第40話:終わった後で(3)
王都に、魔獣の群れが迫る。
『竜殺しの大祭』が近づくと、テュール異王国各地で魔獣災害の頻度が上がるのは、例年通りだ。
そのため、騎士達の多くは巡回に出るし、訪れた傭兵や冒険者たちへ、特別討伐依頼も多く発行される。
結果として、王都をはじめとして、人の住む領域の近辺での魔獣被害は少なくなる。
とはいっても、その結果として、街などから離れた場所に魔獣が集まるようになるため、『竜殺しの大祭』が終わった後に、集まった魔獣の大規模な討伐が行われるのも、また『竜殺しの大祭』の風物詩ともいえる。
現在の騎士団や国軍は、そういった討伐のための準備に余念がない。
とはいえ、さすがに王都に魔獣の群れが迫る、というのは珍しい事態であり、王都の住民は多くが不安と緊張に震えていた。
だが、それらが撃退された、とあって、王都民の表情は明るい。
今日は、開放感といよいよ近くなった祭の気配に、王都全体のテンションがかなり高くなっていた。
そんな王都の中を、ナツアキは歩いている。
** ++ **
事件が終わった後、攫われていた人達は、城に保護された。
魔力を吸い上げられて衰弱していたこと。
さらに、敵の術中にあったために、何かしらの魔術効果が残っていないかどうかを調査するため。
主にこの二点のためだ。
ミーナなども含めて、今は城の一区画に用意された医療施設にいる。
巫女衆含め、魔術に長けた医者が見ている状態だ。
もっとも、今のところ問題はなく、魔力を吸われたことによる衰弱、体力の消耗が癒えれば、日常生活への復帰もすぐだという。
すくなくとも『竜殺しの大祭』が始まる前には、もう医療施設から退院しているであろう。
ナツアキは、まだ朝の段階で、一度見舞いに行っている。
「・・・・・・」
ナツアキが見舞いに行った時、ミーナはすでに目を覚ましていた。
「あ、おはようございます。トキトさん」
「あ、うん。・・・・・・調子は、どうかな?」
ちょっと遠くの方でこっそりこちらを窺う気配を感じつつ、ナツアキは、それらを無視する。
「そうですね。元気ですよ」
くすくす、とミーナは笑った。
それから、しばらくナツアキを見上げて、
「・・・・・・トキトさん。助けに来てくれたんですか?」
そう言われて、ナツアキは驚く。
「えっと・・・・・・」
「あ、私、ちょっとだけですけど、目は覚めてたので」
「・・・・・・そうなの?」
「はい・・・・・・」
えっと、とミーナは前置きをした上で、一度深呼吸。
それから、目を開けた。
その目に、奇妙な揺らめきを持った輝きを見て、ナツアキは目を見開く。
「それは・・・・・・?」
「私が生まれつき使える魔法、みたいなものです」
目がよくなるんですよ、と、ミーナは言った。
魔力を目に込めることで、遠くのものがよく見えて、暗いところでもよく見える、という。
使っている間、目が光るので目立つんですが、とミーナは笑った。
「これのおかげか、捕まってた時の眠りの魔術も、かかりが弱かったみたいで」
「それで、目が覚めてたのかい?」
「はい。うっすらと、ですけど」
魔力を奪われる虚脱状態で、ミーナは、ナツアキの顔を見た気がする、と言った。
「・・・・・・うん。助けに行ったよ」
「そう、なんですか・・・・・・」
ミーナは、心情を読み取りづらい表情をして、うつむいた。
「あー、えっと・・・・・・」
そんな相手に、ナツアキ自身どうしていいか分からず、うつむいてしまった。
** ++ **
しまったなあ、とナツアキは思い返す。
結局その後、ミーナが何も言わないために、ナツアキの方でもどうしていいのか分からず、逃げるように出てきてしまったからだ。
「うーん・・・・・・」
どうしよう、と考えていたら、いつもの通り、ミーナの店のある一角に来ていた。
「お!? なあ、アンタ?!」
不意に呼びかけられ、ナツアキはびくり、と肩を震わせた。
「あ、どうも・・・・・・」
声をかけてきたのは、ミーナの店の近所に住む中年の女性であった。
ナツアキがここに来るとき、ミーナの行きつけの屋台の店主らしく、ナツアキもオススメされて、よく行くようになった結果、顔を覚えられた。
屋台の店主をしていると、いろいろ持病も溜まるらしく、ミーナの両親が作る薬がよく効くため、薬屋の方の常連にもなっていて、ミーナの花もよく買っていく。
屋台の柱の一輪挿しに、一日花が刺さっている、ちょっと珍しい屋台だ。
ナツアキに、ミーナがいなくなったことを伝えた人でもある。
「ミーナちゃん。どうなったんだい?!」
「ああ、はい。大丈夫です。救出されて、今は城の方で保護されてます」
「怪我とかは?」
ぐいぐいと勢いこんで聞いてくるその勢いに、多少気圧されながらも、ナツアキは問題ないことを伝える。
「ああ、よかったよ・・・・・・!」
ほう、と大きく息を吐いて脱力したその中年女性は、その後に、はっとした顔をして、
「ミーナちゃんのご両親にも伝えないと!」
そう意気込むと、ナツアキの腕をむんずとつかんで、走り出した。
「え? ええっ!? ちょ、あの・・・・・・!」
腕を引かれる勢いのままに走らされ、ナツアキはミーナの店まで連れてこられた。
「・・・・・・おや、どうされました?」
いつもの常連が、息せき切って飛び込んできた。
しかも、片腕に引きずるように人を連れて。
その姿に面食らいながらも、ミーナの父親は客を出迎えた。
閉店中の店に飛び込んできた中年女性へと声をかける姿は、なかなか落ち着いてる。
だが、その落ち着いた姿の中に、憔悴が見て取れるのが痛々しい。
「ああ、ラントさん! ミーナちゃん。見つかったって!!」
「本当ですか?!」
中年女性の叫びに、ラントと呼ばれたミーナの父親は、かっと目を見開いた。
「ああ、こっちの・・・・・・」
そこで、ナツアキがぐい、と前へと押し出されて、
「・・・・・・そういや、アンタ名前なんてんだい?」
「いまさら!?」
屋台の店主と客の間柄だし、名前を憶えられていないのもしょうがないとは思うけれど、ここまで勢いのままに引きずってきておいて、それはないだろう、とナツアキは思う。
「いやあ、悪い悪い」
はっはっは、と笑う女性にため息を吐く。
そうしているナツアキを、ラントは訝し気に見て、
「あなたは?」
「あ、はい。僕は・・・・・・」
名乗ろう、としたところで、店の奥に置いてある、『ナツアキ』の肖像画が目に入る。
「・・・・・・トキト、です」
ミーナにそう呼ばれていると、そう名乗ると、ああ、とラントは頷いた。
「ミーナから、聞いていますよ。よく店に来る、城勤めの若い役人がいる、と」
「そ、そうですか」
片思いの相手が、自分の話を親にしている。
こういう時にどういう顔をすればいいのか、迷ってナツアキは、どうともつかない愛想笑いが浮かぶ。
「それで、ミーナは・・・・・・?」
「はい。攫われて、悪党の魔術儀式に利用されそうになったところを救助されました。多少衰弱していたので、今は城の医療施設の方にいますが、数日中には退院できるはずです」
「そう、ですか・・・・・・」
ほう、とラントは大きく息を吐いた。
その様子を見て、助かってよかった、とナツアキは胸をなでおろす。
「・・・・・・あ、何か伝言とかありますか? 今はまだ一般人は立ち入りできませんけど、僕は行けるので、もしよければ」
「いえ、それには及びません。無事に帰ってくるならば、それで」
ラントは頷き、それから、は、と気づいた顔をして、
「そうでした。お客様にお茶も出さずに・・・・・・」
「ああ、アタシはいいよ、店に戻らないと!」
そういって、ナツアキをここまで連れて来た女性は去っていく。
「え」
ナツアキは、取り残された。
「・・・・・・ふむ。ちょうどいい機会です」
「は」
ラントが、なにやらしたり、とした顔でナツアキを見た。
「以前から、あなたとはお話したいと思っていたのです」
ふっふっふ、とラントは笑っている。
そこに妙なプレッシャーを受けて、ナツアキは頬を引きつらせるのだった。
** ++ **
「・・・・・・あー、お父さんは元気だったよ?」
「何の話ですか?」
夕方、もう一度ミーナのところを訪れたナツアキは、そんなことを言った。
「いや、街の見回りしてたら、たまたま店の近くに行って、そしたら、まあ、なんやかんやあって、君のお父さんとあって、お茶をごちそうになった」
「はあ・・・・・・」
どうにも釈然としない顔で、ミーナは首を傾げた。
だが、それには構わず、ナツアキは、はあ、と深い疲労感のにじんだため息を放つ。
「なんでそんなに疲れてるんですか?」
「なんで、だろうね」
ははは、とナツアキは力なく笑う。
娘に近づく若い男相手に、父親の威厳全開状態で、ラントはいろいろと聞いてきた。
雰囲気は終始和やかだったものの、ナツアキは、お茶の味もわからなかった。
「いや、いいんだ」
「そうですか」
ふうん、とミーナは頷いた。
その顔を見て、ナツアキは笑う。
「調子は悪くなさそうだね」
「はい。巫女様からも、太鼓判を押してもらいました。なんだか、私は魔術に耐性があったみたいで、他の人より元気だとかで」
「まあ、何にしろ、よかったよ」
笑うナツアキに、ミーナはしばらく考えて、
「ええっと、・・・・・・ナツアキさん?」
「うん? ・・・・・・うん?!」
いきなり名前で呼ばれて、ナツアキはびっくりする。
そんな慌てふためいた反応に、ミーナはふふ、と笑った。
「いつもはトキトさんって呼んでたのに。いきなり呼んだらびっくりですよね」
「いや、それはいいんだけど・・・・・・」
ナツアキは、めがねを押し上げ、
「いきなりどうして?」
「いやまあ。前から、なんとなくそうかな、とは思ってたんですけど。それはそれで、助けてもらったときに、一緒にいた人が、ナツアキって呼んでましたから」
「そうか」
「・・・・・・助けられたのは、二回目ですね」
「いや、一回目は僕が直接やったわけじゃないし」
「そうでもないです」
ふふ、とミーナは手を伸ばして、ナツアキの手を取る。
「ありがとうございました」
「いや・・・・・・」
急に手を取られて、顔を赤らめるナツアキに、ミーナは微笑む。
「出てからも、またお店来てくれますか?」
「も、もちろん」
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ちょっと遠くで、そこだ、いけー、と小さい声で叫んでいる覗きがいたが、ナツアキに気にしている余裕はなかった。
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