具を、操作する。
作業内容だけなら、それほど難しくはないことでも、専門の知識がなければ場は安定しない。
そのために必要な、専門の作業員だ。
本来なら必要ないこれらの手順は、飛空艇という技術の機密保持のために行われている。
一種のパフォーマンスのような形になっているが、地盤の安定による簡易発着場の作成を飛空艇から飛び降りる形でやるのも、一種の訓練の一つとして実施されているのだ。
それらの行動は、飛空艇の上に乗った将官によって、測定されている。
地上では、作業員たちが大声を上げて確認を取り、次々と場を安定させていく。
ほどなくして、発着場の場は安定し、そこに飛空艇は静かに着陸。
着陸を終え、浮遊機関の出力が落とされれば、次は、安定のために刺されていた魔術具を、片づけていく。
片づけ、といっても、飛空艇に、それらの器具をつないでいく作業だ。
場の安定は、飛空艇がそこにある限り必要だ。
だが、発進する時に、それらの仕掛けを残していくことはできない。
そこで、飛空艇が上昇する時、それらの魔術具を同時に回収できるように、牽引索を設置していくのである。
すべての作業が完了するころには、まるで巨大な飛行生物が、地面に刺さった杭とそれにつながる鎖で、地面に縛られているかのような状態になる。
それらすべての作業を終え、作業員たちが整列した。
「・・・・・・時間は?」
「着陸準備から、すべて完了までに、十五分。・・・・・・規定範囲内です」
「そうか」
作業を監督していた将官たちは、いまの動きを後のどう評価するべきか考える。
それらを横目に、セイヴは飛空艇から降りる。
先に降りた帝国騎士や作業員たちが整列する間を、セイヴはイザベラとリズを伴い、進む。
「ご苦労」
行く先は、泊まるための宿舎となる。
** ++ **
森の中であった。
静かな夜。
テュール異王国からは、現在魔獣が減っている。
先の事件で、軒並み死んだからだ。
だが、生き残りがいないわけでもない。
例えば、溢れる魔力に引き寄せられなかった、老練な魔獣。
あるいは、生存に必要な魔力量が少ないために、むしろ逆に濃い魔力量が毒となるような、小動物タイプの魔獣。
他にも、何らかの理由により、そこへと出向かなかった、運のよかった個体。
ただ、数は減り、少しばかり、環境に影響が出ていることは確かだ。
そして、数が減ったことと、『竜殺しの大祭』が近くなったことで、国中の空気中に漂っている魔力量が増加している状況では、魔獣の森も、静かなものである。
ごう、と上空を風が抜けた。
空を、巨大な赤い竜が飛んでいったのだ。
セイヴのペットである、バルハベルンである。
上空を旋回した竜は、その竜眼で地上を見る。
急降下。
そして、地面に接する直前での急上昇。
その腕には、巨大な鹿の魔獣がつかまれている。
狩りである。
夜に狩りをするのは、竜の性質である。
基本的に巨大な生物である竜は、昼だと目立ちすぎるため、狩りには向かない。
そのため、目立ちにくい夜に狩りをする。
正面から、気付かれている状態で行っても捕まえられないわけではないが、それをやると、加減ができずにつぶしてしまうことも多いため、奇襲で捕まえた方が確実なのだ。
理屈はともかくとして、竜の仮の本番は、夜である。
今でこそ、主人であるセイヴについてテュール異王国へ来ているが、普段はバルハベルンはオルクト魔帝国の平野部で狩りをして生活している。
セイヴとしては、もっと乗り回したいところだが、巨大すぎるのだ。
それはともかくとして、バルハベルンは、近くの高台に獲物を運ぶと、まず首の骨を折って殺し、そのままかじりついて、二口で飲み込んだ。
「・・・・・・――!」
それで満足したのか、軽く一鳴きした後、飛び立つ。
向かう先は、セイヴのいる、『竜殺しの大祭』の儀式場である。
** ++ **
夜である。
王都は、寝静まる、ということがない。
むしろ、明日に向けて、今こそ最高潮、とすら言えた。
北西の広場に置かれた祭壇の前は、煌々と明りが焚かれ、多くの人が詰め寄っている。
明日、朝日が昇ると同時に、儀式は始まる。
呼び出される『竜』の顕現は、日が中天に差し掛かるころ。
「・・・・・・さて、そんな時間帯なわけだが、と」
モリヒトは、ルイホウとクリシャを自室に呼び出していた。
「どうしたんだい? モリヒト君。あれかい? 夜の勢いに任せて、ボクら二人を食っちまおうってかい?」
下ネタ全開で絡んでくるクリシャに対し、
「あほ。だったらクリシャを呼ぶか。ルイホウだけで十分だ」
一人だけでも手に負えないのに、というのは、内心でだけ言う。
まあ、クリシャの方も、冗談である。
何せ、呼び出された二人は、きっちりと戦闘ができるように装備を整えていた。
呼び出した、モリヒトの方も同様である。
双剣であるレッドジャックと、短剣型のブレイスを腰に。
右腕にはライトシールドを装備して、指輪型発動体であるリングもつけている。
持っている発動体は全部持ち、さらに、装甲を仕込んだ戦闘服まで着込んだ、完全装備である。
「で? こんな時間に、完全武装で部屋に来いとか、どういう理由なんだい?」
腰に手を当て、首を傾げながら、クリシャはモリヒトを見る。
モリヒトは、その視線を受けながら、懐から一枚の紙を出した。
「ま、この三日間、王都を回っていたわけだけど、ついに接触があった」
その言葉に、ルイホウとクリシャの視線が厳しくなる。
「いつ、ですか? はい」
「引換券」
スタンプラリーの景品だ。
「あれを受け取りに行った時だ」
あの時、ルイホウからスタンプの埋まったシートをもらい、モリヒトは一人で引換券を受け取りに行った。
「その時に?」
「ああ」
モリヒトは頷く。
「引換券を渡されるのと一緒に、係員からこいつをもらった」
ルイホウが、目を見開く。
実にさりげなく、引換券を二つ折に畳まれた紙に挟んで手渡された。
後ろに列が並んでいたため、列を離れて開いてみたら、手紙だった。
慌てて振り返った時には、こちらにそれを手渡した係員は、その場からいなくなっていた。
「・・・・・・いやあ、びっくりだね」
「びっくりだね、じゃないよ。・・・・・・危ないなあ、もう」
その気になれば、その場で暗殺できていた距離だ。
ルイホウとクリシャが肝を冷やすのも、無理はない。
「ま、とにかく、また地図だ」
紙に書かれていたのは、王都の北西側に少し行った森の中だ。
この間、ベリガルと出会ったところとは、まったく違う場所である。
「・・・・・・時間まで、きっちり指定してあった。というわけで、今から行こう」
普通なら、城からのこの時間の出入りは、少々問題になる。
いくら何でも、というやつだ。
だが、今は祭である。
さらには、城でその辺りの判断をする一番偉い人達が、軒並み儀式場の方へ移動している。
さらに言えば、ルイホウがいるので、門番なんかは堂々と通してくれるだろう。
「やれやれ。穏やかに終わりたかったんだけどねえ」
クリシャが肩をすくめて苦笑するのに、モリヒトも同じように苦笑して返す。
「それで行くなら、苦労はない」
それに、
「一応、覚悟してたことだろう」
それから、ルイホウを見た。
「悪いけど、手を貸して」
「もちろんです。はい」
テュールという国のため。
ユキオ達のため。
モリヒト達は城を出た。
** ++ **
状況は動き始めた。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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