閑話:魔術騎士
魔術騎士。
主に魔術を用いて戦闘する騎士。
騎士、という職業は、貴族や平民といった生まれに関係なく就くことはできる。
この世界、というか、オルクト魔帝国やテュール異王国における騎士、という職業には、馬に乗る兵士、という意味はない。
身体強化の術式を刻んだ魔術具である鎧を着こみ、剣を持って戦う存在。
モリヒトからみれば、ゲームに出てきたパワーアーマーを着込んだ兵隊、という感じだ。
だから、騎士となれる人間は、その鎧を起動できるだけの魔力量を備えていることが必要になる。
鎧を脱げば、それなりの魔術師としても戦える。
それが、この世界での一般的な騎士である。
ただ、鎧を着こめば、そちらに魔力を持っていかれてしまうため、騎士は魔術を使えない。
だから、性能を落とし、魔術を使えるレベルまで魔力消費量を抑えた鎧を着て、魔術を使って戦う騎士。
それが、魔術騎士だ。
** ++ **
だん、と地面を強く踏み込んだ音がする。
王都を囲む城壁の外の平野部分。
そこで、テュール王国所属の騎士達が訓練を行っていた。
騎士の訓練は、基本的に鎧を着て行われる。
身体能力強化の魔術が常に発動しているため、鎧の重量が相当に重くとも、その動きは軽やかだ。
重たい足音を連続して響かせながら、王都の周囲を疾走する。
一歩が数十メートルの距離を跳び、時速はおそらく車よりよほどに速い。
それでも、鎧を着た騎士達からしてみると、それほどの負担にはなりえない。
だが、何周もするうち、やがて膝をつく者たちが現れる。
肉体的な負担は少なくとも、鎧を使っていれば魔力を消費する。
そうなると、消費した魔力量に応じて体力を消費することになり、結局は疲労で動けなくなるのだ。
そして、鎧の身体強化魔術が切れれば、一人で持ち上げることは困難な鎧の重さが、全身にかかる。
ただ、この訓練も、ずっと続けていけば、魔力消費とそれに伴う体力消耗が少しずつ効率がよくなっていき、段々と周回数が増えていく。
要は、これはそういう訓練だ。
一度にすべての騎士が訓練することはないが、それでも、十人ほどの騎士が訓練に励んでいた。
王都の周回を始めてからニ十分ほど。
周回数が十を超えたあたりから、徐々に脱落者が現れ、現在走っているのは、二人だけだ。
そのうちの一人である、シャラ・メリフォウは、ひたすらに足を動かしていた。
魔術騎士は、人よりも優れた魔力量を保持している。
それに加えて、魔術騎士の鎧は、魔力の消費量が少ない。
だから、この訓練で魔術騎士が最後まで残るのは、普通のことだ。
むしろ、基準としては、魔術騎士は他の騎士の二倍は走れないといけない。
だから、必死にシャラは足を動かす。
一方で、一度力尽きた騎士達は、立ち上がると一か所に集合する。
そして、剣を抜いて、素振りを始めた。
なお、彼らは身体能力強化の魔術は切れている。
鎧の重量は、持ち上げるのも着て動くのも困難なほどに重い。
だが、その重さでも素振りくらいはできるように、鍛えているものだ。
そうしている間に魔力が回復すれば、また訓練に戻っていく。
あとは繰り返しだ。
「はっ、はっ、はっ・・・・・・」
息を切らさないように、だが速度は可能な限り速く。
その意識で、シャラはひたすらに走りつつ、素振りを始めた先輩騎士達を見る。
魔術騎士は、なり手が少ない。
特に、シャラのように女性で、となるとテュールにおいては、さらに希少だ。あ
なにせ、魔術騎士になれるほどの魔力があるなら、この国では巫女衆に入れる。
そんな中で、わざわざ魔術騎士の道を選んだシャラは、かなりの変わり種である。
いまだ走っている二名は、シャラともう一人この訓練に参加している魔術騎士である。
シャラは走りながら、物思いにふけっていた。
思い出すのは、テュール王城襲撃事件の時、そして、つい先日のミュグラ教団のアジトの制圧作戦の時のことだ。
王城の襲撃事件の時は、襲撃者にいいようにされた。
曲りなりにも、新たなる女王陛下のいる場所への廊下の守護を任されておいて、襲撃者を通してしまっている。
魔術の選択に迷い、魔術騎士でありながら剣での迎撃をした。
魔術騎士に支給される剣は、他の騎士に支給される剣とは違い、直接の攻撃には向かない。
魔術での迎撃、魔術での戦闘。
それをできずに剣に頼る、というのは、未熟の象徴だ、とシャラは思う。
魔術騎士を任命されておいて、魔術で貢献できないなど、情けなさすぎる。
「もう!」
思い返している内に、悔しい思いが湧いてきて、走るスピードが上がってしまう。
「こら! スピードは一定に保て!!」
「はい! すいません!!」
すぐに、並走していたもう一人の魔術騎士の先輩に怒られて、スピードを緩める。
この訓練は、決して早く走ればいい、というものではない。
鎧の身体能力強化魔術は、注ぐ魔力量によって効力が変わる。
強く魔力を込めれば効果は高くなるし、込める量を弱めれば効果は低くなる。
この効果を一定に保った上で、できうる限り長時間維持する。
それが、この訓練の骨子である。
感情が高ぶったからと言って、それでペースを乱してはならない。
加えて、昨日のアジトの制圧作戦について。
シャラは、アジトの制圧組の方に回ったため、戦闘相手はほとんどが戦闘能力が少ない研究員ばかりだった。
とはいえ、少しは反撃をしてきたものもいた。
それに対し、シャラはほとんど出番はなく、ほかの騎士達によって、さっさと制圧されていた。
こんどこそ、と意気込んていたシャラは、盛大に肩透かしを食らった感じだ。
「んー・・・・・・」
悶々とした感情を抱えながら、シャラは走り続ける。
** ++ **
「なんだ? お前、まだ引きずってんのか?」
走るのを終えたところで、先輩の魔術騎士に聞かれて、シャラは憮然とした顔を返す。
「いや、そういうわけじゃ・・・・・・」
「じゃあなんだ? 昨日の魔獣相手の時は、それなりに活躍してたじゃないか」
確かに、アジトの制圧が終わった後、王都に迫る魔獣の群れに対し、城壁の上から魔術を撃ちまくった。
こちらは、大規模な魔術をとにかく撃つだけ、ということで、全力で魔術を放つことができて、楽なものだった
じっくり魔力を練って、しっかりと最大攻撃を放つことができた。
こちらは、それなりに成果を出せたとは思う。
だが、あんなのは魔術師ならだれでもできることだ。
「そっちはいいんです。ただ、気にしているのは、うまくいかなかったことじゃないんです」
「じゃあ、何だ?」
「いや、私、敵に近づかれたり、狭い場所で戦う時とかの、魔術のストックが少ないな、と思って」
「・・・・・・なるほど」
シャラの悩みは、そこにある。
魔術騎士として、基本的にテュール内の巡回をし、魔獣相手の戦闘を多く繰り返しているシャラには、閉所での戦闘経験が少ない。
騎士が相手にするのは、基本的に被害を出した魔獣だし、魔獣というのは基本的どこかに潜む、ということをしないため、戦闘する時はある程度広い場所だ。
だから、周囲が狭い時、あるいは、屋内で調度品に魔術の被害を出さないようにしたい時。
そういう時に使える魔術のストックが少ない。
「剣の使い方勉強しろよ」
先輩の魔術騎士に、そんなことを言われて、シャラは口をとがらせる。
「私、魔術騎士です。魔術でどうにかしたいんですけど?」
「アホ。俺達は、魔術師じゃなく、魔術騎士だ。剣も魔術も使えてこそ。・・・・・・近い場所、狭い場所で使える魔術がないなら、そこで一番やりやすい戦い方を選べってことだ」
「むう・・・・・・」
シャラとしては、魔術だけでかっこよく何とかしたい。
「こだわんな」
「そうは言いますけど・・・・・・」
「というか、前から思ってたが、お前の剣の振り方はなってねえぞ」
「げ、ヤブヘビ・・・・・・」
「げとはなんだ。ちょうどいい。今あそこで剣を振ってる連中がいるし、見てもらえ」
「えー・・・・・・」
「あん?」
「いえ、いってきまーす・・・・・・」
** ++ **
魔術騎士は、剣を二振り持っている。
一振りは、発動体である剣。
魔術発動の効率を上げることを重視しているため、剣としての性能はそれほど高くない。
もう一振りは、普通の剣である。
発動体でもなんでもない剣だ。
鎧の魔術で強化した身体能力で振るうことを前提としているため、切れ味より頑丈さを重視している。
それでも、鎧の身体能力で振れば、人体ぐらいは真っ二つにできるが。
ただ、どちらもそれなりに重量がある。
それをただひたすらに、振る訓練。
身体能力強化を切った状態で、重たい鎧を着て、剣をぶんぶん振り回す。
正直、死にそうである。
「・・・・・・・・・・・・」
いや、訓練を終えたシャラは、もはや言葉を放つ気力もなく、つぶれていた。
騎士団の食堂で、机に突っ伏している。
「おーい? シャラー?」
ゆさゆさと同僚の女騎士に揺すられて、シャラはゆるゆると顔を上げる。
「ご飯、食べられる?」
「・・・・・・食べる。食欲ないけど」
「はいはい」
どっかりと大盛りが置かれた。
「がんばるわねー・・・・・・」
それらを、必死にかきこむシャラに、同僚は呆れた目を向ける。
「食べないと、強くなれないって」
「ま、それはそうだけどね」
訓練をするときに言われることだ。
訓練をしたら、その分食べる。
今日は、死にそうなほどに訓練をした。
だから、死にそうなほどに食べないといけない。
実力不足は分かっているのだ。
「新しい女王様が来てから、騒動ばっかりだから」
「ちょっと・・・・・・!」
シャラの放った言葉に、同僚が慌てるが、
「だから、負けないように、強くならないと」
「シャラ・・・・・・」
同僚の驚いたような視線を受けながら、シャラは食事をかき込むのだった。
4章はこれで終わり。
1週間ほど開けて、第5章始めます。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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