第5話:前祭・一日目(3)
「ほうほう・・・・・・」
大したもんだ、とモリヒトは顎に手を当てて唸る。
モリヒトが見ているのは、街中にあるステージだ。
そこで、演劇が開かれている。
魔術を使って演出を行い、演者の方も、魔術を使って立ち回る。
ど派手である。
火薬も使っていないのに起こる爆発。
滝のような水が立ち上がり、風に乗って紙吹雪が花びらと変わって散る。
「すげえなあ・・・・・・」
こればっかりは、元の世界では感じられない迫力だろう。
なにせ、全部実際にステージの上で起こっている。
観客席に危険が及ぶことはないが、臨場感は並ではない。
演目は、かつて巨大な瘤へと挑んだ勇者の物語だ。
オルクト魔帝国の建国の逸話をオマージュした、オリジナル作品であるらしい。
クライマックスへと突入する物語を、モリヒトは、ほうほう、と感嘆の声を上げながら、鑑賞するのであった。
** ++ **
「大したもんだ」
うむ、とモリヒトは笑顔で頷いた。
かなり子供っぽい顔で喜んでいるモリヒトを、ルイホウは微笑ましそうに見た。
「楽しそうですね。はい」
「楽しい!」
はっはっは、とモリヒトは笑った。
その顔は、演劇を見終わって、劇場から外に出る他の者たちと変わらない。
「割と、ありふれた題目なのですけれどね。はい」
ルイホウはそう苦笑したが、
「俺は見たことなかったぞ」
「まあ、そうですか。はい」
ルイホウが頷いている間に、モリヒトは近くにあった売店で、お土産を買っている。
「・・・・・・うむ」
「無駄遣いでは? はい」
演劇の中で勇者が使っていた剣の置物である。
劇の一場面で使われる、勇者が伝説の剣を抜くシーンの、台座に刺さっている剣である。
机の上に置けるサイズのもので、台座部分は文鎮として使えるし、剣部分は抜いてペーパーナイフとして使えるという、微妙な利便性がある。
「造形が細かい」
材質は、金属である。
きちんと加工はされているが、おそらく鋳造品だろう。
元の世界だったら、樹脂かなんかで作るだろう。
刃の部分は金属せいだが、柄や鍔の部分は、細かい装飾に鍔の中央に宝石のように光るガラス玉を入れられている。
「型に溶けた金属を入れての、鋳造品ですね。はい」
それなりにいい値段はしていたが、まあ買えた。
全部金属製なので、結構な重量があるが、なかなかにかっこいい品である。
「モリヒト様も、そういうものにロマンを感じる性質ですか? はい」
「割と好きよな。こういうのは。面白買った映画グッズとか、よく買ってた」
「ですが、その重いものを抱えたまま、まだ街を回りますか? はい」
「・・・・・・・・・・・・あ」
「考えてなかったんですか。はい」
はあ、とため息を吐いて、ルイホウは周囲を見回した。
「ん?」
「少々お待ちください。はい」
そう言って、ルイホウは近くにある店でモリヒトの持っている置物を預けてしまった。
「うん?」
「城に運んでもらいました。はい」
「・・・・・・便利なサービスがあるもんだなあ、おい」
せいぜい、預けておくくらいかと思ったが、
「こういうサービスは結構あります。利用されるので。はい」
「そうなの?」
「歴代の異王陛下様たちや、守護者様たち、皆、街を出歩くのがお好きで、その時に出た不満点などを解消していくうちに、できたサービスらしいですね。はい」
「そりゃすごい、と褒めていいのか?」
「さあ? どうなのでしょうか? はい」
しかし、便利なサービスである。
こういうものを見ると、元の世界のそれを見ているようで、モリヒトは戸惑ってしまう。
「便利だねえ」
城まで届けてくれる、というのはどうなんだろうか、という気もするが。
「この祭の中では、お土産ものも多いですからね。冒険者ギルドなら、この時期はオルクトの帝都『アログバルク』で、お土産を預かってくれるサービスもありますよ? はい」
ルイホウの言葉を聞いて、ううむ、とモリヒトは唸る。
「しかし、あの演劇はすごいね」
モリヒトは、演劇を思い返す。
「あれ、全部魔術だよな?」
「そうですね。演出の大部分に魔術を使用しています。はい」
「あれだけの大規模にやってるんだから、すごい魔術師がいるのかね?」
「いえ、おそらくは、魔術師はいないと思いますよ。はい」
「うん?」
** ++ **
魔術師という職業は、希少な職業である。
魔術を駆使すれば、様々なことができる。
ただ、魔術、というのは、安定して発動するのが難しい。
個人のイメージが重要な魔術は、使っている当人ですら、効果を安定させて発動するのが難しい。
魔術の効果を安定させるには、何度も使用することで魔術のイメージを自分の中で定着させていく修練が必要になる。
ただ、やはりイメージが共通になりやすい、生活の中で使用できそうな、例えば火を点ける、と言った魔術ならば、安定した発動はそれほど難しくはない。
それ以外でも、魔術をある程度使えるなら、一つか二つくらいは、安定して魔術を持てるものだ。
あるいは、ウリンの短縮詠唱のように、極めて短い詠唱で一種の魔術を速射できるように鍛えるやり方もある。
もっとも、短縮詠唱は、効果が一種に固定されるため、魔術師、というには能力が足りなくなる。
この世界で魔術師、と呼ばれる人間は、状況に合わせて最適な効果の魔術を安定して発動でき、そのための詠唱をある程度即興で組み立てられる能力を持つ。
「・・・・・・ほうほう。つまり、俺は魔術師を名乗れるのか?」
「ええ。モリヒト様ならば問題ないと思います。はい」
「しかし、詠唱を組み立てるってそんなに難しいかね?」
「・・・・・・慣れていないと、かなり難しいでしょうね。はい」
具体的な話を言うと、例えば戦闘中。
敵と味方が入り乱れている状況で、敵だけを攻撃する魔術を考える。
そのためにどういう魔術か。
例えば、火で全体を焼き払った場合。
その中で、味方だけが無事な状況を想像するのは困難だ。
では発想を変えて、火で矢を作り、それで敵だけを射るようにする。
これは、まだ想像しやすい。
だが、ここで弓矢について知っていると、矢というのはまっすぐに飛ぶものだ、というイメージから、狙った相手にばかり当てるのが難しくなったりする。
モリヒトであるならば、射たあとの矢がくねくね曲がって敵を避けつつ、敵に当たる、というのも想像できる。
そういうアニメやゲームは見ているから、映像としてイメージがしやすい。
「アニメやゲーム、というのは、そんなに参考になるものですか? はい」
「実際に動いている映像を見たことがあるって言うのは、十分に参考になるだろう? こっちでの魔術師としての訓練に、師匠が使う魔術を横で見ているっていうのがあるって聞いたぞ?」
「ああ、なるほど。そういうことですか。はい」
ルイホウが納得したように、実物を一度でも見たことがあるかないか、というのは、魔術のイメージを練る上で大きく違う。
だが、詠唱をする際には、その魔術をしっかりとイメージしなければならない。
戦闘中にやるのはかなり厳しい。
「戦闘中だと、戦闘の状況を見ながら、戦闘の行く末を想像してイメージに集中する、という二つの思考が必要になります。・・・・・・魔術のイメージに集中しないと魔術の効果が安定しませんから、魔術師は魔術のイメージに集中のリソースを多く割くことになります。その分、詠唱中は魔術師は無防備になりやすいです。はい」
その対策のため、ルイホウは水の盾を使った自動防御を使う。
大体の魔術師は、前衛の後ろに隠れる。
「うん。まあ、そうなんだろうなあ・・・・・・」
魔術を使うときは、魔術を使うことに集中が必要だ。
「俺、なんとなくできてるけど?」
「モリヒト様はなんか変です。はい」
「ひどくね?」
あっさり変呼ばわりされて、む、とモリヒトを眉をしかめた。
「魔術を使う際、一番最初は、そうそう思い通りには成功しないものなのですが、なんだかんだ、モリヒト様は発動してましたからね。はい」
「才能か」
「まあ、そうでしょうね。はい」
モリヒトとしては、冗談のつもりだったのだが、大真面目に首肯されてしまった。
「なんでうまくいくのか、知りたいところです。はい」
「うーん。アニメとかゲームの影響?」
「それは考えにくいのです。魔術の訓練に師の魔術を見る、という修行はあるのですから。はい」
「・・・・・・なるほど」
モリヒトは、首を傾げて、
「こっちの世界には、アニメとかゲームとかないのか?」
というモリヒトの問いに、ルイホウは首を振った。
「概念はあるのですが、普及していませんね。はい」
「なんで?」
「まず、アニメに関しては、そもそもそれを見る施設がないですから。はい」
「施設、ねえ?」
技術は結構発展している。
異世界からの文化の流入もある。
街を歩いていて、漫画は見たし、挿絵付きの小説なんかもあった。
ぶっちゃけ、前祭の中には、同人誌即売会としか思えない催しもあった。
だから、文化がないわけではない。
だが、動画はあまり発展していない。
理由は、
「上映用の機材がない、か?」
「そうなのです。・・・・・・まあ、それは表向きの理由ですが。はい」
「む?」
「動画、という概念自体は、存在します。ですが、ありとあらゆる国で、その技術はかなり慎重に扱われていますね。はい」
だが、それではだめなのだ。
「師匠の手本を見る、という魔術師の訓練があります。それで、魔術のイメージを得るわけですが、動画が普及した場合には」
「そういうイメージの普及が簡単になるんじゃないのか?」
「いえ。便利なのは確かなのですが、そうすると、逆に言えば便利で危険な魔術を広く普及してしまえることにもなるんです。はい」
「・・・・・・あー」
なるほど、とモリヒトは頷いた。
「下手に危険を広げないために?」
「というより、魔術師は前提として、己の魔術を秘匿したがりますから、その習慣が残っているんですね。はい」
「で、動画関連は普及しない、と?」
じゃあ、娯楽関係は、と思うのだが、
「現実により派手に魔術で演出ができる娯楽がありますよ? そうなると、そっちの方が面白い、とかで、意外と普及しません。はい」
ついでに言うと、こちらの世界は、元の世界ほど、生活に余裕があるわけではない。
家でのんびりテレビを見ていられるような余裕は、一般にないのだ。
「なるほど、インドアな遊びは、あんまり普及しないのか」
歴史だなあ、とモリヒトは頷くのであった。
「で、こういう祭が娯楽になる、と」
「ええ。だから、祭を開く名目があれば、この世界の人々は逃しませんね。はい」
ふふ、とルイホウは笑った。
「なるほど。・・・・・・で、他になんか面白そうなのある?」
「そうですね。どういうものがいいですか? はい」
モリヒトとルイホウは、まだ祭を楽しむつもりだった。
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『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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