第1話:儚い期待
「今日、か」
モリヒトは、城の自室で、遠目に飛空艇が着陸するのを見ていた。
「魔皇陛下ねえ。今回は、一人かな?」
「いえ、予定では、第二妃であるイザベラ様が同行しているはずです。はい」
クリシャとルイホウも、同じ部屋にいる。
ちなみに、二人とも遊んでいるわけではなく、先日、ミュグラ教団のアジトから回収された資料や、ベリガルから渡された資料の解析などをしている。
ただし、モリヒトは、遊んでいる。
ぶっちゃけ、術式関連の資料の解析など、モリヒトに手伝えることはない。
机の上に二つの山を作る資料に、二人は書庫から持ってきた魔術書などを参考に、いろいろと解析作業に勤しんでいる。
巫女衆の方でも解析作業は進められているらしいが、巫女衆の方には現在『竜殺しの大祭』の準備という極めて重要な作業がある。
先日の魔獣の襲撃への対応、その後始末も含めて、開いている人材はない状態だ。
「イザベラ様ねえ・・・・・・」
「おや? モリヒト君は何かあるのかい?」
「あー・・・・・・」
セイヴには現在、正妃である第一妃と第二妃の二人の妃がいる。
それ以外には結婚はしていないらしい。
第一妃の方は、幼いころから婚約者として接してきた、ほとんど幼馴染といってもいい関係。
第二妃の方は、テュールから輿入れした、先代異王の孫娘である。
一応、オルクトにいた間に、挨拶はしたし、セイヴと遊んでたせいで、茶会に呼ばれて会話をすることもあった。
第一妃の方は、身重であることもあって、あまり多くは交流していないが、
「どっちも、正直苦手な相手だなー」
モリヒトは、そううめく。
その様子に、ルイホウもクリシャもくすくすと笑った。
何せあの二人ときたら、セイヴがモリヒトを気に入っている、と思って、いろいろ探りを入れて来たのだ。
「見た目めっちゃ美人なのに、周りにいるの含めて、一人も目が笑ってねえんだもん。めっちゃ怖かった・・・・・・」
最終的に、どういう評価が下されたのかはわからないが、特に何も言われなくなった。
しかも、なぜか個別に呼びつけてくるのだから、怖い。
とはいえ、
「あいつ、妊娠中の嫁さんほっぽいて、俺の方に遊びに来るんだもんなあ・・・・・・」
そこには気を遣わざるをえないようになった。
「むしろそこが狙いか・・・・・・?」
新婚とか妻が妊娠中とかの同僚を早く家に帰らせるサラリーマン気分だろうか。
酒を持って飲みに来るのに、大丈夫なのか、とか思わず聞いていた。
まあ、オルクトの城はセイヴの家なのだし、そこで酒を飲むことの、何が悪いのか、と言われればその通りなのだが。
「困ったもんだ」
「それでいて、あのお二方は非常に仲が良いですからね。はい」
「じゃあ、なんで個別に確認にくるんだよ」
「ふふ。大変だったねえ・・・・・・」
ぼやくモリヒトに対し、クリシャもルイホウもくすくすと笑っている。
その笑いを受けて、肩をすくめ、それからモリヒトは二人が机の上に広げている資料を見る。
「・・・・・・しかし、その資料信用できるのか?」
「無理ですね。はい」
「まあ、無理だね。うん」
「二人して同じ否定をするのな」
半ば予想していた回答とはいえ、はっきりと断言されるとは思わなかった。
「まあ、仕方ないよ。敵から渡された資料だもの」
「それはそうだけどな」
それはつまり、
「嘘だらけってことか?」
「いえ。それはないですね。はい」
ルイホウは、資料を確認しながら、
「これらの資料は、おそらく今は価値がなくなってしまったものでしょう。はい」
「価値がなくなる・・・・・・」
「ベリガルから、モリヒト君が地脈になんやかやしたおかげで、仕掛けがいくつか吹っ飛んだ、みたいな話は聞いたでしょ?」
クリシャの言葉に、ベリガルの言葉を思い出す。
「テリエラに仕込んだ術式のいくつかが、無意味なものになった上に、予想していない状態で地脈に残った、だっけか?」
「そこが多分嘘」
「・・・・・・どういうことだ?」
「術式も、魔術だ。使い手の想像できない効果は発揮されない」
計測用の魔術など、使い手の想像外の反応を返すものはある。
だが、効果そのものが、想定外のものになる、などということは、魔術の性質上あり得ない。
「つまり、そこで地脈に何かしらの術式が残っている、というなら、それこそ、事件の後にベリガルが何かしらの干渉を行った、ということです。はい」
ルイホウの答えに、ふむ、と頷く。
「ベリガルから渡された資料は、テリエラを保護した事件の際に使われた術式のすべてが記載されていますが、これらはもう効果を失っているのでしょう。だから、渡した。はい」
「何のために?」
「我々と接触して、ジュマガラのアジトの情報を渡すためでしょう。はい」
そこで、ベリガルから渡された資料の山とは、別の山を示す。
「こっちの資料は、明らかに抜かれてる。・・・・・・ミケイルとサラの二人組があそこに来たのは、資料を持ち出すためだったってわけ」
「味方の資料を盗み出すために、俺らに情報を流したと?」
「そういうことだね。・・・・・・もちろん、儀式を止めたいのも、狙いの一つではあったんだろうけど」
「やってくれるなあ」
ベリガルは、油断できない相手だ、とモリヒトは思う。
ミケイルもそうだが、あっちはあっちで面倒そうな相手だ。
「ベリガルは、ミュグラ教団の中では、ちょっと異彩なんだよね」
んー、とクリシャが伸びをしながら、言った。
「あいつ、研究者だけど、その研究に善悪の基準を一切持ってないんだ」
「なんか、詳しいのか?」
「・・・・・・・・・・・・一時期ね。ミュグラ教団と戦ってるときに共闘してたことがある」
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クリシャが、難しい顔をして吐いたセリフに、モリヒトもルイホウもクリシャの顔を見た。
眉間にしわを寄せた、難しい顔をして、
「そのころ、ボクはあいつがミュグラ教団員とは思ってなくてね」
「だまされてたのか?」
「信じてなかったから、確認もしなかったんだよ」
怪しい男なのだから、信用できないのは当然ではあるが、それ以上に、敵だと思っていたから、過剰に踏み込みも踏み込ませもしなかった。
「あいつは、ボクと協力して、いくつかのミュグラ教団の支部を潰してる。・・・・・・だから、信用できないまでも、ミュグラ教団にとっては敵なんだろう、とそう思ってたんだよね」
宿から、髪の毛とか持っていかれたりしていたようだが、その程度は我慢できる範囲だった。
研究者だし、珍しい混ざり髪であるクリシャのデータを欲しがるのは、ある意味当然と思っていたからだ。
「あいつにいろいろと情報を聞いたおかげで、最近のミュグラ教団の動向とか、研究内容とか知れたしね」
協働していることに、メリットがとても大きかった。
一緒に行動したのは一年ほどだが、その間にクリシャはミュグラ教団に大してかなりの攻撃を加えたし、ベリガルから得た情報も多かったという。
「だから、信用していないと言いつつも、疑い続けるのは難しかったんだろうね。無意識にでも」
油断したのだ。
「あいつがやっていた仕込みに、まるで気づいてなかった」
「何があったんだ?」
「・・・・・・」
モリヒトの問いに、クリシャは窓の外、オルクトの方向を見た。
「オルクトの黒の山の向こう側には、オルクトとは違う国がある」
現在、オルクトはそれらの国々とは、ある程度の交流があるという。
戦争状態の国もあるらしいが、現在は小康状態だ。
「その一つでね、大規模な地脈瘤災害が発生した」
オルクトやテュールは、この世界でも有数の地脈学の先進国だ。
だが、オルクトと敵対していたその国では、それらの研究は進んでいなかった。
結果として、オルクトやテュールでは発生し得ない、大災害になった。
「聞いたことがあります。十数年ほど目に、小山ほどのサイズの瘤の魔獣が現れたと。はい」
「ボクは、その災害を予期できたはずだった。でも、ベリガルに巧妙に情報操作されていて、ことが起こるまで気づけなかった」
「自分の責任とでも?」
「そこまでは言わないよ。・・・・・・ただ、信用していないはずの相手に、好き勝手されてしまったのは事実さ」
それで、万単位の人死にが出た。
その事件に対し、ベリガルは、
「『いいデータが取れた。』・・・・・・それだけさ」
クリシャは肩をすくめた。
「それで攻撃しようとして逃げられた。・・・・・・あとは、この間会うまで、見つからなかったんだよね」
ふん、とクリシャは、唸った。
「それが、わざわざ姿を見せてまで、ボクらにこの資料を渡した」
「そこに何か意味があるってのか?」
首を傾げたモリヒトに、クリシャは、じっと視線を向けた。
「・・・・・・なんだよ?」
「それくらい、モリヒト君はあいつに注目されている。・・・・・・そう思った方がいいよ?」
「む?」
「まだ、モリヒト君周りで何か起こる。・・・・・・あいつはたぶん、そう思ってる」
「・・・・・・やだねえ」
さすがにいろいろあり過ぎたんだし、
「穏やかにいきたいんだけどなあ。せめて祭が終わるまでくらいは」
はあ、とため息を吐いたモリヒトに対して、クリシャはははは、と笑った。
「はかない期待だったね」
「切り捨てるのはえーよ!」
冗談じゃない、とモリヒトはわめくのだった。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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