第2話:魔皇の銀炎
「・・・・・・ふむ」
望遠鏡を覗いて、テュール異王国の騎士団巡視隊四番隊隊長のダニエル・フェッテンは、一つ息を吐いた。
「やはり、生息域が変わっているな」
「はい。王都からの情報通りです」
部下の言葉に頷き、ダニエルはもう一度望遠鏡を覗く。
望遠鏡越しに見えるのは、魔獣の群れである。
だが、魔獣とはいっても、比較的小型の魔獣で、群れの規模も小さい。
もう少し大型の魔獣がいれば、残らず駆逐されてしまうサイズだ。
騎士の一小隊もいれば、苦も無く殲滅できる群れである。
人里離れた場所であるし、警戒はしても、駆逐するほどではない。
問題なのは、そういった小さな群れは、本来この辺りにはいないことだ。
この辺りは、地表から漏れる魔力が、比較的濃い。
そのため、通常ならば、この辺りにはそれなりに強い、大型の魔獣が、それなりの数生息している。
だが、そういった大型は、さらに奥地の方へと引っ込んでいるらしい。
「・・・・・・・・・・・・警備は楽になった。だが、仕事はしづらくなったかもしれん」
先の事件の際、王都近郊で魔力があふれ出し、魔獣が多数出現した。
それに引っ張られるように、いくらか大型の魔獣が、その生息域から外へと出ている。
多くは、居合わせた巡視隊の騎士達によって討伐され、結果として、テュール異王国内の魔獣の数は、激減していた。
「隊長。それと、別件で妙な痕跡が発見されています」
「ん。なんだ?」
「魔獣の死骸です」
「・・・・・・そちらもか」
ダニエルが顔をしかめたのにも、理由はある。
先の事件から、魔獣の生息域には変化が生じている。
大型の魔獣が少なくなった結果、それまで大型の魔獣が占有していた、魔力の濃い地域へと、小型の魔獣が移動したためだ。
ここ数日、巡視隊は、その生息域の変化の調査に忙殺されていた。
変化自体は一時的なもので、放っておけば、数年、下手をすれば、『竜殺しの大祭』が終わって一ヶ月もしないうちに、もとの状態に戻るのではないかというのは、巫女衆の推測だ。
ただ、変化があれば調べるのは、巡視隊の仕事である。
そして、そんな仕事の中で、今まではそうそう見なかったものが、見つかるようになっていた。
魔獣の死骸だ。
魔獣自体は、殺せば死ぬ。
だから、死骸があること自体は、おかしいことではない。
多少魔力を帯びているとはいえ、処置をすれば食料にもできる。
だが、それはあくまでも、魔獣を討伐なり、狩猟なりした場合の話だ。
自然死した魔獣の死骸というのは、ほぼ見つからない。
魔獣の死骸は、放っておけばほかの魔獣の餌になるからだ。
そうでなくても、魔力のこもった魔獣の死骸は、通常より早く土になる。
正確には、魔力によって成長の早まった植物類によって、さっさと栄養に変えられてしまうのだ。
人のあまり踏み入らないような場所以外の魔獣は、巡視隊や傭兵などによって狩られてしまうこともあって、自然死した魔獣の死骸というのは、あえて探さないと見つからないものだ。
その、あえて探さないと見つからないものが、ここ数日、立て続けに発見されている。
「王都で起こった災害の魔力に引き寄せられ、ナワバリから出てきたものの、騒ぎが収まってみれば魔力の薄い地域に取り残されて、魔力が足りずに自然死。・・・・・・あり得るか?」
推論を口にするも、ダニエルは首を傾げた。
魔力の薄い地域に出たからといって、早々簡単に死ぬとは思えない。
魔獣とは、そんなにやわな生き物でもないだろう。
「死骸は、王都に送ったか?」
「今までに発見できたものはすべて」
王都の研究所から、調査したい、という依頼があったがために、そういう手配をしている。
「で、死因は?」
「回収の際に確認しましたが、外傷の類はなし。魔獣に毒の類が効くのかは知りませんが、それにしては広範囲に散らばっていますから、おそらく毒も否定できるかと」
「となると、やはり魔力枯渇か?」
「同行した研究員は、その可能性が高い、と言っていましたが、一方で、そうなるには少々期間が短すぎる、とも」
「だろうな」
ふう、とダニエルはため息を吐いた。
「引き続き、調査を進める。『竜殺しの大祭』が近い。あれが終われば、また生息域に変化が出るぞ」
「は!」
敬礼をして、離れていく部下を見送り、ダニエルはまた望遠鏡を覗く。
「・・・・・・ふん。何事も、起こってくれるなよ?」
視線の先では、小型の魔獣が、相も変わらず群れていた。
** ++ **
「どうしたものかね?」
資料をぺらぺらとめくりながら、モリヒトは唸った。
「どうしましたか? はい」
相も変わらず解析作業に勤しむルイホウとクリシャを別に手伝っているわけではなく、モリヒトは内容を流し読みしているだけだ。
いや、読んでいるとも言えず、ぱらぱらとしているだけである。
内容なんてわからない。
「もらった資料は、まあ、二人の意見だと、こっちを惑わすため、ってのは大半なんだろう?」
「おそらくは、そうでしょうね。はい」
「・・・・・・惑わすためなら、何をやらかしているやら、だな」
「考えても、分かるわけないと思うけど?」
クリシャの言葉に対して、モリヒトはうむむ、と唸った。
「なんか、また会いそうではあってさあ・・・・・・」
「なんか狙われてるっぽい感じはあるね」
「それに、あの変人がいるだろう?」
「変人・・・・・・。ああ、ミケイル?」
モリヒトとしては、ミュグラ・ミケイルが、またかかってくる可能性がある、と考えている。
「あっちが、俺の方に来るなら、『竜殺しの大祭』は大丈夫だろうさ? でも、あいつ、今はなんかベリガルの指示で動いてるっぽいじゃないか?」
「うん。確かに」
モリヒト達に渡した情報から見つけたアジト。
そこに、襲撃の混乱に乗じてアジトで資料を盗みに入ったミケイル達と出会った。
ベリガルの指示、みたいなことも言っていたし、
「あいつがここで何かやらかすなら、たぶん、ミケイルもなんかやるだろ? 放っておいていいものかどうか・・・・・・」
「んー。どうだろうね?」
「ん?」
モリヒトの悩みに、クリシャは首を傾げた。
「今、この城には魔皇陛下がいるよね。彼、ボクが知る中でも、群を抜いて強いよ。ぶっちゃけ、ミケイル程度じゃあ、魔皇陛下の前に立っても、一撃で両断されて、はいおしまいってなっちゃうね」
「・・・・・・そんなにか?」
「魔皇陛下の『銀炎』、見たでしょ? 帝都でガーゴイル切ったやつ」
それ以前にも、森で瘤と戦っている時も出していたやつだ。
燃えたものは、銀色の灰へと変わったもの。
「あれは、オルクト魔皇帝の皇族の直系血統に注がれる魔力なんだ」
「というと?」
「魔力自体が魔術的効果を持った、特殊な魔力でね。燃やしたものを銀の灰に変えてしまう炎。魔術で詠唱しなくても、炎を出すとアレになる」
血統に宿る魔力、というのは、珍しいらしいが、ないわけではないらしい。
すべての代で出るわけではないが、血統を継いでいなければ、決して出ないのだそうだ。
そして、あの炎は、魔術では再現できない。
「あの炎はね。形のないものも焼けるんだ」
「・・・・・・例えば?」
「水とか、風とか、雷とか・・・・・・?」
「・・・・・・ずりー・・・・・・」
魔力や魔術は燃やせないが、魔術によって生み出された現象は燃やすことができる。
それを利用して、魔術そのものを焼き切っているようにも見えるらしい。
イメージ云々に関係なく、魔術として再現するのは不可能なのだという。
「普通は、炎の質は制御できないんだけどね、・・・・・・まあ、今代の魔皇陛下はほぼ完全に制御できているみたいだし、才能っていう点でも飛びぬけてる。さらに言えば、ウェキアスであり、アートリアであるリズ君との相性も抜群と来てる」
聞けば聞くほどに、チートじみてくる。
「間違いなく、世界最強クラスだよ。たとえ血統の魔力がなかったとしても、あれなら普通に負けない」
そして、あの炎とアートリアとの相乗効果による戦闘能力を考えれば、いくら硬くなったミケイルと言えど、刃は通るし、そうなれば焼き尽くされて終わりだそうだ。
「ミケイルでダメとすると、セイヴは止められない?」
「不可能だね。リズ君がその手に握られている状態では、あの一撃は文字通りの必殺だね。アレを防ごうと思ったら、相当な魔力を込めて、防御一択。・・・・・・でもウェキアスとしての性能と、魔皇自身の膂力。それに加えて銀炎の威力。合わさって、防ぐのは至難だね。竜の鱗でも、多分焼き切っちゃうんじゃないかな?」
大したものだ、と思う。
「つまり、『竜殺しの大祭』の場に、セイヴがいる限り、何か敵が乱入したとしても、セイヴがいるなら、一刀両断で大丈夫ってか?」
「そうなるね」
はー、とモリヒトはため息を吐く。
「味方でよかったってやつな」
「ま、そういうこと」
クリシャは、肩をすくめて笑うのだった。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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