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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第1章:オルクト魔皇帝
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第2話:不幸と出会いと

 モリヒトは王城から外に出て、のんびりと街を歩いていた。

 夜の街は、やはり暗い。

 ガス灯のようなものはあるが、日本の街灯に比べると、その明りは弱い。

「・・・・・・そういや、夜に街をうろつくのは初めてだな・・・・・・」

 隣を歩くルイホウは、モリヒトの言葉にそうですね、と頷いた上で、

「夜の街は危険もありますから、できれば、大通りからは外れないようにしてください。はい」

 はいはい、と頷く。

 ルイホウは、この国での一般的な女性の服に着替えている。

 召還の巫女の普段着ている巫女装束は、薄い灰色を基調としており、全体的に地味だ。形としては、モリヒトの世界の巫女装束とほとんど変わらない。まあ、モリヒトはそこまで巫女装束に詳しいわけでもないので、違いなど分からないが。

 そこに巫女個人で飾りを入れるのが普通らしく、ルイホウの場合は、青い飾り糸で上着に刺繍を入れ、袖口に鈴を付けて、水色のストールのようなものを羽織っていた。

 そのルイホウの現在の服装は、単衣を着て袴をはき、その上から衣を羽織って帯で縛っている。ちなみに、単衣に複数枚の衣を重ねるのは、ある程度裕福な家の女性ができることであって、一般国民の女性は単衣の上に衣を羽織って帯で結ぶだけなのが普通だ。冬場なら、その下に袴をはいたりする。

 いつもは長い藍色の髪を下ろしているが、今は頭の後ろで一つにまとめて、赤いトンボ玉の簪を刺している。

 モリヒトは、男物の和服だ。

 この国の服装には、モリヒトの世界のものと同じような服が多い。

「・・・・・・そういやさ、異世界から召還される王が今までいた世界って、何種類くらいあるんだ?」

 まさか、全員が全員、同じ世界から召喚されているのか、と疑問に思って問うと、

「記録では、三つだったはずです。はい」

「・・・・・・少ないな」

 複数なら、もっと多くてもいいと思うのだが、

「モリヒト様達の世界から来られる方が、一番多くて、全体の八割を占めていたと記憶しています。はい」

 また変なことを言い出した。

「・・・・・・何で?」

「分かりません。ただ、共通しているのは、どの世界も魔術の存在しない世界だということです。はい」

 んー、と考えて、

「・・・・・・他の世界も、俺達の世界みたいに、魔術以外の技術が発達しているということか?」

「そういうことだと思います。魔術の発達していない世界の技術を多く吸収するため、そういった世界へと飛んだ王を、優先して選抜しているのではないかとも考えられています。はい」

 ルイホウの言葉は推測混じりだ。

「・・・・・・もしかして、ルイホウも召還の儀式について、知らないことが多かったり?」

 少々からかい混じりに言うと、

「それはそうですよ。召還が考え出されたのは、本当に大昔の話なんですから。はい」

 むう、とルイホウが頬を膨らませた。

「しかし・・・・・・」

 だからこそ、なのだろう。

 この国には、どことなく、自分たちの世界と似た部分が大きい。

 周囲の格好には、和装もいるにはいるが、洋装の方が圧倒的に多い。

「・・・・・・洋服の方が多いな。・・・・・・和服が少ない」

 もっとも、洋装としては作りが簡単な気がする。

「洋服の方が、動きやすいですから。はい」

「・・・・・・なるほど」

 確かに、和服は足元に纏わりつく気配があり、最初はかなり動きにくい気がした。

 最近は慣れたが。

「しかし、王城にいる連中は和服が多かったよな?」

「洋服は、他国でも当り前の文化ですが、和服はこの国独自の文化です。はい」

 ぴ、と指を立て、ルイホウは説明を続ける。

「ですから、この国の正装は和服なわけですが、和服は普段から着慣れていないと、どこか着られている感が出て、似合わないわけです。はい」

「ふーん」

 周囲を見回す。

「・・・・・・つまり、和服はある程度の裕福さの象徴か・・・・・・」

 一人呟き、前に両手を突き出して、その袖を見下ろす。

「・・・・・・まあ、俺もそれなりの人間ということかね?」

 その格好のままルイホウを振り返ると、

「そうですね。はい」

 にこ、と笑って頷く。

「・・・・・・」

 その笑顔を見た後で、モリヒトは周囲をのんびりと見回して、ルイホウへと振り返る。

「・・・・・・なあ、ルイホウ?」

「はい? 何でしょうか? はい」

 小首を傾げたルイホウに、少し小さく声をひそめて、

「・・・・・・ユキオが召還された影響って、どの程度出てるんだ?」

「一応、国民に明るさが出ていますね。はい」

 そうなのだろうか、と思う。

 夜のため、周囲を行きかう人の姿は少なく、あまり大声で話す人もいない。

 それでも、漏れ聞こえてくる声を聴けば、

「・・・・・・竜殺しの大祭よりも、その後の新王のお披露目の方が期待はでかいみたいだな」

「そうですね。はい」

 国民から見れば、待ち望んだ王なわけで。

「・・・・・・まあ、ユキオならとちることもないか・・・・・・」

 安心して見ていられるのは、彼女の人徳だろうか。

「ですね。はい」

 くす、とルイホウは笑う。

「・・・・・・」

 しばらく、のんびりと歩く。

 そこで、ルイホウが窺うように、

「・・・・・・モリヒト様。大丈夫ですか? はい」

「ん? 何が?」

 何か分からない、という顔で振り向いたモリヒトに、ルイホウがどこか不安な気持ちを感じて。

「あの・・・・・・」

 もう一度、声をかけようとした時だった。


** ++ **


 ガラスの割れる音が響いた。

 モリヒトの頭上だ。

「あ?」

 何かが降ってきた。

 ついモリヒトの伸ばした腕の上、そこにそれは落ちてきた。

「ぐあ?!」

 その衝撃に前のめりになる。

 肩が抜けるような衝撃に、腕全体の痛み。

 なんとか踏みとどまったが、

「・・・・・・痛え・・・・・・」

 衝撃に腕がしびれた。

 見下ろす。

「・・・・・・女の、こ?」

 銀髪の少女だ。

 目をぎゅっとつむり、体が少し震えている。

 まだ小学生ぐらいだろうか。

 幼いし、小さいし、軽い。

「おい。大丈夫か?」

 呼びかけて揺らす。

「・・・・・・え・・・・・・」

 目を開いた少女の眼が、こちらの顔を見た。

「・・・・・・誰?」

「いや、むしろこっちが聞きたい・・・・・・」

 何があったんだ、と視線を上げると、宿の二階の窓が見えた。

 その手すりに誰かが寄りかかっている。

 銀髪の若い男だ。

 少女の血縁者か、と首を傾げたところで、

「!」

 男の手がひらめき、手に持っていた剣を振り上げて、部屋の中で誰かが振るった剣を受け止めた。

「・・・・・・また面倒な・・・・・・」

 ことになった、と。

 そう思ったところで、銀髪の男が相手を押し返してこちらを見下ろした。

 モリヒト、ルイホウ、モリヒトの腕の中の少女、と見て、

「・・・・・・そこの貴様!」

「・・・・・・何だ?!」

 呼びかけられたから、応える。

「少しでも親切心があるなら、その娘を守ってやってくれ! 夜が明けるころには必ず迎えに行く!」

「・・・・・・」

 考えた。

 腕の中の少女が、男の背中を見上げている。

「ち、しょうがないか!」

 銀髪の男を見上げて、

「おい! あんたの名前は?!」

「セイヴだ!!」

 名乗り返しは、ほとんどどなり声だ。

「セイヴ! 引き受けた!」

「任せた!」

 快活な笑みを浮かべ、銀髪の男、セイヴは部屋の中へ振り返る。

「リズ! ぶっとばせ!!」

 それが何を意味するのか。

 少女を抱えたまま走り出したモリヒトは、背後で宿の二階が炎で吹き飛んだのを見た。

「・・・・・・魔術か?」

「いいえ。はい」

「どっちだよ・・・・・・」

 ルイホウの返答に苦笑する。

「・・・・・・すいません。口癖なので。はい」

 並走しながら、ルイホウは微笑した。

「・・・・・・で? 君の名前は?」

「・・・・・・エリシア、ですの」

 小さく囁くような声に、笑い返して応える。

「そう。俺はモリヒト。隣のはルイホウな?」

「よろしくお願いします。はい」

「よろしくお願いしますの」

 目線で挨拶を交わしあう二人。

「じゃあルイホウ。悪いけど敵っぽいのが来たらよろしく」

 任せた、と笑うモリヒトに、ルイホウは半目になった上で、

「・・・・・・あの? モリヒト様は戦わないので? はい」

短剣ブレイス持ってきてないから」

 あっさりと答えたモリヒトに、呆れたような目になって、

「・・・・・・忘れたんですか? はい」

「いや。悪い悪い」

 あっはっは、と反省の色のない笑い声を上げて、モリヒトは走る。

「・・・・・・しょうがないですね。これを使ってください。はい」

 右手にはめていた指輪を一つ外し、モリヒトに渡す。

「これは?」

「発動体となる指輪です。『発動鍵語』は、『リング』。ただし、一回しか使えませんから注意してください。はい」

「了解」

 使い捨てね、と拳の中に握り締める。

 二人は街を駆け抜けていった。


** ++ **


 宿屋の二階。

 剣で暗殺者を押し返す。

 まさか、適当に決めた宿で、入った部屋にすでに暗殺者が潜んでいるとは。

 予測しているより早い動きだ。

 だから、つい妹をその脇に抱え込み、だがちょっと邪魔になった。

 背後の窓の外へ、妹を投げ飛ばしたまではいいが、どうなったか。

「・・・・・・ほう?」

 誰かが、受け止めてくれたようだ。

「あれは・・・・・・」

 受け止めてくれたのは、見知らぬ男。

 和服を着た、自分とそう年齢の変わらなさそうな男だ。

 多少目つきが鋭い以外は、特に目立つところの無い男。

 その腕の中に、自分と同じ銀の髪を持つ少女がいる。

 その隣にいる杖を携えた少女は、この国の召還の巫女だったはずだ。

 その少女が同行しているなら、

「信頼はできるか」

 考えて、任せることにした。

「・・・・・・そこの貴様!」

「何だ?!」

 叫び返してきた。

「少しでも親切心があるなら、その娘を守ってやってくれ! 夜が明けるころには必ず迎えに行く!」

 我ながら、他力本願の限りで情けないセリフだと思うが、仕方がない。

 それに、あの男は断らないと思った。

 男がわずかに考え込む。

 そして、顔を上げ、

「おい! あんたの名前は?!」

「セイヴだ!!」

 名乗り返す。

「引き受けた!」

 笑みが浮かんだ。

「任せた!」

 走り出した男を見送り、部屋の中を振り返る。

「リズ! ぶっ飛ばせ!!」

 部屋の中にいた同行者が、両手に大きな炎を生み出し、

「逃げるぞ!!」

 その炎を床に叩きつけたのに合わせて、セイヴは窓から外へと飛び出した。

 窓枠の下の屋根を足場に、向かいの建物の上に飛び移る。

 夜明けまでに、追手を全滅させる必要がある。

「・・・・・・他人の庭で喧嘩か・・・・・・。少々無礼となるが、許せよ? テュールの新王」

 王城の方を見て不敵な笑みを浮かべ、男は巫女達が逃げたのとは逆の方向に走り出す。

 隣を追走するのは、炎の塊を叩き付けた、真紅の同行者だ。

 追手は、どちらを追うだろうか。

 あっちは割と地味だが、こっちは色が派手で。

 どちらにしろ、二つに勢力を割ることになる。

「・・・・・・ならば」

 手早く行くか、と持っていた剣を納めると、

「リズ!」

 呼びかけると、傍らの真紅が炎へと姿を転じた。

 手の中に炎が宿る。

 それは、一振りの炎を噴き出す直剣へと変じた。

 セイヴの、地面から肩ほどまでの長さのある直剣。

 全体的に、高貴な印象を漂わせる、壮麗な真紅のクレイモア。

 一振りすれば、

「はあっ!!」

 ごお、と炎を吹き上げて、王都の夜の闇を明るくする。

 はでな花火だと、そう思ってくれればいいが、などと考えつつ、

「さあて、俺様の首を獲ろうってのは、どこのどいつだ!?」

 真紅のクレイモアを片手に、セイヴは夜の街を駆け抜けていく。

 まだ、夜明けまでには遠い。


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