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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第5章:竜殺しの大祭
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第13話:前祭・二日目(6)

 王を乗せた行列は、昼前に王都を出た。

 日の沈んだ外を見て、今頃は、儀式場についているころだろう。

 王城の窓から、外の夜の街並みを見るセイヴの目には、時折、大通りの辺りで空へと打ちあがる光を見ることができる。

 大方、大道芸か何かが花火でも打ち上げているのだろう。

 派手なことは派手だが、祭の日でもなければ、おおよそ許可はされまい。

 帝都でも、たまに花火を打ち上げることはあるが、大概の場合は、帝都郊外の飛行場の広い土地を利用し、花火師に打ち上げ花火を上げさせるのが常だ。

 使っているのは、火薬なのである。

 火事の危険性がある以上、街中での使用には、申請が必要だ。

 王都でも帝都でも、そこは変わらないだろう。

 今は祭だから、その辺りはかなり緩くなっていることだろうが。

「ふむ」

 先ほどの夕食まで、セイヴは仕事をしていた。

 今回は、観光で来たわけではないのだ。

 イザベラや外交官たちとともに、オルクト魔帝国とテュール異王国との間で結ばれている条約のあれこれについて、テュール側の文官たちと議論していた。

 魔皇本人が来ている以上、署名も捺印も楽なものだ。

 そして、まだ王が即位していない以上、政務の全権は、内務大臣であるベルクートの手にある。

 ベルクートは、『竜殺しの大祭』の儀式そのものには関わらないため、本日は王城に残っていた。

 条約の大半は、変更の必要もない。

 『竜殺しの大祭』の実行や、それにまつわる準備について。

 あるいは、国境や、その周辺に配備する兵について、などだ。

 議論の焦点となったのは、主に貿易である。

 オルクトからは、毎年食料や資材などの品が多い。

 一方で、テュールからは、加工品が多い。

 特に、テュール側は、地脈が近いこともあって、魔術用品の加工に関しては、オルクトより優れている部分がある。

 混ざり髪が過ごしやすく、巫女衆などの仕組みから、魔術に関する素養のあるものを集めやすいため、人材が集いやすい、というのも、一つの理由だ。

 また、代々の政策として、戦乱の危険がほぼないことを売りにして、テュールは研究者を集めて、専門の研究機関を作ってもいる。

 こちらは、オルクトからもかなりの出資をしているが、地理的な要素から、オルクトでは得られないデータを多く得られることもあって、研究成果には一定の価値がある。

 すべて、テュールの国策だ。

 そして、ベルクート・ライオニッツ、という男は、それらを全て把握している。

「実にやりがいのある議論だった・・・・・・」

「いいように、言い負かされてましたわね・・・・・・」

 感慨深く威厳を込めて頷いたセイヴに対して、イザベラは苦笑していた。

「ふん・・・・・・」

 その苦笑に対して、セイヴはそっぽを向く。

 やはり、年季の差、というものはすさまじい、ということだ。

 セイヴが生まれる前から、政務に就いて、テュール異王国に関わってきた人物である。

 セイヴも、決して不出来なわけでもなければ、脳筋なわけでもない。

 政務面でも、優秀ではあるが、上には上がいる。

 というか、セイヴの感覚からすると、あれはもう妖怪の類だ。

「テュール担当の外交官は、一回は現地に派遣しないといけない決まり、作っておいてよかったなあ・・・・・・」

「ライオニッツ卿が、いい具合に鼻っ柱を折ってくださいますものね」

 テュール異王国は、オルクト魔帝国にとって対等な立場の、独立国である。

 最初の国家元首がオルクトの元魔皇であったこともあり、その独立は円満に進んだ。

 だが、テュールの経済は、オルクトに多くを依存している。

 一方で、オルクト側は、テュールがなくなったとしても、一向にかまわない。

 そんな関係性であることから、オルクトの政務を司るものの中には、テュールを軽んじる者も、少なくない数がいる。

 『竜殺しの大祭』の有用性は分かっているが、だったら、それも含めて、オルクトで行うことも可能なのだ。

 オルクトに、テュールを編入すべし、なんていう声も、ちらほら上がることはある。

 そうはしない理由は、『竜殺しの大祭』の独立性を守るためだ。

 オルクト魔帝国にとって、『竜殺しの大祭』は、国家存続に欠かせない。

 何せ、『竜殺しの大祭』を失敗すれば、大規模な災害が起こる可能性は高く、その多くがテュール異王国ではなく、オルクト魔帝国側で発生するだろうからだ。

 そのため、変にオルクト魔帝国内で、『竜殺しの大祭』の実施権限を管理すると、どこかに力が集中することにもなりかねない。

 だからこそ、あえて別国家とすることで、オルクト魔帝国側から、『竜殺しの大祭』に、強く干渉できないようにしているのだ。

 とはいえ、テュール異王国は、独立国家である。

 だから、ベルクートら政務担当の者は、常に頭を悩ませている。

 すなわち、オルクト魔帝国と対等に国家運営をするためには、どうすればいいか、だ。

「幸い、あの爺さんは有能だ。少なくとも、次代の妖怪が育つまでは現役でいてくれるだろうしな」

「そのような言い方をするものではありませんわよ?」

 引き抜けるなら、オルクトの内務に引き抜きたいくらいの人材だ。

 テュールという僻地で、なぜか山を挟んだ反対側のオルクトと他国の戦線の状況まで把握しているのだから、恐ろしい。

 外への野心がなく、テュール、という土地をどれだけ穏やかに運営するかに腐心する人物であったことは、オルクト側にとっても幸いであったかもしれない。

「・・・・・・根っこは味方だから、有能であることは頼もしい、ということだ。・・・・・・新しい女王が、どのくらいあの人の有能さを見抜けるかは分からんが」

「大丈夫でしょう。わたくしも、それほど長くお話できたわけではありませんが、とても賢いお嬢さんでしたわ。人のこともよく見ていますし」

「というか、何気にこの国、人材が豊かなんだよなあ・・・・・・」

 国内に国立の学校があり、基礎教養は受けられ、読み書きと四則演算くらいなら、テュール国民はほぼ全員ができる。

 これは、過去の異王たちの功績で、オルクト魔帝国でも模倣されている。

 なお、識字率は、オルクト魔帝国で七割ほど。他の国になると、一割を切るところもあり、テュール異王国の異常さが分かる。

 もっと高度な学問を、となると、オルクト側へ留学する必要があるが、成績優秀なら、テュールの王国政府が奨学金を出す。

 また、魔術関連なら、巫女衆や研究機関があり、こちらは一部ではオルクトより高度なことを扱っていたりもする。

 さらに言うなら、やはり戦乱の危険がほぼない、ということが好まれるのか、結構有能な人材が、テュールに移住することがある。

 狙ってやったわけではないだろうが、このあたりは、クリシャの功績である。

 クリシャが、混ざり髪の孤児などを保護する際、現地で協力者を作ることがある。

 こういった協力者と、保護された混ざり髪の間には縁ができる。

 この縁、というかコネを使って、テュールへ亡命してくる人材、というのも、ちらほらいるからだ。

 総じて、変人だが優秀であることが多い。

「将軍なんか、このクチだしなあ・・・・・・」

 ルゲイド・グランテーズは、もともとはテュール異王国の生まれではない。

 娘が混ざり髪で、混ざり髪が迫害される土地から、娘が人らしく生きられる土地を求めた結果、独自のコネでテュール異王国へとたどり着いた人物だ。

 先代異王が、その武力を認め、取り立てたあと、順当に功績を積み上げて、いつの間にか将軍になっていた。

 こういう、混ざり髪が家族にいて、一緒にいるために逃れた結果、テュールへとたどり着いた、という一家は、実はそれなりにいる。

 混ざり髪の多くは、女なら巫女衆に、男なら魔術の研究機関か、騎士隊などに入る。

 おかげで、テュール王城の中では、実は結構な割合で混ざり髪がいる。

 偏見のないオルクトでも、千人に一人いるかいないか、というところだが、テュールだと、百人に一人か二人くらいはいる。

 おかげで、魔術師の平均的な質で言えば、オルクトよりもテュールの方が質が高い。

 人数差があるため、戦力として見るなら、オルクトの圧勝ではあるが。

「いやはや。頼もしくも、油断できない友人だよな。この国は」

「ふふ。そうですわね」

 母国をほめられてうれしいのか、イザベラも上機嫌だ。

 と、セイヴは窓から下を覗いて、

「お? モリヒトが帰ってきたな」

 なんだあのヤロウ。酔っぱらってやがる、と夜の闇の中をふらふらと歩いているモリヒトと、その後ろをついているルイホウ、クリシャの二人を見て、ふん、とセイヴは笑った。

「こっちが仕事してるってのに、いいご身分だよなあ、おい」

「あらあら。立場の違い、というものがございますわよ?」

「わかってるよ」

 ふん、と息を吐いて、セイヴは手酌で酒を注ぎ、飲み干す。

「明日に響きますわよ?」

 明日は明日で、また別の条約についての話し合いがある。

「なあに。大筋は決まってる」

 明日は、『竜殺しの大祭』の儀式場への移動があるため、飛空艇を使う。

 とはいえ、飛空艇の中で、議論は行われるのだ。

「ですが、油断していると、持っていかれますわよ?」

「ふん。そこまでは油断せんよ」

 はっはっは、と笑いながらも、セイヴは明日の話し合いの議題と、それに対する草案の確認に入る。

 今日の話し合いとは違い、こちらは多くがすでに決まっていることだ。

 根回しはすでに終わっているため、基本的には、双方の認識に相違がないかを確認し合うだけの作業になるだろう。

「それでも、酒臭いのだけは、だめですわ。一国の君主として」

「分かっている。これで最後だ」

 杯へ、酒を注ぎ、ふと、それを掲げた。

「『竜殺しの大祭』と、これからの変わらぬ両国の発展に」

 乾杯。

評価などいただけると励みになります。

よろしくお願いします。


別作品も連載中です。

『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』

https://ncode.syosetu.com/n5722hj/

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