第8話:前祭・二日目(1)
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
顔をしかめるモリヒトを見て、ルイホウは、はあ、と大きくため息を吐いた。
「・・・・・・二日酔いですか? はい」
「頭痛い・・・・・・」
あー、と唸りながら、モリヒトは長椅子の背もたれに背を預けて、ぐだー、と伸びる。
「・・・・・・水」
「はい、どうぞ。はい」
ルイホウから差し出された水を口に含み、
「水が甘い・・・・・・」
「ただの水なので、味はないはずですよ。はい」
酒で荒れた舌と喉には、甘く感じるのだ。
「朝食、食べられますか? はい」
「食うよ。・・・・・・ちょっと無理するけど」
言いながら、モリヒトはあうー、と唸るのであった。
** ++ **
「よし、ちょっとすっきりした」
朝ごはんとして出てきたご飯に、お茶をかけて流し込む。
温かいお茶を、ゆっくりと口に運んで、はふ、と息を吐く。
少し食休みを取ったところで、少しは体調が戻ってきた。
とりあえず立ち上がり、あまり頭を振らないように歩く。
「また、今日も街に出るんですか? はい」
「ん。ちょっとふらふらするけど、外に出て風に当たった方がましな気がする」
「まあ、お付き合いしますけれど。はい」
「たのんだー・・・・・・」
顔を洗おう。
外に出て、動いて多少の汗をかけば、マシにはなるだろう。
「ともあれ、今日、ぐらいかね?」
明日は前日。
『竜殺しの大祭』の二日前である今日こそ、なにかしら起こる、かもしれない。
** ++ **
酒宴は、壺の酒を飲み干したところで終わった。
モリヒトも、あれからツマミとの相性の良さに杯を重ねたし、セイヴもイザベラもなんだかんだとモリヒトの倍は飲んでいる。
ルイホウは控えめではあったが、それでもなんだかんだと飲んでいる。
結構呑んだなあ、と思いつつ、モリヒトが一番飲んでいない。
四人の中で、一番モリヒトが酒が弱かったようだ。
「モリヒトよ」
去り際、立ち上がるのも困難になる程度には酔っぱらったモリヒトに、セイヴは声をかけた。
多少赤らんではいても、しっかりと自分の足で立って歩ける程度には、無事な様子である。
壺の中身は空となり、皿の上にももう残りはない。
呼んだ侍女たちが、それらの片付けを終えた後、水を入れた杯を傾けていたセイヴは、モリヒトを見ていた。
「お前、何を狙っている?」
声をかけられた方は、テーブルに突っ伏して、首だけ曲げて、セイヴを見た。
「何って、なにがー・・・・・・」
声に力はない。
顔の前に置かれた杯には、少し冷ました白湯が置かれている。
「・・・・・・あめー・・・・・・」
その白湯を飲んでの、モリヒトの感想である。
「こら、聞け」
「だから、なにがー・・・・・・さ?」
「だめだ。完全に酔ってる」
「飲ませ過ぎなのですわ」
「俺様の半分も飲んでないぞ? こいつ弱すぎるだろう?」
「いいえ。セイヴ様は、強いですわよ? わたくしとて、決して弱くはありませんが」
イザベラは、セイヴを見てそう言った。
責めるような口調はなく、どちらかというとモリヒトを労わるような視線を向けた。
ルイホウは、そのモリヒトの口元へと杯を運び、ちびちびと白湯を飲ませている。
「はあ。・・・・・・貴様、今日の昼、王都に出て成果はなかったのだろう?」
「あったぞー? ルイホウが可愛かった」
「それはさっき聞いた」
「あとなー。何もなかった」
「そうか」
「中に敵がいるはずなのになー」
ぼう、とモリヒトは声を上げる。
その声に、セイヴの視線は鋭くなる。
「敵だと?」
「べりがーる? あと、みけーるな?」
酔っているから、口調がぐだぐだなモリヒトが上げた名を聞いて、セイヴは、うむ、と唸る。
「なるほど。確かに、今この国、というか王都にいるらしい、とは聞いているが」
「我々に事件以前に接触してきましたし、事件の中でも姿を見ています。『竜殺しの大祭』があることですし、必ずまだこの国に潜伏しているでしょう。はい」
ルイホウの確信を持った頷きに、セイヴは唸った。
「多少は、警戒が必要か」
「じゃまはー、しねーと思うのよなー?」
「根拠は?」
「・・・・・・んー、かん?」
白湯を飲んでいる内に、多少はマシになったか、モリヒトはテーブルに突っ伏していた身を起こした。
また、杯をちびちびと傾けつつ、
「ベリガルの方は知らん。ただ、俺のことは嫌いだと思うし、俺の体質には興味あるだろう。・・・・・・ミケイルの方はな。俺は、あいつの天敵だからな」
天敵ではあるが、正面から対峙したら倒せないこともない天敵だ。
魔力を奪われれば、ミケイルは死にかねないが、死ぬ前に致命の一撃をモリヒトに叩き込むぐらいは、ミケイルにはたやすい。
それに、ベリガルが何かしらの対策を施す可能性もある。
「まあ、街中で仕掛けるほどには、向こう見ずってわけでもないだろうけど」
だが、街中で接触してくる、ぐらいはありえそうだというのが、モリヒトが街をうろついていた理由だったのだが。
「来なかった」
「そうか」
一応、何も考えていないわけではないのか、とセイヴはモリヒトを見やった。
「・・・・・・ふむ」
モリヒトを見たまま、セイヴはしばらく考え込んだ。
「いいか? 俺様は今回、やつらが何か仕掛けてきたとしても、おそらく助けには動けん」
「む?」
「『竜殺しの大祭』の儀式場にいることになる。そちらに何か仕掛けに来るならともかく、直接そちらを狙われでもせん限り、俺様は動けんぞ」
「いいよー」
モリヒトは、気楽に言う。
「想定してたしー」
「そうか」
「むしろ、お前がいると出てこない可能性高いから、一緒に来なくていいしー」
「おいおい。それで対抗できるのか?」
モリヒトは、危機感のない顔でへらりと笑う。
「対抗はしねえよ。戦っても勝てねえし?」
そこは、もうモリヒトの方にも自覚がある。
やり合うとしたら、ルイホウとクリシャに助けてもらわないとダメだろう。
できれば、近接でミケイルを押しとどめられるのが、一人いるともっといいが。
「もし、あいつが本気で仕掛けてくるとしたら、『竜殺しの大祭』の最中だよ。・・・・・・ただ、そうなる前に、何か仕掛けられたら困るなーってんで、餌と見回りやってんだ」
「・・・・・・そうか」
餌になっているかどうか、は、モリヒトにもわかっていない。
実際には、ただ遊びまわっているだけでもあるからだ。
ただ、出歩くことが無駄、ということもないだろう、と思っている。
ベリガルにとって、モリヒトは、いろいろな想定外の塊だ。
本番前に、何かしらの対処を狙う可能性は、十分にある、と思っている。
「・・・・・・こらー!」
そんなことをのんきに言い合っていたら、モリヒトの部屋に声が響いた。
そこにいたのは、クリシャだ。
「もうだいぶ遅いってのに、いい大人が何やってんの!?」
「酒盛り」
「なんでボクを呼ばない!? じゃなくて・・・・・・」
横に置いて、
「そっちの魔皇様は、明日も早いでしょ! モリヒト君も、酔っぱらってるなら、さっさと寝なさい」
「お母さんか」
「やかましい」
何はともあれ、それで解散となった。
** ++ **
「・・・・・・今日は、ボクもついて行くからね?」
ルイホウを伴って、城の入り口まで行くと、そこにクリシャが待っていた。
「何か用でもあるのか?」
「護衛だよ。何かあると大変だからね」
「俺の?」
「一応ね。・・・・・・ボクもいた方が、間違いはないでしょ?」
「まあね」
いてくれる分には、心強い。
「まあ、じゃあ、よろしく頼む」
「任せておいてよ」
どん、と胸を叩くクリシャに笑みを向け、モリヒトは門の外へと視線を向けるのだった。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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