第11話:前祭・二日目(4)
「おん?」
モリヒトが、ある通りへ差し掛かった時だった。
とある光景を見つけて、モリヒトは思わず声を上げていた。
「・・・・・・ふむ」
ま、しょうがないか、とため息を吐いて、モリヒトはそこへ近づく。
後ろから、ルイホウとクリシャも続いていた。
「よう。ミーナさん」
「あ、モリヒトさん」
ここ数日、聞きなれた声だ。
「こんにちは。なんか困ってる?」
「ええと、ちょっと・・・・・・」
ナンパに絡まれて困ってる人って、本当にいるもんだなあ、と妙な感心を得つつ、モリヒトはミーナに近づく。
ミーナに詰め寄っていた若い男二人。
どちらも、出で立ちからして、冒険者か傭兵の類か。
どちらにせよ、この祭に雰囲気に浮かれた類だろう。
顔が赤らんでいるし、酔ってもいるようだ。
そういう輩が、ナンパの邪魔をされれば、どういう行動に出るかなど分かり切っている。
「ああ? なんだてめえは!?」
大声を上げて恫喝しながら、詰め寄ってくる。
「お前らが声かけたそちらのお嬢さんの友人だよ、と」
こちらに伸びてくる手が、襟首をつかんだ。
「俺らが、今、こちらのお嬢さんとお話してたよなあ?!」
「ナンパだろ? 迷惑がられてるんだから、諦めてもうちょっと軽くノってくれる女の子探せよ」
「ああ?!」
はあ、とため息を吐く。
そのまま、手を動かして、
「よ」
軽い声とともに、襟首をつかんでいる腕をひねってねじり上げる。
こういう手合いの相手は、なんだかんだで慣れている。
何でもないのに絡まれるとか、前の世界でもよくあったからだ。
「いでででででっ!」
「もう一回言うけど、ナンパは数だ。手応え悪いな、と思ったら、さっさと次に行け。あと、酒に酔ってるなら、酒場でナンパしろ。素面で見知らぬ酔っ払いの相手を積極的にしたいと思う人間は、かなり奇矯で特殊だ」
一人の腕をねじり上げていると、もう一人が殴り掛かってきたが、
「おっと」
ねじり上げていた腕を引いて、その拳を避けると同時に、投げつける。
「喧嘩にするか? 祭で、そこら中を警備が歩いてるんだ。せっかくの祭の酔いに、頭か水ぶっかけられたいのか?」
「うるせええ!!」
どっちがだ、と言いながら、ミーナの手を引いて後ろに下がる。
そこまでやったところで、相手の二人が、それぞれに武器を抜いた。
「おいおい。喧嘩で済むところを、エモノ抜いたら、シャレじゃすまなくなるぞ?」
「黙れ!」
叫んで、こちらに踏み込もうとした二人だったが、
「はい、そこまで」
顎下から何かに打ち上げられて、宙に体が舞った。
「おや?」
「まったく、何をやっているんだい?」
クリシャだ。
杖を仕舞いながら、やれやれ、とため息を吐いたクリシャに、モリヒトは振り返る。
「ミーナさんが絡まれてたから、助けただけだぞ?」
「そういうことじゃないよ」
「意外です。モリヒトさん、結構喧嘩強いんですね」
苦笑しているクリシャの横で、ミーナがモリヒトを見て、感心した口調でそう言った。
「そりゃ、こういう絡まれ方は、まあ、言っちゃなんだけど慣れててなあ・・・・・・。昔は、なんも関係ないのに、ちょっと見ただけでガンつけたとか言われて、よく喧嘩に巻き込まれて・・・・・・」
ははは、とモリヒトは笑う。
毎回巻き込まれるおかげで、いやがおうにも喧嘩に関しては鍛えられた。
そのままだとどうしようもないので、ちょっと喧嘩強い友人に鍛えてもらったりもしたが、
「街中で、人同士の喧嘩なら、最終的にものをいうのは、気合と根性と負けん気だ」
「何を偉そうに言っているんですか。はい」
ルイホウは、後ろに警邏の兵を連れて来ていた。
「酔っ払いです。はい」
「はい。ご協力感謝します」
兵たちも、この手の騒動が多いのか、ちょっと疲れ気味だ。
引っ立てられて連れていかれた男二人を見送って、モリヒトはミーナを見た。
「こんにちは」
「こんにちは、モリヒトさん」
にっこりと笑みを浮かべたミーナに、ルイホウとクリシャも挨拶を返した。
「ふむ。・・・・・・元気そうだな」
「はい。調子いいですし、後遺症の類もないです」
「そりゃよかった」
退院した時点で、体調に問題がないことは聞いていたが、本人からも問題ないことを聞ければ、安心する。
「一人かい?」
「はい。・・・・・・モリヒトさんは、・・・・・・両手に花?」
ルイホウとクリシャと二人いれば、そういう反応もあるか、とは思うけれど、
「一人だと寂しくない?」
「・・・・・・モリヒトさんも、ナンパですか?」
くすくすとミーナに笑いながら言われて、モリヒトは肩をすくめる。
「そんなつもりはないんだけどね」
「まあ、トキトさん。祭の間は忙しいでしょうし」
ミーナが少し寂しそうにしているように感じられて、ふむ、とモリヒトは顎をさする。
「『竜殺しの大祭』の本番が終われば、暇もできると思うけどね」
「ああ、多分それはそうなんだろうなって思ってます。この時期、お城に勤めている人は、お祭り楽しめないのは分かってるので」
城に勤める者にとっては、『竜殺しの大祭』が終わった後の、後祭こそ、祭の本番、となる。
この時期になれば、政務を一時止めてでも、祭に参加することも許される。
つまり、それだけ、後祭の方が派手である。
「トキトさんも、後祭なら来るでしょうし」
「約束したのか?」
「・・・・・・・・・・・・」
ミーナがにっこり笑った。
なんか迫力があるのは、
「・・・・・・あー、約束してないのか?」
「はい。前祭が始まるまで、何度かお店に顔見に来てくれているのに、そういうお話、一回も出ませんでした」
ふふふふふふふ、とミーナが笑っている。
「ヘタレだなあ、あいつ」
「まったくです。明らかに誘いに来ておいて、待っているのに、一切誘いの言葉を言わずに帰るとか、どうなんですか?!」
「・・・・・・想像以上にダメだろう、あいつ」
というか、
「待ってたのか」
「そりゃ・・・・・・!」
む、とした顔をしたミーナが、気付いたようで顔を赤くした。
「あうう・・・・・・」
「ふうん?」
やっぱり、なんだかんだナツアキは上手くやっているのかもしれない。
それはそれとして、
「だとすると、今日は一人で?」
「いえ、他の友達と待ち合わせを」
「ほう?」
「・・・・・・女の子ですよ?」
そんなモリヒトの頷きをどう思ったか、ミーナがそう付け足した。
「男友達はおらんのかい?」
「んー、モリヒトさんくらいですかね」
「トキトの方は?」
「・・・・・・トキトさんは、私とお友達以上になりたいと思ってると思いませんか?」
「嫌なのか?」
「ふふ。それは、トキトさんが言ってくれるまで待ちます」
「なるほど」
ミーナの方は、もう決めてる感じがするし、
「見てて一番楽しい時期はすでに終わってるか」
「その反応は趣味が悪いと思うんですよ」
ミーナが苦笑した。
ただ、
「・・・・・・んー、で? いつまでトキトって呼ぶんだ?」
「あ、それ聞きますか?」
「やっぱ気づいてるか」
「というか、何だったら最初に会った時から気づいてますよ? 本人が隠しておきそうだったので突っ込みませんでしたけど」
「気づいてて、あんだけ『守護者ナツアキ』を持ち上げてたのか?」
「見てて面白かったので」
くすくすと笑うミーナを見て、モリヒトはルイホウへと顔を向ける。
「このお嬢さん、かなりいい性格してるぞ」
「普通では? はい」
「・・・・・・あ、そうすか」
どう反応を返せというのだ、と思うが、クリシャの方は、にこにこしている。
「幸せそうでいいじゃないか」
「まあ、平和ではある」
** ++ **
ミーナが友人と合流したので、モリヒトはそこで別れた。
「ナツアキは、どうする気なのかね?」
「何がだい?」
「うん。まあ、あいつ、最初のころは、こっちに残るかどうか迷ってたからよ」
「ああ、そういうこと」
ミーナのことがあるから、残る選択をするかもしれないが、
「振られたから帰るかね」
「今の様子を見ている限り、振られるってことはなさそうだけど?」
クリシャの言う通りではあるが、
「実際、けじめつけるのにどんくらいかかることやら」
「なんだか、保護者目線だね」
「・・・・・・うーむ」
そんな風に言われてしまうと、モリヒトとしてもどう返したものか、と思ってしまう。
それほど面倒を見たわけではないし、そんな目線になる理由もないはずだが、
「ま、放っておいてもうまくはいくだろう、あっちは」
「そうですね」
屋台から飲み物を買って、ルイホウとクリシャのそれぞれに渡す。
「やっぱり、平和だよなあ」
見回りだなんだ、と出歩いてはいるが、取り越し苦労だったか、と思わなくもない。
「祭りで遊び歩くのが目的かと思っていたけれど?」
「それも目的ではあるけれど、表向きの言い訳の方も、決して軽視していたわけではないのだぞ?」
「ぞ? じゃないよ。遊んでいるようにしか見えないよ」
やっていることは、遊び歩くだけだから、それは当たり前だ。
ルイホウやクリシャと一緒に、屋台を歩いて、甘いものを食べたり、飲み物を飲んだり。
見た目のいい二人を引きつれているおかげで、モリヒトに向くヘイトじみた視線もあるが、モリヒトは気にしても仕方ないと思っている。
ルイホウと二人で歩いている時ですら、そういう視線は向けられていたので、もう気にしても仕方がない。
「・・・・・・目立ってるから、見つかってないってことはないだろうし、やっぱり何もないかな」
「一応、前祭は、明日まであるけど?」
「でもよ。儀式場まで、馬車で移動して、半日以上かかるんだぞ? 『竜殺しの大祭』に何か仕掛けるなら、もうあっち行ってるだろうし、逆にこっちで何か仕掛けるつもりなら、なんか引っかかると思うんだよなあ・・・・・・」
いくら警備が薄くなるとしても、王都は王都だ。
何の準備もなしに、何かできるようなことはないだろう。
「・・・・・・今のところ、異常はない、と」
「そうなりますね。はい」
ルイホウの頷きを受け、空を見やる。
「ま、日が沈むまではまだ時間あるし、もう少し見回りするか」
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『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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