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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第4章:人が騒ぐ、それを祭と呼ぶ
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閑話:魔術騎士

 魔術騎士。

 主に魔術を用いて戦闘する騎士。

 騎士、という職業は、貴族や平民といった生まれに関係なく就くことはできる。

 この世界、というか、オルクト魔帝国やテュール異王国における騎士、という職業には、馬に乗る兵士、という意味はない。

 身体強化の術式を刻んだ魔術具である鎧を着こみ、剣を持って戦う存在。

 モリヒトからみれば、ゲームに出てきたパワーアーマーを着込んだ兵隊、という感じだ。

 だから、騎士となれる人間は、その鎧を起動できるだけの魔力量を備えていることが必要になる。

 鎧を脱げば、それなりの魔術師としても戦える。

 それが、この世界での一般的な騎士である。

 ただ、鎧を着こめば、そちらに魔力を持っていかれてしまうため、騎士は魔術を使えない。

 だから、性能を落とし、魔術を使えるレベルまで魔力消費量を抑えた鎧を着て、魔術を使って戦う騎士。

 それが、魔術騎士だ。


** ++ **


 だん、と地面を強く踏み込んだ音がする。

 王都を囲む城壁の外の平野部分。

 そこで、テュール王国所属の騎士達が訓練を行っていた。

 騎士の訓練は、基本的に鎧を着て行われる。

 身体能力強化の魔術が常に発動しているため、鎧の重量が相当に重くとも、その動きは軽やかだ。

 重たい足音を連続して響かせながら、王都の周囲を疾走する。

 一歩が数十メートルの距離を跳び、時速はおそらく車よりよほどに速い。

 それでも、鎧を着た騎士達からしてみると、それほどの負担にはなりえない。

 だが、何周もするうち、やがて膝をつく者たちが現れる。

 肉体的な負担は少なくとも、鎧を使っていれば魔力を消費する。

 そうなると、消費した魔力量に応じて体力を消費することになり、結局は疲労で動けなくなるのだ。

 そして、鎧の身体強化魔術が切れれば、一人で持ち上げることは困難な鎧の重さが、全身にかかる。

 ただ、この訓練も、ずっと続けていけば、魔力消費とそれに伴う体力消耗が少しずつ効率がよくなっていき、段々と周回数が増えていく。

 要は、これはそういう訓練だ。

 一度にすべての騎士が訓練することはないが、それでも、十人ほどの騎士が訓練に励んでいた。

 王都の周回を始めてからニ十分ほど。

 周回数が十を超えたあたりから、徐々に脱落者が現れ、現在走っているのは、二人だけだ。

 そのうちの一人である、シャラ・メリフォウは、ひたすらに足を動かしていた。

 魔術騎士は、人よりも優れた魔力量を保持している。

 それに加えて、魔術騎士の鎧は、魔力の消費量が少ない。

 だから、この訓練で魔術騎士が最後まで残るのは、普通のことだ。

 むしろ、基準としては、魔術騎士は他の騎士の二倍は走れないといけない。

 だから、必死にシャラは足を動かす。

 一方で、一度力尽きた騎士達は、立ち上がると一か所に集合する。

 そして、剣を抜いて、素振りを始めた。

 なお、彼らは身体能力強化の魔術は切れている。

 鎧の重量は、持ち上げるのも着て動くのも困難なほどに重い。

 だが、その重さでも素振りくらいはできるように、鍛えているものだ。

 そうしている間に魔力が回復すれば、また訓練に戻っていく。

 あとは繰り返しだ。

「はっ、はっ、はっ・・・・・・」

 息を切らさないように、だが速度は可能な限り速く。

 その意識で、シャラはひたすらに走りつつ、素振りを始めた先輩騎士達を見る。

 魔術騎士は、なり手が少ない。

 特に、シャラのように女性で、となるとテュールにおいては、さらに希少だ。あ

 なにせ、魔術騎士になれるほどの魔力があるなら、この国では巫女衆に入れる。

 そんな中で、わざわざ魔術騎士の道を選んだシャラは、かなりの変わり種である。

 いまだ走っている二名は、シャラともう一人この訓練に参加している魔術騎士である。

 シャラは走りながら、物思いにふけっていた。

 思い出すのは、テュール王城襲撃事件の時、そして、つい先日のミュグラ教団のアジトの制圧作戦の時のことだ。

 王城の襲撃事件の時は、襲撃者にいいようにされた。

 曲りなりにも、新たなる女王陛下のいる場所への廊下の守護を任されておいて、襲撃者を通してしまっている。

 魔術の選択に迷い、魔術騎士でありながら剣での迎撃をした。

 魔術騎士に支給される剣は、他の騎士に支給される剣とは違い、直接の攻撃には向かない。

 魔術での迎撃、魔術での戦闘。

 それをできずに剣に頼る、というのは、未熟の象徴だ、とシャラは思う。

 魔術騎士を任命されておいて、魔術で貢献できないなど、情けなさすぎる。

「もう!」

 思い返している内に、悔しい思いが湧いてきて、走るスピードが上がってしまう。

「こら! スピードは一定に保て!!」

「はい! すいません!!」

 すぐに、並走していたもう一人の魔術騎士の先輩に怒られて、スピードを緩める。

 この訓練は、決して早く走ればいい、というものではない。

 鎧の身体能力強化魔術は、注ぐ魔力量によって効力が変わる。

 強く魔力を込めれば効果は高くなるし、込める量を弱めれば効果は低くなる。

 この効果を一定に保った上で、できうる限り長時間維持する。

 それが、この訓練の骨子である。

 感情が高ぶったからと言って、それでペースを乱してはならない。

 加えて、昨日のアジトの制圧作戦について。

 シャラは、アジトの制圧組の方に回ったため、戦闘相手はほとんどが戦闘能力が少ない研究員ばかりだった。

 とはいえ、少しは反撃をしてきたものもいた。

 それに対し、シャラはほとんど出番はなく、ほかの騎士達によって、さっさと制圧されていた。

 こんどこそ、と意気込んていたシャラは、盛大に肩透かしを食らった感じだ。

「んー・・・・・・」

 悶々とした感情を抱えながら、シャラは走り続ける。


** ++ **


「なんだ? お前、まだ引きずってんのか?」

 走るのを終えたところで、先輩の魔術騎士に聞かれて、シャラは憮然とした顔を返す。

「いや、そういうわけじゃ・・・・・・」

「じゃあなんだ? 昨日の魔獣相手の時は、それなりに活躍してたじゃないか」

 確かに、アジトの制圧が終わった後、王都に迫る魔獣の群れに対し、城壁の上から魔術を撃ちまくった。

 こちらは、大規模な魔術をとにかく撃つだけ、ということで、全力で魔術を放つことができて、楽なものだった

 じっくり魔力を練って、しっかりと最大攻撃を放つことができた。

 こちらは、それなりに成果を出せたとは思う。

 だが、あんなのは魔術師ならだれでもできることだ。

「そっちはいいんです。ただ、気にしているのは、うまくいかなかったことじゃないんです」

「じゃあ、何だ?」

「いや、私、敵に近づかれたり、狭い場所で戦う時とかの、魔術のストックが少ないな、と思って」

「・・・・・・なるほど」

 シャラの悩みは、そこにある。

 魔術騎士として、基本的にテュール内の巡回をし、魔獣相手の戦闘を多く繰り返しているシャラには、閉所での戦闘経験が少ない。

 騎士が相手にするのは、基本的に被害を出した魔獣だし、魔獣というのは基本的どこかに潜む、ということをしないため、戦闘する時はある程度広い場所だ。

 だから、周囲が狭い時、あるいは、屋内で調度品に魔術の被害を出さないようにしたい時。

 そういう時に使える魔術のストックが少ない。

「剣の使い方勉強しろよ」

 先輩の魔術騎士に、そんなことを言われて、シャラは口をとがらせる。

「私、魔術騎士です。魔術でどうにかしたいんですけど?」

「アホ。俺達は、魔術師じゃなく、魔術騎士だ。剣も魔術も使えてこそ。・・・・・・近い場所、狭い場所で使える魔術がないなら、そこで一番やりやすい戦い方を選べってことだ」

「むう・・・・・・」

 シャラとしては、魔術だけでかっこよく何とかしたい。

「こだわんな」

「そうは言いますけど・・・・・・」

「というか、前から思ってたが、お前の剣の振り方はなってねえぞ」

「げ、ヤブヘビ・・・・・・」

「げとはなんだ。ちょうどいい。今あそこで剣を振ってる連中がいるし、見てもらえ」

「えー・・・・・・」

「あん?」

「いえ、いってきまーす・・・・・・」


** ++ **


 魔術騎士は、剣を二振り持っている。

 一振りは、発動体である剣。

 魔術発動の効率を上げることを重視しているため、剣としての性能はそれほど高くない。

 もう一振りは、普通の剣である。

 発動体でもなんでもない剣だ。

 鎧の魔術で強化した身体能力で振るうことを前提としているため、切れ味より頑丈さを重視している。

 それでも、鎧の身体能力で振れば、人体ぐらいは真っ二つにできるが。

 ただ、どちらもそれなりに重量がある。

 それをただひたすらに、振る訓練。

 身体能力強化を切った状態で、重たい鎧を着て、剣をぶんぶん振り回す。

 正直、死にそうである。

「・・・・・・・・・・・・」

 いや、訓練を終えたシャラは、もはや言葉を放つ気力もなく、つぶれていた。

 騎士団の食堂で、机に突っ伏している。

「おーい? シャラー?」

 ゆさゆさと同僚の女騎士に揺すられて、シャラはゆるゆると顔を上げる。

「ご飯、食べられる?」

「・・・・・・食べる。食欲ないけど」

「はいはい」

 どっかりと大盛りが置かれた。

「がんばるわねー・・・・・・」

 それらを、必死にかきこむシャラに、同僚は呆れた目を向ける。

「食べないと、強くなれないって」

「ま、それはそうだけどね」

 訓練をするときに言われることだ。

 訓練をしたら、その分食べる。

 今日は、死にそうなほどに訓練をした。

 だから、死にそうなほどに食べないといけない。

 実力不足は分かっているのだ。

「新しい女王様が来てから、騒動ばっかりだから」

「ちょっと・・・・・・!」

 シャラの放った言葉に、同僚が慌てるが、

「だから、負けないように、強くならないと」

「シャラ・・・・・・」

 同僚の驚いたような視線を受けながら、シャラは食事をかき込むのだった。

4章はこれで終わり。

1週間ほど開けて、第5章始めます。


評価などいただけると励みになります。

よろしくお願いします。


別作品も連載中です。

『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』

https://ncode.syosetu.com/n5722hj/

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