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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第5章:竜殺しの大祭
181/436

第17話:前祭・三日目(4)

 王都の下町。

 かなりごちゃごちゃした作りのそこを、モリヒトは走っていた。

 一人である。

 地図は雑で途切れ途切れだ。

 ただ、よくよく読めば、一つ目のチェックポイントからどの角を曲がればいいか書いてあるし、迷ってしまっても、目印となる建物や店も書いてあるから、最初に戻る必要もない。

 とにかく、スタンプが置いてあるチェックポイントを駆け回るだけの、スタンプラリーである。

 ルールは単純。

 広場にある受付で申し込みを行い、スタンプシートをもらって、あとはチェックポイントをすべて回るだけ。

 スタンプシートは二つ折の紙で作られている。

 とにかく、それを手に、モリヒトは走っていた。

 途中から参加だったため、時間的に厳しいものがある。

 何せ、時間制限は、今日一日だ。

 明日になったら、また個別に申し込みをしないといけない。

 慣れている参加者は、基本的に朝、受付が開いたと同時に申し込みをするらしい。

 というわけで、昼過ぎから参加しているモリヒトは、かなり出遅れている。

 それこそ、支給されている、身体強化をちょっと強化する魔術具を使ってまで、本気走りである。

 渡されたスタンプシートを見たときに、それぐらいのことをやらないと、今日中に回り切るのは無理、と判断したのだ。

「あ、あった・・・・・・!」

 次のスタンプ台を見つけて、近づき、スタンプを押す。

「お疲れ様です。ドリンクいかがですか?」

 そのスタンプ台の横にジュースの屋台が出ている。

 一杯の値段は、お手頃だが、ここで休憩、とするには、いいタイミングだろう。

「・・・・・・いい商売だなー」

 思わずつぶやくと、屋台の店主でろう、まだ若い女性は、あはは、と笑い声を上げた。

「いえいえー、ほとんど、儲けは出てないんですよ」

「そうなのか? この参加者、ほぼ買っていくだろうに」

「そんな人数なんか、たかが知れているもんです」

 会話しながら、手渡されたカップに口を付ける。

 氷でも当てているのか、いい具合に冷えたジュースが身に染みる。

「・・・・・・うめー」

「ありがとーございまーす!」

 元気な声は、ありがたい、と思うべきかもしれない。

「でも、じゃあ、なんで店出してるんだ?」

「そりゃ、この催し自体が、縁起物だから、です。・・・・・・このスタンプ横って、毎回抽選なので、激戦区なのですよー」

「ほう?」

「それに、この協力店舗は、完走者と同じ商品がもらえるんです」

 単純な砂糖の塊であるため、ちゃんと保存しておけば、それなりに長期間保存できる。

 食べ物の店なら、素材として使ってしまう選択もある。

 それはそれで、縁起物として、よく売れるらしい。

「色々と経済効果がすごい催しだったんだな。これ」

 意外と大したものだ、と感心している横で、別の参加者が駆け込んできた。

「お疲れ様です。ドリンクいかがですか?」

 そんな参加者に対して、接客を始めた店主を見て、カップを傍らのゴミ箱に入れると、モリヒトはまた走り出した。


** ++ **


 走っていると、いろいろ見えてくるものもある。

 若いのが走っていることが多いが、よく見ると、老若男女関係なく走っている。

 若い方が、ちょっと必死さが高いが、一方で、結構余裕な速度で流している者たちもいる。

 そのことにちょっと疑問を持っていると、隣を並走する気配があった。

 ちょっと中年を過ぎたぐらいのおっさんだった。

「やあ、今回が初参加かい?」

 それなりの速度のはずだが、何でもないような調子でついてきて、おっさんはモリヒトに話しかけてきた。

「ええ、まあ・・・・・・」

「ははは。なるほど。じゃあ、何かお節介をしようか? 何せ、私はこれでも二十年以上、この催しに参加しているんだ」

「・・・・・・二十年以上も、独身なんですか?」

「失敬な。ちゃんと結婚して、かわいい娘もいるとも!」

 ふ、と笑ったおっさんは、ほっほっほ、といい具合にリズムを取った息で、リズムよく走っていく。

「縁起物なんでねえ」

 聞けば、最初は、独身だったので恋人探しに参加したという。

 五年以上、回り切れず、なんとか手に入れた年、今の妻に出会って結婚したという。

 それ以降、毎年出場し、景品を持ち帰り続けているという。

「まあ、慣れてしまえば、手に入れるのは難しくはないからね」

 王都暮らしなら、路地の情報とかは、そのうち慣れていくらしい。

 だから、毎年参加して、毎年景品を獲得するようなのは、王都暮らしには多いという。

 それどころか、できるだけ短時間で回ることを目的としているものもいるらしく、必死に走り回っている者の中には、そういう走者もいるらしい。

 暗黙の了解として、一回完走できたら、以降は参加しない、というものもあるという。

「コツさえつかめば、まあ、すぐさ」

「コツ?」

「そう、コツだ」

 はっはっは、とおっさんは笑っている。

「青年には、ちょっと難しいかもしれないが」

「マウント取りに来たのかよ、このおっさん」

 モリヒトが吐き捨てると、はっはっは、と笑って、おっさんは離れていった。

 いや、コツを教えて行けよ、と内心ツッコミつつも、地図を見れば、道はそれほど間違っていない。

 次のスタンプ台も見えてきたし、

「よし、・・・・・・間に合わねえな。これ」

 すでに諦めの境地だった。


** ++ **


 まず、スタンプを手に入れなければならない数が多すぎる。

 半分に折ってあるシートで、折り目の内側にスタンプを押す場所がある。

 だが、その数が多い。

 今回っているのですら、半分のさらに三分の一くらいだ。

 夕方まで走り回って、おそらく片面を埋めるのが精いっぱいだろう。

「む、これはどうしようか」

 ルイホウには、取ってくる、と威勢のいいことを言って出て来てしまったが、無理でしたー、とするのも、なんだかバツが悪い。

 何せ、一人で行ってくる、と、ルイホウをほったらかしにしてきてしまっている。

 今戻ると、確実に小言が来る。

 これは、間に合わない、と分かっていても、夕方まではとにかくやってみるべき場面のはずだ。

 精一杯やってこんなもんでしたよー、といえば、それでいい。

「甘えかね?」

 首を傾げつつも、とりあえず走る。

 そうしたところだった。

「まったく、何を効率の悪いことをしているんですか? はい」

 ひょい、と軽い調子で、ルイホウが上から降りて来た。

「おや? どっから?」

「ちょっと、上からモリヒト様を探しました。はい」

 ルイホウは、魔術で空を飛べるから、そういうことも可能だろう。

 とはいえ、祭のこの日に、空を飛んだら目立つだろうに、と思ったが、

「屋根の上を伝っていけば、それほど目立つものではありませんし、魔術で隠れることもできますから。はい」

 魔術を有効利用している、というべきだろうか。

 ともあれ、

「どうしたんだ?」

「効率の悪いことをやっているので、気になりました。はい」

「効率っていってもなあ・・・・・・」

 とにかく、地図の通りに走る以外に、何かあるだろうか。

 この辺の地理に、そこまで詳しくないし、地元で長く生きているなら、近道も分かるだろうが。

 さっきのおっさんも、結局コツは教えてくれなかったし。

「だから、こうするのです。はい」

 ルイホウは、モリヒトの手からスタンプシートを取ると、真ん中の折り目で、綺麗に二分割してしまった。

「・・・・・・あ」

 いいのか、とモリヒトは思うが、

「そもそも、どうして二つ折にしてあるとおもっているんですか? 最初から、こうやって分担するためにあるんですよ。はい」

 ルイホウは、まだ白紙の台紙を手に持った。

「では、私は地理に詳しいので、こちらを。モリヒト様は、残りを行ってください。はい」

 そう言って、ルイホウは飛んでいった。文字通り。

「・・・・・・あー・・・・・・」

 コツって、もしかしてこれか、とそう思った。

 さっきおっさんと並走していた時、いくつかのスタンプ台を回ったが、そういえば、おっさんのスタンプシートは、自分が持っているものより、小さかったかもしれない。

 もしかしたら、おっさんの奥さんと分担しているのかもしれない。

 最初から、協力前提。

 周囲で、それほど急がずに走っているのは、おそらくこのやり方を取っている、地元民だろう。

 一方で、必死に走り回っているのは、最短時間を目指す走者か、協力相手のいない、本物のお一人様か。

「なるほど」

 ルイホウの飛んでいった方を見て、モリヒトは頷いた。

 とりあえず、分担した結果、自分の分は完走できそうなのだ。

 これで、最後まで回り切れなかったら、ルイホウに怒られる。


** ++ **


「ギリギリだった」

「ふふ。お疲れ様でした。はい」

 ルイホウは、空をひょいひょい飛んで、地図とか無関係にスタンプ台を探して押していったらしい。

 ルール無用もいいところだが、そういうやり方も禁止されているわけでもない。

 モリヒトの方は、とにかくあっちこっち走り回って、ようやくである。

 とりあえず、先ほど景品の引換券を受け取ってきたところだ。

「はい」

 それを、モリヒトはルイホウに渡す。

「あら、私が持っていていいのですか? はい」

「俺が持ってると失くしそう」

 聞きようによっては情けない理由に苦笑し、ルイホウは引換券を受け取って仕舞った。

「まあ、毎年参加してたら、街並みに詳しくなりそうなイベントだよな」

「実際、そうなりますよ。はい」

 王国軍では、街中の警備の任に就く兵には、参加を推奨しているらしい。

「あとは、独り身が恋人見つけやすいっていうのもわかった」

 一人で必死に走っていれば、それだけで独身だと思われる。

 さらに言えば、ちゃんと計画を立てないと、一人で完走するのは無理となれば、協力者を募るしかない。

 その過程で人の縁ができれば、その中に恋人候補が見つかることだってあるだろう。

「・・・・・・面白い催しだ」

 ともあれ、景品の引換券は手に入れた。

 ルイホウのおかげで。

「・・・・・・おや?」

 ルイホウを見ると、にこにこしている。

 なんかいい具合に誘導された気がする。

 これで、手に入れた景品をルイホウと分けないのはあり得ないし、

「・・・・・・あー、食べる時は二人でね?」

「お客さん。たくさん呼べるといいですね。はい」

 どういう場面で食べることを想定しているのかな、というのは、さすがに聞かなかった。

評価などいただけると励みになります。

よろしくお願いします。


別作品も連載中です。

『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』

https://ncode.syosetu.com/n5722hj/

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