第15話:前祭・三日目(2)
ともあれ、モリヒトは街に出た。
相も変わらずの祭の空気。
「・・・・・・・・・・・・」
「どうかしましたか? はい」
どことなく微妙な顔をしているモリヒトに、ルイホウが首を傾げた。
「いや、三日も祭の騒がしさが続くと、ちょっと飽きが来るな」
「そうなんですか?」
「あー、いや、違うか。どっちかというと、この光景が楽しみ切れない感じになってきた」
腕を組み、むむむ、と唸るモリヒト。
「楽しみ切れない?」
その隣に立って、クリシャは首を傾げた。
結局、今日もクリシャはついてくるらしい。
一番、何か起こりそうなのが今日だから、とクリシャは言う。
それについては、モリヒトも同意見だ。
「だから、その緊張。・・・・・・あと、思ったより酒が残ってるな。ちょっと、あの騒がしさが、食傷気味というか」
そう言いながら、腹をさするモリヒトに、ルイホウは呆れたため息を吐き、クリシャはくすくすと笑った。
「今日は、ちょっと落ち着いたところに生きたい気分だわー」
「なるほど。では、あの場所にしましょうか。はい」
ルイホウは、そう言って、先に立って歩き出した。
** ++ **
がやがやと賑わいがあった。
だがその一方で、静かな雰囲気がある。
列に並んだ人間は、祭壇に花を供え、祈る。
列を離れれば、次の人間がまた同じように花を供え、祈る。
それが繰り返されている。
中央に、巨大な祭壇があった。
樹木で組まれ、上の方には、白い祭壇が設置されている。
下の方には、薪や藁などが詰まれ、台座となっている下には、なにやら物が詰め込まれているように見える。
ともあれ、巨大な祭壇だ。
王都の端に、こんな広場があったことも、祭の間にこのような祭壇が作られていることも、モリヒトは知らなかった。
「どうぞ。はい」
ルイホウに持ってきた花を受け取り、三人も列に並ぶ。
「・・・・・・この列は? あの祭壇は?」
「鎮魂の祭壇だね」
クリシャが、花を撫でながら、言った。
「鎮魂・・・・・・? 誰に対して・・・・・・?」
「しいて言うなら、この国の王様、になれなかった人達、かな」
クリシャが言う。
並びの列の両脇には、石板が設置されている。
石板を彫って、さらに色を付けられている。
その説明は、この国の成り立ちや、『竜殺しの大祭』の説明などが、図入りで描かれている。
「基本的には、『竜殺しの大祭』の成功を祈る場です。はい」
祭壇は、王都の北西側にある。
つまり、この列の向かう先に、『竜殺しの大祭』が行われる儀式場がある。
もともと、そういう祈りを花に込めていたらしい。
この方向の場所に、儀式場に近づけない人達が、祈りを示すために花を置いたのが、始まりであったらしい。
それを見ていた、『竜殺しの大祭』と異世界から召還される王が、かつて『竜に呑まれた』ことを知っている者達が、この祭壇を作るようになった。
『竜に呑まれた』者たちは、『竜殺しの大祭』によって、地脈を流れる魔力として、世界の外へと吹き飛ばされる。
運が良ければ、異世界で生き残る可能性もあるが、大概は、元に戻ることなく、真龍へ吸収される魔力の流れに取り込まれる。
つまり、基本的には、死なのだ。
その鎮魂のための、祭壇として、設えられた。
「後祭で、燃やされます。はい」
「ああ、下に薪とか積んでるし、多分そうだろうとは思うけど」
「それを見た、過去の異王が、ならば、と要らないものとか、燃やしたい書類とか、処分しにくい思い出の品とかくべはじめまして・・・・・・。はい」
「・・・・・・・・・・・・なんか、祭が混ざってるな」
ともあれ、そういう風習が広まった結果、何か思い出の品や、願いを書いた紙なんかを、祭壇の下部に突っ込む風習ができたという。
「意外と好き勝手やってる?」
「極論を言うけれどね。『竜殺しの大祭』で、『竜』を『殺す』王様は、まさしく『竜殺し』の英雄でもあるんだよ。憧れられるのは、仕方ないね」
「・・・・・・こっちの世界でも竜殺しって英雄なのか?」
「竜は、魔獣としては最上位です。少なくとも、人間が挑んで勝てる相手ではありません。はい」
セイヴが、赤い竜をペットにしているが、あれは特殊だ。
モリヒトから見ると、竜と真龍を混同しがちだが、真龍は特に竜を殺されてもどうとも思わない。
「やはり、討伐できれば、すごいですよ。はい」
まあ討伐自体が困難。
それをペットにしているセイヴが、どれだけ規格外か、という話でもある。
「派手だぞー?」
クリシャが、にやにや笑っている。
「当日は、この王都からでも、地脈から立ち上る『竜』の姿が見えるでしょう。はい」
「そこまで巨大か」
儀式場は、王城の一番高いところからでも、かすかに見える程度の距離にある。
それが、王都全体を囲む壁の内側からでも見える、ということは、『竜』というものが、どれだけ高いところまで伸びるか、ということだ。
「ま、それは当日のお楽しみ、としておくといいよ」
クリシャは、モリヒトの反応を、くすくすと笑いながら見ていた。
** ++ **
花を置き、軽く瞑目。
そして、列を離れる。
「初詣みたい」
モリヒトは、そんなことを思った。
列を離れ、脇に逸れて歩くと、列の両脇に並んでいた石板を、順に眺めることができる。
「・・・・・・ふむ」
かなりキレイな発色の塗料で彩られているおかげで、見ごたえがなかなかある。
つづられているのは、多くが歴史だが、たまに逸話もある。
「・・・・・・日照りに雨をもたらした」
「私の杖の、かつての持ち主の逸話ですね。はい」
「本物の竜殺しがいた、とか描いてあるんだけど」
「実話であるらしいですね。頭部の骨は、現在も国庫に保管されています。はい」
一枚一枚読み上げつつ、ルイホウからの解説を受けている。
そんな二人の様子を、クリシャは少し離れたところで微笑ましく見ていた。
「・・・・・・クリシャ様」
「おや?」
そうして、一人列から離れたところにいたクリシャに、声をかけた物がいた。
それは、一人の男である。
そして、一人の少女を連れていた。
「確か、テリエラ君。だったね」
かつて、モリヒトによって救われた混ざり髪の少女であった。
それを連れた男もまた、混ざり髪である。
「やあ、偶然かな。ルード君」
「ええ。今日は、テリエラの付き添いですが」
かつて、幼い手を引いてこの国の国境まで連れて来た子が、今は立派に成長したものだ、とクリシャは感慨深く思う。
「観光でしょうか」
「ボクも、今日は付き添いでね」
「・・・・・・ああ、なるほど」
石板を一枚一枚見ているモリヒトの姿を遠目に見て、ルードは頷いた。
「微笑ましいですな」
「いいよねえ」
ルードが、テリエラとともにいるのは、テリエラの身元引受人となっているからだ。
「そちらは、うまくやれているかい?」
「なかなか、難しいものです」
テリエラは、まだ幼いが、ものの道理が分からないほどに幼い、というわけでもない。
もとより、実験体に使われていたことから、そういうしつけもされていたためか、かなり受動的で、大人しい。
そんな少女の姿を見て、かつての自分もそのように助け出され、この国まで連れてこられて、救われたのだ、と身元引受人として名乗りを上げたのが、ルードであったらしい。
「クリシャ様に助けていただいた恩を、どんな形でも、誰かに返したかったのです」
似たような子供たちを集めた施設を運営している職員の一人であるルードは、以前訪ねて行ったクリシャに、そのように話した。
国境までしか連れていくことができなかった、というのに、恩義深く感じられているようで、クリシャとしては面映ゆい。
「平和で、豊かな国です。ここに連れて来てもらえたことが、どれほど幸いであったか」
それを知ったのは、ずいぶんと大人になってからのことですが、と、ルードは笑った。
「ともあれ、そのすべてが、この『竜殺しの大祭』を中心としている。・・・・・・知っておくことは悪いことではないので」
毎年、子供たちを連れて訪れている、とルードは言う。
「そうか」
遠方には、テリエラのような、混ざり髪の子供たちの一団があり、お菓子を配られていた。
「テリエラも、もらってきなさい」
「・・・・・・」
こく、とテリエラは頷き、離れていく。
その背を、二人は見送る。
テリエラは、子供たちの一団に合流し、お菓子を詰めた袋を受け取っている。
なお、ああいう袋を配ることも、異王たちの発案であったりする。
「・・・・・・この間の事件の時は、大丈夫だったのかい?」
「はい。魔獣の声に怖がる子はいましたが、どちらかといえば、自分たちも戦いたい、と意気軒高な子を抑える方が大変で」
ルードは苦笑を浮かべていた。
魔術的に高い素養を持つ混ざり髪は、当然のことながら魔術が上手い。
ちょっと訓練すれば、あんな子供でも、十分な魔術を扱うことができる。
「・・・・・・攫われた子もいました。全員が無事に帰ってきたのは、本当に喜ぶべきことです」
ありがとうございました、とルードがクリシャに頭を下げる。
何もしていない、とはいえず、クリシャは微笑を浮かべたまま、手を振って頭を上げさせた。
「差別されるか狙われるか。どっちにしろ、混ざり髪にこの世界は優しくないよね」
「そうですね。・・・・・・ですが、だからこそ、この国は、とても過ごしやすい」
ふ、とルードは笑う。
「・・・・・・すべては、歴代の異王様方のおかげでもあります」
ルードは、祭壇を見てから、城の方を向いて、一礼をした。
「この平和が、少しでも長く続きますよう・・・・・・」
「本当にね」
クリシャもまた、その願いに頷くのであった。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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