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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第5章:竜殺しの大祭
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第10話:前祭・二日目(3)

 街の雰囲気は、やはり昨日に引き続いてにぎやかだ。

 先ほど、大通りを王の行列が通り過ぎていったばかり、ということで、多少ざわついている感はあるが、おおむね平穏である。

 行列が通り過ぎている間は閉まっていた屋台も、今は客の呼び込みを再開している。

「ふむふむ」

 そんな屋台を適度に冷やかしつつ、モリヒトは歩いていた。

 手には、買い食いの品が握られている。

 どう見ても祭を満喫している。

「二日続けてだっていうのに、よくもまあ、テンションを保てるね?」

「楽しむのにテンションはいらない。元気な体があればいい」

 そういうものかな、とクリシャは首を傾げているが、モリヒトはというと、

「というか、ちょっと無理にでもテンション上げないと、二日酔いにひびく」

「寝てればよかったんじゃない?」

「正論を言うな」

 寝ていたところで、解決することもない。

 出歩く目的自体は、昨日と同じ。

 何か起こった場合に備えての、対策である。

「でもさ」

「言いたいことは分かる」

 クリシャの言葉を、モリヒトは遮った。

「何かあるなら、儀式場の方だって言うんだろう?」

「うん」

「ただ、あっちは警戒厳重だ」

 当然の話ではある。

 今回の『竜殺しの大祭』は、それだけ重大事なのだ。

 国境や街道沿いの警備などは、テュールの軍だけでは手が回り切らず、オルクトからも、補助の兵が貸し出されていると聞く。

「それに、何かあるなら当日だろうが、当日はセイヴがいる。・・・・・・なんか起こってもどうにかなるだろう」

「確かに。当日は、部外者となると接近するだけで迎撃されることになるでしょうね。はい」

「俺やルイホウなら、まあ、見学くらいならできるかもしれんが」

「あれ? モリヒト君。儀式に影響出すから行かないって」

「行かないよ? ただ、自主的にそう言ってるだけで、禁止されてるわけじゃないし」

「一応、これまでに得た情報などから、モリヒト様がいても問題なく儀式を行える準備は整えてあります。はい」

 余計な労力をかけることもないだろうから、行かないことにしただけだ。

 守護者でもないし、ルイホウも行かないし。

「ルイホウ君は、後進のためだっけ?」

「ええ。今後の巫女衆は代替わりしますから。私がいると、邪魔になりかねませんし。はい」

 モリヒトの傍にいる、という名目で、儀式から身を引いた。

 ユエルが今後の巫女衆の中心となり、巫女衆の業務、魔術儀式の中心となるなら、ルイホウの存在は邪魔になりかねない。

「・・・・・・厄介な出自だねえ?」

 察して、クリシャが言うと、ルイホウは微笑んだ。

 ルイホウの中では、もう決着のついていることなのだろう。

「まあ、とにかく、俺としては、その間に王都やら城やらに何か仕掛けられてもかなわんし、見回りをしておこうと」

 どこまで力になれるかはわからんがなあ、とモリヒトは頭をかく。

 実際、この広い王都。

 モリヒトとルイホウとクリシャの三人で巡ったところで、全部を見回ることができるわけもない。

「というわけで、半分以上は建前だな。本音としては、面倒な儀式やらはさぼった上で、祭を余すところなく楽しみたい」

 はっはっは、とモリヒトは笑うが、ルイホウは苦笑するだけだ。

 クリシャは、そんな二人を見て、ふうん、と頷いて、

「ボク、お邪魔かな?」

「全然? 二人で回るのは、昨日やったし」

「ああ、そう?」

 クリシャがルイホウを見れば、ルイホウは笑みで頷く。

「正直に言って、モリヒト様はあっちにふらふらこっちにふらふらと落ち着きがないので、お目付け役が多いのは助かります。はい」

「・・・・・・こんなこと言われてるけど?」

「ははは」

 笑ってごまかした。

 昨日は、一応デートのつもりだったので、そういう思い付きによるふらふらは抑えたつもりだったが、ルイホウ的には足りなかったらしい。

「まあ、今回は、お小遣いをもらったので」

「お小遣い・・・・・・?」

 クリシャが首を傾げたが、モリヒトは財布を取り出す。

 ずっしりと重い。

「・・・・・・誰から?」

「大臣閣下」

 ベルクート・ライオニッツ。

 テュール異王国の文官の長である、内務大臣の地位に就く御仁だ。

 今は内務大臣だが、ユキオが新王として即位すれば、宰相位に就くことになるであろう人物だ。

 初老で、オルクトの宰相であるビルバン・ヒルテリトに比べると、温和な顔をしている。

 外敵のいないテュールでは、押し出しの強さより、穏やかさの方が重要らしい。

 優秀で、今はナツアキの師匠のような、上司のような、そういう立ち位置の人だ。

 その人物が、朝方訪ねてきて、この財布の中身を置いていった。

「なんか知らんが、祭りで使えとさ。・・・・・・一応意図は聞いたけど」

「なんて?」

「クリシャをおもてなししろってさ」

 ふむ、と首を傾げた上で、

「あの人ひょっとして、クリシャのファンなんだろうか・・・・・・?」

「本人に聞かれたら怒られますよ? はい」

 モリヒトの冗談をたしなめつつ、ルイホウも首を傾げた。

「しかし、なぜでしょうか? はい」

「あー・・・・・・。なるほど。そういう・・・・・・」

 一方で、クリシャの方には、思い当たる節があったらしい。

「ん?」

「いや。そんな大したことでもないんだけどね。あの子の母親って、多分昔ボクがここに連れて来た混ざり髪の子だなーってくらい」

「めっちゃ大したことじゃん」

 それを恩に感じての行動だろうか、と思ったが、

「そう思ったら、自分のこといい人だと思ってもらえそう、くらいには思っているでしょうね。はい」

「・・・・・・あの大臣閣下って、そういう人?」

「そう言う方です。はい」

「うわこわ」

 ドン引きである。

「曲がりなりにも、一国の内務の長だよ? そのくらいは腹芸するさ」

「結構な大金なのに・・・・・・」

 ずっしりと重たい財布を上下する。

 中でちゃりちゃり、ではなく、じゃりんじゃりん音がする。

「個人では、でしょ。国単位で見たらはした金もいいところっていうか、大臣クラスなら、個人でも小銭レベルだよ? それ」

 クリシャにそう言われて、むう、とモリヒトは唸る。

 その後で、

「まあ、金に罪はない。別に怪しいお金でもなし、あぶく銭ならば堂々と使ってしまおう!」

「いいのかなあ?」

「使えって言われて渡されたんだから、使って何が悪いか」

 はっはっは、と笑うと、モリヒトはさっそく屋台の一つに突撃していった。

「とりあえず、なんか買ってくる」

「はいはい」

 ついていきます、とモリヒトの後を追ったルイホウを見送り、クリシャは、はあ、とため息を吐くのであった。


** ++ **


「まあ、あれだ」

 大金、とはいったところで、財布の中身は、小銭ばかりだった。

 屋台で使うことを想定していたのであろう。

 準備がいいことである。

 回れる屋台でふるまう分には不足せず、大道芸人におひねりを投げ、どうでもよさそうな土産物に金を出す。

「・・・・・・これなんだろうね?」

「自分で買っておいて、その言い草は何ですか? はい」

 モリヒトは、公園の開いたベンチに腰を下ろし、手に持った土産ものを矯めつ眇めつする。

「何だろうか。これ」

 首飾りのようにも見え、壁掛けの飾りのようにも見え、ただのおもちゃにも見える。

「・・・・・・素材は、多分牛の角だね。それに彫刻を施して、飾りにしている、んだと思う」

「色をつけて、小さいけど宝石みたいなのもついてるね」

「川原で拾えるような石を磨いたら、こういうのの一つか二つくらいは出てくるよ。要は、元手はタダのくず石」

 屋台で買える程度のものだから、そんなに高いものではなかった。

 安くもなかったが。

「まあ、お土産ってことで」

「誰に?」

「普通に持って帰って、部屋に飾るんだが?」

「そうなんだ」

 くっくっく、とクリシャは笑っている。

「だって、安物とはいえ、デザインは悪くないぞ? これ」

 子供っぽいことを言って、とルイホウは呆れている。

 クリシャは、まあまあ、と笑いながら、

「でも、お小遣いだいぶ減ったんじゃない?」

「それが、意外と減らない」

 どんだけもらったんだ、という話ではあるが、

「そもそも、二日酔いの体で、屋台飯をそんなにたくさん食べられなかった」

 時間が過ぎて、もうだいぶマシにはなっているが、それでも、三人ではそれなりだ。

「ま、楽しいからいいけどね」

「当初の目的、忘れていませんか? はい」

「見回り? 今のところ、問題はなさそうだしなあ・・・・・・」

 たまに、人気のないところで、魔術による探知を挟んだりもしている。

 一応、念のため、だ。

 だが、そういうところも、特に何かは発見できていない。

「今日は、問題起こりませんでした。でいいと思うけどね」

「問題が、起こってほしいわけじゃないものね」

 ふふ、とクリシャは笑っている。

 その手には、氷菓子。

「・・・・・・そう言えば、この国って、農産物そんなにないよね?」

「畑がそもそも少ないですから。農作物の大半は、輸入品ですね。はい」

「その割に、オルクトでは見かけなかった甘味とか、結構あるよね?」

「あー、それは、あれだ。異世界からの知識の流入のせい」

「・・・・・・それだけか?」

「うまくできたやつは、オルクトにも流れるよ? ただ、そういうのを作ろうっていう発想までは、なかなかオルクトまでは流れないんだよね。だから、テュールでそういう、技術的なのが発展してるんだ」

「へえ・・・・・・」

 案外に、テュールはテュールで、強み、のようなものを持っているらしい。

「強み、と言い切るのはどうでしょうか・・・・・・。いろいろ入ってきたはいいものの、混ざり合って、混沌としている状態ですし、オルクトの方にその上澄みだけが伝わっている、という見方のほうが正しいかと思います。はい」

 なんだかねえ、と思いつつ、モリヒトは、手に持った飾り物を、とりあえず首にかけて、立ち上がる。

 まだ、祭をしている場所はある。

評価などいただけると励みになります。

よろしくお願いします。


別作品も連載中です。

『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』

https://ncode.syosetu.com/n5722hj/

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