第37話:破壊と決着
閃光が突き抜ける。
モリヒトの手から離れたブレイスの短剣は、雷光をまとい、一直線に天井の中心点を向かう。
それは、空中に一直線に線を引き、そして、天井にまで回っている陣を受けて、一時止まり、
「!」
突き抜けた。
** ++ **
「そんな?!」
見上げたアリーエは、驚きの声を上げる。
天井にまで陣は張り巡らされている。
その陣には、石堂の構造を保持する効果がある。
魔術を撃ちこんだところで、砕けるものではない。
陣の威力より圧倒的に高い威力を持っているなら、あるいは破壊もあり得るかもしれない。
だが、陣には、地脈から魔力が供給されている。
攫ってきた混ざり髪はすでに連れ出されたようだが、混ざり髪の魔力は、地脈から魔力を引き出す呼び水としてのものだ。
それ以降も吸い上げて使えるものではあるが、なくなったからと言って、困るものではない。
それはともかく、地脈から供給される魔力は、人間が持てる魔力量なんて圧倒的に越えている。
魔術が得意とか、才能があるとか、あるいは魔術が強力だとか、そういうレベルで語れるものではない。
単純に、魔力量の圧倒的な差によって、陣が破られることなど、ないはずなのだ。
疑問はある。
だが、それより先に、アリーエにはすることがある。
足元だ。
自分が立っている、高い舞台。
その死角となる位置から、今の一撃は放たれた。
見下ろせば、男が一人。
「・・・・・・どのようにしたのですか?」
** ++ **
モリヒトからしてみると、なんでできたのかいまいち言葉にできないものである。
とはいえ、それを馬鹿正直に明かすこともない。
上から見下ろされながらの質問に、モリヒトはふん、と鼻で笑った。
「わからないか? だっせ」
「ふふ。いい気なものです」
言いながら、アリーエは杖を振り上げる。
「ですが、まだ致命的ではありません」
「だろうな」
天井はぶち抜いた。
陣の一部の破壊には成功したし、いずれこの陣によって行われた儀式は、効果を失い中断されるだろう。
だが、いずれ、だ。
まだ儀式効果は残っている。
少なくとも、陣が今までに吸い上げた地脈からの魔力。
これをどうにかしないと、儀式の影響は残る。
最悪の場合、瘤が発生してしまうであろうし、陣によってゆがめられた魔力から生まれる瘤は、それこそ『竜殺しの大祭』で現れる『竜』と大差ないものになるだろう。
それは防がなければならない。
そのために必要なことは、この石堂の上にある。
この石堂で行われている儀式によって、地脈から吸い上げられた魔力は、陣によって誘導され、天井の中心、ちょうどモリヒトの魔術が撃ち抜いた辺りから、おそらくは地上へと噴出している。
この魔力を地脈に戻す必要がある。
「・・・・・・・・・・・・」
こちらへと杖を振るおうとしているアリーエを無視して、モリヒトは目を閉じ、深く息を吸う。
魔術を撃ち出すため、上へと突き出していた腕を、横へ。
大の字になるように、広げて横たわる。
「あら、諦めましたの?」
アリーエはそう言うが、モリヒトも伊達や酔狂で横になっていたわけではない。
「諦めるように見えるか?」
「ですが、もう、武器はないようですが? 発動体も持たないのでは、魔術すら唱えられないでしょう?」
確かに、レールガンもどきの弾として打ち出したブレイスは、落ちては来ない。
今、モリヒトの手に、まともな発動体は残っていない。
だが、モリヒトは笑う。
「そうでもないんだ」
投げ出した手が、陣に触れる。
「・・・・・・相性が悪かったな」
「は?」
モリヒトは、告げる。
アリーエの、ジュマガラの、ミュグラ教団の敗因を。
この石堂内を、魔力に満たしすぎた。
陣を使って吸い上げる。
その場所に、モリヒトが来てしまった。
魔力を吸収することで、場の情報を感覚的にとらえてしまうモリヒトにとって、この場はすべてを掌握するのも簡単な場所になった。
なんでこんなことがわかるんだ、と自分でも疑問に思うことが、できる、という確信がある。
「お前らの負けだよ」
そして、モリヒトは口を開いた。
「―アリーエ・クティアス―
力よ/ゆがみを/収束せよ/使い尽くせ/悉くを使い尽くせ/果てるほどに/果たすほどに/」
「え・・・・・・」
『教え導かれし人』アリーエ・クティアス
それは、今アリーエが自身の腕に抱く本の発動体の名であるはずだ。
それを、陣に触れただけのモリヒトが呼ぶ。
そして、その干渉は、果たされた。
発動体は、触れていること。
そして、発動キーを唱えること。
この二つを果たせば、誰にでも使用できる。
だが、今モリヒトが触れているのは、石堂内に遍く描かれた、儀式用の陣だ。
『教え導かれし人』本体ではない。
だが、
「続け/あるべき流れに/合流せ」
詠唱は、確かに効果を発揮した。
石堂の天井部分が、爆発した。
そこから、赤黒い水にも似た何かが降ってくる。
先ほど、アリーエが呼び出したものとは違う、外に溢れた水が、そこから開いた穴に流れ落ちているのだ。
過剰な量の魔力を含み、半ば粘液に近い水だが、それは滴ることなく、天井付近に逆さまの湖のように溜まっていく。
そして、天井付近に残っていた陣に触れ、魔力へと転換されていった。
「なぜ・・・・・・」
モリヒトの見上げる先、アリーエは動かない。
いや、動けない。
当たり前だ。
アリーエは、人間の姿で現れているとはいえ、その本体は、腕に抱かれた『教え導かれし人』である。
それを発動体として他に使われている状況では、アリーエは別の動きを取ることができない。
かろうじて、動いた口で、アリーエは問うた。
「なぜ、貴方が使えるのですか・・・・・・?」
もし、『教え導かれし人』が、本当のウェキアスであり、アリーエ・クティアスが、本当のアートリアであったなら、あるいはこれは不可能だった。
だが、『教え導かれし人』は、ウェキアスではない。
そして、『教え導かれし人』には、『教え導かれし人』を通じて発動した魔術の結果は、次に発動する魔術の影響下に置かれ、発動の基点とすることも、新しい魔術に利用することもできる。
裏を返せば、『教え導かれし人』の魔術で発動した結果には、『教え導かれし人』との繋がりが残っている。
そして、この石堂全体に敷かれた陣は、『教え導かれし人』を使った魔術で描かれたものだ。
モリヒトが、この陣から魔力を吸収し、陣自体に繋がることができるなら、そこから通じて、『教え導かれし人』すなわち、アリーエ・クティアスそのものへの干渉が可能になる。
「・・・・・・・・・・・・」
とはいえ、できると思ってやったら、本当にできた、というレベルの、モリヒト自身何がどうなってこうなっているのか、いまいち理解しきれていないことだが。
「ぶっとばす」
モリヒトにとって、覚悟が必要なのは、ここからだ。
陣に吸収された魔力は、そのままモリヒトのもとに流れてくる。
「すー、はー」
深呼吸をもう一度。
そして、唱えた。
「―■■■■■■―
■■■/■■■■■■/■■■■/■■■■■■■」
今、自分は何に触れて、何を唱えているのか。
もはやモリヒトは分からない。
分かるのは、動けないアリーエの顔が、驚愕に歪むこと。
その顔すら見えないほどに、煌々とした光が周囲を満たしていくこと。
そして、このまま行ったら、自分の存在を保つのも難しくなるであろうこと。
光が強くなり、何かが直上へと放たれていくのに従い、何かがごっそりと抜け落ちていく感覚がある。
だから、重ねる。
「―リング―」
それは、指にはめた、最後の発動体だ。
一回だけしか使えない、使い捨ての発動体に、詠唱を込める。
「竜よ/同胞を守る/加護をここに」
** ++ **
王都の城壁からも、それは見えた。
最初の一撃は、青白い閃光が一直線に空へと昇るもの。
その後に、王都城壁へと迫っていた赤黒い水は、急速に引き始め、魔獣の群れはそれに引きずられるように息絶えていった。
赤黒い水とともに周囲の魔力が急速に引けた結果、高濃度魔力によって生存していた魔獣たちは、生存に必要な魔力濃度を得ることができず、死んでいったのだ。
次に、今度は赤い光だった。
細い直線を引くような最初の青白い閃光に対し、こちらは根元から放射状に広がった、赤い閃光であった。
地面に対して垂直に、轟音とともに放たれたそれは、やがて空へと溶けていった。
そして、静寂が訪れる。
唐突な終わりに、しばし呆然となっていた王都を守っていた兵隊たちは、どうやら終わったらしいと悟って、大きく歓声を上げるのであった。
** ++ **
「モリヒト様! 大丈夫ですか?! はい」
ルイホウに揺り動かされ、モリヒトは目を覚ます。
「・・・・・・はあ、生きてたか」
「大丈夫ですか? はい」
「ああ、大丈夫。意識もはっきりしてる」
倦怠感がひどくて、とても立ち上がれそうにはないが。
見れば、ルイホウの方も、衣装が少々赤くそまっている。
「そっちは、怪我していないか?」
「問題ありません。迎撃した結果、多少被ることになりましたが」
「そうか。・・・・・・クリシャは?」
「大丈夫だよ」
声のした方に視線を向ければ、クリシャがそこにいた。
こっちもこっちで、なにやら赤く染まっている。
「最後に、上からやられたのはまいったね。おかげて、降ってきたのを回避できなかった」
「・・・・・・大丈夫か? あれ、毒だったりとかは?」
「大丈夫。ルイホウ君に水ぶっかけてもらったから」
ああ、それでなんか濡れてるのか、とモリヒトは納得する。
上を見れば、光が差し込んでいる。
「ま、俺らの勝ちで決着だな」
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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