閑話:ローベント対話録
王都の街で出会ったローベント、という男。
他大陸の出身者である彼は、クリシャやルイホウから、多くの話を聞きたがっていた。
喫茶店へと入った後、ローベントはそわそわとしていた。
「さてさて・・・・・・」
そわそわそわそわ・・・・・・
「落ち着けば?」
注文もしてないのに、と苦笑するモリヒトに対して、ははは、とローベントは頭をかいた。
「いけませんな。どうにも気が急いてしまって」
「焦らんでもいいって」
「そうですな。まずは、注文を・・・・・・」
やってきた店員に適当な注文を済ませた後、モリヒトはローベントを見る。
「しかし、別大陸からとか、よくやるなあ・・・・・・」
「ははは・・・・・・」
大陸間移動、というのは、この世界においては極めて難事だ。
当初、モリヒトは魔獣がいるためか、と思っていた。
だが、聞いた話だと違うらしい。
海には、魔獣は少ない。
どうして、と思ったが、真龍の存在と地脈の存在を考えると、なんとなく分かってくる。
地脈は、大陸中央の真龍がいる場所から大陸の外へと向かって、地脈の中を流れていく。
魔獣が好むのは、やはり地脈から溢れる強い魔力だ。
真龍に近いほど、その魔力は強くなる。
つまりは、海というのは真龍から一番遠い場所になる。
それだけに、流れ込む魔力量そのものが、それほど多くはない。
だが、それはあくまでも、濃度が低い、と言う程度の話だ。
地脈からの魔力の残りはすべて海へと流れ込むため、海へと流れ込む魔力の量自体は多いのだ。
だが、海は広い。
そのため、全体の濃度が低くなる。
野生動物が魔獣化するほどには濃度はなく、だが、何の影響も与えないと言うほどには少なくない。
そんな量の魔力で、海は常に満たされている。
そうなってくると、海、という環境から、海に住む動物がかなりの巨大化をする、らしい。
黒の森の木々が、並の木々を遥かに凌駕して巨大で、頑丈に育つのと同様の現象だ。
植物の類であるなら、魔力の許容量は多いため、巨大化する程度で住む。
だが、動物の場合、魔力を吸い過ぎると魔獣化する。
海の動物の場合は、海にある魔力量は、動物の許容量を超えるほどのものでなく、だが、生長に十分な影響を与える程度には量があるため、その影響を受けて、魔獣にならずに巨大化するのだという。
いっそ、魔獣化した方が御しやすい、とまで言われる。
ともあれ、海というのは、そう言った巨大な動物が多数生息している。
代表的なものと言えば、クジラだろうか。
あるいは、首長竜のような存在もいるし、巨大なウミヘビなどもいる。
そう言った存在に、船が襲われることが多く、海の行き来は極めて危険なのだ。
わざわざ襲いにくる動物ばかりではない。
船にすり寄った巨大イルカで転覆する。
浮上してきた大亀の甲羅に乗り上げて座礁する。
そういった事例も多いと聞く。
だから、海上で船が移動する場合、大陸沿いの浅瀬を移動する。
浅瀬ならば、それほど巨大な動物もいないからだ。
逆に、水深が深くなる大陸間の海は、危険が多い。
それを越えていく船もないではないが、少数派の命知らずである。
そんな船に乗ってきたわけだから、ローベントは命知らずだ。
** ++ **
「ようやるわ」
「必要なことですからな。・・・・・・国家安寧。故国の利益。理由を上げればキリがありませんぞ?」
「そういうものかね?」
「まあ、自分のところの大陸では誰もしていない研究ですから? 成果を持ち帰ることができれば、第一人者として名誉もついてきますな」
むっふっふ、とローベントは笑った。
「俗っぽいなあ・・・・・・」
「何を仰いますやら。学問をいくら神聖視したところで、研究欲も知識欲も、すべからく欲。欲ずくで動くものが俗物でないわけがない」
「なるほど」
そういう話もできるやつというわけか、とモリヒトは頷く。
「カラジオル大陸には、若紫の真龍『ヤガル・ベルトラシュ』がいる。この国が、漆黒の真龍がいる『黒の大陸』なら、カラジオルは、若紫の真龍のいる『紫の大陸』だ」
「ほお? やっぱり、あれか。全体的に紫なのか」
「そうですなあ・・・・・・。カラジオル大陸には、紫色の木が多いですぞ? 花もなんだかんだ紫がかっておりますし」
「へえ・・・・・・」
「とはいえ、真龍のいる山などは、不可侵の領域となっておりますな」
うむ、とローベントは頷いた。
「こっちだと、真龍の周りの領域には、森守の一族がいるもんだが。そっちはいないのか?」
「森守、ですか?」
「真龍のいる山の周囲には、黒の森があってな。そこに住んで、真龍の領域の門番みたいなことをしている連中さ。俺はこの間、そいつらの案内で黒の真龍と会って来た」
「ほうほう! それは実に興味深い」
興奮に目を輝かせ、ぐい、と身を乗り出したローベントに、黒の森でのことを話してやる。
黒の森の木々の巨大さ。
魔術を使う際の、魔力消費の軽さ。
「うむうむ。カラジオルでも、真龍のいる山の麓には、紫丘と呼ばれる場所で囲まれておりましてな」
「丘なのか?」
「ええ。傍目には、ただでこぼこな紫の野なのですが。それは見た目だけ。実際には、地面も見えないほどに密集して生えた、巨大茸の群れです」
「茸かー」
「隙間もないほどにびっしりと生えているため、その傘の上を歩くのですが。そこがまるででこぼこした丘陵地帯のように見えるのですよ」
「ほうほう。・・・・・・それはそれで見て見たいな」
「毒があります」
「おう」
「毒抜きをすれば食べられなくもないのですが、大きすぎて大味ですな」
種類も様々で、毒粉を吹く類のものも、あるいは粘液で獲物を捕らえて栄養とする類のものもいるらしい。
死ねば、余さず茸の栄養となる。そんな土地だ。
そして、そんな土地に生息する魔獣も、通常のそれに比べると搦め手を用いる厄介な種類が多いのだという。
「常人が行くには危険地帯であることもあって、立ち入り禁止となっております。山に登り、真龍と謁見できれば、願いが叶う、などという伝説すらあるほどで」
「ボクが知ってる時代にもあったよ。それ。ほとんど土着の宗教みたいなもんだね」
クリシャは、懐かしいなあ、と笑う。
「ボクは、まあ、がんばれば空が飛べるから。茸の丘をさっさと飛び越えて、真龍に会いに行ったことあるんだけど」
「なんと!」
がたり、とローベントが椅子を揺らしてクリシャに詰め寄った。
「どのようなお姿でしたか?!」
「馬鹿でっかい茸」
「は?」
「だから、若紫色の、馬鹿でっかい茸。・・・・・・ちょっとした城ぐらいの大きさだったね」
想像する。
茸の丘を越え、山を登ると、そこには今までにみたどの茸よりも巨大な茸。
「・・・・・・笑い話か?」
「事実なんだよなあ。これ」
モリヒトの漏らした感想に、クリシャは苦笑を浮かべた。
「ああ、もちろん。普通に会話はできるよ? それに、姿も変えられるのは、どの真龍も同じだから。単純に、下の茸の丘を管理するために、同種の姿をしてる方が都合がいい、とか言ってたかな?」
「ほうほう。そのような・・・・・・」
「ていうか、そっちだと、真龍ってどんなもんだと捉えられてるんだ?」
「そうですな? 民間伝承ですと、巨大な花の竜の姿をしている、とされているものが多いですな」
「へえ? こっちは?」
「ヴェルミオン大陸の黒の真龍は、大体は巨大な漆黒の鱗を持つ大蛇だね」
手足の生えそろった黒蛇。あながちはずれではないだろうが、本物の黒の姿を見ているモリヒトにしてみると、ちょっとイメージが違う、と印象を受ける。
「でも、真龍に直接会ったことないって、地脈の研究とかできるもんなのか?」
「主に、地脈がどこを走っているかを調査するばかりですな」
「そう言う場所って、基本的に魔獣地域じゃない? だから、ボクが知ってるカラジオル大陸の地脈研究っていうのは、主に魔獣の生息地を調べるのに終始してたよ」
「近年までは、それで間違いありませんでしたぞ? ただ、冒険者が持ち帰る素材から、あの地域の有用性は明らか。加えて人間だっていつまでも魔獣に負けっぱなしというわけでもない。ならば、魔獣を大規模に討伐し、魔獣地域を制圧し、人間が資源を利用できるようにする。そういった計画が持ち上がっております」
「・・・・・・魔獣地域に、軍を送る、というのですか? はい」
ローベントの話す計画に、ルイホウが思わず、と言った口調で口を挟んだ。
魔獣地域を下手に刺激すれば、魔獣の大災害を引き起こしかねない。
オルクトでは、魔獣地域は刺激しないようにしている。
冒険者の仕事をなくさないようにする、というのもあるが、管理のコストがかかり過ぎるからだ。
地脈関連の研究が進んでいるため、わざわざ魔獣地域に入らずともいろいろと利用できるようになっていることもある。
「できる、と我らの王は判断されました。・・・・・・そうすることで、いずれは、と」
「・・・・・・無茶です。はい」
ルイホウの常識としては、魔獣地域は制圧できるような代物ではない。
「自分も、危険は知っておりますよ」
ローベントは、笑った。
「ですが、それによって多くの民が利益を得ることができる。いつ、その準備が整うかはともかく、制圧する、と王が決めたなら、制圧した後のことを考えるのも、臣民のつとめ、というものですよ」
覚悟の決まったその笑みに、ルイホウは言葉を仕舞い、クリシャはふふ、と笑った。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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