第6話:前祭・一日目(4)
夜のことだ。
空に月がある。
満月の一歩手前の月だ。
冴え冴えとした、青白い月が空にある。
その下にある王都では、今も煌々と明りが焚かれ、人々が祭りに酔っている。
王城までくれば、さすがに静けさが勝るものの、それでもその喧噪は届いていた。
「今日は、何もなかったな」
「そうですね。はい」
王城の自室として割り振られた部屋で、モリヒトは遠くに祭の喧噪を聞きながら、のんびりとしていた。
テーブルに軽食を置いて、椅子に腰を下ろし、窓を開いて外からの音を聞いていた。
つい先ほどまでは、セイヴやユキオ達は、会食をしていたそうだ。
マナーとか面倒そうなので、城下で適当に屋台の飯を食らってきたモリヒトとルイホウである。
ルイホウからは、さりげなく嫌味を言われたが、笑って流した。
これも、モリヒトがまだ、この国においては公的な立場を持っていないからできるわがままだ。
そろそろ、モリヒトにも公的な立場を、という声も上がっているが、そうなるとどこに、という点で、少々もめているらしい。
体質的には、モリヒトは地脈関連の研究機関かどこかがいいのではないか、と言われている。
魔術師として、それなりにやれる能力を持っている、ということから、魔術師としての職を与えることも考えられる。
特に、今代の女王となるユキオは、武力ではアトリ、政務ではナツアキ、祭事や侍従としてならアヤカがいるが、魔術としての補佐が少々薄い。
アヤカが兼任してもいいが、そこをモリヒトが就くなら、負担も減るだろう。
モリヒトがいなくても、巫女衆を抜けてルイホウが就くことも、候補には挙がっている。
ともあれ、
「俺の身の振り方、ね・・・・・・」
「『竜殺しの大祭』が終わり、ユキオ様の即位が終われば、今までみたいななあなあで済ませるのは少々難しいでしょうね。はい」
不可能ではない。
正直、モリヒトの体質は扱いづらい。
本家にはかなわないとはいえ、真龍の体質の一部を保有する、ということは、この世界においては、神の力の一部を持っているに等しい。
そして、困ったことに、その力が安定してモリヒトのもとにあるかどうか、というのはわからないのだ。
モリヒトの身柄を安全に扱うなら、オルクト魔帝国に行った方がいい、というのもある。
「ま、俺は、ここでいいと思ってるけどね」
テュール異王国は過ごしやすい。
地方と都会の差、のようなものは、テュールとオルクトの間にあるが、どちらが過ごしやすいか、というと、テュールの方な気がする。
というか、
「オルクトに行ってもなあ・・・・・・」
「なんだ? 俺様の国に不満なことでもあるってのか? あん?」
のんびりしているところに、セイヴがずかずかと入ってきた。
「・・・・・・ノックくらいしろよ」
「扉は開いてたぞ?」
「それでも、だ。礼儀だろ?」
「はっはっは、お前が俺様の国についてなんかぼやいているのが聞こえたものでな」
「大した地獄耳だな」
ふ、とセイヴは笑って、モリヒトの対面に座ると、どん、とテーブルの上に壺を置いた。
「・・・・・・何?」
「酒だが?」
「いや、酒だが、じゃねえよ。何持ってきてんだ」
「飲めるだろう?」
「だからそうじゃねえ・・・・・・」
ああもう、と頭を抱える。
「お前、何酒盛りする気でここに来てるんだ?」
「なんだ? この城で俺様が酒盛りする相手など、お前しかいないだろうが」
はっはっは、とセイヴは、大声を上げて笑い、壺と一緒に持ってきていた杯をテーブルに並べた。
「・・・・・・四つ?」
杯の数は四つ。
それを見てモリヒトは首を傾げたが、
「あらあら陛下。置いていくなどひどいのでは?」
聞こえた声に、びく、と肩をすくめた。
モリヒトが、声の聞こえた入り口へと目をやると、カートを押すメイドを後ろに従え、イザベラが部屋へと入ってきた。
「こんばんは。モリヒト様?」
「・・・・・・・・・・・・こんばんは。イザベラ第二妃殿下」
「あらあら。他人行儀ですわね。夫同様、呼び捨てにしていただいて構いませんのよ?」
「他人の嫁さんを呼び捨てにするのは、俺でもさすがに失礼かなあ、と」
モリヒトが、頬をひきつらせながら答えるのを、うふふ、と笑いながら見つつ、イザベラはセイヴの隣の椅子に腰を下ろした。
「ルイホウさん。貴女もお座りになって?」
「・・・・・・失礼します。はい」
イザベラに促されるまま、モリヒトの隣にルイホウが腰を下ろした。
その横で、セイヴがどこか上機嫌に、壺から杯へと酒を注いだ。
その様をモリヒトは睨むように見る。
内心では、なんでイザベラを連れてきたのか、とセイヴを問い詰めたいところだが、
「・・・・・・・・・・・・」
じ、とモリヒトを見つめるイザベラの視線に、何も言えずに口をつぐむ。
「ほれ。じゃあ、乾杯と行こうか」
メイドがカートから、テーブルの上へと炙った肉や魚などのつまみを並べ終えたのを見て、セイヴが杯を手に取った。
諦めのため息を吐きつつ、モリヒトも杯を手に取り、それにならって、ルイホウ、そしてイザベラも杯を取る。
「『竜殺しの大祭』に」
セイヴが軽く掲げたその杯に倣うように、モリヒトも軽く杯を掲げ、酒を口に運ぶ。
「・・・・・・・・・・・・?」
首を傾げたのは、飲んだことのない味だからだ。
「・・・・・・どこの酒だ?」
「黒酒。・・・・・・蒸留酒を、黒の森の木で作った樽に保存したブランデーだな。深いが、透明感のある黒が特徴の酒だ」
ほう、と唸りながら、モリヒトはもう一口、と口に運ぶ。
オルクトにいた時には飲まなかった酒だ。
果実のようなさわやかさや甘さもない。
酒の味というより、アルコールの焼けるような感覚が、口に含んだ瞬間に、がつん、と来るのだが、飲み込んでしまうと、不思議と柔らかい後味が残り、鼻へと木の香りが抜ける。
「・・・・・・むう」
モリヒトがもう一口、とやっている間に、セイヴが皿の上の炙り肉を一つ手に取ったのを見て、同じようにモリヒトも食べる。
「・・・・・・へえ・・・・・・」
よく合う。
味付けはシンプルに塩コショウだけで、香りづけもされていないように思う。
だが、不思議と酒の風味を邪魔することもなく、炙り肉を一口噛み千切って飲み込んだ後、脂の味の残る口に酒を流すと、脂が甘味を増したように思う。
「・・・・・・うん」
もう一つ、と炙り肉に手を伸ばすモリヒトを見て、セイヴがにや、と笑った。
「肉の方は、黒の森の木を炭にして、その火で炙ったものだ。・・・・・・いい具合に合うだろう?」
「・・・・・・うむ」
「おいこら。なんかもう少し反応しろよ」
まったく、とセイヴはぼやくが、モリヒトは酒と肉の組み合わせにはまったようで、無言で消費している。
「・・・・・・む」
そうしているうちに、杯の酒を飲み干した。
「・・・・・・モリヒト様、どうぞ。はい」
ルイホウが、壺を手に取って、モリヒトの杯へと酒を注いだ。
「ありがと」
「どういたしまして。はい」
ふふ、と微笑み、ルイホウも杯を口に運んだ。
「・・・・・・申し訳ありませんわね」
そんな二人を見て、イザベラが軽く謝罪をした。
「・・・・・・何が?」
その謝罪を受けて、モリヒトは手を止めて、首を傾げた。
「いえ、夫の気の置けない飲みを、わたくしが邪魔をした形になってしまうでしょう?」
「別にいいよ? むしろ、公務とはいえ、旅行先であるには違いないのに、そこで嫁さん放って飲みに出たら、それは男としてどうかと思うだけ」
「あら。では、一緒に来て、逆によかったのでしょうか?」
「いやあ。・・・・・・やっぱり、セイヴって尻に敷かれてるよな」
「おい」
モリヒトの答えに、セイヴが眉をしかめたが、
「あらあら。いやですわ。わたくしもお姉様も、陛下を立てていますわよ?」
ふふふ、とイザベラは笑った。
ちなみに、イザベラがお姉様と呼ぶのは、第一妃のことである。
「まあ、他所の家の中のことまで、口出す気はないよ」
モリヒトの常識は、この世界の常識ではない。
まして、イザベラのそれは、さらに隔絶した上流階級のそれだ。
正直、モリヒトの理解は及びにくい。
だから、モリヒトが察せるのは、結局セイヴとイザベラの間の、男女関係くらいだ。
半分政略結婚であったろう二人だが、夫婦としてはうまくやっているように見える。
それだけだ。
「ていうか、正直なことを言うと、俺はやっぱりあんたが苦手だ」
ふん、と酒の勢いに任せて、モリヒトはぶっちゃける。
あら、とイザベラは軽く目を瞠るが、セイヴはけらけらと笑った。
「なんだ情けねえ」
「尻に敷かれてるお前に言われたかねえ」
「なんだとこのやろう」
「事実言われたからって怒るな」
「将来同類になるお前には言われたくねえよ」
「・・・・・・・・・・・・むう」
否定できんな、とモリヒトは、こっそりとルイホウを見やる。
その視線を受けて、ルイホウは、にこり、とモリヒトを見返した。
「・・・・・・うーむ」
また、酒と肉に戻ったモリヒトに、ふふ、とルイホウは笑みをこぼした。
酒宴は続く。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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