第7話:前祭・一日目(5)
四人の、静かな酒宴は続いている。
「つか、この酒つえーよ」
「そりゃあまあ、蒸留酒だからなあ・・・・・・」
酒精がきつい。
炙り肉との相性がよくて、なんとなく一杯あけてしまったが、もうこの時点で結構酔いが回っているように感じる。
「うーむ?」
ひょい、と手を伸ばし、手元に発動体のブレイスを引き寄せる。
「―ブレイス―
水よ/集い/凍り/落ちろ」
軽い音を立て、杯の中へと氷が落ちる。
「うーむ・・・・・・」
軽く杯を回して、からからと回して、そこに、水差しから水を足す。
もう一度、からからと回して、
「うむ。飲みやすい」
「おう。変な飲み方してんじゃねえよ」
セイヴに言われて、け、と笑う。
「軽く冷やして水で割ると、少し飲みやすくなるんだよ、と」
水割って、こういう飲み方じゃなかったっけ、と思いつつ、口に含む。
最初の口の中を焼くようなが、がつんとした味はなくなって、まろやかになった、気がする。
もう酔いが回っている舌では、あんまりよくは分からないけれど。
「がー、と行けよな。酒はそう飲め!」
「・・・・・・飲み過ぎて前後不覚なんていうのは、俺は嫌いなんでね」
泥酔なんていうのは、本当にアホがやることだ。
ともあれ、自分で強いとは思っていない酒なのだ。
ゆっくりのんびり飲みたい。
「つか、これ、わざわざ国から持ってきたのか?」
「おう。まあ、土産の一つだな。前の異王は、まあ、この酒が好きだったんだよ」
「ユキオはまだ飲めないだろ」
「言われた。未成年なので飲めません、だと。・・・・・・こっちに、そんな決まりはねえんだがな」
「単純に、御雨と酒飲むのが嫌だったんじゃねえの?」
「言うなよ、本当だったら傷つくだろうが」
「ははは」
のんきに笑い合う男二人を見て、ルイホウとイザベラは顔を見合わせて肩をすくめる。
「ともあれ、だ」
「うん?」
そうしてちびちびと酒をやっているモリヒトに、セイヴが声をかけた。
「お前、今日はうろうろしていたみたいだが、なんか収穫あったのか?」
その問いかけに、モリヒトは笑う。
「ふっふっふ。甘く見るなよ?」
「ほう?」
「何もなかったとも」
「・・・・・・・・・・・・おい」
胸を張るモリヒトに、セイヴは、咎めるような目を向ける。
「せいぜい、ルイホウと仲良くできただけだって」
それで満足そうに笑っているモリヒトに、はあ、とセイヴはため息を吐く。
「なんだのろけか」
「うらやましいのか?」
「そんなわけ「大変にうらやましいですわ」・・・・・・あるか・・・・・・」
途中でセリフを遮られ、セイヴの言葉が小さく続く。
そのセリフを遮った当の本人はといえば、頬に手を当て、ほう、とため息を吐いた。
「いいですわね。二人で祭の喧噪の中をデートとは・・・・・・」
もう一度、ほう、とため息を吐いた。
「・・・・・・セイヴ、お前、ちゃんと家族サービスしてる?」
「む・・・・・・」
モリヒトがひっそりと聞くと、セイヴは唸って、腕組をして黙り込んだ。
顔はそっぽを向いている。
「はあああ。ダメな男だねえ~」
「モリヒト様が言えた義理ではない気がしますが。はい」
「・・・・・・・・・・・・」
にやにやしていたところで、ちく、とルイホウに言われて、モリヒトが黙り込む。
「・・・・・・・・・・・・ふ」
「あ、笑ったか?! 笑ったか今お前!!」
ぎゃあぎゃあとやりだした男二人を置いて、イザベラは、ふう、とため息を吐いた。
「陛下ったら、いつもリズと楽しそうなことばかりして」
「いや、それはな・・・・・・」
「あれ? そういや、リズはどうしたんだ? お前の傍を離れるなんて珍しい」
何やら拗ねたようなイザベラと、言い訳を始めたセイヴを見て、ふとモリヒトは思った。
アートリアであるリズは、持ち主であるセイヴの傍を離れる、というのが、正直よくわからない。
アートリアは、侍女とかそういう類のものではないのだから。
「ああ、リズは、今ちょっと休ませてる」
「? 何かあったのか?」
「アートリアは、ウェキアス、女神の種によって生まれる、要は、神器であり、それに宿る神の姿だ。使い手が消耗しない限り、ほぼ消耗はないんだが、今回は別だな」
「というと?」
モリヒトが聞くと、セイヴは軽く両手を広げて、
「この間、ここら辺で、なんかどでかいことやったろう?」
「あー」
この間の、アジトの襲撃戦のことだろうか。
最終的に、地脈から魔力を抜いて、もう一度地脈へと叩き込み直した。
それなりに大規模なことをやったため、事件後、巫女衆総出で調査に当たったが、影響は少なかったという。
地脈に魔力を戻したおかげで、影響が少なかった、らしい。
「その件と直接関係があるわけではないんだが、情報が入った以上、こちらも少々警戒するべきか、と、いい機会だったんで、以前から怪しかった場所を、魔皇権限使って強制捜査した」
「・・・・・・ふむ。まあ、おかしくはないな」
「で、俺様も仕事があったんで、現場の確認はリズに任せてたんだが、一か所当たりがあってな」
「当たり?」
「ああ、稼働直前の儀式場を備えた場所があった」
稼働直前、ということで、教団員が詰めていたこともあり、決して小さくはないレベルで戦闘にも発展したという。
「で、それをリズがほぼ一人で制圧した」
「アートリアって、そんなこともできるのか?」
「普通は、主から離れて長時間行動するのは無理です。それだけ、アートリアとしてのレベルが高い、と思ってください。はい」
「ふむ」
アートリアは、主からの魔力供給を受けて顕現する。
そうである以上、魔力を受け取り切れないほどに離れることは、不可能だ。
その身に魔力を貯めることはできないでもないが、それでも、一般的には長くても一時間程度が限界だという。
それに対し、セイヴとリズは、魔力を貯めれば、数日離れて行動することも可能だという。
それを利用して、リズはセイヴの代理として仕事をすることも少なくないという。
「ところが、その稼働直前の儀式場にリズが入った瞬間に、魔力を食われたらしくてな、一時的にウェキアスに戻った」
「それは、大丈夫なのか?」
「アートリアとして顕現できないレベルで強制的に魔力を抜かれると、ちょっと回復に時間がかかる。姿を取るだけならともかく、戦闘まで含めると、ちょっと心もとないんでな。今は休ませている」
「大丈夫なのか?」
「『竜殺しの大祭』までには戻る。とはいえ、今は回復に集中するように言ってある」
それで、客室として割り振られた部屋に置いてきたという。
曲りなりにも国宝に類するだろうに、それを置いてきていいのか、と思わなくもないが、主のいるウェキアスは、持ち出すのは不可能だから、問題ないらしい。
むしろ、寝ずの番人としても使えるという。
「・・・・・・とにかく」
こほん、とイザベラが話を戻した。
話を逸らした自覚はあるので、モリヒトはおっと、と口をつぐむ。
「セイヴ様ったら、いつもリズとばかり外出して、楽しそうに遊んでおられるんですのよ? ひどいと思いませんか?」
「それはひどい。ひどいな。うん」
「お前、今何も考えずに同意したな?」
「わたくしだって、たまには体を動かしたいのに・・・・・・」
「ん?」
イザベラの言葉に、モリヒトが首を傾げる。
「外で遊ぶ?」
「こいつ、俺が外で暗殺者とかと遊んでるのを、一緒に連れていけって言うんだぞ? あり得るか?」
「それを自分で対処している、お前が一番ありえない」
正論のはずだ。
「ふん」
セイヴは鼻を鳴らして、そっぽを向く。
「まあ、遊びに出たいのは分からんでもないけどよ」
「ほう?」
「俺は、結婚はしたことないしなあ。王様でもないし」
適当な一般論しか言えないが、とモリヒトは前置きした上で、
「妊娠中の嫁さんほったらかして、外で遊ぶのはどうかと思う」
しかも、遊び相手が暗殺者とか、過激すぎるだろ、と続けて言うと、は、とセイヴは笑った。
「俺様を狙いで来ているんだぞ? 俺様が相手してやるのが、一番早くて、確実だろうが」
「それ、お前がいない時の城の警備をどうすんだよ?」
「それで抜かれるような、アホはいない」
「だったら、お前も任せとけよ」
「むう」
もっと言ってやれ、という気配をイザベラから感じるものの、モリヒトは、けけけ、と笑うだけに留める。
「立場ってもんがあるだろうが。いつまでもそんなだと、生まれてくるお前の子供も真似するぞ?」
「む」
「もしくは、母親があんな父みたいになってはいけません、というとかか?」
どっちにしろ、ダメージが大きそうな話である。
けけけ、とモリヒトが笑うと、セイヴは、くそ、と唸る。
「どっちにしろ、そろそろ落ち着けよ」
「いまだにふらふらしているのは、モリヒトの方も同じだろうが」
「俺は、立場自体が、まだふらふらしてるからなあ・・・・・・」
しょうがないしょうがない、とけらけら笑って、杯を煽る。
「あー・・・・・・」
本格的に、酔いが回ってきている気がする。
「うん。とりあえず、なんか定職が欲しいところだ」
「お? 働くのか?」
「別に、このまま城にいてもよいのですが。はい」
ルイホウの言葉を聞いて、うーん、とモリヒトは唸る。
「だって、そうしないと、ルイホウさんのヒモになるじゃないですか」
「は?」
ルイホウが首を傾げたのに、モリヒトはけけけ、と笑う。
「・・・・・・ま、ちょっとした意地、みたいな?」
「ほう?」
「あら?」
「も、モリヒト様? 何を言っているんですか? はい」
セイヴとイザベラが感嘆したような声を上げたのに、ルイホウが少々上ずった声を上げる。
ふら、と揺れる頭で、モリヒトは、うーん、と唸って、
「なんだっけ?」
「酔ってんのか?」
「酒飲んでんだから、酔ってんだよ」
そう言って、モリヒトは、またけけけ、と笑う。
「ま、いろいろけじめにするにはいい時期だろ?」
区切り、ともいう。
こちらの世界で生きていく。
そう決めたなら、ちょうどいい。
けけけ、と笑い、横目にルイホウを見ながら、内心で、さて、とモリヒトはちょっと決心を固めるのであった。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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