第4話:前祭・一日目(2)
剣と剣の打ち合いが行われている。
剣と盾を構えた戦士と戦士とのぶつかり合いだ。
祭の中で行われている、武術競技会である。
王都郊外の広場に設営された競技台の上で、傭兵や冒険者と言った者達が、模擬戦用の武器を手に向かい合い、試合を行っているのだ。
「純粋に、武技だけを競う、ねえ・・・・・・」
魔術を含めたなんでもありもあるが、今モリヒトが見ているのは、武術部門だ。
使っていいのは、運営が用意した、模擬専用の武器のみ。
それ以外の使用は禁止で、魔術なども使用禁止。
そういう試合である。
だから、ぶっちゃけてしまうと、モリヒトには誰が強くて誰が弱いとかはまったくわからない。
「ルイホウは、誰が強いとか分かるか?」
「私も、術師がメインですので、純粋な武技となると・・・・・・。はい」
ルイホウが首を振って否定するのを、まあ、そうだよな、とモリヒトは頷く。
とはいえ、がんがん、と打ち合いをしているのは、見た目には派手ではある。
「ずいぶんと熱狂的というか・・・・・・」
「こういう催しを、どこに行っても人気ですね。はい」
今行われている競技会は、予選のような位置づけであるらしい。
これで勝ちあがると、後祭で開催される、本選に出場できる。
「本選は、王をはじめとして、守護者や将軍などが観覧されます。はい」
「スカウトか」
「そうですね。実力を認められ、騎士として取り立てられるものも過去に何人もいました。安定し、名誉がある。成功者の形の一つでしょう。はい」
今年は特に熱が入っている。
数年ぶりの『竜殺しの大祭』ということで、規模が大きい。
さらに加えて、今回の来賓に、オルクト魔帝国の魔皇がいる。
もし、認められれば、そこから得られる栄誉はどれほどか。
「というわけで、例年の三倍以上の参加者がいるようです。はい」
「ほう」
それはすごい、とモリヒトは唸る。
「盛り上がりもすごい、というわけだ」
「そういうことですね。はい」
売り子から買った飲み物に口を付けながら、モリヒトは競技台の方を見やる。
舞台となっているのは、大体三十メートル四方の正方形の舞台である。
石造りになっていることもあって、モリヒトからすると漫画の闘技大会の舞台のように見える。
「・・・・・・ふむ」
ちなみに、割と盛り上がっている。
賭け事なども行われているようで、結構な賑わいだ。
売り子がいるのも、当然だろう。
おそらく、王都で行われている催しの中では、ここで行われているものが一番熱狂的だ。
他には、歌合戦だの、美人コンテストだの、工芸品などの展示会なども開かれている。
王都といっても、開いているスペースなどあまりないはずなのに、所せましとあちらこちらで開かれているのだから、まあにぎやかだ。
ここでは、武器あり鎧ありで行われているが、ある場所では、どう考えてもプロレスの興行、としか思えない催しもあった。
ちなみに、熱狂具合はそっちの方が上である。
しばらく、試合の進行を眺めていたモリヒトに、ルイホウは問いかけた。
「・・・・・・それで、モリヒト様は、何か考えておられるのですか? はい」
** ++ **
「む?」
ルイホウに問いかけられて、モリヒトは、首を傾げる。
「何がだ?」
「いえ、先ほどまであちらこちらと回っていたと思ったら、ここで足を止められたので、ここに何かあるのかと思ったのですが。はい」
「うーん。単純に、こういう催しなら、ヤツがいるかも、と思った程度の話だよ」
「・・・・・・ヤツ。・・・・・・ああ、彼ですか。はい」
モリヒトの言うヤツが誰なのかは、ルイホウにも想像がついたのだろう。
嫌そうに顔をしかめたので、モリヒトは苦笑する。
「ま、いなさそうだな」
「出るには、少々目立ちすぎると思います。はい」
「そうか?」
「手配書も出回っていますから。はい」
「ふむ・・・・・・」
ルイホウの言うことに頷くも、モリヒトは周囲を見回して、
「目立つのか髪だけだろ? 剃るとかしちまえば、分からねえと思うけどなあ・・・・・・」
「立ち振る舞いから目立ちます。特に、直接会っている私たちの場合は、まずまちがえないのではないでしょうか。はい」
「まあ、確かにな」
髪がなかったとしても目立つだろう、というのはある。
舞台でいろいろやり合っている者達を見ながら、モリヒトは頬杖をついた。
「正直、俺が今できることって、そんなないのよな」
大人しくしているしかない。
それは、前々から分かっていたことだ。
だからといって、のんきに遊び歩いていていいのか、という思いはある。
モリヒトとて、そこまで開き直れるわけでもない。
「だから、暇は暇なりに、ちょっと探してみようかね、と」
ベリガルから渡された資料も、結局は分かったことはほとんどないに等しい。
少なくとも、『竜殺しの大祭』で起こるかもしれない何か、を警戒する材料は、見つかっていない。
「余計な心配だったら、いいんだけどね」
「何か、不安なことでもあるんですか? はい」
「あったらいいな、と思ってる」
モリヒトの答えに、ルイホウは首を傾げた。
それでは、まるでモリヒトが何か起こってほしい、と思っているように思えたからだろう。
「準備をどれだけやっても、大仕事の前には不安になるようなもんだろう。俺がやるわけじゃあ、ないんだけどな」
は、と自嘲するように笑って、モリヒトは遠くを見る。
「ルイホウさんルイホウさん」
「その呼ばれ方は、なんだかいらっとします。はい」
「ごめん。・・・・・・まあ、それはそれとして、俺としては、『竜殺しの大祭』までに、ベリガルがもう一回接触してくるかも、と思ってる」
「それは、なぜですか? はい」
「カン、と言いたいが、あの地下の石堂でハイパーモードに入ってた時に」
「はいぱーもーど・・・・・・。意味がわかりません。はい」
要は、地脈の魔力に触れて、真龍の力の一部が解放され、知識が流れ込んできていた時だ。
あの時の知識や感覚自体は、魔力を思い切り放出した際にすべて失ったが、あの時に知り得た感覚の記憶まですべて消えたわけではない。
「・・・・・・まあ、ともあれ、あの時にね、あの石堂の魔術陣に、別の何かが介入している気配があった」
「別の・・・・・・?」
「それも、石堂の外からね。魔力の質も違っていたし、あの時は、石堂の外に何かが仕掛けられている、ぐらいしか分からなかったんだけどね」
それも、その後のいろいろな情報を得たから推測できたことがある。
「おそらく、ミケイルはアジトの中から資料を盗み出すと同時に、ベリガルの指示で何か仕掛けてる」
「それが、石堂の魔術陣に介入していた、ということですか? はい」
「推測が結構混じってるけどな。で、あの資料が、今役立たず、だとすると」
「その仕掛けが本命の可能性がある、ということですね。はい」
「そういうこと」
だが、
「その仕掛け、多分最後の最後で俺がぶっ壊してる」
最後の一撃がそれになる。
あの一撃は、一点突破の攻撃力に加えて、魔術陣から魔力を吸い上げることで、一時的に魔術陣自体の硬さを落とした結果だ。
だが、その後に、もう一手間加えている。
「陣が途切れて、回路が寸断されたからな。そのちぎれたところから、大量の魔力が噴き出したのを、魔術を使って地脈に戻したわけだけど」
「あの後、石堂にある陣は消失していましたね。はい」
「おう。効果を完全に抹消した。・・・・・・で、その時に、陣に影響を与えていた外部の仕込みも、まとめて消し飛ばしたんだよ」
「それは・・・・・・」
ルイホウが言葉を失っている。
珍しい姿だ、と笑いながら、
「俺がやらなくても、仕込みが動いていたら、おそらく同じ結果になっていたんじゃないかとは思う」
ただ、
「その場合、余計な仕込みが入ってたはずだから、今の状態は、ベリガルの想定からはずれている、と思う」
はあ、とため息を吐く。
「ただ、ここら辺、あくまでも落ち着いた後で、あの時のことを思い出しながら、ゆっくり考えて、もしかしたらそうなのかな? ぐらいの、めっちゃ自信のない想像でなあ・・・・・・」
参った、とモリヒトは、もう一度ため息を吐いた。
「・・・・・・考えてるとハゲそうだから、まあ、息抜きもいるよな」
「なんだか、間の考えがいろいろ飛んでいるように聞こえるのですが。はい」
「そうか?」
そうかね、とモリヒトは立ち上がる。
「とりあえず、ここにはいてもしょうがないっぽいし、どっか別のところ行くか」
「どこへ向かわれますか? はい」
「面白そうなものがある方。・・・・・・ま、祭りだ。オルクトでもあるまいし、街中でいきなり襲われることもないだろ。・・・・・・とりあえず、デートついでに警戒するってことで」
ほら、とモリヒトはルイホウに手を差し出す。
「どうせ、『竜殺しの大祭』が終われば、いろいろキリがいいだろうし」
くく、とモリヒトは笑う。
「色々、俺も覚悟を決めたいんでな」
「覚悟、ですか? はい」
モリヒトが差し出した手を、少し迷って、ルイホウは取った。
握られた手を引きながら、モリヒトは歩き出す。
くく、と口の端を少し上げて、笑う。
「ま、諦めかもしれんがな」
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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