第4章:エピローグ
夜だった。
空に浮かぶのは、こちらの世界でも月である。
ただ、元の世界より大きく、少し緑に見える。
その月の下、自室として割り振られた部屋の、窓の外のバルコニー。
そこで、モリヒトは、のんびりと空を見上げていた。
椅子に腰かけ、卓の上に酒とつまみがある。
テュール異王国の特産という酒だ。
持ってきたのはルイホウである。
なんでも、巫女衆が管理した畑で取れる果実を使って作られているらしい。
なお、作成も巫女衆だ。
おかげで、国内では妙なプレミアがついているとも聞く。
ちなみに、割と真面目な研究の成果である。
地脈の影響による、農作物への影響。
術式を用いた、安定した発酵環境の作成。
そのほか、酒造りを安定して行うのは、意外と大変であるらしく、術や地脈の研究が意外と役に立つのだという。
あと、異世界からやってくる異王や守護者たちに、これらの発酵技術によって作られた、醤油や味噌がものすごく需要がある、というのも、巫女衆の管轄となっている理由であったりする。
さて、何はともあれ、その酒の味だが、
「・・・・・・しょっぱ甘い」
「この半島特産の塩苺酒ですね。海水で育つ、ベリー類のお酒です。はい」
アルコール特有のちょっとした苦みと、塩のしょっぱさと、果実系の甘酸っぱさ。
単体の酒のはずだが、カクテルでも飲んでいるような味だ。
「海水で育つ、ねえ・・・・・・」
「やはり、テュールの農作物は、全体的に塩気があるんですよ。土地全体が海底から盛り上がったこともありますが、塩気を含んだ風が吹き付けるので、土壌全体が塩を含むんです。はい」
畑にする際には、よく水を流してそれらの塩気を洗い流し、覆いをして、直接風が当たらないようにしてやる必要があるという。
それでも、沿岸部の畑は塩に強い作物しか育たず、農産物の多くはオルクトからの輸入に頼っているという。
逆に、塩苺や、塩に強い豆類など、この土地の特産もあるそうで、それらが輸出に使われるという。
「・・・・・・嫌いな味ですか? はい」
ルイホウに注いでもらった酒を飲みながら、モリヒトは、首を振る。
「いいんじゃないか? 酒の味はそんなに詳しくないけど、飲みやすいし」
「まあ、割ってますからね。はい」
「そうなのか?」
「原酒はかなり強いですよ? 傷の消毒に使われるくらいですし。はい」
それを水で割ったものだという。
「水は、私が魔術で用意しました。はい」
「・・・・・・それ、味変わるのか?」
「原酒で飲むとアルコールの味しかしないんですが、蒸留水で割るといい具合に塩苺の味が出るんです。はい」
へえ、と頷きつつ、モリヒトはのんびりと飲む。
割ってある、とはいえ、強さはそれなりに感じる。
アルコールの匂いはそれほどしないから、かぱかぱと飲めそうなのだが、ゆっくり飲んだ方がよさそうだ。
つまみは、油で揚げた芋である。
味は薄いが、お酒の味と合わさると、ちょうどいい。
「・・・・・・」
静かに傾ける。
「・・・・・・しかし」
ルイホウが、自分の盃に少し注いで、それを口に運びつつ、ちら、と目をやった。
伏せられた盃がほかに三つほどある。
「どうして盃をいくつも用意しているんですか?」
「・・・・・・んー・・・・・・カン?」
「はあ・・・・・・」
ルイホウが首を傾げるのに、モリヒトは酒を口に運ぶ。
「・・・・・・ほら、来た」
そうしている間に、そこに気配を感じて、モリヒトは肩をすくめた。
「え? ・・・・・・!?」
ルイホウが、がたりと席を立った。
「よう! 旨そうな酒だなあ!?」
「実際うまいぞ? お前に酒の味が分かるかはわからんが」
「は! 言ってくれるぜ!」
けらけらと笑いながら、月明りを背に、ミュグラ・ミケイルがそこにいた。
** ++ **
ぴりぴりした空気が漂っている。
その大元となるのは、ルイホウと、ミケイルについてきたサラだ。
ルイホウは、酔いのすっかり冷めた顔で、杖を握って立っているし、サラの方もフード付きのマントに身を包みつつも、おそらくその下では武器に手をかけているだろう。
それらの緊張感をまるで気にせず、男二人は、手酌で酒を楽しんでいた。
「やらかしたくせに、元気そうじゃねえの」
「やらかしたって自覚がないな。お前こそ、あそこで何をやってたよ? ベリガルの野郎。口はいろいろ言ってたが、結局何か仕込んだろ?」
「あのおっさんが何やってるかなんて、俺が知るかよ。確かに、いろいろやっちゃいるみたいだがよ」
「ふん」
モリヒトは静かに酒を飲んでは、ツマミを口に運ぶ。
それに対し、ミケイルの方はツマミを一掴みにしては、口へと運び、酒の方は壺を口に運ぶ豪快っぷりだ。
「大方、森であった時に渡してきたあの紙束だって、中身に書いてあることはほとんど意味がないんじゃないか?」
「あん?」
「後から考えると、一部だけでも仕込みが残ってるっていう方が、正直違和感がある。全部吹っ飛んでて、あの儀式の邪魔をするために、俺らを体よく使ったんじゃねえの?」
「ははは! なんだ、分かってたのか」
けらけらと笑うミケイルに、ルイホウは驚いた顔をした。
「それでは、あの資料の解析には意味がないということですか? はい」
「そもそも、こいつらがアジトに入ってきた時点で、そこらへんいろいろやってんだろうよ」
「おう。あのおっさんの指示でな。あのアジトに残ってた資料のうち、基幹部分は回収した」
「今までも、似たようなことをやってきたんだろう? ミュグラ教団の拠点を潰すのに雇われた傭兵のふりして」
「おう。そういう役目でもあったからな」
ははは、とミケイルは笑った。
それに、モリヒトの方は、ふん、と鼻を鳴らすだけだ。
のんきに会話を交わす二人に、ルイホウはなんとも複雑そうな顔を向けている。
当初は、その場で捕縛しようとしたのだが、モリヒトが止めたために、モリヒトの後ろでいつでも動ける姿勢を保ったまま、警戒しているのだ。
「大体、あのおっさんうさんくさすぎる」
モリヒトの言葉に、ミケイルも頷いた。
「あのおっさんは、あれで変わり種だぞ? 教団の中で、真面目に悪だくみするのなんかあのおっさんくらいだ。他のやつらは、研究のついでだから、脇が甘い」
その隙を突いて、研究資料を盗んだり、いろいろやって金を稼いだりしているらしい。
「裏切り者じゃねえか」
「それに気づかずに俺を使おうと情報流すあいつらこそアホだろ」
けっけっけ、とミケイルは笑った。
悪い笑い方をするやつだ、とモリヒトは思いつつも、
「お前にとって、ミュグラ教団は味方じゃないわけだ」
「俺は、ぶっちゃけ一人でも生きていける。この体も、普通に生きてく分には、何も困らねえからな」
「実験体だろ? 調整とか薬とか、いらねえの?」
「いらねえ。飯食って寝て、それさえできてりゃ、普通に生きていける。俺の方で、教団のやつらに頼ることなんて一個もねえのよ」
は、とミケイルは肩をすくめる。
「首輪もなんもねえ相手に、命令出せるって思ってる時点で、あいつらがどんだけめでたい頭してるか、わかんだろ?」
「確かに、あんまりにもアホだな」
ふん、とモリヒトは笑う。
「・・・・・・で? お前ら、大祭の日に、何をやらかす気だ?」
しばらく、適当なことを言い合っていた二人だったが、そこでモリヒトは切り込んだ。
「おう。いきなりじゃねえか」
「でも、何かやらかすんだろ?」
「いや? その予定はねえよ」
ミケイルの言うことに、モリヒトは眉を顰める。
「ほんとか?」
「あのおっさんは、今回の『竜殺しの大祭』は、普通に終わらせたいらしいぜ? むしろ、何年分も降り積もったもんが、きちんと終わった時に何が起こるかを知りたいんだとよ」
「・・・・・・ああ、正常な結果が知りたいのか」
「そおういうこと。だから、あの儀式も邪魔させたんだよ」
「というと?」
「あの儀式が成立すると、せっかく地脈に溜まったゆがみがいくらか消えちまうんだと」
「それがもったいないから、同じ組織の儀式を邪魔したって?」
「そういうことらしいぜ? あのおっさんも、なかなか狂ってるだろ?」
「・・・・・・どっちもどっちだろ」
地下で見たジュマガラを思い出し、モリヒトは顔をしかめた。
** ++ **
それから、さらに壺を三つ空にして、ミケイルは立ち去った。
立ち去った後のバルコニーで、モリヒトはルイホウに睨まれている。
「・・・・・・どういうつもりですか? 追跡しなくてもいいなんて。はい」
「見つけたところで、被害が増える」
「それはそうかもしれませんが・・・・・・。はい」
ミケイルを相手にした場合、勝てる騎士はまずいない。
ルイホウでも、おそらく攻撃力が足りない。
モリヒトがいるから、相手の防御力は下げられるかもしれないが、そもそもモリヒト自身がやる気がない。
「何しに来たんでしょうか? はい」
「酒飲みに来たんだろ?」
「そんな適当な。はい」
「いや、多分そうだぞ? あの男に、まともな常識は期待するな」
「・・・・・・それを予測していたように見えましたが? はい」
ルイホウの咎めるような視線に、モリヒトは肩をすくめる。
「いるかもなあ、とは思ったが、来るとは思ってなかったさ。そもそも、ここ王城だぞ。侵入できると思うか」
「それはそうですが。はい」
ルイホウは、どこか不満そうだ。
「・・・・・・やっぱ、なんかありそうだなあ・・・・・・」
はあ、とため息を吐いて、モリヒトはルイホウを見る。
「たぶん、『竜殺しの大祭』で何かあるぞ。・・・・・・ただ、あいつらとは別のところで何かありそうだ」
「教団とは別で、ですか?」
「ん。・・・・・・少なくとも、あいつらは今回動かずに、見ることに徹するだろ。・・・・・・でも、なんかいろいろとあり過ぎだ」
いろいろ、とルイホウは呟く。
「今までに、ここまで事件が重なったことは?」
「ありません。はい」
「だろう? じゃあ、やっぱり何か起こるさ」
モリヒトは、唸る。
「なんか、抜けた気はするんだけど、悪い予感はする。・・・・・・ちょっと、『竜殺しの大祭』の儀式関連、きっちりと見直しした方がいいかもな」
「・・・・・・はい」
ルイホウは、しっかりと頷いた。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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